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第十六話 愛は喜怒にて結び、縄解き難し
愛は喜怒にて結び、縄解き難し 五
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「これでどうでしょう」
そう言ってキャメロはレオに手紙を見せた。
ぼくはそれを横からひょいと覗き込んだ。
——キャメロです。わたしはいま、あるひとにストーカーを撃退してもらうために、近くに隠れてます。数日で戻るから心配しないで。ちょっとだけお金はかかるけど自分で払えるから大丈夫。あのひとにもそう伝えておいてください。もしかしたら引っ越さなくて済むかも。キャメロ・ニードルより。
それを見てレオが目を丸くした。
「なんだおまえ、セカンドネームがあるのか」
「いえ。それ、嘘んこです」
「は?」
「うちの父さん見栄っ張りで、家族内だけでニードルって名乗ってるんです。そんなの恥ずかしくて、よそじゃ言えないじゃないですか。だからこれ書けば、この手紙がわたしを名乗るにせものじゃないってわかると思って」
「なるほど、いい考えだ」
レオはうん、とうなずき、言った。
「それにちゃんとわたしの名前も伏せているしな」
「だって、言っちゃダメなんでしょう?」
そう、レオのことは言ってはいけない。魔術師同士のいざこざがいやで街から離れ、こっそり暮らしているレオは、客にかならず情報を漏らさないよう約束させる。
魔の森にレオが住んでいること。
館があること。
そして、魂売りという商売をしていること。
これらは絶対の秘密であり、いまのところ漏れてはいない。まあ、そもそも約束を守れないひとは、ここに来れないんだけどね。レオの母さんがかけた魔法と呪術によって、レオに害をなす者は魔の森で迷ってしまうようになっている。だからここに来れた時点でまず心配はない。
「よし、それじゃ行くとしよう」
ぼくらは玄関の外に集まり、円形に並んだ。レオ、ぼく、アルテルフ、キャメロ、そして新たに呼んだデネボラとゾスマが、冬用のあたたかい格好で、雪の降らないギリギリの冷風を浴びている。
そこでレオは封筒に入れた手紙をゾスマに渡し、言った。
「ゾスマ、頼んだぞ」
「了解」
ゾスマはそれを受け取ると、コートの内側に入れてボタンを閉じた。
「デネボラ、おまえは街の前まで行ったらひとの姿に変げして、先ほど読み取ったキャメロの家にまっすぐ行け」
「はぁい、わかりましたぁ」
「まずは仕事だぞ。寄り道をするんじゃないぞ」
「わかってますってぇ」
デネボラはニコニコ笑顔で答えると、馬の姿に戻り、ゾスマを乗せて森の外への道に駆けていった。
危ないなぁ。森は木の根とかがあって転びやすい。あんなに急がなくたっていいのに。まあ、いいことだけどね。だってデネボラは家事以外の仕事はだらけてばかりで、ひとを乗せて走るのは疲れるからと反発する。それがやる気を出してるんだから、きっと真面目なこころが芽生えたに違いない。
と思ったけど、
「レオ様、いくら渡したんですか?」
アルテルフがジロリと流し目でレオに言った。
「なに、ふたりでそこそこ食える程度だ」
「まーたあの子を甘やかして……半日は食べもの選びで帰ってきませんよ」
「たまにはそれくらいの息抜きもいいだろう。いざとなればゾスマがいるしな」
「……帳簿に付けとくんで、今日いくら使ったか、あとでちゃんと言ってくださいね」
あー、なるほど……買い食いできるからあんなに張り切ってたのか。デネボラらしいや。
「さて、我々も行こう。時間が惜しいからな」
ぼくらはレオに言われ歩き出し、街へと向かった。
街は森からおよそ一時間のところにある。この辺りで最も栄えた地方都市で、劇場が三つも立つほど大きい。ちょっとした都会だ。
しかし結局は地方なので、街と街の間隔は広く、草の枯れた平原をひたすら歩かなければならない。
それにしても、よくキャメロはこんなところをひとりで来れたなぁ。街の外となれば野生獣もいるし、もしかしたら野盗に遭うかもしれない。
「そうなんですよね。どうしてかな。不思議とそういう恐怖はなかったんです」
とキャメロ自身も疑問に思っていた。
が、それにはレオが答えてくれた。
「シェルタンのおかげだな」
「シェルタンの?」
シェルタンはレオの飼い猫だ。なぜか人語を解するが、それ以外はただの猫に過ぎない。
「あいつには妙な力があってな。どういうわけか、あいつが呼んだ客はなんのトラブルもなく館まで来れる。しかも道中不安を覚えないという」
「へえ……でもなんで?」
「さあな。あいつのことはよくわからんのだ。ま、ただの猫じゃないのはたしかだな」
ううむ……不思議な猫だ。考えてみればひととしゃべれるのもおかしいし、夢に出たり幻聴を聴かせられるのもふつうじゃない。いったい何者なんだろう……
……ま、どーでもいっか!
ぼくらはだらだらと話しながら街へと向かった。主な会話はこれからなにをするのかの説明と、アイドル生活に対する質問で、キャメロが劇場の裏話をするたびにレオは目を輝かせて飛びついていた。
そうしてやがて街に到着した。
ぼくらは”顔を覚えられない魔法”を使い、それから街門をくぐった。都市とはいえ、結局は田舎だから警備は甘く、
「旅の者です」
と言えば身分の確認もなく通してくれた。毎度思うけど、よくこれで事件が起きないでいるよ。このひとたち雇うのやめた方がいいんじゃない?
なんにせよ、レオは仕事に取り掛かった。
「さて、どこにいるかな」
そう言ってレオは銀のかごを持ち上げ、中を覗いた。そこには五つの黒い火の玉のような念がふわふわと浮かんでいた。
そうして見ていると、
「お! 近くにいるぞ!」
かごの中の念がひとつ動いた。このかごはいま、念の送り主を探す羅針盤のようなものとして機能している。
念は通常、受け手に向かう。しかしレオは呪術によって反射の性質を持たせ、逆に送り主に向くようにした。
それが、かごから出ようと、まっすぐ側面に向かっている。
「あの辺か?」
レオは人混みに向かって歩いた。そして念の進む方向が変わるのを見て、
「この辺りだ。向こうに向かって歩いている」
そう言うと、キャメロがある男性を指差して、
「あっ! あのひとかも!」
と言った。ものは試しと近づいて、男の背中をぐるりと半周するようにかごを動かすと、念はその男に向かってぴったりと反応した。
「そうだ、こいつだ。よくわかったな」
「だってこのひと長年のファンですもん。そっかー、このひとなのかァ」
キャメロは肩をがっくり落としていた。
「この醜男がストーカーなのがそんなにショックなのか?」
「はい……たしかに身だしなみはちょっと汚いですけど、いつもやさしい声をかけてくれて、いいひとだと思ってたんです……」
それはショックだろうなぁ。長年のファンってことは、ずっと応援してくれてたんだろうし、いい感情の分、悪い感情も大きいだろう。
……それよりちょっと臭くない? このひとちゃんと垢落としてるのかな?
「ま、なんにせよ穏便に済ませたいなら、がんばってもらわんといかん。——できるな?」
とレオがキャメロの肩を叩いた。
するとキャメロは華奢ないでたちから一変、
「もちろんです。歌劇役者サイウルスはプロですから」
と、弓を引き絞るハンターのような目つきで言った。
それからぼくらは男をつけた。平原で話した作戦は、周囲にひとのいない、ターゲットひとりの状況でなければ進められない。レオはこれが今回の仕事で一番難しいところだと言っていた。
「なにせ時間の制限があるからな。予定までに全員見つけられなければ、おなじ仕事を繰り返すことになってしまう」
果たしてうまくいくだろうか。そもそも見つけたところで作戦通りになるだろうか。
と、ぼくがそんなことを考えていると、近道でもするつもりなのか、男が裏路地へ入っていった。
「あっ、これチャンスじゃないですかー?」
「うむ……見たところだれもいないし、いけるかもしれん」
レオはアルテルフの意見を受け入れ、キャメロに言った。
「先ほども伝えたが、いまかけている”顔を覚えられない魔法”は、だれかに本名を伝えれば解けてしまう。しかし偽名を名乗れば、魔法にかかったまま名乗った相手にだけ認識させられる。つまり、おまえはキャメロではなくサイウルスと名乗れば、あの男にだけ顔を見せられるわけだ。間違っても本名を明かすなよ」
「いつものことです」
キャメロ——サイウルスはほくそ笑むように言うと、スッと身を前に出し、路地裏へと進んだ。
ぼくらは建物の陰に隠れ、耳をそば立てた。
そして、会話がはじまった。
——ねーえ。ちょっと待ってー。
——うん? だれ?
——サイウルスだよ。
——さ、サイウルスちゃん!?
ガタッとなにかが倒れる音がした。男が動揺したらしい。
——あ、え? サイウルスちゃんがどうして?
——あのね、あなたに大切なお話があって、ずっと探してたの。
——大切な話……?
——実は結婚は嘘なの。
——えっ、嘘!?
——しーっ! 大きな声を出さないで。とっても大切な話だから。
——ご、ごめん。でも、え? なんで? 嘘ってどういう……
——だって、あんな発表でもしなきゃ、引退してあなたといっしょになれないじゃない。
——えっ!? えっ!? あの、え、ぼ、ぼ、ぼくと、えっ?
——あなた、アイドルが現役でだれかと結婚なんてできると思う?
——そりゃあ……無理だよ。
——でしょ? だからね、辞めて想いを伝えることにしたの。
——ほ、本当? ぼくと……結婚してくれるの?
——そーだよ。
——嘘だ……そんな、う、う、うああっ!
わあ、あのひと大泣きしてる。でもそうだよね。好きなひとにいっしょになろうって言われたら男でもビービー泣いちゃうよね。……なんだか罪悪感が芽生えちゃうなぁ。
——嘘じゃないよ。ホントのこと。ねえ、返事は?
——えぐっ、えぐっ……うんっ、なる! いっしょになる!
——ホント?
——本当!
——じゃあ約束して。三日後の夜十時に、北の牧場跡地に来て。
——三日後の十時……
——わたし引退の手続きとかお金の処理とかで時間ないの。いまだって本当はダメなのに抜け出してあなたを探してたんだから。
——そんな状況なのにぼくのことを……?
——ねえ、約束?
——うん、約束!
——よかった! じゃあ待ってるね! 三日後の夜十時、北の牧場跡地だからね! 約束だよ!
そう言うとサイウルスはこっちに向かってパタパタ駆けてきた。そして表通路に戻ってきたかと思えば、路地裏に向けて手を振りながらまだ走り、スッと横に逸れていった。
そして男から完全に死角になったところで立ち止まり、
「はぁ~……」
疲れた顔でひざに手を置き、小さくため息を吐いた。
「お疲れ。いい演技だったぞ」
レオが肩を叩いた。
「プロですから」
サイウルスはなけなしの笑顔を振り絞るように向けた。
彼女の仕事は成功した。男に「あなたと結婚したい」と嘘をつき、集まる日時と場所を伝えるという大役をやりおおせた。
残る恨みびとはあと四人。それら全員にも同様の話を伝えて、あとは当日勝負するだけだ。
それにしてもやだなぁ。最初はこのひとを助けたいって思ったからぼくも乗り気だったけど、そのためには五人のファンに結婚という希望を持たせなくちゃいけないんだもの。最後には絶望しちゃうひとも出るんじゃないかな。
……ああ、そうか。レオはきっとそれが見たいんだ。だって、彼女はひとの不幸が大好きだからね。もしその場で自殺でもしようものなら、よろこんで手助けするだろう。
まったく、どうりで張り切るわけだよ。デネボラがご褒美の食べ物で元気になるのの最悪バージョンだ。愛する妻ながら、本当に性格が悪い。
……ま、もう慣れたけどね。彼女が笑顔なら、ぼかぁなんだっていいよ。
そう言ってキャメロはレオに手紙を見せた。
ぼくはそれを横からひょいと覗き込んだ。
——キャメロです。わたしはいま、あるひとにストーカーを撃退してもらうために、近くに隠れてます。数日で戻るから心配しないで。ちょっとだけお金はかかるけど自分で払えるから大丈夫。あのひとにもそう伝えておいてください。もしかしたら引っ越さなくて済むかも。キャメロ・ニードルより。
それを見てレオが目を丸くした。
「なんだおまえ、セカンドネームがあるのか」
「いえ。それ、嘘んこです」
「は?」
「うちの父さん見栄っ張りで、家族内だけでニードルって名乗ってるんです。そんなの恥ずかしくて、よそじゃ言えないじゃないですか。だからこれ書けば、この手紙がわたしを名乗るにせものじゃないってわかると思って」
「なるほど、いい考えだ」
レオはうん、とうなずき、言った。
「それにちゃんとわたしの名前も伏せているしな」
「だって、言っちゃダメなんでしょう?」
そう、レオのことは言ってはいけない。魔術師同士のいざこざがいやで街から離れ、こっそり暮らしているレオは、客にかならず情報を漏らさないよう約束させる。
魔の森にレオが住んでいること。
館があること。
そして、魂売りという商売をしていること。
これらは絶対の秘密であり、いまのところ漏れてはいない。まあ、そもそも約束を守れないひとは、ここに来れないんだけどね。レオの母さんがかけた魔法と呪術によって、レオに害をなす者は魔の森で迷ってしまうようになっている。だからここに来れた時点でまず心配はない。
「よし、それじゃ行くとしよう」
ぼくらは玄関の外に集まり、円形に並んだ。レオ、ぼく、アルテルフ、キャメロ、そして新たに呼んだデネボラとゾスマが、冬用のあたたかい格好で、雪の降らないギリギリの冷風を浴びている。
そこでレオは封筒に入れた手紙をゾスマに渡し、言った。
「ゾスマ、頼んだぞ」
「了解」
ゾスマはそれを受け取ると、コートの内側に入れてボタンを閉じた。
「デネボラ、おまえは街の前まで行ったらひとの姿に変げして、先ほど読み取ったキャメロの家にまっすぐ行け」
「はぁい、わかりましたぁ」
「まずは仕事だぞ。寄り道をするんじゃないぞ」
「わかってますってぇ」
デネボラはニコニコ笑顔で答えると、馬の姿に戻り、ゾスマを乗せて森の外への道に駆けていった。
危ないなぁ。森は木の根とかがあって転びやすい。あんなに急がなくたっていいのに。まあ、いいことだけどね。だってデネボラは家事以外の仕事はだらけてばかりで、ひとを乗せて走るのは疲れるからと反発する。それがやる気を出してるんだから、きっと真面目なこころが芽生えたに違いない。
と思ったけど、
「レオ様、いくら渡したんですか?」
アルテルフがジロリと流し目でレオに言った。
「なに、ふたりでそこそこ食える程度だ」
「まーたあの子を甘やかして……半日は食べもの選びで帰ってきませんよ」
「たまにはそれくらいの息抜きもいいだろう。いざとなればゾスマがいるしな」
「……帳簿に付けとくんで、今日いくら使ったか、あとでちゃんと言ってくださいね」
あー、なるほど……買い食いできるからあんなに張り切ってたのか。デネボラらしいや。
「さて、我々も行こう。時間が惜しいからな」
ぼくらはレオに言われ歩き出し、街へと向かった。
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しかし結局は地方なので、街と街の間隔は広く、草の枯れた平原をひたすら歩かなければならない。
それにしても、よくキャメロはこんなところをひとりで来れたなぁ。街の外となれば野生獣もいるし、もしかしたら野盗に遭うかもしれない。
「そうなんですよね。どうしてかな。不思議とそういう恐怖はなかったんです」
とキャメロ自身も疑問に思っていた。
が、それにはレオが答えてくれた。
「シェルタンのおかげだな」
「シェルタンの?」
シェルタンはレオの飼い猫だ。なぜか人語を解するが、それ以外はただの猫に過ぎない。
「あいつには妙な力があってな。どういうわけか、あいつが呼んだ客はなんのトラブルもなく館まで来れる。しかも道中不安を覚えないという」
「へえ……でもなんで?」
「さあな。あいつのことはよくわからんのだ。ま、ただの猫じゃないのはたしかだな」
ううむ……不思議な猫だ。考えてみればひととしゃべれるのもおかしいし、夢に出たり幻聴を聴かせられるのもふつうじゃない。いったい何者なんだろう……
……ま、どーでもいっか!
ぼくらはだらだらと話しながら街へと向かった。主な会話はこれからなにをするのかの説明と、アイドル生活に対する質問で、キャメロが劇場の裏話をするたびにレオは目を輝かせて飛びついていた。
そうしてやがて街に到着した。
ぼくらは”顔を覚えられない魔法”を使い、それから街門をくぐった。都市とはいえ、結局は田舎だから警備は甘く、
「旅の者です」
と言えば身分の確認もなく通してくれた。毎度思うけど、よくこれで事件が起きないでいるよ。このひとたち雇うのやめた方がいいんじゃない?
なんにせよ、レオは仕事に取り掛かった。
「さて、どこにいるかな」
そう言ってレオは銀のかごを持ち上げ、中を覗いた。そこには五つの黒い火の玉のような念がふわふわと浮かんでいた。
そうして見ていると、
「お! 近くにいるぞ!」
かごの中の念がひとつ動いた。このかごはいま、念の送り主を探す羅針盤のようなものとして機能している。
念は通常、受け手に向かう。しかしレオは呪術によって反射の性質を持たせ、逆に送り主に向くようにした。
それが、かごから出ようと、まっすぐ側面に向かっている。
「あの辺か?」
レオは人混みに向かって歩いた。そして念の進む方向が変わるのを見て、
「この辺りだ。向こうに向かって歩いている」
そう言うと、キャメロがある男性を指差して、
「あっ! あのひとかも!」
と言った。ものは試しと近づいて、男の背中をぐるりと半周するようにかごを動かすと、念はその男に向かってぴったりと反応した。
「そうだ、こいつだ。よくわかったな」
「だってこのひと長年のファンですもん。そっかー、このひとなのかァ」
キャメロは肩をがっくり落としていた。
「この醜男がストーカーなのがそんなにショックなのか?」
「はい……たしかに身だしなみはちょっと汚いですけど、いつもやさしい声をかけてくれて、いいひとだと思ってたんです……」
それはショックだろうなぁ。長年のファンってことは、ずっと応援してくれてたんだろうし、いい感情の分、悪い感情も大きいだろう。
……それよりちょっと臭くない? このひとちゃんと垢落としてるのかな?
「ま、なんにせよ穏便に済ませたいなら、がんばってもらわんといかん。——できるな?」
とレオがキャメロの肩を叩いた。
するとキャメロは華奢ないでたちから一変、
「もちろんです。歌劇役者サイウルスはプロですから」
と、弓を引き絞るハンターのような目つきで言った。
それからぼくらは男をつけた。平原で話した作戦は、周囲にひとのいない、ターゲットひとりの状況でなければ進められない。レオはこれが今回の仕事で一番難しいところだと言っていた。
「なにせ時間の制限があるからな。予定までに全員見つけられなければ、おなじ仕事を繰り返すことになってしまう」
果たしてうまくいくだろうか。そもそも見つけたところで作戦通りになるだろうか。
と、ぼくがそんなことを考えていると、近道でもするつもりなのか、男が裏路地へ入っていった。
「あっ、これチャンスじゃないですかー?」
「うむ……見たところだれもいないし、いけるかもしれん」
レオはアルテルフの意見を受け入れ、キャメロに言った。
「先ほども伝えたが、いまかけている”顔を覚えられない魔法”は、だれかに本名を伝えれば解けてしまう。しかし偽名を名乗れば、魔法にかかったまま名乗った相手にだけ認識させられる。つまり、おまえはキャメロではなくサイウルスと名乗れば、あの男にだけ顔を見せられるわけだ。間違っても本名を明かすなよ」
「いつものことです」
キャメロ——サイウルスはほくそ笑むように言うと、スッと身を前に出し、路地裏へと進んだ。
ぼくらは建物の陰に隠れ、耳をそば立てた。
そして、会話がはじまった。
——ねーえ。ちょっと待ってー。
——うん? だれ?
——サイウルスだよ。
——さ、サイウルスちゃん!?
ガタッとなにかが倒れる音がした。男が動揺したらしい。
——あ、え? サイウルスちゃんがどうして?
——あのね、あなたに大切なお話があって、ずっと探してたの。
——大切な話……?
——実は結婚は嘘なの。
——えっ、嘘!?
——しーっ! 大きな声を出さないで。とっても大切な話だから。
——ご、ごめん。でも、え? なんで? 嘘ってどういう……
——だって、あんな発表でもしなきゃ、引退してあなたといっしょになれないじゃない。
——えっ!? えっ!? あの、え、ぼ、ぼ、ぼくと、えっ?
——あなた、アイドルが現役でだれかと結婚なんてできると思う?
——そりゃあ……無理だよ。
——でしょ? だからね、辞めて想いを伝えることにしたの。
——ほ、本当? ぼくと……結婚してくれるの?
——そーだよ。
——嘘だ……そんな、う、う、うああっ!
わあ、あのひと大泣きしてる。でもそうだよね。好きなひとにいっしょになろうって言われたら男でもビービー泣いちゃうよね。……なんだか罪悪感が芽生えちゃうなぁ。
——嘘じゃないよ。ホントのこと。ねえ、返事は?
——えぐっ、えぐっ……うんっ、なる! いっしょになる!
——ホント?
——本当!
——じゃあ約束して。三日後の夜十時に、北の牧場跡地に来て。
——三日後の十時……
——わたし引退の手続きとかお金の処理とかで時間ないの。いまだって本当はダメなのに抜け出してあなたを探してたんだから。
——そんな状況なのにぼくのことを……?
——ねえ、約束?
——うん、約束!
——よかった! じゃあ待ってるね! 三日後の夜十時、北の牧場跡地だからね! 約束だよ!
そう言うとサイウルスはこっちに向かってパタパタ駆けてきた。そして表通路に戻ってきたかと思えば、路地裏に向けて手を振りながらまだ走り、スッと横に逸れていった。
そして男から完全に死角になったところで立ち止まり、
「はぁ~……」
疲れた顔でひざに手を置き、小さくため息を吐いた。
「お疲れ。いい演技だったぞ」
レオが肩を叩いた。
「プロですから」
サイウルスはなけなしの笑顔を振り絞るように向けた。
彼女の仕事は成功した。男に「あなたと結婚したい」と嘘をつき、集まる日時と場所を伝えるという大役をやりおおせた。
残る恨みびとはあと四人。それら全員にも同様の話を伝えて、あとは当日勝負するだけだ。
それにしてもやだなぁ。最初はこのひとを助けたいって思ったからぼくも乗り気だったけど、そのためには五人のファンに結婚という希望を持たせなくちゃいけないんだもの。最後には絶望しちゃうひとも出るんじゃないかな。
……ああ、そうか。レオはきっとそれが見たいんだ。だって、彼女はひとの不幸が大好きだからね。もしその場で自殺でもしようものなら、よろこんで手助けするだろう。
まったく、どうりで張り切るわけだよ。デネボラがご褒美の食べ物で元気になるのの最悪バージョンだ。愛する妻ながら、本当に性格が悪い。
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