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第十六話 愛は喜怒にて結び、縄解き難し
愛は喜怒にて結び、縄解き難し 六
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作戦は順調に進んだ。
ぼくらは三日間街を散策し、念の送り主を探した。
地方とはいえ数千人が暮らす規模の街を当てずっぽうで歩き回るのだから、運の要素がかなり濃い。そんな中で四人の個人を捕まえることができたのは幸運というほかない。
「なんとか間に合ったな」
応接間のソファに座るレオが言った。ぼくらはキャメロとアルテルフを交え、最後の打ち合わせをしていた。
「でもうまくいくかな?」
ぼくは言った。
「下手したら暴れるんじゃない? 短気なひとがいないとも限らないよ」
「なに、そのときはわたしがいるんだ。問題ない。暴力に勝る言葉はないからな」
「そうだけどさ……」
ぼくには作戦がうまくいくか、よくわからなかった。レオの考えは理屈が強過ぎて難しい。ぼくも頭はいい方だけど、わりと感情的なところもあるから、どうにも理解しがたい。
「なんでもいーですよ。さっさと終わらせてください」
アルテルフはこの仕事がはじまって以来、不機嫌だった。四日間も動いて二束三文しか得られないのがどうしても気に入らないらしい。
「安心しろ。すべてうまくいく。わたしがうまくいくと言ったら、かならずそうなるんだ。まあ、本来殺してしまうのが一番楽なんだがな」
そう言ってレオは笑った。怖いこと言うなぁ。ひとのいのちをなんとも思ってないんだから。ホントどうかしてるよ。
そんなこんなで時が経ち、ぼくらは作戦決行の時刻を迎えた。
あらかじめ借りてきた馬車で出発し、目的地の近くに到着した。
街から出てすぐ北に、最近潰れたばかりの牧場跡地がある。昼間は業者の出入りがあるから近寄れないが、夜は無人で、町人をこっそり呼び出すにはもってこいだ。野生獣の不安もあるから下手なアベックも近寄らない。
ぼくらはそこに向かった。その道中、レオはぼくらに”見えなくなる魔法”をかけた。
「これで我々は他人からは姿が消え、見えなくなった。だが音は聞こえてしまうから、下手に声を出すなよ」
レオはぼくらに説明し、次にキャメロに言った。
「おまえはあまり近づかず、遠巻きに見ていろ。わたしが無事解決するのをたのしみにしてるんだな」
「はい、わかりました」
そうしてぼくらは牧場の入り口へ向かった。
するとそこでは男たちがなにやら口論していた。
「お、予定通りだな」
「ちゃんと五人いるね」
それはサイウルスに声をかけられた五人だった。近くまで寄って話を聞くと、
「サイウルスちゃんと約束したのはぼくだ!」
「おまえみたいなブサイクを彼女が愛するわけないだろ!」
「結婚するのはおれだって言ってるだろ!」
などと怒鳴り合い、さもすれば取っ組み合いのケンカに変わろうとしていた。
(ふふふ……醜男どもが争っておる。おかしいと思うヤツはおらんのか、バカどもめ)
レオはぼくらにささやくと、
(それじゃあ、はじめるぞ)
そう言って男たちにフーッと息を吹きかけ、ぼくとアルテルフにもそうした。
すると姿が変わった。
ぼくらの服は消え、そのかわり白い布が全身に巻かれ、ところどころ猫と翼のマークの装飾品があしらわれた、神の代弁者の衣装に変わった。
幻術だ。
実際に服が変わったわけではない。魔法の吐息によって、本来とは違う、レオの思ったものを見せられている。
(よし、うまくいったな。では行くぞ)
レオはぼくらに合図し、声高らかに、
「汝らよ! 静まれ!」
と叫んだ。すると男たちは振り返り、声の聞こえた闇を凝視した。
その彼らが突然、うっ! と目を覆った。レオがぼくらの背後から光を見せ、目をくらませていた。
そこで、”見えなくなる魔法”を解き、レオは言った。
「汝らよ聞け! われはレオ! 翼を持つ猫たちから汝らを正すよう使わされた神の代弁者である!」
「えっ! 代弁者!?」
男たちは驚愕し、ひざまづいた。この国は、翼を持つ猫”バードフィリス神”に信仰が厚く、その代弁者が現れたとなればまず頭が上がらない。
レオは言葉を続けた。
「あのサイウルスはまぼろしだ!」
「えっ!?」
男たちは思わず顔を上げ、目を見開いた。
「そして当然、おまえたちと結婚するというのも嘘だ!」
「そ、そんな!」
顔がガクッと痩せこけるように細まり、絶望に染まった。もはや相手が神であることも忘れ、彼らは泣きわめき、大地をバンバン叩いたり、のたうち回ったりした。
そのうちのひとりが言った。
「どうしてそんな嘘を!」
するとレオはニヤリと微笑み、さげすむような眼差しで答えた。
「汝らよ……なぜあの娘の結婚を祝福せん」
「そりゃだって……くやしいからに決まってるじゃないですか! おれたちみんな愛してるのに、結婚するなんて裏切りだ!」
そんな男の発言に、レオは突如真っ赤に燃える怒りを込めて怒鳴った。
「ならなぜ汝らは彼女の誘いに乗った!」
「えっ!?」
「汝らはあの娘に結婚しようと言われ、うなずいたではないか! 汝は結婚するつもりだったのだろう!」
「そ、そんなのうなずくに決まって……」
「自分はいいのに、なぜ他人では許せん!」
「うっ!」
「あの娘はだれからも好かれていた! ファンでも知人でも、だれもが好意を持っていた! そのうちのひとりが、想いを遂げただけのこと! 当然のことであろう! なぜそれを許せない!」
「だ、だって……」
「それが自分だったら怒りを覚えんのだろう!? よろこんで誘いに乗ったのだろう!? 結婚するのが裏切りだというのなら、なぜ断らなかった! なぜ自分だけで独占しようとした! 汝の理屈で言うならば、みんなのサイウルスでいてくれと答えるのが正しいではないか!」
男たちはぐうう、と唸り、顔じゅうに歯ぎしりのしわを作った。
レオの言うことは、なるほどと思う。
結婚することがアイドルの裏切りなら、アイドルに求婚されても自分は断らなければならない。それを受け入れてしまうような者は、彼女の結婚に文句を言う資格はない。
なるほどわかる。理屈はそうかもしれない。
……でも、なんかぼく違うと思うんだよなぁ。
人間のこころってそんなに機械的じゃない気がする。水が流れれば水車が回って歯車が動くような、ガチガチに動きが決まってるものじゃない。これが正しいと言われて、じゃあそうします、とはならないんじゃないかなぁ……
そう思っていると、
「だったら……勘違いさせるんじゃねえよ!」
男のひとりが身を持ち上げ、口汚く怒鳴った。
「おれたちと恋愛する気がねえんなら、あんな思わせぶりなことするんじゃねえよ!」
「な……」
レオの勝ち誇った眉が歪み、口ごもった。正論で支配したとばかり思っていたのに、反発されて困惑したのだろう。
男たちはそろって立ち上がり、口々に言った。
「そうだそうだ! あんな思わせぶりなこと言われりゃ、だれだってゾッコンになっちまうだろ!」
「大好きとか、ありがとうとか、あんなニコニコ言われてよお!」
「惚れるなってのが無理だぞ! 最後まで責任持って笑顔を見せるのが筋だろう!」
ほら、やっぱりね。納得してくれなかった。
ぼくだってそうだよ。もしレオが突然だれかといっしょになって出ていっちゃったら、そこにどんな正しい理屈があろうと許せないもの。恋感情は是非で問えるものじゃない。
男たちは押せ押せだった。逆にレオは、体こそ動かないものの、見えないなにかにぐいぐい押されているような感じだった。
が——
「きさまら……いい加減にしろ!」
レオは演技抜きの怒り顔で言った。
「きさまらは失恋したのだ! 相手がアイドルだろうが知人だろうが関係ない! 好きな女が他人と結ばれた! ただそれだけのことだろうが! そんなもの、だれもが経験する日常でしかない! それで相手を恨むなどもってのほかだ!」
「あんなに貢いだんだぞ!」
「それがどうした! 男なら好きな女に金品宝石を贈るだろう! それで振り向いてもらえなかったからと言って、男が金のことをぐちぐち言うんじゃない!」
「でもあんな素振りされたら、だれだって両想いだと勘違いするだろ!」
「そんなものだ! 若い男はそうやって失敗して、ひととの付き合いを覚えるんだ! 若くもないくせに、そんなこともわからんのか!」
「う、うるせえ!」
男は狂ったように顔をブンブン振り、
「なに言われたってあきらめ切れるか! おれの愛は本物なんだ! おれはどうしてもサイウルスちゃんがほしいんだーーッ!」
と、星のまたたく夜空へ思いの丈を放出した。それを見たレオは、
「うぐ……」
と、のどを詰まらせるような声を漏らした。そして小さくうつむき、
「わ……わたしだって!」
肩を震わせた。拳をギリギリと握った。そして、夜空をあおいで、
「わたしだってリリウムちゃんを愛していたんだ!」
げっ! レオったらなに言ってるんだ! こんなときにリリウムちゃんの話をして、男たちもポカンとしてるぞ!
「えっ? リリウムちゃんって、このあいだ結婚した、あの?」
「そうだ! わたしもきさまらとおなじだ! なんども舞台を見にいって、笑顔を合わせて握手をして、手紙もやりとりして、家が数軒建つほど金を使った! 結婚の発表を聞いたときは荒れに荒れた! 夫の前でわあわあわめいて、手紙をビリビリに破いてヒステリックに泣き叫んだ! だが、それでも祝福するしかないんだ! どんなに想っていようとも、片思いでしかないのだから!」
場がシーンと静まり返った。
レオは涙目だった。
男たちは声を失い、呆然としていた。
アルテルフは”家数軒”という金額を聞いてから、ふだん絶対しない表情をしていた。
そんな中、男たちが顔を見合わせ、あざ笑った。
「おいおい、代弁者様がアイドルに恋とか、マジかよ」
「しかも夫がいるのに、女のアイドルにガチ恋とか、ありえなくね?」
「うっそ、イカれてんじゃん!」
「つーかあいつ、本当に代弁者様か?」
——ギクッ!
レオの表情がこわばり、肩が跳ねた。
「おい! おまえなんか変だぞ! 本当は神の使いじゃないだろ! だれだおまえ!」
と男がレオを指差した。すると次の瞬間、
「あっ!」
彼らの表情が驚きに染まった。
幻術が解け、ぼくらは元々の格好に戻っていた。
「見ろ! 衣装が変わったぞ!」
「人間の服だ!」
「こいつ、にせものだー!」
ぼくらはしまったとばかりに慌てた。幻術は魔法だから矛盾に弱い。真実を突き詰められると、たとえレオほどの強大な魔力でも、簡単に打ち破られてしまう。
「ぐ……わたしの作戦がこんな……」
とレオがくやしがるさなか、
「やっぱおかしいと思ったんだ! このにせものめ! おれたちをだますつもりだったんだな!」
「ち、違う! わたしは……」
「そうはさせねえぞ!」
「は、話を聞け!」
「みんな、やっちまえ!」
「おおー!」
男たちがレオに向かって飛び込もうとした。
まずい! こうなったらぼくの剣で峰打ちに——
と思ったのも束の間、
「だまれ!」
ドカン! と目の前で光が爆発した。
「うわっ!」
ぼくとアルテルフは目を覆った。耳も塞ぎたいほどの爆音だった。
そして、
「あ……」
レオは声を漏らした。顔を見ると、気まずそうに引きつった笑顔をしていた。
「大丈夫ですか!?」
遠くで見ていたキャメロが駆け寄ってきた。突然のことで驚き、心配してくれたのだろう。
そんな彼女に、レオはゆっくり振り返った。
「あはは……あははは……」
乾いた笑いだった。レオの前には真っ黒に焦げた男が五人、うつ伏せで動かなくなっていた。
「あの……これは……」
と困惑するキャメロに、レオはごまかしの咳払いをひとつし、スッと星空に顔を向け、言った。
「………………解決だ。これでもう、おまえはだれかに追われることもないだろう」
落ち着いた声だった。だけど口元がむずむずして、演技をしきれていないようだった。
それを察したのか、キャメロは、
「……助かりました」
と頭を下げた。
ぼくとアルテルフは顔を見合わせ、こころの中で、
「あーあ、知ーらない」
と、ささやき合った。
ぼくらは三日間街を散策し、念の送り主を探した。
地方とはいえ数千人が暮らす規模の街を当てずっぽうで歩き回るのだから、運の要素がかなり濃い。そんな中で四人の個人を捕まえることができたのは幸運というほかない。
「なんとか間に合ったな」
応接間のソファに座るレオが言った。ぼくらはキャメロとアルテルフを交え、最後の打ち合わせをしていた。
「でもうまくいくかな?」
ぼくは言った。
「下手したら暴れるんじゃない? 短気なひとがいないとも限らないよ」
「なに、そのときはわたしがいるんだ。問題ない。暴力に勝る言葉はないからな」
「そうだけどさ……」
ぼくには作戦がうまくいくか、よくわからなかった。レオの考えは理屈が強過ぎて難しい。ぼくも頭はいい方だけど、わりと感情的なところもあるから、どうにも理解しがたい。
「なんでもいーですよ。さっさと終わらせてください」
アルテルフはこの仕事がはじまって以来、不機嫌だった。四日間も動いて二束三文しか得られないのがどうしても気に入らないらしい。
「安心しろ。すべてうまくいく。わたしがうまくいくと言ったら、かならずそうなるんだ。まあ、本来殺してしまうのが一番楽なんだがな」
そう言ってレオは笑った。怖いこと言うなぁ。ひとのいのちをなんとも思ってないんだから。ホントどうかしてるよ。
そんなこんなで時が経ち、ぼくらは作戦決行の時刻を迎えた。
あらかじめ借りてきた馬車で出発し、目的地の近くに到着した。
街から出てすぐ北に、最近潰れたばかりの牧場跡地がある。昼間は業者の出入りがあるから近寄れないが、夜は無人で、町人をこっそり呼び出すにはもってこいだ。野生獣の不安もあるから下手なアベックも近寄らない。
ぼくらはそこに向かった。その道中、レオはぼくらに”見えなくなる魔法”をかけた。
「これで我々は他人からは姿が消え、見えなくなった。だが音は聞こえてしまうから、下手に声を出すなよ」
レオはぼくらに説明し、次にキャメロに言った。
「おまえはあまり近づかず、遠巻きに見ていろ。わたしが無事解決するのをたのしみにしてるんだな」
「はい、わかりました」
そうしてぼくらは牧場の入り口へ向かった。
するとそこでは男たちがなにやら口論していた。
「お、予定通りだな」
「ちゃんと五人いるね」
それはサイウルスに声をかけられた五人だった。近くまで寄って話を聞くと、
「サイウルスちゃんと約束したのはぼくだ!」
「おまえみたいなブサイクを彼女が愛するわけないだろ!」
「結婚するのはおれだって言ってるだろ!」
などと怒鳴り合い、さもすれば取っ組み合いのケンカに変わろうとしていた。
(ふふふ……醜男どもが争っておる。おかしいと思うヤツはおらんのか、バカどもめ)
レオはぼくらにささやくと、
(それじゃあ、はじめるぞ)
そう言って男たちにフーッと息を吹きかけ、ぼくとアルテルフにもそうした。
すると姿が変わった。
ぼくらの服は消え、そのかわり白い布が全身に巻かれ、ところどころ猫と翼のマークの装飾品があしらわれた、神の代弁者の衣装に変わった。
幻術だ。
実際に服が変わったわけではない。魔法の吐息によって、本来とは違う、レオの思ったものを見せられている。
(よし、うまくいったな。では行くぞ)
レオはぼくらに合図し、声高らかに、
「汝らよ! 静まれ!」
と叫んだ。すると男たちは振り返り、声の聞こえた闇を凝視した。
その彼らが突然、うっ! と目を覆った。レオがぼくらの背後から光を見せ、目をくらませていた。
そこで、”見えなくなる魔法”を解き、レオは言った。
「汝らよ聞け! われはレオ! 翼を持つ猫たちから汝らを正すよう使わされた神の代弁者である!」
「えっ! 代弁者!?」
男たちは驚愕し、ひざまづいた。この国は、翼を持つ猫”バードフィリス神”に信仰が厚く、その代弁者が現れたとなればまず頭が上がらない。
レオは言葉を続けた。
「あのサイウルスはまぼろしだ!」
「えっ!?」
男たちは思わず顔を上げ、目を見開いた。
「そして当然、おまえたちと結婚するというのも嘘だ!」
「そ、そんな!」
顔がガクッと痩せこけるように細まり、絶望に染まった。もはや相手が神であることも忘れ、彼らは泣きわめき、大地をバンバン叩いたり、のたうち回ったりした。
そのうちのひとりが言った。
「どうしてそんな嘘を!」
するとレオはニヤリと微笑み、さげすむような眼差しで答えた。
「汝らよ……なぜあの娘の結婚を祝福せん」
「そりゃだって……くやしいからに決まってるじゃないですか! おれたちみんな愛してるのに、結婚するなんて裏切りだ!」
そんな男の発言に、レオは突如真っ赤に燃える怒りを込めて怒鳴った。
「ならなぜ汝らは彼女の誘いに乗った!」
「えっ!?」
「汝らはあの娘に結婚しようと言われ、うなずいたではないか! 汝は結婚するつもりだったのだろう!」
「そ、そんなのうなずくに決まって……」
「自分はいいのに、なぜ他人では許せん!」
「うっ!」
「あの娘はだれからも好かれていた! ファンでも知人でも、だれもが好意を持っていた! そのうちのひとりが、想いを遂げただけのこと! 当然のことであろう! なぜそれを許せない!」
「だ、だって……」
「それが自分だったら怒りを覚えんのだろう!? よろこんで誘いに乗ったのだろう!? 結婚するのが裏切りだというのなら、なぜ断らなかった! なぜ自分だけで独占しようとした! 汝の理屈で言うならば、みんなのサイウルスでいてくれと答えるのが正しいではないか!」
男たちはぐうう、と唸り、顔じゅうに歯ぎしりのしわを作った。
レオの言うことは、なるほどと思う。
結婚することがアイドルの裏切りなら、アイドルに求婚されても自分は断らなければならない。それを受け入れてしまうような者は、彼女の結婚に文句を言う資格はない。
なるほどわかる。理屈はそうかもしれない。
……でも、なんかぼく違うと思うんだよなぁ。
人間のこころってそんなに機械的じゃない気がする。水が流れれば水車が回って歯車が動くような、ガチガチに動きが決まってるものじゃない。これが正しいと言われて、じゃあそうします、とはならないんじゃないかなぁ……
そう思っていると、
「だったら……勘違いさせるんじゃねえよ!」
男のひとりが身を持ち上げ、口汚く怒鳴った。
「おれたちと恋愛する気がねえんなら、あんな思わせぶりなことするんじゃねえよ!」
「な……」
レオの勝ち誇った眉が歪み、口ごもった。正論で支配したとばかり思っていたのに、反発されて困惑したのだろう。
男たちはそろって立ち上がり、口々に言った。
「そうだそうだ! あんな思わせぶりなこと言われりゃ、だれだってゾッコンになっちまうだろ!」
「大好きとか、ありがとうとか、あんなニコニコ言われてよお!」
「惚れるなってのが無理だぞ! 最後まで責任持って笑顔を見せるのが筋だろう!」
ほら、やっぱりね。納得してくれなかった。
ぼくだってそうだよ。もしレオが突然だれかといっしょになって出ていっちゃったら、そこにどんな正しい理屈があろうと許せないもの。恋感情は是非で問えるものじゃない。
男たちは押せ押せだった。逆にレオは、体こそ動かないものの、見えないなにかにぐいぐい押されているような感じだった。
が——
「きさまら……いい加減にしろ!」
レオは演技抜きの怒り顔で言った。
「きさまらは失恋したのだ! 相手がアイドルだろうが知人だろうが関係ない! 好きな女が他人と結ばれた! ただそれだけのことだろうが! そんなもの、だれもが経験する日常でしかない! それで相手を恨むなどもってのほかだ!」
「あんなに貢いだんだぞ!」
「それがどうした! 男なら好きな女に金品宝石を贈るだろう! それで振り向いてもらえなかったからと言って、男が金のことをぐちぐち言うんじゃない!」
「でもあんな素振りされたら、だれだって両想いだと勘違いするだろ!」
「そんなものだ! 若い男はそうやって失敗して、ひととの付き合いを覚えるんだ! 若くもないくせに、そんなこともわからんのか!」
「う、うるせえ!」
男は狂ったように顔をブンブン振り、
「なに言われたってあきらめ切れるか! おれの愛は本物なんだ! おれはどうしてもサイウルスちゃんがほしいんだーーッ!」
と、星のまたたく夜空へ思いの丈を放出した。それを見たレオは、
「うぐ……」
と、のどを詰まらせるような声を漏らした。そして小さくうつむき、
「わ……わたしだって!」
肩を震わせた。拳をギリギリと握った。そして、夜空をあおいで、
「わたしだってリリウムちゃんを愛していたんだ!」
げっ! レオったらなに言ってるんだ! こんなときにリリウムちゃんの話をして、男たちもポカンとしてるぞ!
「えっ? リリウムちゃんって、このあいだ結婚した、あの?」
「そうだ! わたしもきさまらとおなじだ! なんども舞台を見にいって、笑顔を合わせて握手をして、手紙もやりとりして、家が数軒建つほど金を使った! 結婚の発表を聞いたときは荒れに荒れた! 夫の前でわあわあわめいて、手紙をビリビリに破いてヒステリックに泣き叫んだ! だが、それでも祝福するしかないんだ! どんなに想っていようとも、片思いでしかないのだから!」
場がシーンと静まり返った。
レオは涙目だった。
男たちは声を失い、呆然としていた。
アルテルフは”家数軒”という金額を聞いてから、ふだん絶対しない表情をしていた。
そんな中、男たちが顔を見合わせ、あざ笑った。
「おいおい、代弁者様がアイドルに恋とか、マジかよ」
「しかも夫がいるのに、女のアイドルにガチ恋とか、ありえなくね?」
「うっそ、イカれてんじゃん!」
「つーかあいつ、本当に代弁者様か?」
——ギクッ!
レオの表情がこわばり、肩が跳ねた。
「おい! おまえなんか変だぞ! 本当は神の使いじゃないだろ! だれだおまえ!」
と男がレオを指差した。すると次の瞬間、
「あっ!」
彼らの表情が驚きに染まった。
幻術が解け、ぼくらは元々の格好に戻っていた。
「見ろ! 衣装が変わったぞ!」
「人間の服だ!」
「こいつ、にせものだー!」
ぼくらはしまったとばかりに慌てた。幻術は魔法だから矛盾に弱い。真実を突き詰められると、たとえレオほどの強大な魔力でも、簡単に打ち破られてしまう。
「ぐ……わたしの作戦がこんな……」
とレオがくやしがるさなか、
「やっぱおかしいと思ったんだ! このにせものめ! おれたちをだますつもりだったんだな!」
「ち、違う! わたしは……」
「そうはさせねえぞ!」
「は、話を聞け!」
「みんな、やっちまえ!」
「おおー!」
男たちがレオに向かって飛び込もうとした。
まずい! こうなったらぼくの剣で峰打ちに——
と思ったのも束の間、
「だまれ!」
ドカン! と目の前で光が爆発した。
「うわっ!」
ぼくとアルテルフは目を覆った。耳も塞ぎたいほどの爆音だった。
そして、
「あ……」
レオは声を漏らした。顔を見ると、気まずそうに引きつった笑顔をしていた。
「大丈夫ですか!?」
遠くで見ていたキャメロが駆け寄ってきた。突然のことで驚き、心配してくれたのだろう。
そんな彼女に、レオはゆっくり振り返った。
「あはは……あははは……」
乾いた笑いだった。レオの前には真っ黒に焦げた男が五人、うつ伏せで動かなくなっていた。
「あの……これは……」
と困惑するキャメロに、レオはごまかしの咳払いをひとつし、スッと星空に顔を向け、言った。
「………………解決だ。これでもう、おまえはだれかに追われることもないだろう」
落ち着いた声だった。だけど口元がむずむずして、演技をしきれていないようだった。
それを察したのか、キャメロは、
「……助かりました」
と頭を下げた。
ぼくとアルテルフは顔を見合わせ、こころの中で、
「あーあ、知ーらない」
と、ささやき合った。
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