クトゥルフちっくな異形の子等の日常~番いと「花嫁」を添えて~

琴葉悠

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何もない男~全て奪われて最後与えられたもの~

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 家族は殺された
 友人も殺された
 だから殺した奴等を、同じ連中を殺し続けた
 同じように無くした者同士で組織を作り
 異形の連中を殺し続けた
 そして、仲間は異形に全て殺された
 残されたのは、俺、一人
 また、俺一人だけが残った



 敵対する異形を殺すのに、マヨイは慣れていた。
 心はちっとも痛まなかった。
 間違って雀を怪我させて殺してしまった際は心がとても痛んで大泣きしたのに、敵対する異形を殺すのは心が痛まなかった。
 最近は痛まないどころか殺すのに積極的にすらなり始めている。
「マヨイ。どうしたの? 今までは此処まで積極的にぶちのめさなかったのに」
 茶色のブラウスとスカートを着用した、肩ほどの長さの髪の毛の少女は首をかしげたながらマヨイに問いかける。
 彼女の周囲は、マヨイが惨殺した以上に敵対者達の死骸であふれかえっていた。
「……隼斗さんが、泣くの」
「隼斗? 嗚呼、マヨイが保護した彼ね?」
 少女がそういうと、マヨイはこくんと頷いた。
「隼斗さん、大事な人、みんな彼奴らに殺されたの。だから、隼斗さんを傷付けさせたくない、もう泣いて欲しくないの」
 マヨイがぽつりぽつりと言葉を吐き出すと、少女はそっかーといいながらマヨイの頭を撫でる。
「マヨイは優しいね。でもね、だったら尚更今は隼斗さんのところにいてあげなきゃ」
「……でも、隼斗さんの傍にいてもマヨイなにもできない。お料理もできないし」
 しょげるような口調で言うと、少女は困ったような笑顔を浮かべたままマヨイの頭を撫でる。
「いいのよ。貴方は彼の傍にいるだけでいいの。何もできなくていい、傍にいて抱きしめてあげるならできるでしょう? 今の彼は心が壊れてしまっているわ、リラのところのおにいちゃん見たでしょう? ああなる可能性が高いのよ」
 少女の言葉にマヨイは困惑の表情を浮かべる。
「マヨイ。人の心はとても脆いわ。貴方が大事と思うなら貴方が最後の支えになりなさい、ね?」
 少女は穏やかに笑ってマヨイを撫でる。
「……うん、お姉ちゃん。有り難う」
「よしよし、じゃあ後はお姉ちゃんにまっかせなさーい♪」
 マヨイは大きく頷くと、黒い穴の中に潜ってその場を離れた。
 マヨイがいなくなるのを確認すると少女は後ろを振り向く。
「そう、マヨイはあんな連中を相手にしなくていーの。貴方はいつでも綺麗な子どもでいい。優しい子でいいの」
 影からぞろぞろと人に近い形をした異形が姿を現す。
 人の顔に相当する部分は皆涙を流し悲哀、苦悶の表情をしている。
「こんな、異形のオモチャにされて戻れない人間を殺す必要なんてない。こういう汚れは私達『大人』の仕事」
 少女の足元から赤黒い触手のようなものが出現する、それは多数の目をもっていた。
「『生まれ変わったら』二度と連中に関わらないようにね?」
 哀れみの笑みを浮かべた直後触手達は異形を切り裂いた。



 住処に戻ると、マヨイはすぐさま隼斗を探した。
 隼斗は生気のない表情でぼーっとベッドの上に座っていた。
 監視をさせていた使い魔を呼び、何をしていたか尋ねると。
 使い魔は身を動かしながら隼斗が一日何もせずベッドの上にいたことを伝えた。

 連れてきてから今に至るまで、隼斗は基本廃人のような状態だった。
 最初の数日は突然発狂して泣き出し自傷行為を行うことを繰り返していた。
 現在それは行われる回数は減ったが、それでも発作のように起こしている。
 一度その状態になると、マヨイが止めない限り使い魔でもどうしようもできないので、発作が発生すると使い魔を通して即座にマヨイに伝えられ、マヨイは戻るようにしていた。
 今日は発作はなかったが、食事も何もせずずっと座っていたというのを伝えられたのだ。

 マヨイはう゛ーとうなり声を上げながら頭をひねる。
 どうやって最低限の生活を送ってもらえるようにするか考えたが全く思い付かなかった。
 結果、マヨイは「姉」の言う通り隼斗に近づくことにした。
「う゛ー」
 マヨイが隼斗をのぞき込むと、隼斗はわずかばかりマヨイに視線を移した。
 その目には生気がなく、目の下はクマができ、頬はややこけている。
 髪の毛も整えてないためか、ぼさぼさとした状態になり、髭も生えている。
 マヨイは隼斗に手を伸ばして抱きつく。
 一瞬だけ隼斗の表情が変化したが、マヨイは気づかなかった。
 マヨイはそのまま隼斗の頭をぽんぽんと撫でる。
「あ゛ーう゛ー」
 異形の時のマヨイの言葉は隼斗には通じないが、マヨイはそんなことはお構いなしに隼斗を抱きしめ頭を撫でた。

 お姉ちゃんがいったもの
 傍にいてあげないと
 マヨイが何も出来なくても、傍にいてあげなきゃ

 幼子をあやすかのように抱きしめ、撫でると首元に液体が滴るのを感じた。
 隼斗の方に視線を移すと、隼斗の目から涙がぼろぼろと零れていた。
 生気のない表情のまま静かに涙を流し続けていた。
 マヨイは少しだけそれに安堵した。

 大分前に、とある姉が人形のような青年を拾ってきた。
 青年は何もせず姉のやることについていくか、姉に何かをしてもらわなければならない、人の形をとっているのに人としての生命活動もロクにできない状態だった。
 「心」がほとんど死んでいるからだ、と他の姉達の言葉をあの時は理解できなかったし、今もよく理解はできていない。
 けれど、隼斗があの青年になるかならないかの箇所を綱渡りしている状態なのが理解できた。
 死んだ心をそのまま修復することはできない、新しく造り直さなければならない。
 でも造り直した心は、以前の心ではない、全くの別物なのだ。

 隼斗自身が隼斗のままでいれるか、いれないかその瀬戸際だった。

 マヨイは涙を流し続ける隼斗を抱きしめ、なで続けた。
「よしよし……」


 その日から、マヨイはほとんど住処を離れることはなかった。
 呼び出されても、すぐさま住処に戻るほどだった。
 今までなら呼び出されると、呼び出した側に話などをねだりなかなか住処に戻らなかったが現在はすぐさま戻った。
 今までと異なる行動をするマヨイに周囲はとまどったが「姉」が口添えしたとたん、納得したのか詮索しようとはしなかった。
 それどころか、周囲がマヨイを気遣いなるだけ呼び出さないようにしたのだ。

 マヨイは髪の毛や髭が伸び放題な隼斗を見てどうしようかと頭を抱えていた。
 マヨイは生き物の治療・修復は専門分野で、破壊行動も破壊するだけなら得意だが代わりにそれ以外の動作は壊滅的だった。
 ある程度人間に化けることは可能になったが、マナーは覚えられても体がうまく動かないし、料理をしようとしたら大惨事になるし刃物を持たせればこれも同様に大惨事になった。
 そのため、髪を整えてあげたい、髭を剃ってあげたいと思っても何一つできないのだ。
「う゛ーう゛ー……」
 せっかく手に入れた散髪やひげそり用の刃物も、マヨイには扱ってはならないものなのでどうしようかと頭を抱えていた。
 それをみてマヨイの使い魔達はマヨイをつつきだした。
「あう゛?」
 マヨイが振り向くと触手達が自身を指すように体をくねらせる。
 マヨイが鋏や剃刀などの一式を手渡すと触手達はそれを抱えてから浴室を指さす。
 マヨイは自分の使い魔達の心意をすぐさま読み取り、椅子に座ったまま微動だにしない隼斗の方へと移動すると、隼斗を触手達と共同で抱えて浴室の方へと連れていった。
 衣服を脱がし、浴室内に連れていくと、隼斗を小さな椅子に座らせた。
 触手達が器用に道具を動かしながら丁寧に隼斗の髪の毛を切り、髭を剃っていく。
 マヨイはそれをじっと見つめていたので、ついでに自分の髪の毛が散髪されているのに気づかなかった。
 隼斗の散髪と、ひげ剃りが終わると、触手達はお湯の珠を造り隼斗の頭上に持ってきた。
 マヨイが隼斗の目を覆うと、お湯の珠からゆるやかにお湯が降りてきて切られた髪の毛などを落としていった。
 マヨイにもお湯は直撃したのでお湯がとまるとマヨイは頭をぶるぶるふるい、まるで動物のような動きをして滴を飛ばした。
 触手達は肩をすくめるような動作をしてから、タオルを持って行きマヨイの頭にかぶせてわしゃわしゃと水滴をとる動作をした。
 マヨイは触手達に石鹸とタオルを持ってこさせると、隼斗の体を洗い始めた。
 触手達も混ざって隼斗の体を洗浄していたが、すぐさまマヨイの異常に気づき手を止めた。
 どうやったのか不明だが、マヨイは泡だらけの生き物に変貌していた。
「あーう゛ー」
 触手達は慌ててお湯をかぶせマヨイを浴槽内にいれる。
 マヨイは何処か不機嫌そうな顔でマヨイは浴槽から隼斗が洗浄されるのを見ていた。
 体の洗浄が終わったのか、触手がマヨイを手招きしたのでマヨイは浴槽から這い出て隼斗の手を掴み浴槽へと案内する。
 浴槽内に入るとマヨイは隼斗のほおを撫でた。
 湯浴みのおかげか少し顔色がよくなっているように見えるが、ここしばらく食事をとってない所為か、ほおはこけている。
「う゛ー」
 触手に食事の用意を指示すると一部の触手が浴室から姿を消した。
「う゛ーう゛ー……」
 ある程度うなってから、今の自分の言葉は隼斗には通じないのに気づいたマヨイはうだうだしながら舌を引っ込めた。
「隼斗さんあったまった?」
 マヨイが尋ねると、ほんの少しだけ隼斗は頷いた。
「そっかー、じゃあでよー」
 マヨイはそう言って隼斗の手を掴むと、隼斗は自分からゆっくりと浴槽から出た。
 脱衣所に用意されていた綺麗になった服を隼斗は自分から身につけた。
 そんな隼斗の横で、ワンピースが自分で上手く着られずもがいているマヨイがいた。
 隼斗はゆっくりとした動きでマヨイにワンピースを着せると、マヨイは目をぱちくりさせて嬉しそうに笑った。
「ありがとー」
 マヨイは嬉しそうに笑いながら隼斗の手を掴んで脱衣所を後にした。

 脱衣所から出てくると、テーブルの上からスープの匂いが漂ってきた。
 器の上には透き通るような琥珀色の液体が湯気を立ててあった。
 マヨイは隼斗を座らせるとその隣の椅子にのっかった。
「たべてー」
 マヨイはそう言うと、隼斗の横顔をじっとみていた。
 隼斗はゆっくりとした動きでスプーンを手に取り、スープを掬って口に持っていた。
 わずかに彼の手が震えているのに、マヨイはなんとなく気づいていたが何故震えているかまでは予想できなかった。
 隼斗がスープを口に含んですぐ、彼は口を押さえながらスープを咳き込みはき出してしまった。
 マヨイは慌てて隼斗の背中をさすり布巾をもっていく。
 隼斗は布巾を受け取ると口をぬぐった。
「たべるの、むりそう?」
「……何を口にしても血と、連中の体液の味しかしないんだ……」
 隼斗は絞り出すような声で言う。
 マヨイは体液の味というのがなにかを理解した。
 あの日行われた事は、今も隼斗の精神を破壊し、味覚さえおかしくしているのが理解できた。
 マヨイは少しだけうつむいた。

 いくらマヨイが治療得意とはいえ、精神面までは修復できないのだ。

 それでも、何かを口にして欲しかった。
 マヨイはすがるような気持ちで、隼斗とあった日に彼にあげた果実を取り出した。
 赤い色を取り除こうと果実の皮を剥く。
 ナイフも使わない強引な剥き方の所為か身も一緒に削れてかなり不格好な果実になったそれを隼斗にマヨイは差し出した。
 不格好な果実に隼斗は一瞬戸惑ったがそれがかつてマヨイが自分に渡したものだったことを思い出した。
 唇をふるわせながら黄色の果肉をかじる。
 口端から透明な汁がつたう。
 マヨイは黙ってそれを見守った。
 隼斗は手を伸ばしマヨイの手から果実を受け取ると、果実にかぶりついた。
 マヨイはやや驚いた風にそれを見守る。
 隼斗は泣きながらその果実を口にしていた。
 幼子のような泣き方、まるで哀願するような泣き方にマヨイはふと考えた。

 生き残った人は、その生き残ってしまったことを酷く悔いることがある。
 何で自分が生き残ってしまったのだと。
 隼斗の心に深く根付いているのはそれではないのかと思った。

 惨劇を二度も一人だけ生き残ってしまった。
 生き残ったのに、何一つもっていない自分、生きる術も気力も全て失われた。
 生きることがどれほど苦痛か。

 それでも、マヨイは死なないで欲しいと願った。
 だから今、隼斗は生きている。
 生きることが辛い人間に、生きることを望んでしまっているのだ。


 声を上げて蹲るように泣く隼斗をマヨイはそっと抱き寄せ、抱きしめた。

 どうか、隼斗さんがいきつづけてくれますように
 マヨイの我が儘なのはわかってます、でも
 マヨイは隼斗さんがいなくなるのがいやなんです
 隼斗さんがマヨイを利用してもいいからどうか
 元気になってくれますように








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