魂売りのレオ

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第六話 獣人は川の神を殺さんと願う

獣人は川の神を殺さんと願う 四

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 やがて夕食がはじまった。
 レオの希望によりウォルフだけを残し、ほかの獣耳には出て行ってもらった。
 レオは基本、他人と食事をすることを好まない。
「虫けらとおなじ席に座ってメシを食うなど考えられん」
 という恐ろしくねじくれた思想が彼女にはあり、相手がどんな人格者であろうと、仲間や友人以外とは決して卓をひとつにしない。
 しかしそれでウォルフを残すということは、彼女を気に入ってるんだろう。あるいはどこか尊敬する部分があるのかもしれない。
 たしかにウォルフは立派だ。獣耳は姿を見られればどうなるかわからないというのに、単身里を離れ、徒歩一週間もかけて未知の森に来るほどの度胸と正義感を持っている。それに周りの反応を見るに、十六歳という若さでけっこうな立場にいるらしい。
 レオはウォルフを隣に座らせ、酒を注がせた。ぼくはレグルスと並んで座り、ふたりと向かい合うかたちになっている。いつもだったら絶対にぼくを隣にするのに……
 ううむ、気になる。なにか理由があるんだろうか……
 と、いろいろ考えたけどさっぱりわからないので、ぼくは考えるのをやめた。だって、わからないものはわからないもんね。考えるだけ無駄だよ。それよりお腹ぺこぺこだ。
 とにもかくにもぼくらは食事をはじめた。
「う、うまい!」
 レオは里の料理を食べるなり、ことごとく絶賛した。
「なんだこれは! 素材の味を生かし切っている! わたしはいままで贅を尽くした高級料理を山ほど食ってきたが、これほどのものは食ったことがない!」
 料理はごく素朴そぼくなものだった。川魚の塩焼き、山菜やきのこを焼いたものや茹でたもの、猪肉ししにくを薄く切って甘辛く煮たもの、それと、芋や根菜などなど。
 豪華なものなどひとつもない。しかしどれも絶品だった。そして世間と隔離されているせいか、かなり独特な味つけをしている。
 ふつう魚にはソースを作るが、ここでは塩をかけて焼いただけ。も透き通るようなみずみずしい味で、肉にいたっては、甘さの中にほんのり辛味を含めるという、実際に食べてみなければ想像もできない味つけだ。
 しかしどれも驚くほどおいしい。それは決して目玉が飛び出るような感動ではない。ひと口ごとにじっくりと染み込んでくる、静かでやさしいおいしさだ。
「またこの酒が合う!」
 レオは二杯目の芋酒を片手に言った。
「サツマイモの酒というから、甘いのかと思えばそうではない。濃厚でありながら実に清涼としている。なるほどたしかにややクセはあるが、それがまた味わいと言えよう。それを、この味の濃い煮つけを味わって、むぐむぐ……そしてまだ余韻のあるうちに芋酒を流し込むと………………ううむ、なんということだ! こたえられん!」
 い、いいなぁ……たしかにこの煮つけはおいしいよ。ほかの料理もことごとくすばらしい。でもお酒があるとないとでは話が違う。
 酒は料理の味を引き立ててくれる。また酒も料理で深みが増す。だからたいがい地方の料理は、その土地の酒に合うようできている。つまり、この料理はあの芋酒があって完成するということだ。
 ああ、うらやましい。早く明日にならないかなぁ!
「しかし……」
 レオはコップの酒を飲み干し、言った。
「これほどの酒、売ればいい金になるのではないか?」
「そうですね……」
 ウォルフはからのコップに酒をそそぎながら、
「たしかにそうかもしれません。しかし危険でしょう」
「危険?」
「もしこれを売れば名物になるでしょう。しかしそうなれば、かならず出どころが話題に上がります。世間はやがて獣耳の里を見つけるでしょう。そのとき我々は、どんな扱いを受けるのでしょうか……」
「ふむ……なるほど。おまえたちは差別、迫害の末にこうして僻地に隠れひそんでいるのだったな」
「はい。なのでわたしたちは決して名をせるわけにはいきません。自慢の逸品も、だれにも見せることができないのです」
「ううむ、もったいない。この独特な酒、独自の味つけ、どれも逸品ではないか」
「ありがとうございます」
「まあ、しょうがない。せめて我々だけでもじっくり堪能しようではないか。あっはっは!」
 レオはいつも以上に上機嫌で笑った。ちくしょう、ぼくも飲みたいよう。ねえ、レグルス。レオだけずるいよね。
「わ、わたくしはしあわせでございます」
「え、なんで?」
「だって、アーサー様とおなじ気持ちを……い、いえ! なんでもございません!」
 うん? ぼくがどうしたって?
 まあいいや。なんだか知らないけどよろこんでるし、レグルスが落ち込んでなくてよかったよ。
 やがてぼくらは食事を終え、寝室へと案内された。
「ああ、いい酒だった。きっと今夜はよく眠れるだろう」
 とレオはほとんど旅行気分で言った。が、
「おっと、これは……」
 レオは怪訝けげんそうに足を止めた。
 見れば、みすぼらしい寝床だった。ベッドはなく、床に直接布団が敷かれている。そしてマットとシーツがひどい。衣類をつぎはぎして作ったらしく、長方形の布の貼り合わせだ。一枚の布団の中に、多種多様なデザインが散見できる。
「すみません、なにぶん財のない里ですから。こんな寝床しか用意できないのです」
「ふうむ……」
 レオはあからさまに眉をひそめていた。しかし、
「まあ、仕方あるまい。これも経験だ」
 そう言ってレオはウォルフにおやすみを言って帰らせた。
 そうしてこの家はぼくら三人だけになった。
「もうあかりは消しちゃっていい? 昼の登山でくたくただし、もう眠たくてしょうがないよ」
 ぼくはそう言ってカンテラの火を消そうとした。すると、
「まて。寝る前にやることがある」
「なに?」
「火つけ道具を探せ」
「火つけ道具? それって火打ち石や”ほくち”を探せってこと?」
「そういういことだ」
 なにを急にそんなことを言い出すんだろう。火つけ道具なんてキッチンに行けばすぐ見つかるに決まってるじゃないか。じゃなきゃどうやって火を起こすっていうんだ。
 そう思い、ぼくとレグルスはキッチンに向い、火元周りを探した。しかし、
「ない……」
 かまどの近くにも、灯りの傍にもない。戸棚や引き出しを調べても出てこない。じゃあいったいどうやって火を起こしているんだろう。
 ぼくらは家じゅうを見て回った。しかしどこにも見当たらない。そもそもキッチンにない時点でおかしい。
 ぼくらは寝室に戻った。すると、ひとりのんびり寝転ぶレオが言った。
「ないだろう」
「うん、レグルスは?」
「わたしもいろいろ見ましたが見つかりませんでした」
「やはりな」
 レオはうん、とうなずき、言った。
「獣耳は全員魔法が使えると見てよさそうだ」
「えっ!?」
 ぼくは耳を疑った。だって、魔法は才能だ。どれだけ魔法が使いたくても才能がなくちゃ話にならない。
 ふつう魔法の才能があるのは百人にひとりと言われている。さらにそこから修行して、商売としてやっていける者となると千人にひとりだ。住民全員が魔術師だなんてありえない。
「だが火つけ道具がない。それがなによりの証拠だ。ヤツらは全員、あるいはほとんどが魔法を使えて、魔法の炎で着火している。そう考えるしかあるまい」
 そんなバカな……たしかに状況だけ見ればそうかもしれないけど……
「どうしてみんな魔法が使えるんだろう」
 ぼくは納得がいかず訊いた。すると、
「獣耳だからだ」
「獣耳だから?」
「なあアーサー、わたしやアクア様は世間と違うところがあるな」
「と言うと?」
「毛の色だ。わたしの毛は緑色だし、アクア様の毛は青い。これはかなり重要なことだ。魔法の才能のある人間は体にしるしが出ることが多い。毛の色が特殊だったり、体に模様のようなあざがあったり、指の数が違ったりな。でまあ、獣耳なんていうのは明らかな異相だ。むしろ魔術師であることを疑わない方がおかしい」
「なるほど……」
「それに魔法の才能は遺伝しやすい。全員が獣耳ということは、まず間違いなく狭い里の中で交配を繰り返している」
「こ、交配……!」
 そう聞いてレグルスが顔を真っ赤にした。いや、いまそういう話じゃないよ。敏感だなぁもう。
「ええと、つまり獣耳はみんな魔術師ってこと?」
「そうだ」
「でもなんでそんなことを調べようと思ったの?」
「念のためだ」
「念のため?」
「わたしは最強だから、いつどんなヤツがたばになってかかってこようと問題ないが、それでも奇襲は怖いからな。念のため確認しておきたかったんだ」
「え? かかってくるって、獣耳が?」
「もしかしたらな」
「なにそれ、どういうこと?」
「いやなに、もしかしたらそういうこともあるかも、というだけの話だ。杞憂で終わればそれにこしたことはない」
 レオはなにを言ってるんだろう。だって、彼らは里を救ってもらうためにレオを呼んだんだよ。それなのにどうして彼らが襲ってくるって言うんだ。
「さて、やるべきことは終わったし寝るとしよう。わたしもくたくただ」
 そう言ってレオはおもむろに服を脱いだ。
「わあ!」
「なんだ?」
「いや、その……」
「なにをそんなに赤くなっている。いつも見てるだろう」
 そ、そうだけどさ。だってぼくら四日もしてないんだよ。ほとんど毎日だったのが四日もだ。ふだんだってレオの裸を見たらドキドキしちゃうのに、この状況でどうかするなって言う方が無理だよ。
「れ、レグルスもいることだし今日くらい服を着て寝たら?」
「バカを言うな。わたしはむかしから全裸で寝てきたんだ。文句を言われる筋合いはない」
 そう言ってレオは一切の衣服を取り払った。やわらかな肌、きれいなボディライン、そしてふくよかな胸はもちろん、下に生える緑色の茂みまでがあらわになり、それがカンテラの灯りにあやしく照らし出された。
 う、美しい……そして…………ゴクリ!
「あ、アーサー様! わわわ我々も寝ましょう!」
「そ、そうだね!」
 ぼくとレグルスはうわずった声を上げ、駆け足で布団に潜り込んだ。まったくなんて体だよ。非の打ちどころのない完璧なプロポーションで、指一本、髪の毛一本まで目が離せないほど妖艶で、あれじゃ男だけじゃなく女までとりこにしちゃうよ。しかもぼくらが見とれてるのに気づいたらしく、見せつけるみたいにポーズなんか取ってる。よくやるよ、ホント。
「フフフ。なんだおまえたち、わたしの美しさに参ってしまったのか」
「いいから早く寝なよ! 疲れてるんでしょ!」
「すまんすまん、美しすぎて毒だったな。おや、レグルスまで顔を赤くして。おまえもアーサーと引っくるめてかわいがってやろうか?」
「そ、そんな! 破廉恥はれんち! 破廉恥ですぅ!」
「あっはっはっはっは! 冗談だ、冗談。なにせ四日も風呂に入ってないんだからな。多少水浴びはしたとはいえ、におうに違いない。こんな体、アーサーに抱かせられん」
 よ、よ、よ、四日も風呂に入ってないレオの体! ううっ! なんてこと言うんだ! ぼくがレオのにおい好きなの知ってるくせに! こ、これじゃ寝れなくなっちゃうよ!
「それに本当に眠くてしょうがない。さすがのわたしも性欲より睡眠欲だ。もう寝るとしよう。どれ、寝心地は……うむ、見た目は悪いが生地がすべすべして気持ちがいい。枕もいい具合に頭にフィットして…………すや、すや……」
 あ! もう寝てる! こっちは目もあっちもギンギンだっていうのに! くそぉ、こうなったらトイレに行くふりしてこっそり……
「アーサー様、どちらに行かれるんですか?」
「えっ? いや、と、トイレに……」
「それでしたらわたくしも同行いたします」
「いや、いいよ!」
「いえ、先ほどのお話を聞く限り、単独での行動は危険です。それにこの里にはトイレがないようですし」
「えっ!?」
「地方ではよくあることじゃないですか。おそらく川や物陰でしているのでしょう。あるいはおけにでも溜めておくのかもしれません。とにかく勝手がわからない以上、で行うしかありません。お互い気恥ずかしいですが、わたくしが護衛につかせていただきます」
 そ、そんな……それじゃ変なことできないよ!
「小ですか? それとも大ですか?」
「………………し、小」
「ではわたくしが背後を守ります。左右、後方の警戒はお任せください。さ、行きましょう。溜めては体に毒ですから」
 ああ、さすがレグルス。しっかりしてるなぁ。なるべく前を見られないように歩かなきゃ。それにしても、こんな状態でおしっこなんか出るかなぁ。そもそも別にしたくないよぉ。とほほ……
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