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第三章:学園生活開始!
無償の愛はそこにある~心のカギを開ける~
しおりを挟むフィレンツォが私を見ている。
自分が話そうかという雰囲気を出しているが、私はそれに軽く首を振った。
「――ブリジッタさん、貴方がクレメンテ殿下の世話役になったのはいつ頃ですか?」
「――殿下がお生まれになってすぐです」
「それからずっとクレメンテ殿下の御傍に?」
「はい」
私はブリジッタさんの容姿と持ち前の魔力などの能力値を確認する。
18年間クレメンテの世話をしているという事はそこそこの年齢になる。
平均値より魔力は高めなので見た目は三十前後だが、実年齢は四十を軽く超えているだろう、フィレンツォよりは年上かと判断する。
が、彼女の情報が足りない。
『なら、補足してやろう、聞くと色々面倒だろうからな』
――ありがとうございます――
神様の声がした。
また「呼ばれた」ので「世界」の時間が止まる。
『ブリジッタ。本名ブリジッタ・アルテミジア。56歳、未婚。アウトゥンノ王国のアルテミジア伯爵家の長女だ。アルテミジア伯爵家の為に、城でメイドとして働き始めた。彼女のおかげでアルテミジア家は存続できた。』
――予想より年上だった……ん?――
――つまり、名ばかり伯爵家状態に近い?――
『まぁ、そういう事だ。家は長男である弟が継いでいる。ただ今は彼女の援助だけでなく自分達でも何かしら行動をして家をどうにかしようとした結果何とかできている』
――ふむふむ――
『ちなみに、この伯爵家はエルヴィーノ派閥側の立場にある』
――派閥……ってもしかして現国王と、次期国王で派閥できてんのあの国?!――
何でそんな変な形の派閥が出来ているのか意味が分からないのだ。
『まぁ、その何だ……より正確に言えば現国王からの利益という蜜に群がる輩と、今の状況を危うく見てる真っ当な連中に分かれていると、いう感じだ……』
――派閥どっち多いの?――
『それはエルヴィーノ側だ。が、現国王がまだ王としての権利を持っているから激しい動きが取れないようだ……』
――成程――
私は頭の中にとある考えが浮かんだ。
――ねぇ、現国王である、クソ親父から権利を無くす方法、神様知ってたりする?――
『まぁ、既に薄れつつあるが――決定的にする手段ならあるぞ?』
――ちょっと待って、今嫌な予感がした――
『まぁ、その予感は当たっているが、どっちにしろお前がクレメンテと共にいるなら確実にそうなるから仕方ないと思え』
――分かった、それ以上は必要ない限り言わないでくれ、私は全力で「二人」を守る為に動くさ――
『そう、それでこそのお前だ』
神様の言葉に、やるべきことを把握した。
そして同時に先ほどのブリジッタさんの言葉と、ブリジッタさんについての事から聞かねばならないと思った事ができた。
いつもの如く「戻り」私はブリジッタさんにたずねる。
「ブリジッタさん、お願いがございます」
「何でしょうか?」
「これから私が問う内容にできる限り答えて欲しいのです」
「――畏まりました、私が答えられるものならば」
私がする質問は酷な質問だろう、だが憎まれる覚悟も出来ている。
「ブリジッタさん貴方は――」
「ダンテ殿下、私からも聞きたいことがあるので、先にお聞きしてもよろしいでしょうか?」
フィレンツォが急に口をはさんできた。
――えー?!――
――急にどうしたのよ……――
『フィレンツォに先に喋らせろ』
――はぁ?!――
『良いか、そちらの方が都合がいい』
――わ、わかった……――
神様の有無を言わせぬ言葉に、私はそうする事にした。
「……いいでしょう。ブリジッタさん、良いですか?」
「はい、勿論です」
嫌な予感がするのは気のせいではないと思う。
「ブリジッタ様、貴方様は自分の意志でクレメンテ殿下の世話役を立候補されたのですか?」
「はい」
ブリジッタさんはしっかりと肯定した。
「――では、他に立候補された方はいらっしゃらなかったのですか?」
「フィレンツォ?!」
――お、おま?!?!――
私がどうやってあまり傷つけずにその内容を引っ張り出そうかと考えていたことを、フィレンツォの奴は直接聞きやがった!!
「――その、通りです」
ブリジッタさんは、何処か苦し気に、けれどはっきりと答えた。
おそらく、フィレンツォの意図を理解したのだろう。
私も理解した。
フィレンツォは私がやろうとした事を、自分がやろうとしているのだと。
ある種の悪役を買って出たのだと。
「何故ですか?」
「……皆恐れたのです、次期国王であるエルヴィーノ殿下からの頼みとはいえ、ジューダ陛下が世話役への不当な扱いをするのではないかと。それに……陛下は生まれたばかりのクレメンテ殿下を、飢え死にをさせようと部屋に閉じ込めたのですから……」
「――?!?!」
その言葉に、クレメンテの表情が絶望の色に染まる。
「フィレンツォ、それ以上は――」
「ならば、何故貴方は世話役となったのですか?」
「……私は出産に立ち会いました、お生まれになったクレメンテ殿下は私にはとても可愛らしく……愛おしく見えました……だからこそ、陛下の行いを許せなかったのです」
ブリジッタさんは、涙をぬぐった。
そして凛とした表情で言う。
「陛下や御后様が親としての義務を放棄なさるなら、私がクレメンテ殿下の養母となろう、従者としての立場ですがそう決めたのです。確かに、扱いは悪くなり給金も下がりましたが後悔はありません。私は、クレメンテ殿下に母と思われなくても良い、お守りしようと、決めたのです」
「クレメンテ殿下をお守りし、幸せにできるのであれば、私はこの命など惜しくはありません」
そう言ったブリジッタさんは、先ほどの何処か不安げなメイドの顔ではなく、間違いなく子を思う「母親」の顔をしていた。
「クレメンテ殿下。これはダンテ殿下の執事の言葉ではなく、フィレンツォ・カランコエという一個人の言葉としてお聞きください」
フィレンツォはそう言って私に言葉を挟ませないような空気を作る。
――ああもう、お前は間違いなく私の執事だよ、フィレンツォ!!――
「――先ほど貴方様は父君と母君に愛されたいと、おっしゃいましたね。私は子の愛を踏みにじるような事を平気でするお二人を貴方様の親だとは思いません」
「私、は――」
「貴方様の『親』は其処にいらっしゃるではないですか。体を壊した時、頑張った時、貴方様の傍にいたのは、貴方様を一番お褒めになり、そして貴方様の成長を喜んだのは、誰、ですか?」
言葉を詰まらせる、クレメンテをフィレンツォは見据える。
「お応え下さい!! クレメンテ・アウトゥンノ殿下!!」
クレメンテは、答えられない状態になっている。
『さて、出番だぞ』
――分かりましたよ!!――
少し自棄になる。
――ああ、本当神様も、フィレンツォも!!――
私はなるべくクレメンテを刺激しない様に、静かな表情を浮かべた。
「――クレメンテ殿下。私は貴方が実の親に愛されたいと願う気持ちを否定する気はありません、ですが――」
「見返りもなく、貴方を愛し、慈しんだ、ブリジッタさんの『愛』を貴方はどう思いますか、独りよがりで身勝手な感情だと切り捨てますか?」
「――そんなことはありません!!」
クレメンテは、言葉にした。
私は静かに言う。
「――クレメンテ殿下、貴方が求めているのは実の両親から『愛』もあるでしょう。ですが同じ位望んでいた事は――」
「ブリジッタさんの『子ども』になりたかった、違いますか?」
前世では、たどり着かなかった答えに、私はきっとたどり着いた。
クレメンテは、実の両親の「愛」も欲しかった。
けれども、愛してくれた従者であるブリジッタさんの「子ども」になって愛されたかった。
両方叶うことはない、実の両親は自分を見てくれない、王族は養子にできない。
それになにより、それを望んだことで、引き離されるのが怖かったのだろう。
ずっと隠していた秘密を――
私は暴いたのかも、しれない。
その答えを、私はただ、静かに待った――
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