魂売りのレオ

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第十話 呪術師ライブラ

呪術師ライブラ 三

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 ぼくらは商品倉庫に来ていた。
 夜ふけの来客——呪術師のライブラは呪術に使うために魂を買いに来たという。
「いやぁ、本当ならあたしもこんな時間に来たかないんだけどさぁ。朝までしか時間がなくて、今夜じゅうにほしいんだよねぇ」
 と彼女は言うが、どんな魂がほしいのか、どういう理由で朝までなのかは話さない。あくまで「あたしが見て選ぶから、あんたは値段だけ言っておくれよ」としている。
 しかしこれはレオも承知していた。
「呪術師というのは決して依頼内容を話さん。ヤツらは頼まれれば人助けもするが、殺しもするし、下手をすれば一国の命運を握ることさえある。そんなヤツらに話を訊こうとすること自体が無意味だ」
 だからレオは本来他人には見せない商品倉庫にライブラを案内したし、いつものように自分で解決方法を組み立てない。
 以前レオは言っていた。
「依頼を受けて、はい言われた通りにしますじゃ素人もいいとこだ。プロというのは状況を理解し、自分で考え組み立てて、期待を超える最良の結果を出さなければならん」
 しかし今回は決して口出しをしないと言う。
「このアホヅラ女は気に食わんが、わずかに人相を見ただけで人格を読み取れるくらいだ。おそらく凄腕だろう。わたしは相手が本物である以上その仕事には敬意を持つ。こいつがどの魂を、どう使うのか、なぜ選ぶのか、それは外野がつついていいものではない。ま、顔は本当にアホヅラだがな」
「けっ、あたしもあんたみたいな性格の悪いブスはきらいだけど、仕事だけは尊敬しておくよ。こんなに高エネルギーな倉庫を見たのははじめてだからね。大したもんだよ、ブスだけど」
「あ・り・が・と・な。アホヅラ!」
「本当のことを言ったまでさぁ。中、外、両方ブス!」
「フンッ!」
 と、ふたりは同時に顔を背け合った。仲悪いなぁ。またケンカしてるよ。でもそれが仲よくも見えるから不思議だ。性格も似てるしね。
 だがそんなふたりも仕事となれば真剣になった。はじめは悪口を言い合っていたものの、ライブラが商品を選びはじめてから真面目な会話になり、気がつけば肩を近づけ和気あいあいとしている。
「ほー、これはいいねぇ。ずいぶん立派じゃないか。明るくって、たくましくて、値段もよさそうだねぇ」
「ほう、目がいいな。それは若くして死んだ巨大カジノのオーナーだ。安くはないが……今日ははじめてだし、きさまのようなクズでも一応は見込み客だ。多少勉強してやってもいいぞ」
「いやいや、見るだけさ。おや、こっちもいいねぇ。この辺のはみんな明るいのばっかりさね。ん、これもいいねぇ。おや、これも。あ、こいつもいいねぇ」
 ライブラはずいぶん長く物色を続けた。急ぎで来たくせにいつまで見てるんだろう。もう三十分以上経っている。女の買い物は寄り道が長いって聞くけどホントだなぁ。ぼくだったら目的のを見てすぐだよ。
 けどこれも仕事なんだってさ。
「悪いねぇ。でもいざ仕事で魂を使いたいってときに、あ~、あそこにあれがあったって思い出せれば助かるだろう? しょうがないのさぁ」
 そうかもしれないけどさ。こっちは暇でしょうがないよ。女ってめんどくさいなぁ。自分勝手でやんなっちゃう。
 と、ぼくがそんなことを考えていると、
「これにしようかねぇ」
 ライブラはひとつの魂を選んだ。
 それは青い魂だった。歳のころは四十前後。表面の色は薄く、中心に向かって黒味が増すような深い青色をしていた。
「ほう、それを選ぶのか……」
 レオは不思議そうに言った。というのも、その魂は強力なパワーがあるわけでもなければ激しい感情があるわけでもない。単なる過労死した主婦の魂で、特別呪術に使えるようなものではないそうだ。
「いったいどんな使い方を——」
 とレオが言いかけると、
「いくらだい?」
 さえぎるようにライブラが言った。
 それは「訊くな」という意味を含めていた。
「すまん、つい」
 レオは笑い混じりに謝り、値段を言った。だいたい平民がひと月働いて得るほどの金額だった。
「おや、ずいぶん安かぁないかい?」
「言ったろう。はじめてだから勉強すると」
「へえ……助かるねぇ。なにせ今回の仕事ったらお代がもらえるかわかんなくってさ」
「ほう、呪術師がお漏らしとはめずらしい」
 レオがそう言うと、ライブラはハッとして口を手で覆い、
「おっと、いけない」
 と、舌を出してあさってに目を向けた。
 金がもらえるかわからない? いったいどんな依頼なんだろう。
 そもそもぼくは呪術師がどんな仕事をするのか見たことない。なにをするのかすごく気になる。
 見てみたいなぁ……
「それじゃ、もらっていくよ」
 ライブラは腰元に下げていたポーチから金を出し、魂と引き換えにして館を出た。
 どうやら馬で来たらしい。玄関の側に一頭の馬が繋がれていた。
「悪かったねぇ、こんな時間に」
「なに、その分これから金を落としていってくれれば構わんさ」
「あはは、あとでなにか埋め合わせをするよ」
 それじゃ行かなくちゃ、とライブラは馬に乗った。
 日の出まであと五時間ほどしかない。これから街に行って依頼者と会うという。
「ところでアーサーさぁ」
 とライブラは手綱をつかんで言った。
「あんたその顔、あたしの仕事に興味があるね」
 えっ?
「そりゃあ、まあ……」
「絶対に見に来ちゃダメだよ。呪術師の仕事を覗き見なんてしたら、殺されても文句言えないんだからね」
 そう言ってライブラは馬を繰り、森の小道へと消えていった。
 すごいなぁ。なんでわかったんだろう。実はぼくは、レオに見に行ってみたいと提案するつもりだったんだ。だって、気になるじゃないか。それにすぐには眠れそうにないしね。ぼくらはだいぶ夜更かしの癖がついてるし、今夜は朝まで愛し合うつもりだったから栄養のあるものやコーヒーをたっぷりっている。どうせ眠れないなら見に行きたかった。
 はたしてそんなぼくのこころを知ってか、
「なあ、アーサー。覗き見に行かないか?」
 とレオが言った。
「実はわたしも興味がある。あの魂でなにをするのか想像がつかん。ぜひ知りたい。なに、デネボラがいればあとを追える。あいつにはひとの行き先を探知する特殊能力があるからな。どうだ、行かないか?」
「でもライブラは来るなって言ってたよ?」
「バレなきゃいいんだ。あたりまえだろう」
 ううん……そりゃそうだろうけど、いいのかなぁ?
「いいんだ。ほら、おまえも気になるだろ? それじゃ行くからすぐに準備しろ」
 そんなこんなで結局行くことになった。たしかに見てみたいけど、いいのかなぁ……?
 ぼくは外出用の服に着替え、再び玄関に戻って来た。するとそこには、レオとデネボラ、そしてゾスマがいた。
「あれ、ゾスマ?」
「おはよう、アーサー様」
 どうやら寝ていたところを叩き起こされたらしい。彼女はじっとりした目をふだん以上にじとーっとさせ、上半身が右に左にフラフラしていた。
「どうしてゾスマが?」
「ああ、こいつも連れて行こうと思ってな」
「どうして?」
「こいつは魔法が使える。そこまで優秀ではないが、いれば便利だし、それに糸が使える」
 そう、ゾスマはレオの使い魔の中で唯一魔法の才能がある。一流とまではいかないが、それなりに濃い緑色の魔力を放つことができる。
 中でも一番得意は糸の魔法だ。ゾスマは魔力を使って粘性、非粘性の糸を作り出し、瞬時に他者を拘束することができる。それはかなり強靭きょうじんで、おそらく人間の力では引きちぎれない。
 ぼくも体験したことがあるからよくわかる。その日ぼくはベッドで昼寝をしていた。すると突然ゾスマが現れ、ぼくの両手足に糸をぐるぐる巻きつけ、そこから糸を伸ばして四方の壁にびったり張り付けた。
 そこにレオが来て、
「たまにはこういうのもいい」
 と強姦まがいのことをした。ぼくは必死にもがいたけど、どうやっても糸は切れず、なすがままだった。
 伸縮性があってちぎれにくく、魔力ゆえに断ち切りにくい。柔と剛をあわせ持つ。
 そんな魔法糸を操るゾスマを連れていくという。
「こいつの糸は便利だからな。魔法はひとつのものにひとつしかかけられん。しかし糸で拘束すれば、動けなくさせると同時に別の魔法がかけられる。連れていって損はないだろう」
「でも大丈夫かな?」
「なにがだ?」
「だって、いくらゾスマが軽いからってさすがに三人は重いんじゃないかな?」
 そう言いながらデネボラを見ると、彼女は真顔で、うん、うん、とうなずいた。
 彼女は馬だ。いまはひとの姿に変げしているけど、元の姿ではよく客を送迎したり、用事でレオを乗せたりする。
 だが彼女は大の運動ぎらいだ。疲れることがいやで、運動不足で食べてばかり。そのせいか馬にしては肥えており、荷車程度の馬車さえろくに引けない。そんな彼女が三人も乗せられるだろうか。
「おまえ、まさか本気で言ってるのか?」
 レオは心底呆れた顔で言った。いや、だって三人だよ? 重いよ?
「まったく……ゾスマは蜘蛛だぞ」
 レオがそう言った途端、ゾスマが消えた。
「えっ!?」
 ぼくとデネボラは驚いて辺りを見回した。さっきまで目の前にいたはずなのに、どうしてしまったんだ!?
「バカ、わたしの肩をよく見ろ」
「あっ」
 そこには一匹の蜘蛛がいた。小指の爪ほどの黒い胴体に、黄色の細長い脚の小さな蜘蛛。ゾスマ本来の姿だ。
「こいつの体重はほぼないに等しい。事実上わたしとアーサーのふたりだけだ」
 そっか。それなら大丈夫だね。いつもひとりしか乗せないデネボラだけど、ぼくもレオも軽いしいけるだろう。
 ——と思ったが、それでもデネボラはいやがった。
「重たいのいやですぅ」
「なに? おまえ馬だろう」
「でもふたりも乗せるなんて絶対いやですぅ」
「ば、バカ。大男ふたり乗せようっていうんじゃないぞ。わたしとアーサーだぞ。それでも馬か」
「だってぇ~」
 デネボラはかたくなだった。彼女は一見柔和にゅうわで素直に見えるが、その実レオの使い魔の中で最も聞かん坊だ。とくに体力仕事に関しては顕著で、下手をすれば本当に必要な仕事でもぐだぐだ言う。今回のようなお遊びとなれば、もうテコでも動かない。
「おまえはわたしのしもべだろう! 命令に従え!」
「いやですぅ! 重たいのいやぁ!」
「馬だろう!」
「馬でもやなんですぅ!」
「おまえなあ!」
 あーもう、これじゃどうしようもないや。こうなったら巨虎レグルスを起こして彼女に乗せてもらうか? でもあの子は不真面目なことが大きらいだから、覗き見しに行くなんて聞いたら逆に説教してきそうだしなぁ。
 レオがデネボラを説得できず、あーだこーだ言っていると、ふとゾスマがひとの姿で地上に立ち、唐突に言った。
「ねえデネボラ、ケーキ食べたい?」
「へっ!? ケーキ!?」
 デネボラの目がぱあっと輝いた。彼女は甘いものに目がない。ケーキという言葉を聞いただけでヨダレを垂らしてしまう。
「ケーキ食べたい?」
「た、食べたぁい!」
「ふーん。いい子にしてたらご褒美もらえるかもね」
 そう言ってゾスマは再び蜘蛛に戻った。
「なに勝手なことを……」
 そう漏らすレオだったが、デネボラを見た瞬間ぎょっとした。
 デネボラはもう馬に戻っていた。そしてぼくらに乗れと言いたげに、
「ひひぃん、ぶるるっ」
 と、いなないて見せた。
 レオは唖然としてそれを見たあと、疲れた顔でぼくを見て、ゆっくりデネボラに視線を戻した。
 そしてひとこと、こう言った。
「わたしはときどき自分がこいつらの下僕じゃないかと思うときがあるよ」
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