魂売りのレオ

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第二十一話 言の刃

言の刃 三

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「なんだ、繋がってるじゃないか」
 レオは酒をあおり、含み笑いで言った。
「救いたいと思ってこの街に来たんだろう?」
「いやぁ……」
 ライブラは苦い顔をし、ぐぐぐと頭をかたむけながら、
「どっちかというと……好奇心かねぇ」
「だがどちらにしろ無視できなかったんだろう?」
「や、別に来なくたって構わなかったんだよ」
「でも来たんだろう?」
「……暇つぶしさね」
 レオはハハハと笑った。ライブラはバツが悪そうにひじを立て、拳にほほを預けていた。
 よくわかんないけど、レオはライブラが人助けをしに来たのがおもしろいらしい。なんで? だれかを救いたいなんて最高にステキじゃないか。ぼくはこころからライブラを絶賛したよ。そしたら、
「あははははは! そうだな! 呪術師ライブラ様は実にステキなお方だ!」
 レオはいっそう笑い、ライブラは「うるさいね」とふてくされた。わけわかんないや。
「で、いつ見に行くんだ?」
「ま、あしたかねぇ。今日はもう遅いし、ずいぶん飲んじまったしねぇ」
「そうか。じゃあ今日は宿に泊まろう。ゾスマ、せっかくだからおまえも見ていけ」
 とレオが言った途端、
「ちょいと! あんたまさかいっしょに来るつもりかい!?」
「そうだが?」
「あたしゃ呪術師だよ!」
「だが話したじゃないか」
「あんた呪術師の仕事を見ようってのかい!」
「暇つぶしだろう?」
「む……」
 ライブラは口をつぐんだ。呪術師は仕事の特性上、絶対に秘密をつらぬく。呪術の中には他人に見られると困るものもあるし、依頼人やターゲットを漏らしたくない。
 だからライブラの仕事にはレオも関わらないようにしてるけど、今回のはプライベートだから問題ないというのがレオの意見だ。
 レオは言った。
「おまえほどではないが、わたしも呪術には明るい。それに魔法も使えるしな。なにか助けになるかもしれんぞ」
「魂売りが“助け”? 一文にもならないタダ働きだよ?」
「呪術師がなにを言う」
 そう言うと、ライブラはフッと笑った。それに応えるようにレオもフフと笑った。
 ライブラはうしろ手をついて「あ~あ」とのけ反り、なにか観念するように言った。
「……いいさね、ついて来な。たしかにあんたがいりゃ心強いからね」
「フフフ……ここはわたしがおごろう」
「そりゃありがたい。他人の金で飲む酒はうまいからねぇ」
 そう言ってふたりはしばらく飲み続けた。もちろんゾスマもだ。ぼくは限界だったからジュースを飲みながらそれとなく話に相槌を打ち、
(早く終わんないかなぁ)
 と思っていた。ふたりの会話は専門的過ぎた。
 しかしレオは物好きだよ。まさかあんなことするなんてさ。
 このときレオはそこまで飲んでいなかった。もちろん酔っ払ってはいたけど、お湯割がメインで限度を守っていた。
 だけどライブラはロックでどんどん飲んでいたから、ぐでんぐでんだった。
「これは介抱が必要だ」
 レオは休憩していこうと言って宿を取り、ライブラをベッドに寝かせると、
「服を着たままでは寝にくいだろう」
 服を脱がせ、下着姿にした。ライブラはというと、
「ちょいと、なにしてるんだい」
 と言いながら成すがままにされた。うまく体が動かないようだった。
「暑いだろう。わたしも暑い」
 そう言ってレオは服を脱いだ。しっとりとなめらかなだいだい色の肌とピンクのアダルトな下着があらわになり、ほんのりと彼女のにおいが揺れた。
 ライブラののどがゴクリと動いた。
「ふぅ……暑い」
 レオはそこで止まらなかった。彼女はぼくらの見ている前でブラを外し、スルスルとショーツを脱いだ。
「あ、あんた恥ずかしくないのかい?」
 あおむけにだらりとするライブラの視線が揺れた。口はぎこちなく笑っている。
「なにをいまさら。いっしょに風呂に入っただろう」
「そりゃ風呂では裸だったけどさ……」
 こわばるライブラに対し、レオは猫のようにしなやかだった。
 なにか予感があった。
 ぼくも薄々勘づいていたけど、ライブラも察したんだと思う。
「あんた、変なこと考えちゃいないよね?」
「フフフ……どうかな?」
 そう言うとレオはベッドに腰掛け、その流れでぬるりと寝そべり、ライブラに手足を絡みつかせた。
「ちょっと!」
「なんだ?」
 エメラルドのような美しい瞳がライブラの視線を塞いだ。鼻先が触れ、熱っぽい息が目に見えそうなくらいこもっている。
「なんだじゃないよっ……あんたなに考えてんだい……」
 ライブラの声には張りがなかった。抵抗はほとんど無気力だった。
 ぼくは「あーあ」と頭の中で呆れた。妻の病気がこれほどとは思わなかった。
「わかるだろう……」
 レオの手はすでに“はじめて”いる
「アッ、あたしゃそんな気はないよ」
「わたしはその気だ」
「夫が見てるよ……使い魔だって……」
「知ってる。ハァ、ハァ……その方が興奮する。ハァ、ハァ……」
「あ、あんた、あたしをそういう目で見てたのかい……離しな……アッ、だめ!」
「そういうわけではない。おまえのように強い女は好みではない。だが、今日はなぜかその気なんだ。フフフ……なあ、いいだろう、たまにはこんな日があっても」
「やめ……ばか……」
「うるさい口だな」
「アア……!」
 さすがのぼくもこれには驚いたよ。まさかライブラと寝ようなんてさ。
 たしかにレオはレズビアンだ。ぼくといっしょになったのは、ぼくが女みたいなヤツだからで、もし立派な男だったら見向きもされなかった。
 だけど相手はライブラだよ? いくら美人とはいえ強くて恐ろしい呪術師だ。
 後日、レオが言うには、
「あの日のライブラはやけにかわいくてな。ふだんは決して隙を見せないくせに、酒の飲み過ぎでガードがガラ空きだった。ちょっと友達と言っただけであんな顔をして、わたしはその瞬間から、酔わせて襲うと決めていたんだ」
 まったく、とんでもないひとだよ。そのために支払いを請け負って、どんどん飲むよう仕向けたんだって。ぼかぁ呆れたね。しかも見せつけるのが好きだから、
「アーサー見てくれ! ふしだらな姿を見てくれ!」
 だってさ。冗談じゃないよ。愛する妻が、女相手とはいえ他人に腰振ってるとこなんて見たいわけないじゃないか。おかげでぼくまで参加しちゃったし、ホント困ったもんだよ。
 そんなんだから翌朝ライブラは不機嫌だった。
「冗談じゃないよ」
 ライブラはやや南に寄った陽光をカーテン越しに浴び、げんなり言った。
「まさかここまでイカれてるとは思わなかったね」
 逆にレオは上機嫌だった。
「フフフ……たまにはいいだろう」
「よかないよ! バカ!」
 なるほど、今日のライブラはちょっとかわいい。怒ってはいるものの殺伐とした気配はなく、あぐらをかいて頭をかきながら「やっちまった」という顔でふてくされている。
 正直ぼくは心配だった。ライブラがシラフに戻ったらレオを殺そうとするんじゃないかと思っていた。
 だけどあれかな? まんざらでもなかったのかな?
「どうした、怒らないのか?」
 レオはめずらしく自分でコーヒーをれ、ぼくらに配っていた。さすがに裸のままはよくないと思ったのか、ふたりとも下着を着けている。
「怒ってるよ。見りゃわかるだろ」
「おまえが本気で怒ったら、わたしを殺せるだろう?」
「そうさね。百回は殺せるね」
「じゃあなぜなにもしない」
「……」
 ぼくの手にあたたかいカップが渡され、ゾスマの分をテーブルにコトンと置いた。
 返事をしないライブラに、レオがカップを差し出し、
「飲むか?」
 と言った。ライブラは一瞬ためらって受け取ると、チッと舌打ちし、窓の方に顔を背けた。
「ねえゾスマ、あんたこんなあるじでいやにならないかい?」
 ライブラはゾスマに視線を向けた。あのときゾスマは痴態を前にずっとお酒を飲んでいた。
「ううん、おもしろいよ」
「おもしろい?」
「ひとを見るのはすごくおもしろいよ。見るひとぜんぶ勉強になるよ。レオ様はとくにおもしろいよ」
「……そうかい」
 はぁ~あ、とライブラは大きなため息を吐いた。色々と呆れているらしい。そうだよね。ぼくも呆れちゃって呆れちゃって、もう通り越して慣れちゃったよ。
「フフフ……次にするときは“アレ”を生やそう」
「しないよ!」
 レオは相変わらずだった。頭を抱えて気にするライブラと違い、なにごともなかったという顔をしていた。
 ぼくはなんとなく、また隙を見て襲うんだろうなぁ、と思った。
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