魂売りのレオ

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第二十二話 妖鳥は夜にまたたく

妖鳥は夜にまたたく 四

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 夕方、ぼくらは例の山村にいた。
 あれからすぐにアルテルフが街まで馬車を借りに行き、森を出たのが午前十時。ノクチュアは魔の森まで何日もかかったようだが、ぼくらは半日でたどり着けた。やはり馬を使うのと寝不足の徒歩では断然違う。それに磁石を見てまっすぐ来たしね。
「しかし宿はほかにないのか」
 レオは宿屋を見て不満げに言った。宿屋はだいぶ古く、そこらじゅうガタがきていた。
 小さな村だった。住民は百人に満たないだろう。大半の家が小さな平家ひらやで、商店のたぐいは少なく、宿屋もふくめ一ヶ所に固まっていた。
「薬草くらいしか獲れるものがございませんので」
 宿の主人が言うには、この村は山に生える薬草を集めて街におろすことで生計を立てているそうだ。希少なものが多く、それなりに収益もあるが、大きく発展させられるほどではない。食っていければいいという者だけが残り、キラキラしたものを求める若者は出ていってしまうという。
「ところで、あなた様方は?」
 主人はぼくらの素性を尋ねてきた。
「国家直属の魔術師団だ。事情は話せん」
 レオは平然と嘘をつき、詮索をやめさせた。まさか本当のことは言えない。
「それは失礼しました。なにせ客が少ないものですから、つい気になって……」
 主人はぼくらを見ようとし、くらりと目をゆがめた。ぼくらは“顔を覚えられない魔法”にかかっている。だからどんな顔か確かめようとすると、視界がぼやけてめまいを起こす。
「お食事でしたら向かいの料理屋をご利用ください。運のいいことに猪肉ししにくが獲れたと聞いております」
 ぼくらは受付を済ませて馬車を預けた。部屋はふたつベッドの部屋が三つあるだけで、そのうちの二部屋を借りた。
 その一方に集まり、
「どうやらまだ宝玉のことはバレてないようだな」
 レオはベッドに腰掛け、言った。
「騒ぎになった様子がない。まだだれも祠を見に行ってないということだ。おかげでだいぶ動きやすいぞ」
 レオはこの状況に安堵あんどしていた。泥棒騒ぎが起きていると調べ物をするのに都合が悪い。きっとよそ者は監視されるし、素性を隠すのも難しくなる。
「しかし、そろそろですね」
 今回のお付きのレグルスが言った。そろそろとは時刻のことだ。
「ああ、“顔を覚えられない魔法”をかけたが、果たして……」
 窓の外を見ると、もう日が沈もうとしていた。オレンジ色の絶景が、山の暗さに染まっていく。平地よりもはるかに暗い、沈むような暗さに。
 そして、日が落ちた。
 すると、
「む……!」
 レオが目つきを変えた。ぼくとレグルスは無意識に剣のつかを握った。ノクチュアは顔を青くしている。
「この気配か」
 それは、ノクチュアの背後にあった。
 姿は見えない。だけど強烈な視線を感じる。
「……な、なんとかなるでしょうか」
 ノクチュアは震えていた。これほどの視線を浴び続ければ、精神が磨耗まもうするのも無理はない。しかもいま、その力の元へ帰ってきている。
 そんな中、
「おや……?」
 レオはあごに手を置き、じっとノクチュアの背後を見つめ、
「おまえ、よほど気が動転していたんだな」
「え?」
「なるほどな……退魔師で払えんわけだ」
 どうやらレオにはなにかわかったらしい。それにしても退魔師では払えないって、どういうことだろう。退魔師は魔を寄せつけないわざを使うって言ってたけど……
「これは魔のわざではなく、念の力だぞ」
「……あっ、本当だわ!」
 ノクチュアが肩を跳ねさせ言った。そして「はぁ~」とうなだれ、なんてバカなんだろう、と力なく声を漏らした。
「どういうこと?」
 と、ぼくはレオに訊いた。すると、
「念だからだ」
 レオが解説をくれた。
「そもそも結界というのは魔を止めるものだ。魂や霊魂、精や魔物といった“かたちのないもの”の侵入を防ぐ壁だ。だが念は違う。念はこころそのものだ。魔で止めることはできない」
 なんで?
「実態がない。“かたちのないもの”は肉体こそ持たないが、たしかに存在する。だがこころの力は存在すると同時に、存在しないんだ」
 ふむ……
「念を止められるのは念だけだ。そしてこころは呪いの源だ。つまり呪術であり、呪術でしか止められん。しかし、どうりで距離が離れても弱まらんわけだ」
 なるほど……よくわかんないけど呪術なんだね。てことは呪術を扱えるレオならなんとかなるのかな?
「いや、わたし程度の腕では一時的に防ぐことしかできない。ライブラなら難なく処理できるだろうが……」
 そっか、ライブラは本職の呪術師だもんね。彼女を呼べば解決だ。
「払える方がいるのですか!?」
 ノクチュアは希望に満ちた涙目で言った。
「ああ、わたしの友人に腕のいい呪術師がいる。そいつに頼めば一発だろう」
「ああ、よかった……」
 ノクチュアはへなへなと崩れ落ちた。やっと解決の糸口が見えホッとしたのだろう。心なしか血色がいい。
 しかし、
「だが、それは最後の手段に取っておきたい」
 え、なんで?
「それでは解決にならんからだ」
 どういうこと? 呪いからのがれれば解決じゃないの?
「たしかに眼力からは逃れられる。だが、こころは晴れない」
 こころが晴れない?
「盗みでもなんでも、悪行あくぎょうをすれば罪に追われる。いや、悪行に限らず、うしろめたいことをすれば精神が追われる」
 精神が追われる……?
「おまえは根っからの悪党ではないな」
 レオがノクチュアに言った。
「他人を傷つけても平気でいられるような悪党なら、呪いから逃れて解決でいい。だが、わたしの見立てでは違うと見える」
「……はい」
 ノクチュアは小さくうなずいた。レオもうなずき、
「おまえはいまは参っているから、自分が助かることで精一杯になっている。だが正常な精神を取り戻せば気づくだろう。このまま逃げれば今後苦しみ続けるとな」
 苦しみ続ける?
「盗みを働いたんだ。役人が動く」
 あっ、そういえば忘れてた。泥棒は追われるに決まってるよね。
「ああ、間違いなく追われる。調べればすぐに犯人だとわかる。宿のあるじの言葉からして、この村の来客は少ないし、宝石商も見ている。お尋ね者になるのは時間の問題だろう」
 あちゃ、困っちゃったね。ノクチュアも真っ青になって震えてるよ。
「追われる身はつらいぞ。たとえ運よく逃げ続けたとしても、荒野を歩けば背後が気になり、街に入れば周りすべてが怪しく見え、夜ひとりで寝るときも、あらゆる物音が自分を狙う捕縛の足音に聞こえる」
「……」
「気の休まる暇などない。こうなると捕まってしまった方が楽なくらいだ。わかるか? これこそが真の呪いだ。おまえ自身が生み出す不安という名の呪縛だ。呪いというのは他人からかけられるばかりではない。おのれの生み出す呪いこそが、もっとも強く恐ろしいんだ」
 なるほど……よくわかんないけど大変なんだね。
「守り神の呪いが解けたところでなんの解決にもならん。解決とは、すべての不安が解消されることを言うのだ」
「それはつまり……」
 ノクチュアはクッと緊張し、
「出頭し、罰を受けるしかないということですね……」
「それが一番手っ取り早いな」
「はぁ……」
 ノクチュアはため息とともに頭を抱えた。かなり後悔してるようだ。
 でもまあ、しょうがないよね。だって悪いことしたんだ。盗みなんかしなきゃこんなことにならなかったんだ。こう言っちゃ悪いけど自業自得だよ。罰を受けてきれいになったらいいんだ。
 と、ぼくは思ったけど、
「だが、それではつまらん」
 レオの考えはそうではなかった。
「わたしはプロだ。そんな子供でもたどり着くあたりまえの答えを出すために大金を受け取ったのではない。おまえを救い、守り神や村民もケアし、万事解決するのがわたしの仕事だ」
「そ、そんなことができるのですか?」
「おまえ、わたしをだれだと思っている」
 レオはバサリと髪を掻き上げ、キリッとまなじり強く微笑み、
「わたしは魂売りだ。そんじょそこらの群れたザコどもといっしょにするな。わたしに解決できないことなどない。わたしに不可能などない。わたしに任せておけば、すべてうまくいくんだ」
「な、なんて心強い!」
 ノクチュアはキラキラした目でレオを見上げた。レオの堂々たる態度は見る者を圧倒し、信仰したくなるほど凛々りりしかった。
 それに、事実彼女はすごい。魔力は膨大だし、頭もいいし、これまでもほとんどの依頼を見事に解決してきた。たまに失敗したり、客を地獄に叩き落としたりするけど、今回もきっと最善の結果を出してくれるだろう。こんな大見得おおみえを切るくらいだし、すでに解決法が浮かんでるに違いない。
「まあ、どうすればいいかさっぱりわからんがな」
「えっ!?」
 えっ!?
「あ、あの、レオ様……わたくしてっきり、もう解決法を導き出したのかと……」
 唖然あぜんとしてレグルスが訊いた。するとレオはあっけらかんと笑い、
「バカを言うな。いかにわたしが天才でも、なんの情報もなしに答えが出せるわけないだろう」
「そ、そうですよね……アハハ」
 な~んだ、てっきりぼくも答えが出てるのかと思ったよ。あんな自信たっぷりに言うんだもんなぁ。思わずズッコケちゃった。
「まあ、こうしていてもしょうがない。とりあえずメシだ。大した料理は出んだろうが、腹が減ってはなんとやらと言うしな」
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