魂売りのレオ

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第二十話 アルテルフ二十四時

アルテルフ二十四時 四

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「はー、押してるわー」
 あたしはミートソース・スパゲティをほおばりながら言った。
 時刻は十二時。ランチタイム。
 レオ様とアーサー様、そして使い魔の全員が食堂に集まってごはんを食べる。どれだけ仕事の進みが悪くても、ここでの休憩は絶対にとる。じゃないと午後が持たない。
「別にいいだろう。そこそこやっておけば」
 われらがあるじ、レオ様がおっしゃった。
「毎日きちんとやってくれてるんだ。たまに抜けたくらいかまわんぞ」
「そーゆーわけにもいきませんよ」
 あたしは不満たらたらで言ってやった。
「今日くらいいいだろーって気持ちで仕事すると、次からもそーなっちゃいます。それにあたし、きれい好きなんで」
 そう、あたしはきれい好き。汚いのが許せない。だから自分の部屋はきっちり整理してあるし、レオ様たちがテキトーに放置したコップやお皿もしっかり片付ける。
 てゆーかみんながだらしなさすぎるのよ。レオ様とアーサー様はあの調子だし、レグルスの部屋も一見きれいだけど、実は棚にものをぐちゃぐちゃ詰め込んでるだけで、なにか探そうとすると大変なことになる。ゾスマの部屋はホコリっぽいし、デネボラにいたってはだらしないの境地! ほっとくと足の踏み場もなくなっちゃうんだから!
「ううむ、おまえはたまに融通の効かんところがあるなぁ。まあ、おまえがしっかりしているおかげで我々は楽できるんだが」
 どーいたしまして。頑固者でケッコーですよ。
「アルテルフちゃん、そんなにムスッとしちゃいやよぉ」
 デネボラがほんわかと言った。
「せっかくごはん食べてるんだしぃ、もっとたのしくしましょうよぉ」
「……そーね。ごめん、悪かった」
 いけない、あたし感情的になりすぎてた。デネボラの言う通り、ごはんのときくらいリラックスしなきゃ。
「スパゲティ、おいしい?」
「ええ、あんたの料理はいっつもサイコー」
「うふふ、よかったぁ」
 あたしはお世辞抜きに言った。実際、デネボラの料理はすっごくおいしい。しっかり作ったディナーもそうだけど、大して手間のかかってないお手軽なランチも一流レストラン並みに味わい深い。
 さすが食いしん坊なだけあるわね。毎日不摂生ふせっせいな生活して、あんまりレオ様の言うこときかなくても許されるのは、きっとこの料理の腕があるからだと思う。
 そして、だからこの子は料理以外の家事をしなくていいと言われてる。馬としての仕事と、キッチン周りのことは別だけど、掃除も、洗濯も、買い物も、修繕作業も、ぜーんぶ免除。あとは好き勝手食っちゃ寝してればいい。
 うらやましいものね。まあ、料理が楽かっていうとそーじゃないけど。たまにひとつの料理のために何日も鍋見てたりするし、毎日の献立考えるのも大変だろうし、それにこの子だけ休日なしだし。
 ……てーゆか考えて見りゃあたしなんて楽なもんか。ふつうの人間の家は奥さんがぜんぶ休みなしでやってんだもんね。おまけに育児もあるしさ。ただ、うちの館は広いけどね~。
「アルテルフ、手が進んでないぞ」
 口の周りをミートソースで汚したレグルスがはきはきと言った。
「また仕事のこと考えてるな。ぼうっとしてるとわたしがどんどん食べちゃうぞ」
「あー、いけない。食べよう食べよう」
 あたしは言いながらテーブル中央の山盛りスパゲティから半人前ほど自分の皿に移した。今日のランチは食べたい分取る形式で、十人前のごろっとミート入りスパゲティと、ハム多めのサラダ、それぞれ一人前のコンソメスープが用意されてる。
 使い魔は食べるのも仕事のうちと言っていい。そうしないとレオ様の負担が増えちゃう。
 あたしたちは半分死体みたいなもので、本来のいのちを捨て、レオ様の魂と同化することで第二の生を得ている。だから歳を取らない。常にあるじから魔力を供給され、これが途絶えると生命活動が終わってしまう。
 だからたくさん食べなきゃいけない。食べれば自分で魔力を生み出せるし、そうすればレオ様が送る魔力も少なくて済む。一匹だってすごい量の魔力が必要なのに、それが四匹もいるんだから各自がんばらなきゃいけない。
 まあ、レオ様の魔力は桁違いだけどね。それにレオ様はずっとお酒飲んでるし。ほかの飲食物と違って酒類は直接魂の補給になるから、それでけっこうまかなえてる。……飲み過ぎは内臓壊すらしいけど。
「あー食べた食べた」
 十二時半、あたしはぽっこりふくらんだお腹をさすりながら大リビングのソファに寝転んだ。
 一時までしばしの休憩。デネボラ以外の使い魔はみんなこの時間に仮眠する。レグルスとゾスマは自室のベッドでの~んびり。
 だけどあたしはここで寝る。あんまり寝心地よすぎると本気で眠っちゃうし、ここには振り子時計があって、一時間ごとにボーン、ボーン、と音を鳴らしてくれる。そしたら起きて、二匹を起こして仕事再開。それまで腹ごなしついでに横になって目をつぶり、思いつくまま考え事したりする。
 あ~、寝っ転がるの最高。至福の時だわ~。このまま本当に眠っちゃいたい。
 ……野生のころならできたのよね。眠いと思ったら、もうそのまま寝ちゃって、仕事なんかなくって。もちろん防衛は自己責任だけどさ。
 ………………たまに思う。人間の暮らしをはじめて、いろんな贅沢を手に入れたけど、そのかわり自由は失った。やんなきゃいけないことがいっぱいあって、自分の思うようにいかなくなった。
 どっちがしあわせだろーね。そりゃーいまの方がいろいろ充実してるし、野生じゃできないこと、得られないもの、たくさんある。おしゃれもたのしいし、五本の指と複雑な言語は人生を変えた。
 でも、好きなときに、好きなことはできない。
 ……いまさら考えてもどーしょもないんだけどね。いちど使い魔として契約したら、もう元には戻れない。あるじか使い魔のどっちかが本気で打ち切りを宣言した瞬間、魂の繋がりが切れ、いのちを失う。これはそーゆー契約。
 この生活がつまんないわけじゃない。でもときどき、野生のころがなつかしい。自由に空を飛び回ってたあのころが……
 ——ボーン、ボーン、ボーン。
 振り子時計の鈍い音が三度鳴る。
 ……一時か。起きなきゃ。
「ふうっんんーーんん!」
 あたしは思いっきり背伸びし、ソファから飛び降りた。ぐだぐだ愚痴ってる暇はない。買い物行かなきゃ!
「レグルス! 起きるよ!」
「ゾスマ! 一時だよ!」
 あたしは二匹を叩き起こし、玄関の棚の上から“ほしいものリスト”を拾った。ここにはみんなが買ってきてほしいものが書き込まれてる。だいたい日用品か食糧で、レオ様とアーサー様は娯楽品も多い。
「アルテルフ、おまたせ!」
 玄関の外から荷車を持ってレグルスが来た。数日分の食料を買い出すからけっこうな荷物になる。
「それじゃ、戻るまでよろしくね」
「うん、いってらっしゃい。どんどん進めとくよ」
 あたしはゾスマに声をかけ、レグルスと駆け足で街へと向かった。
「はー、急がなきゃ! 午前中に邪魔が入ったおかげでだいぶ遅れちゃった!」
「もう週末に詰めるのやめた方がいいんじゃないか?」
「う~ん……考えものね。でもふだんだって予定通りにいかないんだし、一日くらいしっかりやる日作っとかないとぐだぐだになっちゃうわよ」
「それもそうかァ」
「とにかく急ご! まだ掃除ぜんぜん進んでないんだから!」
「よし!」
 行き先はいつもの地方都市。片道で一時間近くかかる。空を飛べれば大した距離じゃないけど、へたにへんげするところを見られると“顔を覚えられない魔法”が解けちゃうし、だからレグルスも人間の姿で走るしかない。もっと近くに大きい街があればなぁ。つーか街で暮らせればなあ! 二本足は遅いよー!
 あたしたちは息切れしない程度に駆け足で走り続け、街へとたどり着いた。相変わらずザルな検問をくぐり抜け、商店街に一直線。都会を模した大規模な田舎の繁華街を、メモを頼りにささっと回る。レグルスは字が読めないからあたしかゾスマが指揮を取るかたちになる。
「そんなに砂糖買うのか!?」
「だって書いてあるんだもん! いいんじゃない? 日持ちするし」
「デザートでも作るのか? 甘いもの好きだからなぁ」
「あ! これよく見たら桁がひとつ違うわ! どーしよー、買いすぎた!」
「えー!?」
「あーもー! もっと丁寧に書きなさいよー! この字アーサー様ね! あのバカ、ザーメン出すこと以外なんもできないんだから!」
「そ、そんな言い方しなくたって……」
「くぅ~! 急いでなければちゃんと確認したのに! 最悪!」
 そうなのよ、急いでるとミスが頻発ひんぱつするのよ。あとで確認したら違うもの買ってたり、書い忘れがあったりして、ぐだぐだな買い物になっちゃった。はーあ、まいっちゃうなぁ。
「まあまあ、そんな日もあるさ。元気出していこうよ」
 帰り道、落ち込むあたしをレグルスがなぐさめてくれた。行きと違って荷物がどっさりだから、ゆっくり歩いて帰るしかない。
 荷車を引くのはレグルス。あたしたちはそれぞれ長所に合わせて仕事を分担し、計算の得意なあたしは家計簿、力仕事はレグルスって決まってる。
「なんか疲れちゃった」
 あたしは空を見上げながらぼやいた。上空には、なんの悩みもなさそうにトンビがぴょーぴょー飛んでいる。うらやましいわ、縛りのない生活で。
「ねえ、レグルス」
 あたしはつい、こんなことを言った。
「あんた、レオ様に仕えてよかった?」
「あ、アルテルフ……なにを言うんだ」
「あたしさ、たまーに失敗したかなって思うんだ」
「どうして……」
「だって、レオ様って自分勝手で、横暴で、いいかげんで、しもべを振り回してもなんにも思わないじゃない」
「そうかな……」
「今日だって週末は詰まってるってわかってるはずなのにアレでしょ? やんなっちゃう」
「……でもけっこう気遣ってくれるぞ。それに、仕事に関しては大真面目だ」
「仕事以外に関しちゃクソいーかげんじゃない」
「まあなぁ……」
 レグルスの引く荷車がガタゴトと音を立てた。足元は雑草が生え散らかし、季節がら野花の密集がところどころ散見してる。交易路こうえきろも馬車の跡が道しるべになってはいるものの、大部分が緑に覆われている。
 空は晴天。のどかっちゃ、のどか。だけどいまのあたしにはそれさえもムカつく。
「なあ、アルテルフ」
 ふと、レグルスが言った。
「どうしてアルテルフはレオ様にお仕えしたんだ?」
「……」
 どうして、かぁ……
「アルテルフはわたしよりずっと前からレオ様のしもべだろう?」
「……そうねぇ」
 あたしは遠い空を見ながら、言った。
「きれいだったから……かな」
「きれいだったから?」
「あたしさ、元々魔の森の南の方にんでたんだよね。巣立ってからもしばらく一匹でさ。テキトーにうろちょろしてたのよ。そしたらある日、レオ様の館を見つけて、そこでレオ様と出会ったの」
「それで?」
「最初、館を見て、なんだこの見たことないもの、なんだこの見たことない生き物って思って、すっごいわくわくして見てたの。そのころレオ様はまだ少し幼さが残ってて、庭でアクア様に魔法を教わってた。当時はなにしてんのかさっぱりわかんなかったけど」
「……」
「んでさ、わかんないんだけど、かっこよかったのよね。緑色の髪が光に当たると神々こうごうしくて、魔力も半端なくて、あたし、神様だと思っちゃったのよ」
「なるほど」
「そんでさ、何日も近くで見てるうちに目が合うようになって、こころが通じ合ってる気になって、ある日問いかけられたの。“わたしの一部になってくれないか”って」
「レオ様から言われたのか」
「あんたは自分から言ったんだっけ?」
れちゃったからな」
「……まあ、あたしも似たようなもんかな。で、なんでか言葉も知らないのに理解できて、すごい、このひとといっしょにいたい! って思って契約したの」
「そうだったのか……」
「あのときはホント惚れ込んでたからねー。すっごくうれしかったし、ずっとこのひとに忠誠を誓おうって思ってた。だけど正解だったのかなー」
「いまは思わないのか?」
「……たまに揺らぐわ」
「でも、たまにだろう? 間違いってことはないんじゃないか?」
 ……わかんない。わかんないよ。レオ様がすごいひとなのは間違いないし、忠誠を誓うだけの人物だとも思う。きっとレオ様よりすごい生き物には一生出会わないし、そもそも契約した時点で二度と戻ることはできない。
 だけど……
「なあ、アルテルフ」
 レグルスがあたしの肩を叩き、言った。
「わたしはしあわせだぞ」
「レグルス……」
「たしかにレオ様はときどき困ったことをなされる。いや、ときどきじゃなくて、けっこう頻繁にか。だけどレオ様はああ見えて、わたしたちのことを本気で愛してくださっている。いつだってわたしたちのことを気にかけてくださる」
 そうかしら……
「それに、こうしてアルテルフと出会えたのもレオ様のおかげだ」
 ……
「わたしはよかったと思ってるよ。おそらく一生後悔しない。密林の神という立場を捨て、多くの仲間を捨て、それでもレオ様にお仕えできたのは、これ以上ない幸運だと思う」
 ………………
「さ、元気出そう。わたしは明るいアルテルフが好きだぞ」
 レグルスがちょっぴり照れくさそうに言った。顔がじわっと赤く染まっていく。この子、ときどき大胆に言うわよね。臆病かと思えばそうじゃない。
 ……いや、あたしのためにがんばってくれたのか。けっこう口ベタだからねぇ。
 ……ふふっ。
「あたしもあんたのこと好きよ。大好き」
「あっ、アルテルフ」
「あら、一気に顔が赤くなったわねー。どしたのー?」
「か、からかわないでくれ! わたしの性格知ってるだろう?」
「ねえー、なあにー? あたしに好きって言われて照れちゃってるのー? かわいーー! レグルスちゃんだーい好きー!」
「はわわわわわ!」
 あははは! ほんっと、いじめがいがあってかわいいわね! 自分から言ったくせに、まーたハワっちゃって!
 ……でもありがと。少し元気でたよ。あんたの勇気のおかげでね。
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