魂売りのレオ

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第九話 アーサーのお留守番

アーサーのお留守番 四

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「ごめんなさい、レオ様。失敗しました」
 そう言ってアルテルフがブローチを持ってわたしに頭を下げた。
「あとちょっとだと思ったんですけどねー」
「そうだな、実に惜しかった」
 と、わたしはアルテルフからブローチを受け取った。
「ま、おもしろいものが見れたからいいとしよう」
「そうね、とてもおもしろかったわ」
 アクア様はご満悦だった。なにせひとの旦那が少女にいいようにされるところを覗き見していたのだ。アクア様がおよろこびにならないはずがない。食い入るように鏡を見ながら、
「まあ! されるがままよ! あら、あら! まあー!」
 と息を荒げて顔を紅潮させ、閉じた脚をもじもじさせていた。おそらく発情していたに違いない。
 まったく、このひとには節操と言うものがないのだろうか。……いや、あるはずがなかったな。アクア様はあばずれだ。いつでもどこでもメスになる。
 そんなアクア様がおっしゃった。
「でもこれでアーサー君が浮気をしないってわかったわね。よかったじゃない」
 そう、しなかった。ここぞというところで踏みとどまった。つまり、あいつはどんなときでもわたしとの約束を守る、本物の愛を持っているということだ。
 が、それではわたしが間違いを言ったことになる。
 あいつは浮気をするに決まっている。妻以外の女にも誘われればほいほい乗っかるに決まっている。そうしてもらわなければ、浮気すると言ったわたしが”負け”になる。このわたしが恥をかくことになる。いくら師匠相手とはいえそれだけは我慢ならん。
 そこで、
「いえ、アクア様。まだはじまったばかりです」
「え?」
「まだアルテルフがいちど試しただけです。わたしの使い魔は四匹います」
「ああ、そういうこと」
 アクア様はご納得された。いちどの試行で結論を出すのは間違いだとわかってくださった。もっとも、このひとはただ見たいだけだろうが。
「アルテルフ、デネボラを呼んでこい」
「はい、デネボラですね」
「いいか、アーサーに見つからないよう注意しろよ」
 それからほどなくしてデネボラがやって来た。
 しかし相変わらずだらしないヤツだ。ムチムチと余計な肉を蓄えおって。顔が太くないからまだいいが、これ以上不摂生ふせっせいを繰り返したらデブになってしまうぞ。
 しかしアーサーはこの体が案外いいらしい。まあ、胸もでかいしな。それにわたしの使い魔なだけあってなかなかの美人だ。ゆるい栗色の髪とおっとりした表情があたたかく、実に包容力がある。
 わたしはデネボラにブローチを手渡し、なにをするのか説明した。すると、
「ええっとぉ、それわたしがやるんですかぁ?」
「なんだ、いやなのか?」
「だってぇ、わたしそんなに魅力ないですしぃ、それにそういうことしたことないですしぃ、別にいやってわけじゃないですけどぉ……」
 なるほど、たしかにこいつから性的な話は聞いたことがないし、なにかしたという噂すらない。自信がないのも事実だろう。だが、
「安心しろ。おまえは十分魅力的だ」
「えっ?」
「そのでかい胸、おっとりした雰囲気、どれも男をたぶらかすには持ってこいだ。少しくらいだらしなくてもそれを補うだけの武器がある。だから行ってこい。そしてアーサーにお漏らしさせてこい」
「そ、そうですかぁ?」
 デネボラはほほを赤らめ、まんざらでもなさそうに微笑んだ。ふん、ちょろいヤツめ。困った顔をしていたくせに、少し褒めてやっただけでその気になりおって。操られているとも知らず、ニコニコ笑って「がんばりますぅ!」などと言って意気揚々と向かいおった。
「さあ、デネボラが行きました。アーサーが浮気するところをお見せいたしましょう」
「あら、ずいぶん自信満々ね。さっきあれだけのいたずらで踏みとどまったアーサー君がそう簡単に堕ちるかしら」
「ええ、堕ちます。なにせ男はでかい胸が大好きですから」
「そうねぇ……でも大きさよりかたちよ」
 とアクア様はご自身の胸を軽くアピールなさった。やや小ぶりだが、アクア様の見た目にぴったりマッチしてなかなかに魅力がある。そこでわたしも、
「おっしゃる通りです」
 と賛同しておいた。一応師匠だしな。それに実際同意見だ。もっとも、かたちうんぬんを語るのはそれなりに大きさがあってのことだがな。
 小さいヤツはそう崩れん。わたしのようにほどほどに大きく、やわらかく、いいかたちをしているのがベストなのだ。積み木を数段きれいに積んだところでだれも褒めやせん。高く大きくまっすぐに積んではじめて”見事”と言うのだ。
 ……おっと、どうやらデネボラがアーサーの元にたどり着いたらしい。
 ——アーサー様ぁ、ちょっとよろしいですかぁ?
 デネボラの声がブローチから鳴った。そして洗面所で顔を洗うアーサーの正面が鏡に映っていた。
 ——なに、デネボラ?
 ——わたしこれからデザートを作るんですけどぉ、お暇でしたらお手伝いしてもらえませんかぁ?
「なるほど、キッチンに誘い込むわけか」
「なにか作戦でもあるのかしら」
「おそらくは。なにせデネボラはいつも料理をしてますから。キッチンはあいつの庭みたいなものです」
「あら、じゃあ見ものね。料理をすると女の魅力は倍増するもの。ああん、早く見たいわぁ」
 アーサーはデネボラの頼みにうなずき、ふたりはキッチンへと入り込んだ。ベッドをふたつ縦に並べたほどの広いスペース。その入り口から入ってすぐ横の壁面に鏡がある。それでちょうど調理台に向かうふたりの全身を横から見ることができる。
 ——それじゃあアーサー様、卵を十個割って、このボウルの中でかき混ぜてもらえますかぁ?
 ——うん、いいよ。
「なにを作るんでしょう」
「プリンかケーキかしら? あ、きっとプリンね。デネボラちゃん、火の準備をして、砂糖と牛乳を用意してるわ」
「お詳しいですね」
「料理を知らないと旅なんかできないわ。なんでもいいってひとなら構わないでしょうけど、わたしはいいものを食べたいもの」
 ——あ、アーサー様、ダメですぅ。
 ——え?
 ——そんな混ぜ方じゃ卵がボウルからこぼれちゃいますよぉ。せっかくのプリンが減っちゃいますぅ。ちょっと待ってくださぁい。
「ほら、やっぱりプリンよ」
「そのようですね……お! デネボラのヤツ、後ろからアーサーに覆い被さりましたよ!」
「あらまあ!」
 ——いいですかぁ? こーやって手を動かすんですよぉ。
 ——う、うん。
「なるほど! アーサーの両手をつかんで動かすには背後から抱きつくのが一番やりやすい。つまり自然なかたちで胸を押し付けられるってわけですか!」
「まあー! おっぱいが潰れるくらいぎゅーぎゅー押しつけてるわ! あんなに密着して! まあー!」
「あははは! 見てくださいあのアーサーの顔! 目がおっ開いてますよ!」
「あららららまあー! お顔も真っ赤よ! それに緊張しちゃって、ぎこちないわぁー!」
 ——そうですよぉ、その調子ですぅ。
 ——わ、わかったよデネボラ。もうわかったから。
 ——あれぇ? どうしましたぁ? なんだか息が荒いですよぉ?
「おいおいアーサー、もう発情してしまったのか?」
「まっ! 見てレオ! アーサー君大きくしちゃってるわ!」
「あ、本当だ! 前が膨らんでますね! あっはっはっはっは!」
「まあー! やらしい! やらしいわぁー!」
 ——あ、あのさデネボラ! ぼくもう大丈夫だよ! ひとりでできるよ!
 ——そうですかぁ? ちょっと心配ですぅ。
 ——大丈夫だから! だから離れて! 早く!
 ——えっ?
「おや、離れてしまったぞ。もう終わりか?」
「あら残念ね。中途半端で終わっちゃったわ」
「……いや、どうでしょう。あの悲しそうな顔、なにか演技のにおいがします」
「いまにも泣きそうな顔ね。男をだますのにベストな表情だわ」
 ——ご、ごめんなさい……わたし、きらわれてるなんて知らなくて……
 ——えっ!?
 ——そうですよね。こんなおデブに触られたらいやですよね……
 ——そ、そんなことないよ!
 ——いいんです、わたしだらしない女ですから……
 ——違うよ! ぼくはデネボラが好きだよ! いつもデネボラが笑顔でいてくれたらって思ってるよ!
 ——本当ですかぁ?
 ——もちろんじゃないか!
 ——触られるの、いやじゃないですかぁ?
 ——いやなわけないじゃないか!
 ——じゃあ、ぎゅってしてください。
 ——えっ!?
 ——嘘じゃない証拠に、わたしの体抱きしめてください。
「あらまぁー! あの子やるわね! ストレートに抱きしめてなんてそうそう言えないわよ!」
「しかしちょっと展開に無理がありませんか? ふつうそんなこと言いますかね?」
「いいのよ、なんでも。嘘臭くっても目の前で女に泣かれそうになったら男はみんな信じちゃうわ。涙は女の最大の武器よ」
「なるほど、ちょろいものですね」
「そうそう、ちょろいものよ。ほら! あらーまあー!」
「おおー! 見事な抱きつきっぷりですね!」
「見て! デネボラちゃんも抱き返したわ! あれ当たってるんじゃないの?」
「当たってますね! どう見ても押しつけてる状態ですよ!」
「やるわねーあの子! アーサー君の腰をつかんで逃さないわ! ぐいぐい行ってるじゃない!」
「さすがにわざとらし過ぎません?」
「でもほら、女の涙のあとだから! ほらほら、アーサー君息がどんどん荒くなっていくわよ! もうダメかしら!」
「あははは! あえいでるじゃないですか! あんな切なそうな顔をして、もうダメか!? もうダメなのかアーサー!?」
 ——あーっ!
 ——わあっ!
「あら? いったいどうしたの……あら! 煙!」
「あっ、あのバカ! 鍋を空焚からだきしてたな!」
「ちょっと大丈夫これ!?」
「バカ! 早く消せ! そこに水があるだろ! ぶっかけろ! ああもう!」
 どうやら鍋は燃えていなかった。カンカンに焼かれて煙が出ていただけで、出火にまでは至っておらず、グリルの火を消すことで事態は収まった。
 しかしあのバカ、もし火事にでもなったらどうするつもりだ! 今日はたまたま出火しなかったからいいものの、本当に火が出ていたらどうにもならなかったぞバカ者め! あとでお仕置きだ!
 ……それにしてもなかなかアーサーは堕ちんな。このままではわたしの負けになってしまう。ううむ、残るはレグルスとゾスマだが……こいつらに誘惑などできるのだろうか。
 わたしがそんなことを考えているときだった。
「ねえレオ、ためしにわたしの使い魔を使ってみない?」
 とアクア様がおっしゃった。すると上空で、
「カアー、カアー」
 とカラスの鳴き声が聞こえた。
 なるほど、アクア様の使い魔、白カラスのサダルスードと黒カラスのサダルメリクか。案外いけるかもしれん。
「それはいい考えです。ぜひためしてもらいましょう」
 それがいい。残る二匹が使えそうにないいま、これ以上ないほどの助っ人だ。ここはが非でもがんばってもらおう。
 なにせアクア様の使い魔だ。とんだドスケベ・テクニックを持っているに違いない。
 ククク……アーサー、おまえももう終わりだ! おまえは堕ちる! おまえはアクア様の使い魔によって性欲の獣となるのだ! くっくっく、あーっはっはっはっは!
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