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第二十二話 妖鳥は夜にまたたく
妖鳥は夜にまたたく 一
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生きるのって難しいですね。たぶんほとんどのひとがだれも傷つけたくないと思ってますし、悪いことはしたくないはずです。
でも言葉を交わしていれば、どこかでだれかを傷つけます。それは思いもよらないミスだったり、あるいはわかっているのに、ついやってしまうこともあります。
わたしは若いころ、パチンコ打ちたさに家の金をこっそりくすねていた時期があります。もちろんいけないことだとわかっていました。しかし欲望に勝てなかったのです。そして不思議と、さほど悪いことをしている意識がなかったのです。
なんと愚かでしょう。もちろん他人様のものに手を出すようなことはありませんでしたが、盗みを働いていたのは事実です。自分の家という甘えが、認識をぼかしたのです。
若さゆえでしょうか。弱さゆえでしょうか。金さえあれば、そんなことしなかったんでしょうけどねぇ。
第二十二話 妖鳥は夜にまたたく
ぼくはアーサー。歳は十八。元は都で騎士をしていたけど、いろいろあっていまは魔の森でレオと暮らしている。
それにしてもぼくは本当にしあわせ者だ。家族を殺され、騎士の道も絶たれ、あとは辺境で意味もなく死ぬまで生きるだけかと思っていたけど、最愛の妻のおかげですばらしい日々を過ごしている。
先日ぼくは誕生日を迎えた。数ヶ月ぶりにレオと同い年に戻り、その日の晩はレオが最高のプレゼントをくれた。
それはものじゃない。なにがとはハッキリ言わないけど、ぼくが一番よろこぶ行為だ。
ああ、思い出すだけでも胸が高鳴る。恥ずかしがりながらも腕を上げ、汗で湿ったわきを差し出すレオの姿といったらもう……
ぼくはときどき、生きてどうするのかと考えることがあった。剣で身を立てることもできず、家族の仇を討つことも叶わず、男としてどう生きればいいのかと苦悩することがあった。
だけどもうなにも悩むことなんてない。いまのぼくには生きる目的がある。明日に向かう意志がある。
誕生日だ。
来年も誕生日が来る——そう思うだけで生きる希望が湧く。
再来年も誕生日が来る——そう思うだけで前を向ける。
ああ、世界はなんて美しいんだ!
季節は春から夏に移ろうとしている。あたたかい日差しと、生命のにおいのするさわやかな風が、森を、空を、大地を蒼く染めている。
ぼくはルンルン気分で玄関を開け、おもてに出た。手にはウィスキーのロックと適当に切ったつまみの乗ったトレイを持っていた。
庭に出ると、レオが背もたれの長いデッキチェアでゆったり景色を眺めていた。
「レオ、おまたせ」
ぼくは彼女の右側に立ち、スッとトレイを差し出した。
「ああ、ありがとう」
レオはウィスキーを手に取り、ゴクゴクとのどを鳴らして飲んだ。トレイは魔法で倒れないようになっており、ひじ掛けの端に置いた。
「やっといい季節になったな」
レオはふぅ、とため息を吐き言った。彼女は夏を待ち望んでいた。
レオは外でお酒を飲むのが好きだ。庭の溜め池の近くにデッキチェアを置き、ゆったり寝そべって自然を眺めながらお酒を飲むのがなによりのリラクゼーションだという。
季節で変わる森の風景も味わいのひとつだ。
「春は華やかで美しい」
「夏は鮮やかで美しい」
「秋は哀愁があって美しい」
「冬はちと寒いな。だがそれもまた、肴となろう」
そう言ってレオはおもてで飲む。冬だけは室内が多く、天候の悪い日はまず外に出ないけど、それ以外はほとんど毎日、こうして外でくつろぐ時間を設けている。
「もう春も終わりだ。青葉が美しいじゃないか」
そう言われ、ぼくは森をさっと眺めた。見事な景色だった。
館の庭は広く、周囲一面が樹々に囲まれている。どこを見てもどっしりと太い樹が並んでおり、緑葉に遮られた森は奥へ奥へと暗くなっていく。
反面、明るく照らされたところがキラキラと光る。闇と光のグラデーションが、ただでさえきれいな自然の芸術をよりくっきりと彩る。
花はもう少ない。その分雑草が広く高く、濃淡さまざまな緑が陽光に揺れる。
「きれいだね」
ぼくはあたりまえの風景に見惚れ、胸がきゅっとなった。本当に世界は美しい。ただ草木を見ているだけなのに、さもすれば涙が出そうなほど感動してしまう。
「なあ、アーサー」
レオがふふと笑い、
「そのサラミ、食わせてくれ」
そう言って口を突き出した。
——うっ!
ぼくはものすごく胸がきゅっとなった。さっきもきゅっとなったけど、こんどの“きゅっ”は種類が違う。レオのくちびるはぷるんとやわらかく、まるでキスを求めるみたいにおねだりしていた。
目は、トロンと微笑んでいる。
「さ、サラミだね」
ぼくはドギマギしながらサラミをひとつつまみ、レオの口に届けた。彼女はそれを鳥みたいについばみ、んくっ、んくっ、と二回の動作で口内に入れ、くちゅくちゅと噛み、
「どうした、アーサー。顔が赤いぞ」
ゴクンと飲み込んだ。ぼくは思わず視線を下げて、
「き、君があんまりきれいだから……」
と正直に言った。
ぼくはいまだにレオの美しさに慣れない。もう二年ものあいだ、毎晩のように愛し合っているというのに、ふと現れる彼女の美貌、かわいげ、みだらな姿に狼狽してしまう。
「それは仕方ないな。なにせわたしは世界で一番美しいんだ」
レオはウィスキーを飲み、誇らしげに森を眺めた。ただそれだけの姿が、どんな絶景よりも輝いて見える。
それに……すごくいやらしい。
今日のレオはめずらしくスカートを履いている。彼女はふだんズボンを履くが、ひさびさの夏日だからか、胸元の広いピンクのシャツに、桃色の薄手の上着を一枚、下はひざ上少しのゆったりした白スカートと、実に涼しげな格好をしている。
艶やかな太ももが半分以上見えている。まっすぐ伸ばしている状態でも、だいだい色の肌があらわになっている。
それが、くねりと交差した。リラックスしたのか、左のひざを立てるかたちで右足に絡ませた。
すると、右に立つぼくから股のあいだが見えそうになる。スカートがずり上がり、大胆に生の脚が露出する。
(いけない……!)
ぼくは視線を逸らさなければと思った。だって、まだ昼間だ。ぼくらは夫婦で愛し合っているし、愛する妻を見て欲情するのは悪いことではないけれど、それはあくまで夜ベッドの中でのことだ。
騎士は昼間から欲情なんてしてはいけない。たとえ平民下民となった身でも、男子たる者ゆめゆめ騎士道を忘れてはならない。
だけど目が逸らせない。彼女の健康的な太ももは、細くもなく、太くもなく、およそ人間が描き得る最高のスタイルだ。
その太ももとスカートの陰から、あと少しで下着が見えそうになっている。ほんのわずか彼女が身じろぎをすれば見えてしまう。
それが、身じろいだ。
(うわっ……)
ぼくは声を漏らしそうになった。
レオはひどくアダルトな黒のショーツをつけていた。
大事なところはしっかり隠れている。だけどほとんどの面がレースになっていて、薄暗いシースルーの内側から、緑色の茂みがうっすら浮かんでいる。
ダメだ……! まだ昼間なんだ……!
ぼくは無意識にゴクリとのどを鳴らし、いけないと思いながらもまっすぐ凝視していた。心臓がドクン、ドクンと鳴っていた。
そんなとき——
「あっ……」
ぼくはふと視線に気づき、レオの顔を見た。彼女は眠たげな目をぼくに向け、どこかいじわるな笑みを浮かべていた。
「どうした、アーサー」
なにもかもお見通しの声だ。静かに、たのしげに、そして見下すような。
「いや、その……」
ぼくはうわずった声を絞り出した。言い訳をしようとして、それ以上なにも言えなかった。
「なにを恥ずかしがる。我々は夫婦だぞ」
「うっ……!」
レオが左肩を沈めるように滑り、伸ばしていた右足の太ももをひじ掛けに乗せた。彼女の両脚は大きく開き、セクシーな下着や、左右に伸びる内ももの線、そしてわずかにはみ出た恥部の盛り上がりが丸見えになった。
「ほら、好きなだけ見ろ」
「だ、ダメだよ……!」
「見たいのだろう?」
「そ、そうだけど……」
フフフ……とレオは笑い、
「なにをいまさら。おまえはこの体を隅々まで知っているだろう。毎晩なにをしている」
だって、それは夜のことじゃないか。いまは昼間だ。騎士はお日様の前でいかがわしい気持ちになんかなっちゃいけない。
「別にだれが見ているわけでもなかろう」
たしかにそうだ。いまここには、ぼくらしかいない。だれに咎められるわけでもない。
だけどお日様が見てる。ぼくら騎士は——いや、男子はみんな、父親からこう教わっている。
「男子たるもの、常にお天道様に見られているのを忘れてはいけないよ。悪いことをすれば、かならずお日様が見てる。恥ずかしいことをすれば、いつだってお日様が見てる。うしろめたいことをすれば、お日様を見たときにふと思い出して、うつむいてしまうんだ。いいかいアーサー、太陽に向かって生きなさい。空を見上げたとき、まっすぐ上を向いていられる男になりなさい」
だからぼくは、日中は絶対に欲情しない。淫乱な気持ちになっても全力で鎮める。
それなのに……
「悪いがわたしは騎士道などという、一銭にもならんものは持ち合わせておらん」
そう言ってレオはさらに足を広げた。最大限におっ広げ、下品な姿をパックリ晒した。
ぼくはもう、どうにかなりそうだった。
淡色の薄着は清楚な感じがして、これで肩にポーチでも下げてしゃなりと立てば、いいとこのお嬢様か、堅実なキャリア・ウーマンに見えるだろう。
だがその格好で股を広げる姿は下品そのもので、こんなはしたないものはない。清楚な格好だからこそ、下品さが際立つ。淡色の服だからこそ、真っ黒なレースの下着のいやらしさが強調される。
こんなの変態だ。レオはいままでいろんな破廉恥衣装を見せてきたが、こんなにドスケベな組み合わせは見たことがない。乳房がスケスケのキャミソールよりも、大事なところがぱっくり開いたショーツよりも、みだらで、淫乱で、艶かしい。
「しかし暑いな……」
レオは脚を閉じ、チェアに沿ってゆったりと伸ばした。ぼくは「え?」と思った。だって、いつもの彼女なら、ぼくが堕ちるまで欲情を誘う。それなのに横を向け、ショーツが見えなくなってしまった。
だけどこれは“振り”だった。
「暑くて履いてられん。脱いでしまおう」
なんとレオは腰を浮かせ、スルスルとショーツを脱ぎはじめた。
「な、なにしてるんだ!」
「見ての通りだが?」
フフン、と流し目で笑った。親指に引っ掛けた下着がクルクルとちぢまりながら、太ももの半ばを通過していく。右脚が立てひざをし、左脚は足先をピンと宙空に伸ばしている。
大事なところは見えない。だけど、だからこそ視線が吸い込まれる。
「だ、ダメだよ……もしだれかが来たら……」
「大丈夫だ……どうせだれも来やせん……」
レオの呼吸はほんのり荒かった。ほほもだいぶ赤い。
「使い魔に見られるよ……」
「安心しろ……アルテルフが会議を開くと言っていた……しばらくは出てこん……」
言いながら、ゆっくりとショーツを下ろしていく。ペロリとくちびるを舐め、挑発的な上目遣いを見せつける。
「だけどっ……はぁっ、はぁっ……こんなところでっ……そんなっ……」
それ以上なにも言えなかった。呼吸が苦しくて息が詰まっていた。
恐ろしい誘惑だった。彼女の前では騎士道なんてハリボテだった。
とうとう足先からショーツが脱げてしまった。レオは下着を頭上にかざしてひらひらし、目を三日月にして微笑んだ。
もう目が離せない。彼女の脚が、蠱惑的な笑みが、大事なところを空気に晒し、なお隠す太ももが……その全身がぼくを誘う。
ぼくの瞳は上へ下へと迷い、欲情のあまり手足が震えを帯びた。どこを見てもいやらしい。どこを見ても吸い込まれる。
……もういちど、開いてほしい。
「おまえも脱げ」
レオが湯気のような声で言った。
「おまえも脱いだら、一番いやらしいところを見せてやる」
そんな……
「見たいんだろう?」
……見たい。
「触れたいんだろう?」
……触れたい。
「おまえの最も熱いところで味わいたいんだろう?」
……味わいたい。だけどぼくは騎士だ。騎士は昼間からそんなことしちゃいけない。ましてやおもてでだなんて……
「フフフ……かわいいヤツめ」
レオは右手の人差し指を下くちびるに当て、溶けるようなまなざしで、
「ああ……わたしを見て昂っているな。わたしを見て熱くなっているな。……なんて顔だ。そんなに切なそうに目を潤ませて、そんな目で見られたら、わたしはもう……ああ……」
その声を聞いた瞬間、ぼくは我慢できなくなった。それはすでにはじまっている声だった。まだ触れてもいないのに、彼女の体が反応している。彼女の中でどろどろと蜜があふれている……
ぼくは目がまぶたから出てしまいそうなほど彼女を凝視し、荒い息とともにベルトの金具を外した。
そしてボタンを解き、ズボンを下ろそうとした、そのとき——
「にゃあ」
ふと、溜め池の方から猫の鳴き声が聞こえた。慌てて振り向くと、そこには黒猫のシェルタンがじっと佇み、こっちを見ていた。
「わあああ!」
ぼくは急いでベルトを戻した。レオも不機嫌に舌打ちをし、
「はぁ……客か」
呆れるような顔を空に向け、ショーツをはき直した。
シェルタンはレオの飼い猫だ。どういうわけか人語を解し、なぜかレオもシェルタンの言葉がわかる。
そんなシェルタンの仕事は客を呼び寄せることで、他人の夢に現れたり、幻聴を聞かせることによって、ふだんはだれも来ない魔の森に金ヅルを誘い込む。
「それで、もう来るのか?」
レオが言った。するとシェルタンは「にゃあ」と答えた。
「まだ森の入り口か……早めに教えてくれて助かったぞ。危うくはじめてしまうところだった」
さ、顔を洗ってこよう。そう言ってレオは館に入った。客が来るまで少しだけ時間がある。
……それにしても、もうちょっと早く教えてくれないかなぁ。こんなの生殺しだよ。まあ、騎士としての心得を守れたからいいけどさ……
…………あ~あ、顔洗ってこよう。
でも言葉を交わしていれば、どこかでだれかを傷つけます。それは思いもよらないミスだったり、あるいはわかっているのに、ついやってしまうこともあります。
わたしは若いころ、パチンコ打ちたさに家の金をこっそりくすねていた時期があります。もちろんいけないことだとわかっていました。しかし欲望に勝てなかったのです。そして不思議と、さほど悪いことをしている意識がなかったのです。
なんと愚かでしょう。もちろん他人様のものに手を出すようなことはありませんでしたが、盗みを働いていたのは事実です。自分の家という甘えが、認識をぼかしたのです。
若さゆえでしょうか。弱さゆえでしょうか。金さえあれば、そんなことしなかったんでしょうけどねぇ。
第二十二話 妖鳥は夜にまたたく
ぼくはアーサー。歳は十八。元は都で騎士をしていたけど、いろいろあっていまは魔の森でレオと暮らしている。
それにしてもぼくは本当にしあわせ者だ。家族を殺され、騎士の道も絶たれ、あとは辺境で意味もなく死ぬまで生きるだけかと思っていたけど、最愛の妻のおかげですばらしい日々を過ごしている。
先日ぼくは誕生日を迎えた。数ヶ月ぶりにレオと同い年に戻り、その日の晩はレオが最高のプレゼントをくれた。
それはものじゃない。なにがとはハッキリ言わないけど、ぼくが一番よろこぶ行為だ。
ああ、思い出すだけでも胸が高鳴る。恥ずかしがりながらも腕を上げ、汗で湿ったわきを差し出すレオの姿といったらもう……
ぼくはときどき、生きてどうするのかと考えることがあった。剣で身を立てることもできず、家族の仇を討つことも叶わず、男としてどう生きればいいのかと苦悩することがあった。
だけどもうなにも悩むことなんてない。いまのぼくには生きる目的がある。明日に向かう意志がある。
誕生日だ。
来年も誕生日が来る——そう思うだけで生きる希望が湧く。
再来年も誕生日が来る——そう思うだけで前を向ける。
ああ、世界はなんて美しいんだ!
季節は春から夏に移ろうとしている。あたたかい日差しと、生命のにおいのするさわやかな風が、森を、空を、大地を蒼く染めている。
ぼくはルンルン気分で玄関を開け、おもてに出た。手にはウィスキーのロックと適当に切ったつまみの乗ったトレイを持っていた。
庭に出ると、レオが背もたれの長いデッキチェアでゆったり景色を眺めていた。
「レオ、おまたせ」
ぼくは彼女の右側に立ち、スッとトレイを差し出した。
「ああ、ありがとう」
レオはウィスキーを手に取り、ゴクゴクとのどを鳴らして飲んだ。トレイは魔法で倒れないようになっており、ひじ掛けの端に置いた。
「やっといい季節になったな」
レオはふぅ、とため息を吐き言った。彼女は夏を待ち望んでいた。
レオは外でお酒を飲むのが好きだ。庭の溜め池の近くにデッキチェアを置き、ゆったり寝そべって自然を眺めながらお酒を飲むのがなによりのリラクゼーションだという。
季節で変わる森の風景も味わいのひとつだ。
「春は華やかで美しい」
「夏は鮮やかで美しい」
「秋は哀愁があって美しい」
「冬はちと寒いな。だがそれもまた、肴となろう」
そう言ってレオはおもてで飲む。冬だけは室内が多く、天候の悪い日はまず外に出ないけど、それ以外はほとんど毎日、こうして外でくつろぐ時間を設けている。
「もう春も終わりだ。青葉が美しいじゃないか」
そう言われ、ぼくは森をさっと眺めた。見事な景色だった。
館の庭は広く、周囲一面が樹々に囲まれている。どこを見てもどっしりと太い樹が並んでおり、緑葉に遮られた森は奥へ奥へと暗くなっていく。
反面、明るく照らされたところがキラキラと光る。闇と光のグラデーションが、ただでさえきれいな自然の芸術をよりくっきりと彩る。
花はもう少ない。その分雑草が広く高く、濃淡さまざまな緑が陽光に揺れる。
「きれいだね」
ぼくはあたりまえの風景に見惚れ、胸がきゅっとなった。本当に世界は美しい。ただ草木を見ているだけなのに、さもすれば涙が出そうなほど感動してしまう。
「なあ、アーサー」
レオがふふと笑い、
「そのサラミ、食わせてくれ」
そう言って口を突き出した。
——うっ!
ぼくはものすごく胸がきゅっとなった。さっきもきゅっとなったけど、こんどの“きゅっ”は種類が違う。レオのくちびるはぷるんとやわらかく、まるでキスを求めるみたいにおねだりしていた。
目は、トロンと微笑んでいる。
「さ、サラミだね」
ぼくはドギマギしながらサラミをひとつつまみ、レオの口に届けた。彼女はそれを鳥みたいについばみ、んくっ、んくっ、と二回の動作で口内に入れ、くちゅくちゅと噛み、
「どうした、アーサー。顔が赤いぞ」
ゴクンと飲み込んだ。ぼくは思わず視線を下げて、
「き、君があんまりきれいだから……」
と正直に言った。
ぼくはいまだにレオの美しさに慣れない。もう二年ものあいだ、毎晩のように愛し合っているというのに、ふと現れる彼女の美貌、かわいげ、みだらな姿に狼狽してしまう。
「それは仕方ないな。なにせわたしは世界で一番美しいんだ」
レオはウィスキーを飲み、誇らしげに森を眺めた。ただそれだけの姿が、どんな絶景よりも輝いて見える。
それに……すごくいやらしい。
今日のレオはめずらしくスカートを履いている。彼女はふだんズボンを履くが、ひさびさの夏日だからか、胸元の広いピンクのシャツに、桃色の薄手の上着を一枚、下はひざ上少しのゆったりした白スカートと、実に涼しげな格好をしている。
艶やかな太ももが半分以上見えている。まっすぐ伸ばしている状態でも、だいだい色の肌があらわになっている。
それが、くねりと交差した。リラックスしたのか、左のひざを立てるかたちで右足に絡ませた。
すると、右に立つぼくから股のあいだが見えそうになる。スカートがずり上がり、大胆に生の脚が露出する。
(いけない……!)
ぼくは視線を逸らさなければと思った。だって、まだ昼間だ。ぼくらは夫婦で愛し合っているし、愛する妻を見て欲情するのは悪いことではないけれど、それはあくまで夜ベッドの中でのことだ。
騎士は昼間から欲情なんてしてはいけない。たとえ平民下民となった身でも、男子たる者ゆめゆめ騎士道を忘れてはならない。
だけど目が逸らせない。彼女の健康的な太ももは、細くもなく、太くもなく、およそ人間が描き得る最高のスタイルだ。
その太ももとスカートの陰から、あと少しで下着が見えそうになっている。ほんのわずか彼女が身じろぎをすれば見えてしまう。
それが、身じろいだ。
(うわっ……)
ぼくは声を漏らしそうになった。
レオはひどくアダルトな黒のショーツをつけていた。
大事なところはしっかり隠れている。だけどほとんどの面がレースになっていて、薄暗いシースルーの内側から、緑色の茂みがうっすら浮かんでいる。
ダメだ……! まだ昼間なんだ……!
ぼくは無意識にゴクリとのどを鳴らし、いけないと思いながらもまっすぐ凝視していた。心臓がドクン、ドクンと鳴っていた。
そんなとき——
「あっ……」
ぼくはふと視線に気づき、レオの顔を見た。彼女は眠たげな目をぼくに向け、どこかいじわるな笑みを浮かべていた。
「どうした、アーサー」
なにもかもお見通しの声だ。静かに、たのしげに、そして見下すような。
「いや、その……」
ぼくはうわずった声を絞り出した。言い訳をしようとして、それ以上なにも言えなかった。
「なにを恥ずかしがる。我々は夫婦だぞ」
「うっ……!」
レオが左肩を沈めるように滑り、伸ばしていた右足の太ももをひじ掛けに乗せた。彼女の両脚は大きく開き、セクシーな下着や、左右に伸びる内ももの線、そしてわずかにはみ出た恥部の盛り上がりが丸見えになった。
「ほら、好きなだけ見ろ」
「だ、ダメだよ……!」
「見たいのだろう?」
「そ、そうだけど……」
フフフ……とレオは笑い、
「なにをいまさら。おまえはこの体を隅々まで知っているだろう。毎晩なにをしている」
だって、それは夜のことじゃないか。いまは昼間だ。騎士はお日様の前でいかがわしい気持ちになんかなっちゃいけない。
「別にだれが見ているわけでもなかろう」
たしかにそうだ。いまここには、ぼくらしかいない。だれに咎められるわけでもない。
だけどお日様が見てる。ぼくら騎士は——いや、男子はみんな、父親からこう教わっている。
「男子たるもの、常にお天道様に見られているのを忘れてはいけないよ。悪いことをすれば、かならずお日様が見てる。恥ずかしいことをすれば、いつだってお日様が見てる。うしろめたいことをすれば、お日様を見たときにふと思い出して、うつむいてしまうんだ。いいかいアーサー、太陽に向かって生きなさい。空を見上げたとき、まっすぐ上を向いていられる男になりなさい」
だからぼくは、日中は絶対に欲情しない。淫乱な気持ちになっても全力で鎮める。
それなのに……
「悪いがわたしは騎士道などという、一銭にもならんものは持ち合わせておらん」
そう言ってレオはさらに足を広げた。最大限におっ広げ、下品な姿をパックリ晒した。
ぼくはもう、どうにかなりそうだった。
淡色の薄着は清楚な感じがして、これで肩にポーチでも下げてしゃなりと立てば、いいとこのお嬢様か、堅実なキャリア・ウーマンに見えるだろう。
だがその格好で股を広げる姿は下品そのもので、こんなはしたないものはない。清楚な格好だからこそ、下品さが際立つ。淡色の服だからこそ、真っ黒なレースの下着のいやらしさが強調される。
こんなの変態だ。レオはいままでいろんな破廉恥衣装を見せてきたが、こんなにドスケベな組み合わせは見たことがない。乳房がスケスケのキャミソールよりも、大事なところがぱっくり開いたショーツよりも、みだらで、淫乱で、艶かしい。
「しかし暑いな……」
レオは脚を閉じ、チェアに沿ってゆったりと伸ばした。ぼくは「え?」と思った。だって、いつもの彼女なら、ぼくが堕ちるまで欲情を誘う。それなのに横を向け、ショーツが見えなくなってしまった。
だけどこれは“振り”だった。
「暑くて履いてられん。脱いでしまおう」
なんとレオは腰を浮かせ、スルスルとショーツを脱ぎはじめた。
「な、なにしてるんだ!」
「見ての通りだが?」
フフン、と流し目で笑った。親指に引っ掛けた下着がクルクルとちぢまりながら、太ももの半ばを通過していく。右脚が立てひざをし、左脚は足先をピンと宙空に伸ばしている。
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「だ、ダメだよ……もしだれかが来たら……」
「大丈夫だ……どうせだれも来やせん……」
レオの呼吸はほんのり荒かった。ほほもだいぶ赤い。
「使い魔に見られるよ……」
「安心しろ……アルテルフが会議を開くと言っていた……しばらくは出てこん……」
言いながら、ゆっくりとショーツを下ろしていく。ペロリとくちびるを舐め、挑発的な上目遣いを見せつける。
「だけどっ……はぁっ、はぁっ……こんなところでっ……そんなっ……」
それ以上なにも言えなかった。呼吸が苦しくて息が詰まっていた。
恐ろしい誘惑だった。彼女の前では騎士道なんてハリボテだった。
とうとう足先からショーツが脱げてしまった。レオは下着を頭上にかざしてひらひらし、目を三日月にして微笑んだ。
もう目が離せない。彼女の脚が、蠱惑的な笑みが、大事なところを空気に晒し、なお隠す太ももが……その全身がぼくを誘う。
ぼくの瞳は上へ下へと迷い、欲情のあまり手足が震えを帯びた。どこを見てもいやらしい。どこを見ても吸い込まれる。
……もういちど、開いてほしい。
「おまえも脱げ」
レオが湯気のような声で言った。
「おまえも脱いだら、一番いやらしいところを見せてやる」
そんな……
「見たいんだろう?」
……見たい。
「触れたいんだろう?」
……触れたい。
「おまえの最も熱いところで味わいたいんだろう?」
……味わいたい。だけどぼくは騎士だ。騎士は昼間からそんなことしちゃいけない。ましてやおもてでだなんて……
「フフフ……かわいいヤツめ」
レオは右手の人差し指を下くちびるに当て、溶けるようなまなざしで、
「ああ……わたしを見て昂っているな。わたしを見て熱くなっているな。……なんて顔だ。そんなに切なそうに目を潤ませて、そんな目で見られたら、わたしはもう……ああ……」
その声を聞いた瞬間、ぼくは我慢できなくなった。それはすでにはじまっている声だった。まだ触れてもいないのに、彼女の体が反応している。彼女の中でどろどろと蜜があふれている……
ぼくは目がまぶたから出てしまいそうなほど彼女を凝視し、荒い息とともにベルトの金具を外した。
そしてボタンを解き、ズボンを下ろそうとした、そのとき——
「にゃあ」
ふと、溜め池の方から猫の鳴き声が聞こえた。慌てて振り向くと、そこには黒猫のシェルタンがじっと佇み、こっちを見ていた。
「わあああ!」
ぼくは急いでベルトを戻した。レオも不機嫌に舌打ちをし、
「はぁ……客か」
呆れるような顔を空に向け、ショーツをはき直した。
シェルタンはレオの飼い猫だ。どういうわけか人語を解し、なぜかレオもシェルタンの言葉がわかる。
そんなシェルタンの仕事は客を呼び寄せることで、他人の夢に現れたり、幻聴を聞かせることによって、ふだんはだれも来ない魔の森に金ヅルを誘い込む。
「それで、もう来るのか?」
レオが言った。するとシェルタンは「にゃあ」と答えた。
「まだ森の入り口か……早めに教えてくれて助かったぞ。危うくはじめてしまうところだった」
さ、顔を洗ってこよう。そう言ってレオは館に入った。客が来るまで少しだけ時間がある。
……それにしても、もうちょっと早く教えてくれないかなぁ。こんなの生殺しだよ。まあ、騎士としての心得を守れたからいいけどさ……
…………あ~あ、顔洗ってこよう。
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大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
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**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
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俺は今、東大院生の実験対象になっている。
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冤罪で辺境に幽閉された第4王子
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「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
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