魂売りのレオ

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第二十話 アルテルフ二十四時

アルテルフ二十四時 三

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 あたしとレグルスは協力して洗濯物を干した。
 物干し場はお風呂のすぐ傍。サンダルを履いてテキパキと干していく。それが終わったらこんどは布団。二匹でばさっとやって、大きめのクリップでガンガン留める。ノンストップで大急ぎ。ふだんならもう少し余裕があるけど、今日みたいに詰まってる日はスタートでつまづかないよう全力疾走!
「よし、終わったァ!」
 あたしはひたいににじむ汗を拭った。少女の体は体力が少ない。これでもあたし立派な成鳥なんだけどね。元が小さいからしょうがないか。使い魔のへんげは魂の具現化らしいし。
「ふぃー、暑い暑い」
 あたしは襟元をパタパタして風を浴びた。空気がだんだん昼の陽気に変わってきてる。陽中ひなかで動くとっついわ。
 でもいい汗。体感的にちょうど九時半くらいだろうし、予定通り順調順調。このペースでいけばゆっくり買い物できるかも。
「ところでアルテルフ……」
 レグルスが人差し指でほほを掻きながら、しんなり言った。
「どしたの?」
「そ……そんなに声、漏れてたか?」
 あー、それまだ気にしてたんだ。顔真っ赤にしちゃって。いじめたくなっちゃうじゃない。でもまだ仕事あるし、安心させなくっちゃ。
「たまにね。でもドアの前でうっすら聞こえただけだからだいじょぶよ。ゾスマの部屋までは届いてないから」
「うう……」
「いーじゃない。あんたの部屋の前はあたししか通んないでしょ。ほかに聞く子いないわよ」
「だけど……」
「なに、なんなら部屋変わる? あんた奥行く?」
「いや、そうすると……ほら……」
「でしょ? 安心しなさいよ。聞こえるのはあたしだけなんだから」
「す、すまない……」
「いーよいーよ。それより掃除しよ。午後に食い込むと、なんかあったとき時間押しちゃうから」
「ああ」
「ほら、しゃっきり! 元気出していこー!」
「よしっ!」
 レグルスは両ほほをパシャリとはたき、気合を入れた。この子けっこー切り替え上手なのよね。うじうじすることも多いけど。
「そいじゃお風呂よろしく!」
「ああ!」
 そんなわけであたしは渡り廊下を通って館に戻ろうとした。
 そこに、
「おはよう」
「あ、レオ様!」
 バスローブに身を包むレオ様が向こうから歩いてきた。ウィスキーのロックをカランと鳴らし、路傍ろぼうに生える花とあいさつを交わすように目配せしては、ニコリと微笑んでいる。
 優雅なこと。お花見ながらお酒飲んで、眠たそうな目はいつものことだけど、頭ちゃんと起きてんのかしら。
「おはようございます」
 あたしたち二匹は背筋そのままであいさつを返した。召使いはふつう深々と頭を下げるものだけど、あんまり慇懃いんぎんなのはレオ様の好みじゃない。
 それにしても、ここに来るってことはまさか……
 あたしはいやな予感がしていた。だって、ふだんと違う。
 レオ様はこの時間まだ起きてこない。早くて十時、遅いと昼過ぎまで寝てることもある。そんなレオ様が早起きするのはごくまれで、虫の知らせで客が来るのを察知したか、家事の邪魔になるようなメンドクサイときだけ。
 お願い、ただの散歩であってちょうだい!
「洗濯か。いつも悪いな」
「いえ、仕事ですから」
「ところで……もう湯は残ってないか?」
 ぎえー! やっぱり!
「これから掃除するとこなんですけど……」
「………………ふぅむ」
 ふぅむじゃないっつーの! んな不満そうな顔されても困るわ! いつも通り午後浸かればいーでしょーが!
「なんとかならんか?」
 なるかー! こっちはきっちり予定決めてやってんじゃー! 手順ってもんがあるんじゃーい!
「なあ、どれくらいかかる?」
 ムカーッ!
「昼過ぎです! 掃除して水張って火ィいて!」
「むう……困ったな」
「なにが困ったってんですか!」
「いや、アーサーの愛がだいぶ染みついていてな。あいつもだいぶにおうし、これでランチを囲うわけにはいかんだろう」
 言いながらレオ様が襟元を軽くはだけだ。
 ——うっ、栗の花くさい!
「はわわわわわ!」
 レグルスうっさい! においくらいでハワってんじゃないわよ!
「急ぎで頼めんか?」
 うう~……むむむ………………むー!
「レグルス、ゾスマ呼んできて!」
「えっ?」
「あたしささっとお風呂掃除しちゃうから、あんたたちは水用意して!」
「わ、わかった!」
 レグルスは急いで館へと駆けていった。それを見送るとレオ様は、
「ふふ……悪いな」
 と大変お呑気なお声でおっしゃって、
「部屋にいる。湯が沸いたら呼んでくれ」
 平気な顔で去っていった。はー、もう! ほんっと自分勝手なんだから!
 あたしは大急ぎで浴室を掃除した。浴槽に残ったわずかな水気に灰を混ぜ、やわめのタワシでゴリゴリ洗っていく。本来ならしっかりやりたいとこだけど今日は急ぎ!
 よし、こんなもん!
「来たぞー!」
 お、ジャストタイミング!
 外を見ると、二匹がタルをふたつ、台車に載せて運んでいた。
 うちは川で水を汲み、タルに入れて保管している。庭には溜め池もあるけど、流れのない水は毒が溜まるから緊急時にしか使わない。タルの水も、入れて三日過ぎたら捨てるようにしてる。
 渡り廊下の横で台車が止まり、ゾスマは焚き口の前に、レグルスは荷台の横に飛び込んだ。そして、
「はい、とりあえずひとつ!」
 さすがレグルス力持ち! 二百キロ以上あるのに抱えて持ってきちゃうんだもの! その調子で洗い場を流してちょうだい!
「全体ざっと流せばいいか!?」
「うん、おねが……あっ!」
「え?」
 ちょっと、このタル新しい水じゃない! ほら、黄色のタグ! 昨日補充したヤツでしょ! 古いの持ってきてくんないと!
「ど、どうしたアルテルフ?」
 ………………うう~!
「ううんっ、なんでもない! やっちゃって!」
「よしきた!」
 レグルスがタルをかたむけ水をぶちまけた。あたしはデッキブラシで水と汚れを掻き出し、排水口に押し込んでいく。新しい水だけどしょうがない。いまからふるい水取りにいくとタイムロスになる。
「アルテルフ、湯船もいくぞ!」
「ほいなー!」
 レグルスがタルをがっと持ち上げ、浴槽に水をぶちこんだ。さっきとおなじ要領で排水口に押し込めていく。
「まだ灰汁アクが残ってるな!」
「浴槽だし、がっつりいっちゃって!」
「よし!」
 二度目の洗いでほぼほぼ灰汁が流れきった。そしたら栓をして、鉄管の仕切りを立てて、
「準備できたよー!」
「それじゃ入れるぞ!」
 レグルスが二個目のタルをぶちまけ、浴槽の深さ三分の一くらいまで水が溜まった。あー、これも黄色のタグだ。急いでたからテキトーに取ってきたのね。ふぃ~~。
「どうする? これじゃ腰までしか浸かれないぞ」
「いーよ。どーせアーサー様と入るんでしょ。胸くらいいくんじゃない?」
「きっと怒られるぞ。持ってこようか」
「いーよ別に。どっちにしろまた午後にも入るんだろうし、それにあんまり入れると沸くの時間かかるわよ」
「うーむ、それもそうか」
「ゾスマ、お願い」
 あたしは外に向かって言った。
「うん。火、着けるよ」
 焚き口の準備はとっくに済んでいた。仕事早くて助かるわー。魔法で着火もできるし、便利ベンリ。
 レグルスはタルを外に運び、あたしは焚き口の方に回ってゾスマの横でしゃがみ込んで、
「こっちはあたしに任せて。あんたは上からお願い」
「うん、わかった」
 急いでお風呂を沸かすときの秘策、その名もダブルファイヤー作戦。下からはふつうに焚き火で鉄管から熱して、上からはゾスマの魔法であっためる。こうすると二倍の速度でお湯が沸く……はず!
 扉を閉めて、扇子センスを握って~~~~、
 おりゃーーーーッ! 燃え盛れーーーーッ!
「なあ、アルテルフ……」
「なに?」
 タルを片づけるはずのレグルスが立ち止まって言ってきた。なによ、こっちは風送るのにパタパタ忙しいんだから。
「ふと思ったんだが……これ、レオ様が魔法を使えば一瞬で済むんじゃないか?」
「へっ?」
 ——パタパタパタパタ。
 ハッ! いまあたし意識飛んでた!? あんまりにもショックで無意識で扇子あおいでた!?
「そーよ! レオ様にやらせりゃいーのよ! 本人が入りたいっつってんだから!」
 さっすがレグルス! いいこと気づくじゃない!
 ……でも、
「たぶん無理だよ」
 え、ゾスマなんで?
「だってレオ様はひとにやらせるのが好きだよ。レオ様が命令するのは自分でできないからじゃないよ」
 ……た、たしかに! あの人格破綻者なら合理性より愉悦ゆえつを選ぶ!
「あーーーーもぉーーーー!」
 パタパタパタパタ!
「あ、アルテルフ! 交代でやろう! すぐタル片付けてくるから!」
 こうしてあたしたちは三十分という貴重な時間を消費し、レオ様お望みの熱っついお風呂を用意した。
「それじゃあたし呼んでくるから! ついでに布団持ってきちゃう!」
「いいのか? わたしの仕事じゃ……」
「いーのいーの! その方が合理的だから! そっちは掃除はじめてて!」
 あたしは鷹の姿に戻り、一目散にあるじの寝室へ飛んだ。とにかく時間が惜しかった。
 そんで部屋の前でへんげして、
「レオ様ー! お風呂沸きましたよー!」
「……ん? 風呂?」
 布団から起き上がり、ごしごし目を擦る裸のレオ様。
「そーです! 風呂です!」
「………………ああ、そういえば風呂だったな。ありがとう」
 はあ!? そういえば!?
 こっちは頼まれたから必死こいて沸かしてたっちゅーのに! 腹立つ~!
 つーか寝んな! さんざん寝たでしょーが!
「アーサー、起きろ。風呂だぞ」
「……ふぇ? お風呂?」
「ふふふ……お・は・よう」
「ふぁ、おはよう……」
 起きろーーーー!
「さあ、風呂に入ろう。昨夜はたっぷりしぼったからな。体じゅうベトベトだ」
「レオ、お風呂沸かしといてくれたんだ……さすがだね。ありがとう」
 あたしらが沸かしたんじゃーー!
「ほら、バスローブを着ろ。タオルと服はアルテルフに用意してもらおう」
「うん。よいしょ」
「おい、着てから起きろ。大事なところが丸見えだぞ」
「へ? あ、アルテルフいたの!? わああーー! 見ないでーー!」
「あははははは! かわいいところが見られちゃったなあ! あはははーー!」
「恥ずかしい! あっち行ってー! 見ないでー!」
 プルプルプルプル……
 は……は…………
 はよどけーーーー! 布団が洗えないんじゃあーーーー! このチンカスがあーーーー!
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