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昔のお話し
しおりを挟む庭の散歩を終え、サフィールは寝室に医務室に連れていかれた。
医療服に身を包んだ者達に服を脱がされ、下着だけになっているサフィールはその者達体を調べられていた。
表面上は問題ないが、皮膚の下が少し炎症を起こしているとのことだったので、炎症を治癒する液体を体に投与することになった。
「……」
「奥方様申し訳ございません、ニエンテ様にはきつく言っておきました」
「い、いや良い……別に……」
メイドの言葉にサフィールは医療ベッドの上に横になったまま答えた。
「私共も配慮が足りませんでした、申し訳ございません」
「いや、本当、いいんだ……」
メイドの言葉にそう返事をしながらサフィールは少し残念に思えた。
――あんなに美しい光景なのに、私は触れられないのか、花を愛でられないのか――
「――奥方様、治療が終わるまでしばらくお休みください」
「……そうさせてもらう」
サフィールはそう言って、目を閉じた。
慣れない「庭」の環境に体が疲れていたのかサフィールは眠りに落ちた。
「あ゛――そうだな、そういやそうだ。サフィールちゃんはイグニス――真祖基吸血鬼の血を引いてる、俺が今まで作った『大昔の環境の庭』はリラックスするには向かねぇな」
メイドからの報告に、ニエンテは先ほどサフィールと会った時の姿のまま、よく使う口調と態度になって頭を掻く。
「分かった、命令だ。サフィールちゃんが触っても枯れない植物の種を購入して来い、それまでに俺は『今の環境の庭』をいくつか用意しておく」
「どのような『庭』を作るおつもりですか?」
「うーん、どんな庭が良い? あ、サフィールちゃんが住んでたお屋敷の庭は無しな、今はそれは作らないほうがサフィールちゃんの為だ、下手に思い出させると『父親から疎まれて追い出された』と思ってるあの子に辛い思いを今はさせてしまうからな」
「わかりました――和の島国の庭園などはいかがでしょう? 此処では決してみれないものですから」
「ああ、あのあそこのね、うんいいけど――種とかそういうの購入しに……いけるよなぁお前らなら」
「勿論です」
「よし、一つはそれだな。後は――そう茨姫の薔薇庭園なんてどうだろうか、あそこ人気なんだよなぁ、休みじゃなくても人わんさか訪れるしな。あそこの薔薇たちを再現するのがちっとばっかり骨が折れるけど、ま、可愛い奥さんの為なら頑張りますか」
「ニエンテ様は普段暇をして余計なことばかりしようとするので、それがいいかと」
「……いや、本当、お前ら俺に対して冷たいというか辛辣じゃねぇ? 前々から思ってたけど、俺これでもお前らの主人よ?」
「製作者が『アイツ甘やかすとつけあがるからこれくらいがちょうどよい』と設定なさいました」
「がああああああ!! フォルトの野郎!! 死んでなかったらマジでぶん殴りに行ってたぞ!!」
ニエンテは腹が立った。
余計な事しやがって、と思ったのだ。
「そのような話は後にいたしましょう、奥方様の為に早く心休める『庭』をおつくりして欲しいのです」
「……はいはい、分かってるよ。さて他は――うーん、何か庭の『本』探してくれないか? 画像もしくは立体映像で構造が見れる奴。よし、とりあえず、種とかの購入と『本』探し頼むわ」
「畏まりました」
メイド達が姿を消すと、ニエンテは伸びをした。
「さて、『仕事』はないから『庭』作りに励むとするか」
ニエンテはそう言うと姿を消した。
――ああ、寒い、寒くてたまらない――
サフィールは体が寒くて寒くてたまらなかった、理由が分からないが酷く寒い、体の芯まで凍り付いたかのように寒くてたまらなかった。
温かな手に冷えた額を撫でられる感触で、サフィールは目を覚ました。
「大丈夫かい、サフィール?」
ニエンテが、不安そうに顔を覗き込んできていた。
サフィールは視線をやれば、場所は医務室ではなく寝室、そしてベッドの上に横になっていることに気づいた。
服も寝衣を着せられ、毛布をかけられている。
「すまなかったね、私の配慮が足りないのが原因で君の体調を崩させてしまって……」
「いえ……いいんです……」
サフィールの頬をニエンテ撫でる手から香りの良い石鹸の匂いに混じってほんの少しだけ、土の香りがした。
「あの……外かどこかへお仕事をして湯浴みをなされたのですか?」
「どうしてだい?」
「その……石鹸の香りと……土の匂いが……」
「おや、君は鼻が良いね。ああ、少しばかり土仕事をしてきたんだ。それで土で汚れたから湯浴みをしたよ……うーん、念入りに洗ったつもりなんだけどもねぇ、もう一度湯浴みでもしてこようか」
「……」
温かい手がサフィールの手に触れる。
「こんなに体が冷えてるんだ、君が嫌じゃなかったら、一緒にどうかな?」
――断って、嫌われたら――
「いいんだよ、嫌なら嫌といって、私は君に無理強いをしたいとは思わないから」
優しく、甘く、蕩かすような声と口調でサフィールに言いながらニエンテはサフィールの普段よりも遥かに体温が下がって冷えた体を撫でてきた。
慈しむように。
――ああ、もっと触れて、欲しい――
母を亡くして以来、屋敷の召使の何処か腫物に触れるかのようなものとは違う、もう何十年――百は軽く超えている、けれども永劫の生を持つ種族の中では短い時間、取るに足らない時間、だがサフィールは屋敷というある種の「牢獄」に閉じ込められていた上、まだ種族としては若すぎるサフィールにとっては非常に長い時間だった。
召使以外の者との接触を禁じられ、屋敷からは出ることを許されず、決して会に来てくれない父からの愛情を渇望し、人とのぬくもりを知らず、だた屋敷の範囲内でわずかな自然に触れ、屋敷の範囲内にある母の墓に毎日のように花を添え、本を読み、召使の作った食事を口にして、一人で身を清め、一人で眠る。
性的な事柄など教えるような者も、それを行おうとする者などはおらず、またサフィール自身の体もまるで快楽など無縁のようにそのような反応を表にださないまま「大人」へとなった。
そして突然牢獄であり箱庭である屋敷から出ることを命じられ、渇望してきた愛情もないと言わんばかりの仕打ちを受け、心に深い傷を負ったままニエンテの元に嫁がされた。
わずかに知りうる情報で恐怖していたニエンテからの最初の暴力的な性的な行為に、耐え、指がボロボロになる程にサフィールは我慢をし続けた。
それを見てサフィールを哀れに思ったニエンテは突如態度や口調、声までも変えてサフィールの体に触れ始めた。
暴力的な行為で性の快楽の味を知った体は、柔らかな快楽にゆっくりと蕩かされていきより強い快楽を求めるようになり、熱に浮かされ、特殊な「液体」の効果で心の壁が崩れたサフィールの傷だらけの心に優しく甘い声色言葉が染み込むのは簡単なことだった。
百年以上も渇望しても貰うことができず突き放されたサフィールに、ニエンテが望むような愛情と温もりを与えたから――
もう、その温もりと愛情無しではいられない。
「……よろしければ……一緒に……」
「いいのかい?」
ニエンテの確認の言葉に、サフィールは頷いた。
サフィールはメイド達に身に着けている物を脱がされ、それを籠に入れられると持っていかれるのを見ながらちらりとニエンテを見る。
ニエンテは既にお湯に浸かっていた。
――あれ……メイドはニエンテの所にはいかなかった、籠も、ない、服とかは一体どうしたのだろう……――
「ん? どうしたんだい?」
「い、いえ……何でもありません」
サフィールはそう言って少しだけ離れて湯に浸かった。
湯を見る、最初湯浴みをした時のお湯は、黄緑色の透き通ったお湯だったが、今のお湯は乳白色の濁った、不透明なお湯だ。
香りは少し甘い香りがした。
体温が酷く下がった体には湯は最初熱く感じたが、少しずつちょうどよく感じるようになった。
サフィールはぼんやりと庭の風景を思い出す。
サフィールが見てきた植物たちよりも美しく瑞々しい植物たち。
綺麗な水を吹き出す噴水。
明るい陽射し。
どれもサフィールは見たことはなく、また本などにも書かれたりしていなかった物ばかり。
――遥か昔、日の光とはあれ程美しく、そして自分達の身を焦がすような物だったのか――
――植物たちも、あれ程瑞々しく美しく、そして脆い物だったのか――
――あんなにも綺麗な世界を、どうして燃やそうと天使達は思ったのだろうか?――
――生きている者達がそれほど彼の者達には醜く、もしくはあんな綺麗な世界であっても彼の者達には醜く見えたのか?――
――いや、分からない、あれは「庭」嘗ての世界がどのようだったかなど、あの光景だけでは理解なんてできる訳がない――
サフィールはそこで思考を一度止めた。
当事者でもない、自分はその「大戦」が終わり、長い時が経ってこの世に生を受けた存在だ。
ずきんと、心が痛むのをサフィールが感じた。
何故、自分は生まれたのだろう、と。
母が生きている間父は確かに稀に屋敷に訪れていた、だが決して長い時間滞在することもない、あまり言葉もかけてもらった記憶もない。
母が死んでからは一度も訪れなくなった、そちらの方の時間がサフィールにとって長かった。
母は「貴方が生まれた時あの人はとても喜んでいた」と言う言葉を、幼いころ何度聞かされてきた、だから愛されている、と思っていた。
でも、母が死んで以来会ってくれなかった父が、サフィールに会うなり冷たい目と冷たい言葉を向けてきた。
その為、母のその言葉がサフィールに取って「幼い自分を傷つけまいとする言葉」としか感じ取れなくなっていた。
――何故、私は生まれたのだろう、父上は何故母様に私という存在を身ごもらせ産んでもらったのだろう、あれ程妻がいるというのに、多くの子がいるというのに、何故――
他の妻や、異母兄弟と扱いが異なる亡き母と自分の存在、行動を制限し、城へ近づくことなど許されなかった自分と亡き母。
温かさを取り戻し癒される体とは真逆に、サフィールの心は暗く沈み、傷ついていった。
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