魂売りのレオ

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第二十話 アルテルフ二十四時

アルテルフ二十四時 五

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「ぎょ~~!」
 あたしは館に帰って愕然がくぜんとした。
「お邪魔してるわ」
 庭にテーブルと椅子が用意され、レオ様とアクアリウス様がくつろいでる。
 給餌きゅうじはゾスマ。レオ様のウィスキーとアクア様の紅茶をそそぐために、ふたりの横でぽーっと突っ立っている。
 それはしょーがない。あたしたち使い魔は客が来たらだれかがこれをやんなきゃなんない。デネボラは夕食の準備がある。
 もちろんアクア様は邪魔しに来たわけじゃない。聞けば明日から遠出するから、その前に弟子たちとひと晩ゆっくり過ごしたいらしい。
 えーでしょう。えーことでしょう。でもこんな間の悪いことある!?
「あ、アルテルフちゃん! 遊びましょう!」
「遊ぼ遊ぼ~」
 あたしの親友、白カラスのサダルスードと黒カラスのサダルメリクが、無垢むくな少女でござんすってツラでぴょんぴょん寄ってきた。ふだんのあたしなら、
「わーい、遊ぼー!」
 と叫んでぴょーぴょー飛び回ってる。でも、
「ごめん、今日無理!」
「え? どうして?」
「なんで~?」
「まだやんなきゃいけないことがっつりあんの! 夜は時間取れるから!」
 あたしはそう言ってレグルスと荷物を降ろしに行こうとした。すると、
「おい、アルテルフ」
 レオ様に呼び止められた。
「今日くらい、いいんじゃないか? せっかくアクア様がいらっしゃったんだ。数ヶ月は二匹とも会えん。どうせまた汚れるんだし、たまにはこんな週末があってもよかろう」
「う……」
 そうかもしれない。こんなときくらいサボってもいいかもしれない。そもそもあるじが許してる。
 でも! いちど甘えたら癖になる!
「いいえ、きっちりやります! それがあたしの仕事ですから!」
 あたしはそう言って片付けをはじめた。レオ様がちょっぴり呆れた顔して、アクア様もクスクス笑ってた気がするけど、んなこたどーでもいい! 掃除してない部屋がたくさんある! つーかアクア様がお泊まりするなら客室も用意しなきゃなんない! こっちは大忙しなんじゃあーーッ!
「レグルス! まずは客室の用意するわよ!」
「ああ! 最優先だな!」
「もーちろんっ!」
 あたしたちはホウキやらハタキやら持ってドタバタ掃除を進めた。ここにゾスマがいれば濡れ雑巾も同時に進められたのに……くぅ~!
 と、そう思っていると、
「アルテルフちゃん、手伝いに来たよ」
 スード!
「暇だし手伝うよ~」
 メリク!
「な、なに言ってんのよ。あんたたち客なんだからゆっくりしてなさいよ」
「でもアルテルフちゃんと遊びたいんだもん」
「いっしょに掃除すればたのしいよ~」
 あ、あんたたち……
「なあ、アルテルフ。せっかくだし手伝ってもらえばいいんじゃないか? アルテルフだって二匹といたいだろう?」
 それはそうだけど、お客様に仕事させるってどーなのよ。しかもあしたから旅に出るんでしょ? ならなるべく疲れない方がいいだろうし、あたしにも館を管理するプライドがあるし、でも遊びたいし……
 う~ん………………いいや! お願いしちゃお!
「ありがと! さっさと終わらせて遊ぼ!」
「はーい、がんばろー!」
「わーいわーい」
 そんなこんなでアクア様の使い魔スードとメリクが手伝ってくれて、夕食前にはキリのいいところまで終わった。
 あ~、なんとかなったわー。これで安心してゆっくりできるってとこね。使い魔としては失格だけど、わざわい転じて福を成すってことで、お天道様てんとうさまには納得していただきましょ。
 それからあたしたちはアクア様ご来訪のおかげでちょっと贅沢になった夕食を囲み、ぼちぼち経って順にお風呂をいただいた。あたしはちょうだから最後の残り湯。え、長は偉いから早めに入るんじゃないかって? 逆よ、逆。上の立場だからこそ下に優しくするんじゃない。つまんない不平不満は芽を出す前に摘むのよ。つーか川で水浴びするよりよっぽど贅沢じゃない。文句もクソもないわ。
 それに、友達と入るお風呂はどんなでもたのしいしね。
「ざっぶーん!」
 黒カラスのへんげ、メリクがお湯に飛び込んだ。
「こら、お湯が減るでしょ!」
「あははは! ごめんねー!」
 もう、こいつはすーぐふざけるんだから。
「メリクちゃん、ひとんちなんだからお行儀よくしなきゃダメよ」
 そう言って白カラスのへんげ、スードがおしとやかに足から湯に入った。
「アルテルフちゃんは真ん中ね」
「ほいほい」
 あたしも入り、三匹で肩を並べた。
「ふぃ~、いい湯だわ~」
 お湯は熱々。多少量が減っていたけど、ちょっと足してもらったのと、三匹分の体積で、肩までしっかり届いている。
 室内は湯気が充満し、まるで雲の中にでも入ったみたい。肌がじんと痺れて気持ちいい。芯までぽかぽかあったまって、ひたいや頭髪から汗がにじみ出てくる。
「お疲れ様。いつもあんな広いところ掃除してるの?」
 スードがあたしの肩にお湯を撫でつけ、言った。
「あたしたち掃除しないからさ~、なんか新鮮だったよ~」
 メリクがおなじようにお湯をかけてくる。こいつらスケベだから手の動きがちょっとやらしい。変な気になりそう。気をつけなきゃ。
「今日は週末だから特別。つーかあんがとね。手伝ってくれて」
「ううん、大好きなアルテルフちゃんのためだもの」
「そうそう、アルテルフちゃんのため~」
 ちょっと、ずいぶん触ってくるじゃない。
「疲れてるでしょ? マッサージしてあげる」
「え? いいよ別に」
「遠慮しないで~。ほらほら~」
 うう、肩がくすぐったい……つーか触り方がちょっと、ねえ……
「ここもマッサージ」
「きゃっ!」
 ち、ちょっと! どこ触って……
「こうすると力抜けてリラックスできるよね~」
 まって! あんたなにつまんで……ちょっとお!
「ほーら、もっと熱くなろ? 密着して、ふふふ」
 バカ! そこは……!
「お顔真っ赤だね~。のぼせちゃった~?」
 ゆ、指入れんな! あ、あ……
「やめろーっ!」
「きゃっ」
「わあ」
 はーっ、はーっ……こいつら、友達になにしとんじゃ!
「わたしたちとは、いや?」
 い、いやってわけじゃないけど……友達でしょ!?
「友達とするのもたのしいよ~。あたしたちは仲よくなったらいつも遊んじゃうよ~」
「そうそう。男の子も、女の子もね」
「まだそーゆー知識ない子で遊ぶのおもしろいよね~」
「うんうん。口ではやめてって言うのに抵抗しないで、お目目でほしいほしいって訴えてくるの、すごくかわいいよね」
 こ、こいつら……相変わらず節操ないわね……さすがはアクア様の使い魔なだけあるわ。
「ねえ、続きしましょ?」
「いやよ! 友達とするなんて! なんか一線越えるみたいで無理!」
「え~? じゃああのおもちゃは~?」
「あの子は友達じゃないの?」
 うっ、それは……
「あれはまあ、なんていうか、友達っちゃ友達だけど……なんてゆーか違うのよ! つーかあたしはする側! される側はいや!」
「じゃあどうぞ~」
 め、メリク! あんたなんて格好! そうまでしてしたいの!?
 う~ん、どーすりゃいいのさ。こいつらは好きだけど、そーゆーんじゃないし……なんて言えばこの色情魔どもを納得させられるのか……
「メリク、もういいじゃない。アルテルフちゃんはレオ様に似て真面目なのよ」
 す、スード……
「そっか~。じゃあしょーがないね~」
 ホッ……助かった。さすがに二匹に本気で襲われたら敵わないからね。しかもこいつら魔法使えるし。
 ……ところで、
「レオ様が真面目?」
 あたしはそこだけ気になった。あのイカレポンチが? それにあたしが似てる?
 スードが言った。
「そうでしょ? 仕事はキッチリ、遊ぶときは遊ぶ。でも自分の中の線引きは絶対守る」
 メリクも言った。
「そっくりだよね~。それにアルテルフちゃん、いまみたいに髪下ろすとまんまレオ様だもん」
 いやいや、髪型が似てるだけでしょ。人相もぜんぜん違うし、それよりほかの三匹の方が似通ってるわ。
「そう?」
 レグルスは背丈がおなじでしょ? デネボラはぐーたらなとこ似てるし、アーサー様が言うには、ゾスマの顔はレオ様の子供のころにそっくりらしいわ。あたし一番似てないのよ。
「ううん、そっくり」
「一番似てるよね~」
 どこがよ。ほれ、おっぱいもこの通りだわ。
「あはは! むしろわたしたちにそっくり!」
「たしかにここは似てないね~」
 そーでしょそーでしょ。あたしは最初に使い魔になったくせに、一番レオ様に似てないんだから。ま、頭がいいとこと、いたずら好きってとこは似てるけどさ。
「ううん、そういうんじゃないわ」
 じゃあなにが似てるっつーのよ。
「なんてゆーか~、気ィ遣いなとこ~?」
「うんうん、それ!」
 はぁー!?
「レオ様が気ィ遣い~~?」
 あたしはひとこと言わずにいられなかった。だってあれのどこが気ィ遣いよ! 自分勝手でわがままで、周りのことなんかろくすっぽ考えないで、こっちは振り回されてばっかりよ!
「あー、近くにいるとわかんないのかしら」
「あんな仲間思い、そうそういないよね~」
「うんうん、わたしたちも旅先でいろんな魔術師見てきたけど、レオ様ほど使い魔を大事にしてるひとなんて滅多にいないよね」
 うっそー? ひとんちだからそう見えるだけじゃないの?
「ねえ、アルテルフちゃん。使い魔ってなんだと思う?」
 そりゃ、しもべでしょ?
「ううん、道具」
 …………道具?
「そだよ~。だって、いのち握られて、命令聞かなきゃいつでも殺して新しいのに替えちゃえばいい、言っちゃえば靴とか消耗品とおんなじくらいのもんだよ~」
 消耗品……
「魔術師によってはこころを消しちゃうものねぇ」
「性奴隷にするひとも多いよね~」
「最初うまいこと契約だけさせちゃえば、あとは自由な操り人形。それが使い魔じゃない」
 ……言われてみればそうかもしれない。いのちを手玉に取られている使い魔は、本来あるじに逆らうことなんてできない。あたしはこの子たち以外の使い魔を見る機会がなかったから思いもしなかったけど、世の中にはひどい扱いを受けてる子がいっぱいいるらしい。
 そっか……使い魔って奴隷なんだ。
「アルテルフちゃんって、レオ様に逆らって殺されそうになったことある?」
 ……ない。
「今日だって、仕事しなくていいって言われてたよね。ふつーあんなこと言う魔術師いないよ~」
 ……たしかに。
「もちろんレオ様やアクア様みたいに、使い魔を家族同然に扱う魔術師も多いわ。だけど、それとおなじくらい、物扱いするヤツもいるのよ」
「実際に見てきたしね~。ホント、あたしたち運がいいよね~」
「中でもレオ様はホントにおやさしいわ。もちろんアクア様も負けてないけどね」
 ……
「あら、どうしたの?」
「泣いてるの?」
 ……泣いてた。胸が詰まっちゃった。だって、気づいちゃった。
「……あたし、最近レオ様の悪いとこばっか見てた」
「……」
「なんかさ……すごい振り回されるなって思って、仕事の邪魔ばっかしてって思って…………たまにヤなヤツって思って……」
「……」
「いいところいっぱいあるはずなのに、今日だって二回も気遣ってくれたのに、あたし……」
「それほど安心できてたのね」
 スードがあたしの頭をやさしく撫でてくれた。
「あたりまえに思えるくらい、やさしくしてもらってたんだね」
 メリクが背中をさすってくれた。
「あたし……あたし…………」
 涙がめそめそこぼれた。いろいろ聞いてやっと思い出した。
 そうだよ、レオ様はいつも気遣ってくれてたよ。家事で忙しいときには休むよう言ってくれるし、いつだってありがとう、すまないの声をかけてくれる。はちゃめちゃなとこもあるけど、それ以上にあったかかったよ。
「あたし、お詫びしなきゃ!」
 そう言うと、二匹はキョトンと顔を見合わせた。
「お詫びって?」
「だって、あたしレオ様にひどい態度取ってた! なにかお詫びしなくちゃ!」
 ——ふふふ。
 ——あはは。
「真面目だね、アルテルフちゃんは」
「そだね~。レオ様とおんなじだね~」
「なっ!?」
 カアーッと顔が熱くなった。この状況でそんなこと言われるとなんかすごく照れくさい!
「だってそうじゃない! このままじゃ気が済まないわ! どうしたらいいだろ!」
 あたしは叫ぶように言った。恥ずかしさと焦りが声になった。
 すると、スードが言った。
「なにもしなくていいんじゃない?」
 メリクも言った。
「いつもどーりがいーよ~」
 な、なんで!?
「だってレオ様を見ればわかるわ。レオ様はいまのアルテルフちゃんが好きだもの」
 ……っ!
「変に気を遣うとかえってよくないと思うよ~」
 ……そ、そーゆーもんかな?
「そっ。いまのままで十分。ちょっぴり生意気でしっかり者なところがアルテルフちゃんの魅力」
 ……
「あんま難しく考えない方がいいよ~」
 ……そっか。難しく考えない方がいいのか。
「ごめん、ありがと」
 あたしは湯船に口を半分沈めながら言った。なんかもうそれしか言えなかった。
 あたしって、けっこう不器用だったんだなぁ……
「ねえ、それより洗いっコしよ?」
 スードがお湯から上がり、浴室の隅にある石鹸を手に取った。
「わーい、石鹸だ~!」
 メリクがあたしの手を取り、強引に引っ張り上げた。
「ち、ちょっと!」
「うふふ、石鹸使うのひさしぶり! いっぱいアワアワしよ」
「あたしアルテルフちゃんのお尻洗う~」
「じゃあわたしはお・む・ね」
「あ、あんたたち……まさかこの流れでいやらしいことするつもりじゃないわよね!」
「それはどうでしょー」
「いたずらしちゃうかもね~」
「ひゃっ! こら、やめなさいよ! あ、や、やあ~!」
「ふふふふふ……アルテルフちゃんがレオ様にそっくりなのとおなじ。使い魔はあるじに似るの」
「アクアリウスはいつだって、気まぐれでいたずら好きだからね」
 こ、こんにゃろ~! だったらあたしだって負けないんだから! うちのあるじがどんだけ淫乱サディストだか思い知らせてやる!
 ……あーもう! さっきまで真面目な話してたのに、なんで友達となんでこんなことしてんのよー!
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