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第七話 狙われた魔術師
狙われた魔術師 一
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若くして身内が亡くなるというのは本当に悲しいものです。わたしの友人も去年、三十一歳という若さでこの世を去りました。成人を迎えて以来、あんなに泣いたことはありません。
できればみんな天寿をまっとうしてほしいものですが、どうしても病や事故は起こります。自らいのちを絶ってしまうこともあります。最悪なのは、ひとがひとを殺すことです。
恐ろしいですね。なぜ殺人なんて悲しいことが起きるのでしょう。思うに、人間が不完全だからに違いありません。もし人間が完璧だったら犯罪なんて起こりません。
しかし完璧な世界なんておもしろいでしょうか。なにをすればいいか決まっていて、どう生きるのが正解かわかり、その通りに動く。それじゃまるでロボットです。
思った通りに生きられない。違うと知りつつも感情に踊らされる。そんなんだから、人間は生きていてたのしいんでしょうね。
第七話 狙われた魔術師
よくひとは夏と冬どっちが好きかって話すけど、ぼくは断然夏の方が好きだ。だって、冬は寒くて体が縮こまってしまう。するとおもてに出て動こうって気が起きないし、こころまで冷え込んでしまう。だけど夏はカーッと太陽が明るく照らして、体の隅々まで元気がみなぎって、じっとなんかしてられなくなる。
レオにそれを話すと、
「どっちもきらいだ。春と秋だけでいい」
なんて答えるんだからおもしろくないや。だって、暑い寒いのいやな部分を引っくるめてどっちが好きか訊いてるのに、いいところしかないのを選んじゃ意味ないじゃないか。
そんなレオだけど、今日に限っては、
「ふむ、夏も悪くない」
と言った。というのもぼくらはいま、劇場の帰りに街でかき氷を食べていた。
いったいだれが発明したのか。氷のかたまりを薄く削って山盛りにし、そこにジュースやお酒をかけてスプーンで食べる。これがただ飲み物を飲むよりおいしくて、日差しで熱くなった体をキーンと冷やしてくれる。数年前からぼくらの国でもブームになり、夏限定で専門店が開かれたりしている。
ぼくらはそんな、いっときの専門店に入り、今日見た劇の感想を語り合いながらかき氷を口にしていた。
「ぼくの舌どうなってる?」
「ははは、見事に緑色だ」
「れろれろ~、魔王ここに現れり! なんてね」
「アハハハ! ずいぶんとかわいい魔王がいたものだな!」
レオは館では絶対に見せない無邪気な笑いを見せた。彼女はぼくと街に遊びに行くと途端に気高さが消え、少女のように無垢になる。ふだんキリッとしてる分、余計にかわいく見えてしまう。
「しかし今日の魔王は下手くそだったな」
レオはぶどう酒をかけたかき氷を口に運び、んっ、と冷たさに小さくあえぎ、言った。
「あれでもう三十歳過ぎなんだろう? もう少しキレのある芸ができんものか」
「そうかな、ぼくは十分よかったと思うけど」
「新たな体によみがえった魔王だぞ。前世の威厳を持ちつつ、若い肉体のよろこびにこころから踊らねばならん。たしかに貫禄はあったが、うちから湧き上がる若々しいパワーが感じられなかった。あれではダメだ」
レオはそう言うとスプーンを置き、突然席を立ったかと思うと、胸の前でクロスさせた腕と、ややうつむいた頭をバッと開き、
「われ! よみがえりし!」
と荘厳な声を発し、
「無限の力! 無限の魔力! かつてこれほどのよろこびがあっただろうか!」
そう言ってゆっくり勇進し、霧を払うような仕草をしながら同時にキレよく首を振り、
「嗚呼、いまなら万の軍勢もひと声で殺せる! いまなら億の世界をひと晩で闇に染められる!」
そして立ち止まってババっと大の字に体を開き、
「われのほかにあるか! 真の支配者たる資格を持つものが、このわれのほかのどこにあるか!」
と言いながら悪党じみた笑みを浮かべ、視線で天井を舐めるように顔を動かした。
ぼくはレオの演技を見て、ぽーっと見惚れてしまった。
レオは言うだけあって演技が上手い。まるで本当にその人物になってしまったかのような演技力に加え、それを誇張して突出させる表現力、そして動きのキレ、どれを取ってもプロ顔負けだ。しかも素の声がきれいなうえに技術もあるから、魔王でも歌姫でもなんでもござれで、そこに世界一の美貌が加わるからどんなスターも敵わない。
完璧を超えた極上の芸。欠点などどこにもない。もしどうしてもアラを探すとしたら、醜い人物だけは演じられないことと、この芸がおもにベッドの上のなりきりプレイで磨かれたことくらいだろう。
「とまあ、これくらいやらねば及第点はやれんな」
レオは実に満足そうに髪を撫でて見せた。
そうしていると、店内の客が、
「ねえ、いまどこかですごくかっこいい声しなかった?」
「近くで公開演劇でもやってるのかな?」
と、ざわつきはじめた。
「おっと、いかんいかん。魔法が解けてしまう」
レオは慌てて席に着き、そそくさとかき氷を食べた。レオの言う魔法とは”顔を覚えられない魔法”のことだ。ぼくらは街に出るときいつもこの魔法をかけている。
この魔法をかけると、ひとことで言えば目立たなくなる。一切無個性な”人間”に見えるようになり、だれにも注目されなくなる。たとえるなら道端の草だ。道を歩いているとき明らかに変わった花が咲いていればだれもが目を止めるけど、なんの変哲もない草なら存在さえ気づかれない。その”ただの草”のようにひと目につかなくなる。
ただ、魔法は矛盾に弱いから、あんまり目立つことをすると”顔を覚えられない魔法”は解けてしまう。とくに声は気づかれやすい。レオはただでさえ緑色の髪で目立つのに、あんな迫力ある演技と声を見せれば注目されて当然だ。レオの絶大な魔力がなければいまごろ店中の視線が集まっていただろう。
「危ないよ、もう」
「すまんすまん、ついな」
しょうがないなぁレオは。本当に演技が好きなんだから。なにせ彼女は週にいちどは演劇を見なければ気が済まないほどの演劇好きで、もしいまの商売ができなくなったら「女優にでもなろうか」なんて言うくらいだ。たぶん思いつきじゃなくて本当にそう思ってるんだろう。
まあ、思うのは勝手だし、その実力もあると思うけどさ。だけど街中でこんなことされると困っちゃうよ。
「わたしの悪いところだ。すまんな」
そう言いつつもレオは、いい演技をした充実感で顔をほころばせ、
「で……どうだった?」
「そりゃまあ、見惚れちゃうくらいよかったけどさ」
「フフッ、そうか。フフフッ」
と、うれしそうに、照れ臭そうにほほを赤く染めた。もう、そんなかわいい顔されたら責められないじゃないか。肩縮こませてスプーンくわえちゃってさ。ずるいなレオは。ホントずるいや。
やがてぼくらは店を出て、館のみんなになにかお土産でも買って帰ろうという話になった。
「このあいだはアルテルフが獣耳の里に行けなくて残念がっていたからな。あいつの好物のチキンでも買ってってやるか」
「まさか鳥の丸を買うの?」
「いいんじゃないか? どうせみんなで食うんだ。それにわたしは食い物には金を惜しまん。たしかこの先にいい肉屋があったはずだから、そこでできてるのを買おう」
ぼくらは頂点を降った太陽の元、街の大通りを歩いた。
この街は劇場が三軒もあるだけあってかなり栄えている。大通りは両手を開いた人間が五人は通れるほど広い。しかしそれさえも狭く感じるほど人通りが多く、馬車なんか通るとみんなで脇に寄るから足を踏まれないようにするのが大変だ。
そんな人波の真ん中を堂々と歩く集団があった。
ぼくらの向かう先から、赤いマントと多様な仮面に身を包んだ一団がこちらに歩いてくる。
「ほう、魔術師団か」
レオはそう言って品定めでもするように彼らを眺めた。
魔術師団——文字通り魔術師の一団だ。基本的に彼らは単身で商売をしない。というのも魔法の仕事は料金が高額で、客の奪い合いが激しい魔術師業界では暗殺がはびこっており、新人がひとりで起業しようのもならすぐに殺されてしまう。
だからどこの街でも魔術師はかならず団を作る。というかまず団があり、そこに入団する。そうしなければ魔法を収入源にすることはできない。集団に睨まれて仕事ができるのはおなじく集団か、数をもしのぐ実力者だけだ。レオはそんな争いを避けるために森で暮らしているし、アクアリウスは薬師という立場で旅をしている。
「団は大変だな。この暑いのにあんな格好で街を歩かにゃならんのだから」
とレオがあざ笑う彼らの格好は、魔術師がひと前に出るときの正式な装衣だ。
どれほど腕の立つ魔術師でも暗殺だけは恐い。だから彼らは素性を隠すために髪まで隠れるフード付きのマントで全身を覆い、仮面をかぶって仕事をする。素顔は仲間うちでしか見せない。中には仲間にさえ秘密にする者もいる。それほど魔術師は暗殺を恐れている。
彼らは縦長の三角形の陣形で歩いていた。先頭は、見るからに金がかかっていそうなきらびやかな仮面を着け、隊のうしろに行くにつれて少しずつ地味なものになっている。これはどこも共通のしきたりで、立場や実力によって着けていい仮面が決まっており、最終的に下っ端は白い無地の仮面しか許されない。
仮面に赤マントという集団は、見た目の異様さはもちろん、魔術師という物騒な職業ゆえに恐れられ、だれもが彼らに道を開けた。レオも恐れているわけではないが、ぶつかればトラブルは間逃れないので、ぼくらは脇に寄って通り過ぎようとした。
そんなときだった。
隊の最後尾、白仮面のひとりがぼくらを見た。
——えっ?
ぼくらは顔を覚えられない魔法をかけている。だからだれにも注目されないし、下手をすれば認識さえされない。
しかしそいつは間違いなくぼくらを見ていた。足を止め、はっきりぼくと顔を合わせた。
「行くぞアーサー」
レオが素知らぬ顔で声をひそめた。ぼくもおなじように前を向き、
「そうだね」
と足早に歩いた。
魔術師団とすれ違って約十秒後、レオは真剣な顔つきで言った。
「すぐに帰るぞ」
「うん……」
「まさかわたしの魔法を見破るヤツがいるとはな。しかも白仮面だ」
彼らはもう遠く離れている。しかしレオの声はまだ小さかった。無敵のレオでさえ暗殺は恐い。正面から戦えばだれにも負けないが、もし突然死角から襲われれば、たとえレオでも対処できない。
「チキンは?」
「またこんどにしよう。長居は禁物だ。……しかし参ったな。もうこの街には来れん。いい劇場があったんだがなぁ……」
口惜しそうにレオは路地を曲がった。この街は森から徒歩一時間と近く、劇場が複数あって商店も栄えている。ほかにもいい街がないわけではないが、それにはもっと遠くまで足を伸ばす必要がある。
「はぁ……」
と、ため息をつくレオを見ると、ぼくまで残念な気持ちになった。レオは本当に演劇が好きなんだ。できることなら都会に住んで、毎日毎日劇を見て酒を飲みたいって言うくらいだ。それなのに、なんとかならないかなぁ。
「無理だ。顔を隠せない以上もうこの街には来れん」
レオがそう言うんじゃしょうがない。ぼくらは早々に街を立ち去ることにした。なるべくひと気のない裏道を通り、街と街道を隔てる門の前までたどり着いた。
あとは外に出るだけ。その門を見上げたレオは足を止め、にぎやかな街並みを振り返った。
もう二度と来ることはない——そんな感慨にふけっているのだろう。哀愁をたたえるレオの瞳は細く潤んでいた。
そんな、視線のはるか向こうから、
「おーい!」
だれかが手を振りながらこっちに走って来た。遠くてよく見えないが若い男の声だ。
「おーい、アーサー!」
「えっ!?」
ぼくはぎょっと肩を跳ねさせた。ぼくの名を呼んでる!? いったいだれだろう。この街に知り合いはいないはずだけど……
「アーサー、応えるなよ」
レオが低い声で言った。
「名を呼ばれて返事をすれば、魔法が解けてしまう。間違っても返事だけはするな」
レオはぼくの斜め後ろに立ち、背中越しに痛いほどの殺気を放った。口には出さないが”いつでも殺せる”と言っている。
「逃げた方がいいんじゃないの?」
「いや、わたしもおまえも死相が出ていない。つまり死ぬことはない。ならせっかくだ、あいつの正体を知りたい」
「もしかしてさっきの白仮面かな?」
「おそらくな。ほかに感づかれた気配がない」
男はぼくに向かってまっすぐ走ってきた。それにつれて少しづつ顔かたちが見えるようになってくる。
「あれ?」
ぼくは彼に見覚えがあった。間違いなくあいつだ。ぼくがあいつを見間違えるはずがない。だけどそんなバカな……だってあいつがこんなところで魔術師なんかやってるはずがない……
そんなぼくの予想に答えを聞かせるように男は叫んだ。
「おーい、おれだよー! コジャッブだよー!」
「こ、コジャッブ!? やっぱりコジャッブなの!?」
ぼくは歓喜に震え、手を振り返した。まさかそんな、またコジャッブに会えるなんて!
もう二度と会えないと思っていた。だってあいつは騎士だ。あいつはいまごろ都で騎士団の一員として日々剣を振るっているはずだ。それがどうして街で魔術師なんかしているんだろう。
ううん、そんなことどうだっていい。だってコジャッブに会えたんだ! 親友と再会できたんだ! あとはなにがどうだろうが知ったこっちゃないよ!
できればみんな天寿をまっとうしてほしいものですが、どうしても病や事故は起こります。自らいのちを絶ってしまうこともあります。最悪なのは、ひとがひとを殺すことです。
恐ろしいですね。なぜ殺人なんて悲しいことが起きるのでしょう。思うに、人間が不完全だからに違いありません。もし人間が完璧だったら犯罪なんて起こりません。
しかし完璧な世界なんておもしろいでしょうか。なにをすればいいか決まっていて、どう生きるのが正解かわかり、その通りに動く。それじゃまるでロボットです。
思った通りに生きられない。違うと知りつつも感情に踊らされる。そんなんだから、人間は生きていてたのしいんでしょうね。
第七話 狙われた魔術師
よくひとは夏と冬どっちが好きかって話すけど、ぼくは断然夏の方が好きだ。だって、冬は寒くて体が縮こまってしまう。するとおもてに出て動こうって気が起きないし、こころまで冷え込んでしまう。だけど夏はカーッと太陽が明るく照らして、体の隅々まで元気がみなぎって、じっとなんかしてられなくなる。
レオにそれを話すと、
「どっちもきらいだ。春と秋だけでいい」
なんて答えるんだからおもしろくないや。だって、暑い寒いのいやな部分を引っくるめてどっちが好きか訊いてるのに、いいところしかないのを選んじゃ意味ないじゃないか。
そんなレオだけど、今日に限っては、
「ふむ、夏も悪くない」
と言った。というのもぼくらはいま、劇場の帰りに街でかき氷を食べていた。
いったいだれが発明したのか。氷のかたまりを薄く削って山盛りにし、そこにジュースやお酒をかけてスプーンで食べる。これがただ飲み物を飲むよりおいしくて、日差しで熱くなった体をキーンと冷やしてくれる。数年前からぼくらの国でもブームになり、夏限定で専門店が開かれたりしている。
ぼくらはそんな、いっときの専門店に入り、今日見た劇の感想を語り合いながらかき氷を口にしていた。
「ぼくの舌どうなってる?」
「ははは、見事に緑色だ」
「れろれろ~、魔王ここに現れり! なんてね」
「アハハハ! ずいぶんとかわいい魔王がいたものだな!」
レオは館では絶対に見せない無邪気な笑いを見せた。彼女はぼくと街に遊びに行くと途端に気高さが消え、少女のように無垢になる。ふだんキリッとしてる分、余計にかわいく見えてしまう。
「しかし今日の魔王は下手くそだったな」
レオはぶどう酒をかけたかき氷を口に運び、んっ、と冷たさに小さくあえぎ、言った。
「あれでもう三十歳過ぎなんだろう? もう少しキレのある芸ができんものか」
「そうかな、ぼくは十分よかったと思うけど」
「新たな体によみがえった魔王だぞ。前世の威厳を持ちつつ、若い肉体のよろこびにこころから踊らねばならん。たしかに貫禄はあったが、うちから湧き上がる若々しいパワーが感じられなかった。あれではダメだ」
レオはそう言うとスプーンを置き、突然席を立ったかと思うと、胸の前でクロスさせた腕と、ややうつむいた頭をバッと開き、
「われ! よみがえりし!」
と荘厳な声を発し、
「無限の力! 無限の魔力! かつてこれほどのよろこびがあっただろうか!」
そう言ってゆっくり勇進し、霧を払うような仕草をしながら同時にキレよく首を振り、
「嗚呼、いまなら万の軍勢もひと声で殺せる! いまなら億の世界をひと晩で闇に染められる!」
そして立ち止まってババっと大の字に体を開き、
「われのほかにあるか! 真の支配者たる資格を持つものが、このわれのほかのどこにあるか!」
と言いながら悪党じみた笑みを浮かべ、視線で天井を舐めるように顔を動かした。
ぼくはレオの演技を見て、ぽーっと見惚れてしまった。
レオは言うだけあって演技が上手い。まるで本当にその人物になってしまったかのような演技力に加え、それを誇張して突出させる表現力、そして動きのキレ、どれを取ってもプロ顔負けだ。しかも素の声がきれいなうえに技術もあるから、魔王でも歌姫でもなんでもござれで、そこに世界一の美貌が加わるからどんなスターも敵わない。
完璧を超えた極上の芸。欠点などどこにもない。もしどうしてもアラを探すとしたら、醜い人物だけは演じられないことと、この芸がおもにベッドの上のなりきりプレイで磨かれたことくらいだろう。
「とまあ、これくらいやらねば及第点はやれんな」
レオは実に満足そうに髪を撫でて見せた。
そうしていると、店内の客が、
「ねえ、いまどこかですごくかっこいい声しなかった?」
「近くで公開演劇でもやってるのかな?」
と、ざわつきはじめた。
「おっと、いかんいかん。魔法が解けてしまう」
レオは慌てて席に着き、そそくさとかき氷を食べた。レオの言う魔法とは”顔を覚えられない魔法”のことだ。ぼくらは街に出るときいつもこの魔法をかけている。
この魔法をかけると、ひとことで言えば目立たなくなる。一切無個性な”人間”に見えるようになり、だれにも注目されなくなる。たとえるなら道端の草だ。道を歩いているとき明らかに変わった花が咲いていればだれもが目を止めるけど、なんの変哲もない草なら存在さえ気づかれない。その”ただの草”のようにひと目につかなくなる。
ただ、魔法は矛盾に弱いから、あんまり目立つことをすると”顔を覚えられない魔法”は解けてしまう。とくに声は気づかれやすい。レオはただでさえ緑色の髪で目立つのに、あんな迫力ある演技と声を見せれば注目されて当然だ。レオの絶大な魔力がなければいまごろ店中の視線が集まっていただろう。
「危ないよ、もう」
「すまんすまん、ついな」
しょうがないなぁレオは。本当に演技が好きなんだから。なにせ彼女は週にいちどは演劇を見なければ気が済まないほどの演劇好きで、もしいまの商売ができなくなったら「女優にでもなろうか」なんて言うくらいだ。たぶん思いつきじゃなくて本当にそう思ってるんだろう。
まあ、思うのは勝手だし、その実力もあると思うけどさ。だけど街中でこんなことされると困っちゃうよ。
「わたしの悪いところだ。すまんな」
そう言いつつもレオは、いい演技をした充実感で顔をほころばせ、
「で……どうだった?」
「そりゃまあ、見惚れちゃうくらいよかったけどさ」
「フフッ、そうか。フフフッ」
と、うれしそうに、照れ臭そうにほほを赤く染めた。もう、そんなかわいい顔されたら責められないじゃないか。肩縮こませてスプーンくわえちゃってさ。ずるいなレオは。ホントずるいや。
やがてぼくらは店を出て、館のみんなになにかお土産でも買って帰ろうという話になった。
「このあいだはアルテルフが獣耳の里に行けなくて残念がっていたからな。あいつの好物のチキンでも買ってってやるか」
「まさか鳥の丸を買うの?」
「いいんじゃないか? どうせみんなで食うんだ。それにわたしは食い物には金を惜しまん。たしかこの先にいい肉屋があったはずだから、そこでできてるのを買おう」
ぼくらは頂点を降った太陽の元、街の大通りを歩いた。
この街は劇場が三軒もあるだけあってかなり栄えている。大通りは両手を開いた人間が五人は通れるほど広い。しかしそれさえも狭く感じるほど人通りが多く、馬車なんか通るとみんなで脇に寄るから足を踏まれないようにするのが大変だ。
そんな人波の真ん中を堂々と歩く集団があった。
ぼくらの向かう先から、赤いマントと多様な仮面に身を包んだ一団がこちらに歩いてくる。
「ほう、魔術師団か」
レオはそう言って品定めでもするように彼らを眺めた。
魔術師団——文字通り魔術師の一団だ。基本的に彼らは単身で商売をしない。というのも魔法の仕事は料金が高額で、客の奪い合いが激しい魔術師業界では暗殺がはびこっており、新人がひとりで起業しようのもならすぐに殺されてしまう。
だからどこの街でも魔術師はかならず団を作る。というかまず団があり、そこに入団する。そうしなければ魔法を収入源にすることはできない。集団に睨まれて仕事ができるのはおなじく集団か、数をもしのぐ実力者だけだ。レオはそんな争いを避けるために森で暮らしているし、アクアリウスは薬師という立場で旅をしている。
「団は大変だな。この暑いのにあんな格好で街を歩かにゃならんのだから」
とレオがあざ笑う彼らの格好は、魔術師がひと前に出るときの正式な装衣だ。
どれほど腕の立つ魔術師でも暗殺だけは恐い。だから彼らは素性を隠すために髪まで隠れるフード付きのマントで全身を覆い、仮面をかぶって仕事をする。素顔は仲間うちでしか見せない。中には仲間にさえ秘密にする者もいる。それほど魔術師は暗殺を恐れている。
彼らは縦長の三角形の陣形で歩いていた。先頭は、見るからに金がかかっていそうなきらびやかな仮面を着け、隊のうしろに行くにつれて少しずつ地味なものになっている。これはどこも共通のしきたりで、立場や実力によって着けていい仮面が決まっており、最終的に下っ端は白い無地の仮面しか許されない。
仮面に赤マントという集団は、見た目の異様さはもちろん、魔術師という物騒な職業ゆえに恐れられ、だれもが彼らに道を開けた。レオも恐れているわけではないが、ぶつかればトラブルは間逃れないので、ぼくらは脇に寄って通り過ぎようとした。
そんなときだった。
隊の最後尾、白仮面のひとりがぼくらを見た。
——えっ?
ぼくらは顔を覚えられない魔法をかけている。だからだれにも注目されないし、下手をすれば認識さえされない。
しかしそいつは間違いなくぼくらを見ていた。足を止め、はっきりぼくと顔を合わせた。
「行くぞアーサー」
レオが素知らぬ顔で声をひそめた。ぼくもおなじように前を向き、
「そうだね」
と足早に歩いた。
魔術師団とすれ違って約十秒後、レオは真剣な顔つきで言った。
「すぐに帰るぞ」
「うん……」
「まさかわたしの魔法を見破るヤツがいるとはな。しかも白仮面だ」
彼らはもう遠く離れている。しかしレオの声はまだ小さかった。無敵のレオでさえ暗殺は恐い。正面から戦えばだれにも負けないが、もし突然死角から襲われれば、たとえレオでも対処できない。
「チキンは?」
「またこんどにしよう。長居は禁物だ。……しかし参ったな。もうこの街には来れん。いい劇場があったんだがなぁ……」
口惜しそうにレオは路地を曲がった。この街は森から徒歩一時間と近く、劇場が複数あって商店も栄えている。ほかにもいい街がないわけではないが、それにはもっと遠くまで足を伸ばす必要がある。
「はぁ……」
と、ため息をつくレオを見ると、ぼくまで残念な気持ちになった。レオは本当に演劇が好きなんだ。できることなら都会に住んで、毎日毎日劇を見て酒を飲みたいって言うくらいだ。それなのに、なんとかならないかなぁ。
「無理だ。顔を隠せない以上もうこの街には来れん」
レオがそう言うんじゃしょうがない。ぼくらは早々に街を立ち去ることにした。なるべくひと気のない裏道を通り、街と街道を隔てる門の前までたどり着いた。
あとは外に出るだけ。その門を見上げたレオは足を止め、にぎやかな街並みを振り返った。
もう二度と来ることはない——そんな感慨にふけっているのだろう。哀愁をたたえるレオの瞳は細く潤んでいた。
そんな、視線のはるか向こうから、
「おーい!」
だれかが手を振りながらこっちに走って来た。遠くてよく見えないが若い男の声だ。
「おーい、アーサー!」
「えっ!?」
ぼくはぎょっと肩を跳ねさせた。ぼくの名を呼んでる!? いったいだれだろう。この街に知り合いはいないはずだけど……
「アーサー、応えるなよ」
レオが低い声で言った。
「名を呼ばれて返事をすれば、魔法が解けてしまう。間違っても返事だけはするな」
レオはぼくの斜め後ろに立ち、背中越しに痛いほどの殺気を放った。口には出さないが”いつでも殺せる”と言っている。
「逃げた方がいいんじゃないの?」
「いや、わたしもおまえも死相が出ていない。つまり死ぬことはない。ならせっかくだ、あいつの正体を知りたい」
「もしかしてさっきの白仮面かな?」
「おそらくな。ほかに感づかれた気配がない」
男はぼくに向かってまっすぐ走ってきた。それにつれて少しづつ顔かたちが見えるようになってくる。
「あれ?」
ぼくは彼に見覚えがあった。間違いなくあいつだ。ぼくがあいつを見間違えるはずがない。だけどそんなバカな……だってあいつがこんなところで魔術師なんかやってるはずがない……
そんなぼくの予想に答えを聞かせるように男は叫んだ。
「おーい、おれだよー! コジャッブだよー!」
「こ、コジャッブ!? やっぱりコジャッブなの!?」
ぼくは歓喜に震え、手を振り返した。まさかそんな、またコジャッブに会えるなんて!
もう二度と会えないと思っていた。だってあいつは騎士だ。あいつはいまごろ都で騎士団の一員として日々剣を振るっているはずだ。それがどうして街で魔術師なんかしているんだろう。
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辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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