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思い返して自己嫌悪、私って本当馬鹿
しおりを挟む目を覚ますと外は日が暮れていた。
ベッドから起き上がり、窓越しに、燃えるような夕焼けの空を見つめる。
夕焼け空は幼い頃から変わらない。
どこか寂しくて、それでいて美しく私には見えていた。
以前はそれを一人で見ていることはほとんどなかった。
いつも――
「ストレリチア、どうしたのだ?」
声に振り向くとモルガナイト陛下がいつの間にか背後にいた。
「……いえ、夕日を見ていたのです……」
「其方は、夕日が好きなのか?」
「……」
私は答えられなかった。
好きと言われれば好きだった。
けれども、一人で見るのが好きな訳ではない、傍に――
思い出して、視界が滲む。
目から涙が零れた。
「……其方は一人にせぬ方がよいな」
モルガナイト陛下がそう呟くのが聞こえた。
どういう意味か私にはわからなかった。
「今日から其方は別の部屋を使うと良い、案内しよう」
「……はい」
私は大人しくついて行くことにした。
案内されたのは、広い部屋。
誰かが使っている痕跡のある部屋。
「あの、このお部屋は……」
「余の部屋だ」
「……はい?」
モルガナイト陛下の言葉に、私は自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「余の部屋だ」
「……はい?」
「だから余の部屋だ」
――ドユコト?――
モルガナイト陛下の言葉に私は混乱するしかない。
「安心せよ。別に其方に手を出すつもりで余の部屋に連れてきたわけではない。其方を一人にして置くと危うい気がしてな。ブルーベルとサイネリアに見守らせるのも考えたが……それでは余計に其方が『悪く』なると思った」
「……」
――悪く、なる?――
モルガナイト陛下の言葉の意味を、私は理解できずにいる。
「ちょうど良い、ともに食事をとるとするか」
「は、はぁ……」
私は良く考えずに従ってしまった。
「……」
「どうした、食欲がないのか?」
「い、いえ!!」
モルガナイト陛下の言葉に私は首を振る。
よくよく考えたら、王様と食事をしているのだ、自分がとんでもない状況にいることを再確認する羽目になった。
それに、私はモルガナイト陛下に妻にならないかと言われた。
そんな相手との食事だ、傍にブルーベルやサイネリアがいるから、まだ何とかなってるが、いなかったら私は困る。
何故か分からないけど、困る。
「ストレリチア様、お口に合いませんでしたか?」
「い、いえ、そのこういうのは慣れていませんので……」
私の言葉に、美しいと思える所作で食事をしていたモルガナイト陛下の手が止まる。
一度ナイフとフォークを置いた。
「奇妙だな『勇者一行』は複数回王族の食事に招かれているはずでは?」
その言葉に、喉が詰まりそうになる、口が震える、手が震える。
「……私はその断り――」
「嘘だな」
何とか絞り出した言葉をモルガナイト陛下は嘘だと断じた。
「ストレリチア、正直に話せ。其方はその時、何を命じられた?」
「……」
私は暫く口を閉ざした。
当時は頼られている嬉しさがあった。
でも、裏切られた今では分かる。
あの時から周囲が――私と彼を引き離していたのだろう。
何かとつけて、馬鹿な私を嗤っていたのだろう。
私の居ないところで。
「……」
「正直に話せ、余は其方を嗤わぬ」
「……いいえ、馬鹿な女だと嗤ってください」
自嘲気味に私は口を開いた。
「……私の剣術を兵士達に教えて欲しいと言われたのです、私の魔術を魔術師達に教えて欲しいと言われてたのです。だから、私は王族の方と食事はモルガナイト陛下以外の御方とは一度もしておりません」
「左様か……」
空気が重くなるのも構わず私は自暴自棄になって続けた。
「ええ……旅の時も『勇者』と『聖女』は重要だから休ませようと言う言葉を私は信じてしまったんです、だから辛くても夜の見張りをした、辛くても『勇者』と『聖女』を守らないとと思って『仲間』の言葉を信じてしまったんです……本当、私、馬鹿ですよね、本当……人を疑う事を知らない……馬鹿な女ですよね……」
愚かな自分が、馬鹿な自分が、酷く惨めで、みっともなく感じられた。
神様、正直に誠実に生きなさい、人を信用しなさいと言う貴方の言葉を書物で読みました。
でも、現実は、人を信用して生きた私が、この様です。
どうして、どうしてなのですか?
神様、どうして人を信じて生きていた私は愛する人に裏切られたのですか?
神様、どうして私は仲間に裏切られたのですか?
神様、私は、貴方にとって不誠実でしたか?
誠実とは、何なのですか?
お答えください、神様。
私達の神アルストロメリア様――
「もう、良い」
気が付くと私はモルガナイト陛下に抱きしめられていた。
先ほど部屋に居たはずのサイネリアとブルーベルがいない。
私とモルガナイト陛下二人きりになっている。
「……あ、あのへい、か?」
「其方の答えを待つと、私は言ったな」
「……は、はい」
モルガナイト陛下の声が、静かで、そして何処か怒りを宿している。
「――止めだ」
「……」
――ああ、良かったこれで――
「其方を私の妻とする。式も日を見計らって行う」
――え?――
モルガナイト陛下の言葉に、私の思考が一瞬固まった。
が、すぐに思考を再開する。
「お、お待ちください!! 私はそもそも、陛下の命を奪おうとしていた輩の一人でしたし、それに――!!」
「其方があの救いようのない愚者共の事で苦しみ続けている事に私が我慢がならん。それにその輩の一人だったのは過去の事だ、其方は私を殺そうなどと思ってはおらぬだろう」
「……ですが」
色々と問題がある。
私がモルガナイト陛下と結婚したら、村に何か不都合が起きないか。
兄や祖母の扱いが悪くなるのではないか。
私が、私の大切な人達を不幸にするのではないか。
けれども私が最も怖がっている事は――
私がモルガナイト陛下を愛した後に、捨てられる事が、怖い。
――もう、私は、捨てられたくない――
――裏切られたくない――
アザレアは自身から目を逸らすストレリチアを見つめる。
考えていることは分かる。
己の妻になった事で周囲に不幸をもたらすのではないかという可能性への危惧。
そして最も恐れているのは、自分に捨てられる事。
愛を裏切られた傷は深く、今のストレリチアはアザレアの愛を不変のものだと受け取れないのもアザレアは理解している。
それが哀れだった。
「愛している、ストレリチア。愛しい者よ。私は不変の愛を誓おう――」
アザレアはストレリチアの薄紅の唇に己の唇を重ねた。
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