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おとずれた変化
私の、所為 ~貴方様の御傍に~
しおりを挟むアルジェントは主の部屋の前で頭を膝をつき、頭を下げていた。
カルコスや、ヴィオレ達もいる。
『皆の者、今回の愚者共の襲撃への対応よくやった』
「「「当然の事です」」」
『――そしてアルジェント』
「何でしょうか、真祖様」
名を呼ばれ、アルジェントは口を開いた。
『問う、不死人となったお前は何を望む、自由か? 褒賞か? 申してみるがいい』
「私は真祖様の配下です、永劫に、このままルリ様の世話をし御傍に仕えることをお許しください」
アルジェントはそう答えた。
アルジェントは自由も、褒賞も、望まなかった。
現状維持を望んだのだ。
永劫の。
『――よかろう、許す』
「ありがとうございます、真祖様」
「お待ちください!!」
元同僚だった赤い髪の魔術師――カルコスが声を上げた。
『カルコス、何が不満だ?』
「不死人です!! いつ真祖様に歯向かうかもしれません、それこそあの忌々しいグリースの様に!! そのような危険な人物を傍に置くのですか!?」
『――カルコス、貴様はアルジェントの私への忠誠心と我が妻への忠義の愛を知らぬからそのような愚かなことを言えるのだ、恥を知れ』
「そんな……!!」
「真祖様の言う通りです、カルコス。アルジェントの真祖様への忠誠心はお前よりも純粋で真っ当です。そして真祖様が愛する奥方様への忠義も素晴らしいものです。真祖様が深く愛していらっしゃる奥方様を軽んじる様なお前と違って」
ヴィオレがカルコスを睨みつけている。
『この話はここまでは、城の警備と結界の強化を再度行え。それと今回手引きした者の洗い出しがまだ終わっていない、一人たりとも見逃すな。不法侵入者はグリースだけで十分だ』
「「「は」」」
主の圧と声が消えると配下たちは立ち上がりそれぞれ持ち場に戻ろうとする。
「アルジェント、奥方様の警護頼みますよ」
「勿論分かっておりますヴィオレ様」
「では私は真祖様から命じられた仕事があるのでそちらに向かいます」
「ヴィオレ様、お体に気を付けて」
「ふふ、お前に心配されるほど、私はやわではないのですよ」
ヴィオレは愉快そうに笑ってその場を後にした。
「――カルコス」
「……なんだ」
自分のことを睨みつけている視線にアルジェントは気づいていたから先に声を出した。
「私は真祖様の配下だ、それは何者になろうと変わらない。そして奥方様に仕えるというのも変わらない故に――」
「奥方様の事を愚弄する発言をしてみろ、貴様を殺す」
アルジェントは殺意をカルコスに向けて言い放つ。
カルコスが動揺しているようだった。
だが、アルジェントにはそんなこと興味がないことだった。
「では失礼する」
アルジェントはその場を後にした、愛しい人に会うためだ。
一人残ったカルコスぎりっと唇を噛んだ。
唇から血が流れる。
――何故だ、何故真祖様は私を認めてくれないのだ!!――
カルコスは己の忠誠心の歪みに気づかず、アルジェントへの憎悪を胸に煮えたぎらせていた。
グリースは酷く不安定になっているルリの手を握っていた。
ルリも握り返している。
ルリは一言も喋ろうとしない。
おそらく上手く不安を口に出せなくなっているのだ、不安材料が多すぎて、自分の頭の中で整理ができないのだろう。
だから黙っている。
グリースがルリを見ていると、部屋の中に誰か――否、アルジェントが入って来た。
転移術で入って来たのだろう、ノックする音などは無かった。
「ルリ様」
「……アルジェント……」
アルジェントがルリの名を呼べば、ルリは漸く口を開き、彼の名前を呼んだ。
グリースはそっとルリの手を握るのを止める。
アルジェントがルリに近づき、膝をつき手を差し出した。
「……」
ルリはその手にそっと手を乗せた。
「私は、ルリ様に永劫お仕えいたします」
「……え?」
「あー、お前永劫の現状維持を望んだんだもんなー」
覗き見ていたグリースが言うと、アルジェントは少し不機嫌そうな顔をグリースに向けた。
「貴様その覗き見癖をやめろ」
「二千年の間にできた癖なんでもうなおりませーん!」
グリースは開き直り、それを見たアルジェントは額を抑えてため息をついた。
「……ルリ様と同じ不死人というのは光栄なのに、こいつと同じ不死人でもあるとすさまじく不名誉に感じる……」
グリースはムカッときたの、意地悪い顔をして口を開いた。
「うるせぇな、俺だってムッツリスケベと一緒にされたくないですよー!」
「止めろ、その話は止めろ、本当」
「……ムッツリ……?」
グリースの言葉を聞いたルリが首を傾げた。
「ルリ様、グリースの戯言です。気になさらず。ええ、気になさらないでくださいませ」
アルジェントは早口になりながら、ルリにそう言い聞かせていた。
――……そこまで問題には……いや、カルコスだったか確か?――
――別の問題が出てきたな……ヴァイスの野郎、ヤバそうな奴の事見てんのかちゃんと?――
――まぁ、手引きした連中への対応はヴァイスとヴィオレがすんだろ、俺は他にやることがあるし、必要なら口だしゃいいだろ――
「んじゃ、俺は戻るぜ」
「二度と来るな」
「そいつはお断りだね」
アルジェントの言葉にいつものように答え、ルリの頭を優しく撫でてからグリースはルリの部屋を後にした。
「……」
グリースが居なくなり、アルジェントが息を吐くと同時に、ルリがベッドに倒れこんだ。
「ルリ様?!」
アルジェントは慌ててルリを抱き起す。
気を失っていた。
「……」
アルジェントはルリの靴を脱がせて、そっとベッドに寝かせる。
愚かな人間連中に酷い扱いをされ、そしてずっと恐れていた自分(アルジェント)が一度死ぬ様等を見てしまったのだ。
精神的にまいっていても仕方ない、ルリは血なまぐさい場所から来た女性ではない、本当に普通のそういう事柄とは無縁な場所で生きてきた女性なのだ。
それに今日の事態を暗示するような夢をずっと見てきて、それで精神をすり減らしていた。
グリースが居なくなった――否、グリースがルリの傍を離れたのを「もう安全な状態だから」と判断した為、緊張の糸が切れ、気を失ったのだろうとアルジェントは思った。
「……」
アルジェントは自分の首を触る。
最愛の女性を守るために、一度死んだ痕跡はもう無い。
それが少し残念でだったが、それ以上に無くなったことに安堵した。
残っていれば、ルリはずっとその傷跡を見る度に、その事を思い出すからだ。
それは、ルリを守った証であり、同じ存在になった証であると同時に――ルリにとっては自分を「死なせ」そして「不死人」にしたと言う証拠になる。
残ってしまえば、思い出し続けるだろう。
不死人は、確かにこの国では忌避されている。
故に、自分の所為でそうなったとルリは自分を責め続けることになる。
だからアルジェントは傷跡が消えて良かったと思っている。
――ルリ様、貴方は何も苦しんだり、自分の所為だと思い詰める必要は、ないのです――
アルジェントは眠っているルリの頬をそっと撫でた。
「愛しております、ルリ様。貴方様にお仕えいたします。終焉が訪れるその日まで――」
アルジェントは笑みを浮かべて一人呟いた。
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