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第十一話 悪徳! 海の家
悪徳! 海の家 四
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ぼくらはキャンサーの店、カニ・クラブの休憩室にいた。
あのあとキャンサーが、
「なんだかわからないけど、とにかくこっちに来るでやんす!」
と、ぼくを引っ張り込んでくれて、さらには売り物のトランクス型水着をくれた。
「いやはや、驚いたでやんすよ。なんであんな格好をしていたんでやすか」
「わたしが着せたんだ」
と”顔を覚えられない魔法”を解いたレオが言った。
「こいつに女装をさせたくてな。しかし……いつもあれほどこの魔法をかけているときは名乗るなと言っているのに、まさか名乗ってしまうとは……」
「ご、ごめん……」
ぼくはしゅんとして頭を下げた。レオは少し怒っているようだった。呆れているとも感じる。
「ひさしぶりにキャンサーに会ったからうれしくて、つい……」
「いやあ、あっしもうれしいでやんすよ」
キャンサーは場をとりなすように明るく振る舞い、
「しかし世間は狭いでやんすねぇ。魔の森からはだいぶ遠いでやすよ」
「ああ、海に用があってな。仕事がてらに旅行に来たんだ」
「へえ、仕事でやすか。なにしに来たでやんす?」
「霊魂を捕らえに来たんだ。水の多いところは怨霊が集まりやすいからな。海沿いとくればたいてい心霊スポットがあるだろう」
「たしかに向こうの崖にそういう噂がありやすね。なんでも自殺者が呼び込まれるらしいでやんすよ」
「それより」
レオは室内にあったウィスキーのビンを勝手に開封しながら言った。
「おまえ、こんなところでなにしてるんだ?」
「へえ、海の家でやんす」
「いや、それは見ればわかる。そうじゃなくてカジノはどうした?」
「へえ、こかしたでやんす」
「こかした!?」
ぼくとレオは同時に声を上げた。
「あ、あの巨大カジノをこかしたのか……?」
「へえ。ひと月でパーでやんす」
「な、なにがあったというんだ……」
「へへへ。まったく、おもしろいものでやしてね」
そう言ってキャンサーは語り出した。
彼は元々木工職人だった。
当然営業の心得などない。接客のノウハウなど知るよしもない。
そんな彼がカジノの経営などできるはずがなかった。
だが彼は店長を雇わなかった。
理由は簡単。「だれも信用していないから」
ひとをだまし、あざむき、そうして地位を手に入れた男だ。すべてが敵に見えたことだろう。
店長など雇えばいずれ店を乗っ取られると思った。また、オーナーの地位を得るために利用した右腕たちはこっそりと”処分”してしまった。秘密を知っている人間を生かしておくわけにはいかなかった。
彼は敵を作らないことに執心した。が、そのための判断はすべて間違っていた。
店を経営できる人間を雇わず、実力のある仲間を排除し、やったことといえば従業員の給料を上げたことだけ。
たしかにそれで味方は増えたが、その結果生まれたのは素人オーナーへのイエスマンだった。
おかげで店はめちゃくちゃになった。
状況というのは常に変化する。シーズンであったり、給料日であったり、世間の浮き沈みであったり——とにかくさまざまだ。
経営者はそれらの状況を常に観察し、的確な判断を下さなければならない。
しかし彼は放置した。
大きな店だから放っておいても客は来るだろうと見込み、毎日遊んで暮らした。
そんな甘い状況だから、プロの餌食となった。
彼らは狩場と見れば容赦しない。ギャンブルで生計を立てるという際どい暮らしをする以上、稼げると判断したら目いっぱい稼ぐ。対策されるか、出入り禁止になるまでとことんしゃぶり尽くす。
技術や知能で稼ぐ者はもちろん、仕事師(いかさまのプロ)も数多く集まった。
店は大赤字になり、対策が必要となった。
そこでも彼は悪手を打った。
なんとスタッフにいかさまをするよう指示したのだ。
キャンサーは基本、悪党である。頭を使う場面になれば、正攻法より邪道を好む。木工職人のころはごく平凡な男だったが、巨額の金が手に入ったことでそれが顕著になったのだろう。
仕事師をひとり捕まえ、そいつを大金で雇った。そしてスタッフにいかさまを教えさせた。
その結果、店が崩壊した。
仕事師はたしかに仕事をした。スタッフ全員が技能を得るまで懇切丁寧に教育をした。
しかし同時に情報を売った。
すると、客が大勝負に出ればディーラーがいかさまをすると知れ渡り、それを逆手にとって多くの者が荒稼ぎした。隙をついて勝負に勝つ者もいれば、いかさまの現場を取り押さえて賠償金をせびる者もいた。
やがて店内は騒然とし、まともな客はいなくなった。
さすがのキャンサーもこれはまずいと思ったのだろう。彼はこの危機を抜け出す最上の一手を打った。
なんと店の金を持ってトンズラこいたのである。
といっても全財産ではない。雲隠れするには持ち運べる限度がある。
贅沢をしなければ数年は暮らせるほどの額を馬車に乗せ、彼は夜逃げした。遠い海沿いの街に落ち延び、アパートを借りてそこに住んだ。
しかし彼は贅沢に慣れ切っていた。
粗食では満足できない。いい酒やうまい料理が食いたいし、女も買いたい。遊びざんまいを繰り返したせいか働く気も起きない。
金は目に見えて減った。気づけばひと月で半分近く使っていた。
危機感に震えた彼はすぐさま近所の造船所を訪ね、働き口を求めた。だらしない風体が悪く思われるかと思ったが、街は造船や修理で大忙しだったのですんなり雇ってくれた。
元々職人である。歓楽街の仕事と勝手が違うとはいえ、腕に覚えがある。見た目のわりに筋がいいとほめられ、すぐに気に入られた。
だが一日働いて得た給料を見てがっかりした。悪くない金額だが、大金を知った彼には小銭もいいとこだった。それに日々の出費は以前と変わらなかった。
不満と焦燥が彼を焼いた。楽して大金がほしいと思った。
すると不意に、なぜ自分はまともに暮らそうとしているのか疑問に思った。
まっとうに生きていまの暮らしはできない。大金を得るには悪業が一番である。
しかし、どうすれば……
そんなある日、彼はとあるレストラン経営者の会話を小耳に挟んだ。
「せめてこのあたりに養豚場があればな」
どうやら彼らは余った廃棄肉をどうすればいいか悩んでいるようだった。
この辺りは観光地として有名で、観光客相手の商売が数多くある。飲食店はこぞって客を引き入れようとさまざまな食材を仕入れるが、客が望むのはおもに土地のもの——すなわち魚介だ。
しかし中にはやはり肉が食いたいというひともいる。せっかく贅沢しに来たのだから、魚なんてしみったれたものではなく、コッテリしたビーフがいいなどと、漁港で言わなくてもいいことを言う人間が一定数存在する。
そんなヤツのために、レストランは肉料理を提供する。だがその手の客は不定で、仕入れの量がつかめない。
だから、どうしても余る。余ればまかないに使う。
しかしスタッフは地元に住む者ばかりで、遠方から運ばれてくる肉よりとれたての魚の方がはるかにうまいことを知っている。
それで結局、腐肉を捨てることになる。
近場に養豚場があればそこに安く売り、たとえ二束三文でも損失の抑えになるのだが、それがない。誘いは出すものの、魚の需要が高い土地では商売にならないと踏んでだれも乗ってくれない。
なにか妙案はないか——と彼らは話し合っていた。
そんな会話を聞いて、キャンサーはピンときた。彼はここぞというとき妙に頭が働く。とくに、悪いことに関しては。
彼はすぐさま造船所をやめ、レストランや精肉店を廻った。そして養豚場の営業と偽り、廃棄肉を買い取る契約をした。
それと同時に海の家を建てた。これも存在しない養豚場名義で話を進めた。
そうして彼は海の家”カニ・クラブ”のオーナーとなった。そしてある秘密の調理法により、カニ・クラブは浜で一番の繁盛店となったのである。
「なるほど、それでしばらく来なかったのか」
とレオは納得した。しかしぼくは納得とはほど遠い気持ちでいた。
よくもまあそんな愚かな人生を過ごせるものだ。ギャンブルで借金苦におちいり、その後カジノオーナーになって莫大な財産を得たというのにそれも失って、かと思えばこんなところで復活している。目まぐるしいったらありゃしない。
「いやあ、ありがたいことに忙しくて顔出す暇なんてないでやんすよ」
とキャンサーは笑っていたが、ぼくには引っかかる部分があった。
「ねえ、話を聞いてると、ここで使ってる肉って腐ってるの?」
「ううん、そこそこでやんす」
「そこそこって……」
「傷んでるのは間違いないでやんすねえ」
なんだそりゃ。よくもまあそんなものを客に食べさせられるな。
「安心してくだせえ。あっしは食わないでやんす」
そういう問題じゃないよ!
「しかしなぜこんなに人気なんだ?」
とレオが腕組み尋ねた。それはぼくも気になった。
傷んだ肉を使えば臭いだろうし、お腹を壊すかもしれない。それが長蛇の列ができるほど繁盛している。
それに不思議なのは、異常なほどリピーターが多いことだ。
「へへへ。そこなんでやすがね……」
言いながらキャンサーは窓の外を覗き込んだり、キッチンの方に目をやった。それを見てレオが、
「秘密の話か?」
「バレるとやばいでやんす」
「なら安心しろ。わたしの魔法で音が漏れないようにした。どんな話も漏れることはない」
「そうでやんすか。さすがはレオさん」
キャンサーは手でごますりをして、言った。
「実は、混ぜ物がしてあるでやんす」
「ほう、混ぜ物とな」
「実は以前、とある神父から”豆が肉の代わりになる”という話を聞いて、それなら豆を混ぜてかさ増しすればどうかと思ったでやんす。それで、これまた廃棄品の豆を蒸して潰してトマトで色付けして、肉と混ぜるでやんす。すると案外いい色になるでやんす。においはたっぷり香辛料を使ってごまかすでやんすよ」
ふーん、いろいろやってるんだなぁ。
「だがそれだけであんなに客が来るのか?」
「いいや、無理でやんす。材料費が安いから利益率は高いけど、だからといって特別うまくはならないでやすし、やっぱりちゃんとした肉には敵わないでやんす」
「ならどうして?」
キャンサーはニタアっと口角を上げ、言った。
「キノコの粉を混ぜてあるでやんす」
キノコ?
「へえ。秘密の場所でこっそり育ててるんでやすけどね。そのキノコを食うと、とってもしあわせな気持ちになって、また食いたくなるでやんす」
なんだそれ。すごいキノコがあるんだなぁ。
「なるほど、おまえ本当に悪党だな」
「いやあ、それほどでも」
悪党? なんで? そんなすごいキノコならぼくも食べてみたいよ。
「ダメでやんす!」
「ダメだ!」
レオとキャンサーは同時に声を上げた。
えっ? ぼくなにか変なこと言った?
「いいかアーサー。世の中には食っていいものと悪いものがある。そのキノコは絶対に食ってはいけないものだ」
「そ、そうなんだ。でも売ってるんでしょ? 大丈夫なの?」
「いまのところは平気でやんす。それにヤバくなったらまたトンズラすればいいでやんす」
ら、乱暴だなぁ……なんだか心配だよ。
「へへへっ。従業員にもここの料理を食わせてるからみんなバカになって低賃金でも文句言わないでやんす。おかげで毎日贅沢できるでやんす。笑いが止まらないでやんすよ」
そう言ってキャンサーはいやらしく笑った。それはとても下品な高笑いだった。
あのあとキャンサーが、
「なんだかわからないけど、とにかくこっちに来るでやんす!」
と、ぼくを引っ張り込んでくれて、さらには売り物のトランクス型水着をくれた。
「いやはや、驚いたでやんすよ。なんであんな格好をしていたんでやすか」
「わたしが着せたんだ」
と”顔を覚えられない魔法”を解いたレオが言った。
「こいつに女装をさせたくてな。しかし……いつもあれほどこの魔法をかけているときは名乗るなと言っているのに、まさか名乗ってしまうとは……」
「ご、ごめん……」
ぼくはしゅんとして頭を下げた。レオは少し怒っているようだった。呆れているとも感じる。
「ひさしぶりにキャンサーに会ったからうれしくて、つい……」
「いやあ、あっしもうれしいでやんすよ」
キャンサーは場をとりなすように明るく振る舞い、
「しかし世間は狭いでやんすねぇ。魔の森からはだいぶ遠いでやすよ」
「ああ、海に用があってな。仕事がてらに旅行に来たんだ」
「へえ、仕事でやすか。なにしに来たでやんす?」
「霊魂を捕らえに来たんだ。水の多いところは怨霊が集まりやすいからな。海沿いとくればたいてい心霊スポットがあるだろう」
「たしかに向こうの崖にそういう噂がありやすね。なんでも自殺者が呼び込まれるらしいでやんすよ」
「それより」
レオは室内にあったウィスキーのビンを勝手に開封しながら言った。
「おまえ、こんなところでなにしてるんだ?」
「へえ、海の家でやんす」
「いや、それは見ればわかる。そうじゃなくてカジノはどうした?」
「へえ、こかしたでやんす」
「こかした!?」
ぼくとレオは同時に声を上げた。
「あ、あの巨大カジノをこかしたのか……?」
「へえ。ひと月でパーでやんす」
「な、なにがあったというんだ……」
「へへへ。まったく、おもしろいものでやしてね」
そう言ってキャンサーは語り出した。
彼は元々木工職人だった。
当然営業の心得などない。接客のノウハウなど知るよしもない。
そんな彼がカジノの経営などできるはずがなかった。
だが彼は店長を雇わなかった。
理由は簡単。「だれも信用していないから」
ひとをだまし、あざむき、そうして地位を手に入れた男だ。すべてが敵に見えたことだろう。
店長など雇えばいずれ店を乗っ取られると思った。また、オーナーの地位を得るために利用した右腕たちはこっそりと”処分”してしまった。秘密を知っている人間を生かしておくわけにはいかなかった。
彼は敵を作らないことに執心した。が、そのための判断はすべて間違っていた。
店を経営できる人間を雇わず、実力のある仲間を排除し、やったことといえば従業員の給料を上げたことだけ。
たしかにそれで味方は増えたが、その結果生まれたのは素人オーナーへのイエスマンだった。
おかげで店はめちゃくちゃになった。
状況というのは常に変化する。シーズンであったり、給料日であったり、世間の浮き沈みであったり——とにかくさまざまだ。
経営者はそれらの状況を常に観察し、的確な判断を下さなければならない。
しかし彼は放置した。
大きな店だから放っておいても客は来るだろうと見込み、毎日遊んで暮らした。
そんな甘い状況だから、プロの餌食となった。
彼らは狩場と見れば容赦しない。ギャンブルで生計を立てるという際どい暮らしをする以上、稼げると判断したら目いっぱい稼ぐ。対策されるか、出入り禁止になるまでとことんしゃぶり尽くす。
技術や知能で稼ぐ者はもちろん、仕事師(いかさまのプロ)も数多く集まった。
店は大赤字になり、対策が必要となった。
そこでも彼は悪手を打った。
なんとスタッフにいかさまをするよう指示したのだ。
キャンサーは基本、悪党である。頭を使う場面になれば、正攻法より邪道を好む。木工職人のころはごく平凡な男だったが、巨額の金が手に入ったことでそれが顕著になったのだろう。
仕事師をひとり捕まえ、そいつを大金で雇った。そしてスタッフにいかさまを教えさせた。
その結果、店が崩壊した。
仕事師はたしかに仕事をした。スタッフ全員が技能を得るまで懇切丁寧に教育をした。
しかし同時に情報を売った。
すると、客が大勝負に出ればディーラーがいかさまをすると知れ渡り、それを逆手にとって多くの者が荒稼ぎした。隙をついて勝負に勝つ者もいれば、いかさまの現場を取り押さえて賠償金をせびる者もいた。
やがて店内は騒然とし、まともな客はいなくなった。
さすがのキャンサーもこれはまずいと思ったのだろう。彼はこの危機を抜け出す最上の一手を打った。
なんと店の金を持ってトンズラこいたのである。
といっても全財産ではない。雲隠れするには持ち運べる限度がある。
贅沢をしなければ数年は暮らせるほどの額を馬車に乗せ、彼は夜逃げした。遠い海沿いの街に落ち延び、アパートを借りてそこに住んだ。
しかし彼は贅沢に慣れ切っていた。
粗食では満足できない。いい酒やうまい料理が食いたいし、女も買いたい。遊びざんまいを繰り返したせいか働く気も起きない。
金は目に見えて減った。気づけばひと月で半分近く使っていた。
危機感に震えた彼はすぐさま近所の造船所を訪ね、働き口を求めた。だらしない風体が悪く思われるかと思ったが、街は造船や修理で大忙しだったのですんなり雇ってくれた。
元々職人である。歓楽街の仕事と勝手が違うとはいえ、腕に覚えがある。見た目のわりに筋がいいとほめられ、すぐに気に入られた。
だが一日働いて得た給料を見てがっかりした。悪くない金額だが、大金を知った彼には小銭もいいとこだった。それに日々の出費は以前と変わらなかった。
不満と焦燥が彼を焼いた。楽して大金がほしいと思った。
すると不意に、なぜ自分はまともに暮らそうとしているのか疑問に思った。
まっとうに生きていまの暮らしはできない。大金を得るには悪業が一番である。
しかし、どうすれば……
そんなある日、彼はとあるレストラン経営者の会話を小耳に挟んだ。
「せめてこのあたりに養豚場があればな」
どうやら彼らは余った廃棄肉をどうすればいいか悩んでいるようだった。
この辺りは観光地として有名で、観光客相手の商売が数多くある。飲食店はこぞって客を引き入れようとさまざまな食材を仕入れるが、客が望むのはおもに土地のもの——すなわち魚介だ。
しかし中にはやはり肉が食いたいというひともいる。せっかく贅沢しに来たのだから、魚なんてしみったれたものではなく、コッテリしたビーフがいいなどと、漁港で言わなくてもいいことを言う人間が一定数存在する。
そんなヤツのために、レストランは肉料理を提供する。だがその手の客は不定で、仕入れの量がつかめない。
だから、どうしても余る。余ればまかないに使う。
しかしスタッフは地元に住む者ばかりで、遠方から運ばれてくる肉よりとれたての魚の方がはるかにうまいことを知っている。
それで結局、腐肉を捨てることになる。
近場に養豚場があればそこに安く売り、たとえ二束三文でも損失の抑えになるのだが、それがない。誘いは出すものの、魚の需要が高い土地では商売にならないと踏んでだれも乗ってくれない。
なにか妙案はないか——と彼らは話し合っていた。
そんな会話を聞いて、キャンサーはピンときた。彼はここぞというとき妙に頭が働く。とくに、悪いことに関しては。
彼はすぐさま造船所をやめ、レストランや精肉店を廻った。そして養豚場の営業と偽り、廃棄肉を買い取る契約をした。
それと同時に海の家を建てた。これも存在しない養豚場名義で話を進めた。
そうして彼は海の家”カニ・クラブ”のオーナーとなった。そしてある秘密の調理法により、カニ・クラブは浜で一番の繁盛店となったのである。
「なるほど、それでしばらく来なかったのか」
とレオは納得した。しかしぼくは納得とはほど遠い気持ちでいた。
よくもまあそんな愚かな人生を過ごせるものだ。ギャンブルで借金苦におちいり、その後カジノオーナーになって莫大な財産を得たというのにそれも失って、かと思えばこんなところで復活している。目まぐるしいったらありゃしない。
「いやあ、ありがたいことに忙しくて顔出す暇なんてないでやんすよ」
とキャンサーは笑っていたが、ぼくには引っかかる部分があった。
「ねえ、話を聞いてると、ここで使ってる肉って腐ってるの?」
「ううん、そこそこでやんす」
「そこそこって……」
「傷んでるのは間違いないでやんすねえ」
なんだそりゃ。よくもまあそんなものを客に食べさせられるな。
「安心してくだせえ。あっしは食わないでやんす」
そういう問題じゃないよ!
「しかしなぜこんなに人気なんだ?」
とレオが腕組み尋ねた。それはぼくも気になった。
傷んだ肉を使えば臭いだろうし、お腹を壊すかもしれない。それが長蛇の列ができるほど繁盛している。
それに不思議なのは、異常なほどリピーターが多いことだ。
「へへへ。そこなんでやすがね……」
言いながらキャンサーは窓の外を覗き込んだり、キッチンの方に目をやった。それを見てレオが、
「秘密の話か?」
「バレるとやばいでやんす」
「なら安心しろ。わたしの魔法で音が漏れないようにした。どんな話も漏れることはない」
「そうでやんすか。さすがはレオさん」
キャンサーは手でごますりをして、言った。
「実は、混ぜ物がしてあるでやんす」
「ほう、混ぜ物とな」
「実は以前、とある神父から”豆が肉の代わりになる”という話を聞いて、それなら豆を混ぜてかさ増しすればどうかと思ったでやんす。それで、これまた廃棄品の豆を蒸して潰してトマトで色付けして、肉と混ぜるでやんす。すると案外いい色になるでやんす。においはたっぷり香辛料を使ってごまかすでやんすよ」
ふーん、いろいろやってるんだなぁ。
「だがそれだけであんなに客が来るのか?」
「いいや、無理でやんす。材料費が安いから利益率は高いけど、だからといって特別うまくはならないでやすし、やっぱりちゃんとした肉には敵わないでやんす」
「ならどうして?」
キャンサーはニタアっと口角を上げ、言った。
「キノコの粉を混ぜてあるでやんす」
キノコ?
「へえ。秘密の場所でこっそり育ててるんでやすけどね。そのキノコを食うと、とってもしあわせな気持ちになって、また食いたくなるでやんす」
なんだそれ。すごいキノコがあるんだなぁ。
「なるほど、おまえ本当に悪党だな」
「いやあ、それほどでも」
悪党? なんで? そんなすごいキノコならぼくも食べてみたいよ。
「ダメでやんす!」
「ダメだ!」
レオとキャンサーは同時に声を上げた。
えっ? ぼくなにか変なこと言った?
「いいかアーサー。世の中には食っていいものと悪いものがある。そのキノコは絶対に食ってはいけないものだ」
「そ、そうなんだ。でも売ってるんでしょ? 大丈夫なの?」
「いまのところは平気でやんす。それにヤバくなったらまたトンズラすればいいでやんす」
ら、乱暴だなぁ……なんだか心配だよ。
「へへへっ。従業員にもここの料理を食わせてるからみんなバカになって低賃金でも文句言わないでやんす。おかげで毎日贅沢できるでやんす。笑いが止まらないでやんすよ」
そう言ってキャンサーはいやらしく笑った。それはとても下品な高笑いだった。
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