26 / 96
こわれたはなよめ
「しあわせ」じゃないよ
しおりを挟むルリは「とてもこわいひと」の発言が理解できなかった。
ルリの「おとうさん」達はルリを「およめ」には絶対にやらないって言っては「おかあさん」に叱られてたのを覚えてる。
そんな「おとうさん」達が自分を「とてもこわいひと」に自分を「およめ」にやるとは思えなかった。
この「とてもこわいひと」なにか嘘をついてるんじゃないかと思った。
でも怖くて聞けなかった。
ヴァイスは中身が四歳児になってしまったルリの対応に頭を悩ませた。
多分自分たち吸血鬼の事も知らぬ可能性が高い年だろう。
真祖などと言っても理解しない。
盟約のことなど絶対知らない。
だが、現状を納得してもらうか受け入れるかしてもらわなければルリの身が危うい。
配下の吸血鬼達が彼女に取り入ろうと付け入ろうと、もしくは無知であるところを突いて喉に牙を立てるかもしれない。
そして人間政府も、一度は脅したものの、それで引っ込んでいたら二千年前の戦争などもっと簡単に収束していただろう、盟約を結ぶときは散々苦労した覚えがある。
それに幼児退行したルリを「こんな状態では真祖様にはふさわしくない」などと言って連れて行こうとしかねない、今のをみたら確実に。
そして孕ませる実験を行う可能性が高い、不死人の男と不死人の女、かけ合わせたら産まれてくるのは不死人か、否か、そう言う実験を。
もし不死人が確定で生まれてくれば最悪だ、奴らの事だからそれで軍隊を作り、盟約を破って自分達を滅ぼそうとしてくるだろう。
ただ、それが確約した時点でグリースが動くから可能性としては低い。
だが悪用するのは確実だ。
そんな事態になったら、ルリは孕ませるための道具として扱われるだろう、精神が壊れようが何しようが。
それをやったらグリースの怒りを買って人間どもが滅ぶ可能性が高いが、完全に滅びてしまうと自分たち側としては困る事が起こるのでそれは避けたい。
ヴァイスはため息をつきたくなった、頭痛もしてきた。
悩みの種が多すぎるのだ。
色々考え込んでいたら、ルリがうとうとし始めた。
しばらく見ているとそのまま眠りに落ちてしまった。
無防備な喉がさらされる。
ヴァイスは我慢が効かず、ルリの喉に牙を立てた。
ルリはぴくりと動いたが目を覚まさない。
抗えない程甘美な味が頭を支配する。
我に返って、吸血行為をやめ、喉から口を離す。
――これは、本当に危険だ――
甘美すぎる血は、あまり吸血行為を必要としなくなった自分でさえも我慢が効かなくなるある種の中毒性を持っていると感じられた。
この味を知ったら、他の血では満足できなくなるだろう。
配下には自分が呼び出さない限り来ないように命じているが、破る輩がいないわけではない。
そのような輩からルリを守るにはどうするべきか、ヴァイスは深いため息をついた。
ルリが目を覚ますと「とてもこわいひと」の部屋ではなかった。
銀髪の人が言うには自分の部屋らしいが「おうち」の「じぶんのへや」ではないのでルリは不安になった。
「しんそさまのはなよめになった」と言うが分からないのだ。
ルリはまだ「よんさい」だ。
結婚できる年じゃないし、そもそも「しんそさま」――たぶん「とてもこわいひと」の「はなよめ」になんでなっているのかわからない。
もしかして「ゆうかい」されたんじゃないかと思った。
それなら、ここから出たら「けいさつ」にばれて捕まるから出さないんじゃないかとルリは考えた。
ルリはベッドから下りて、裸足のまま部屋から出ようとした、鍵がかかっていた。
がちゃがちゃと鍵を開けようとするが、開かない。
窓に向かう、窓は開いた。
下を見ると、とても高い場所にいるのが分かった。
――おちたらしんじゃう――
そう思った矢先、ルリは窓から、滑り落ちた。
――あ――
顔が真っ青になる。
自分は落ちて死ぬんだと。
怖すぎてルリの意識は暗転した。
落下するルリの体をグリースが抱いて受け止めた。
「あぶねぇあぶねぇ、いや、死なねぇけどこれは心臓に悪い」
グリースは風を操ってその場から浮上すると、部屋に戻った。
アルジェントと運悪く遭遇する。
「貴様……!!」
アルジェントは怒りをあらわにしてきた。
「ちょっと待った!! 今回俺は助けただけ!! ルリちゃんが窓から落っこちたの!!」
「……それは本当か?」
「本当本当!! だったら現場検証して見ろ!!」
グリースの言葉にアルジェントは、過去に起きたことを再現させる術を発動させた。
ルリが部屋から出ようと扉をガチャガチャといじっている。
開かないのに諦めたのか窓に向かった。
体を乗り出し、下を見てそしてそのまま窓から滑り落ちる様に姿が消えた。
「……嘘ではないようだな」
「だから言ったろ?」
グリースは意識をうしなっているルリをベッドに寝かせる。
「窓にも鍵かけとけ!!」
グリースが怒鳴る、窓に鍵をかけられても別にグリースは部屋に入ってこれる、問題はまたルリが落下したらという恐れがある。
落下した先で、良からぬ連中に見つかったらルリの身が危ないからだ。
グリースの言葉に、アルジェントは窓の高い位置の鍵を遠隔で動かし、窓を開かないようにした。
「――貴様は何しに来た?」
「ルリちゃんの遊び相手だよ」
「なら帰れ」
「知ってるぞーお前ヴァイスの奴から無理難題押し付けられたのー」
グリースの言葉にアルジェントは眉を顰める。
事実だからだ。
主に「中身が四歳児になってるルリを城の外や他の配下等に会わないよう、近づかないよう納得させよ」という結構厳しい命令をされたのだ。
「中身四歳児ってのは何となく納得はしてたけど、そんな子に納得させるの大変じゃね?」
「……黙れ」
「何だよー珍しく、お前の事心配してあげてんのにさー」
「貴様の心配などいらん!!」
アルジェントが怒鳴る。
「ん……」
ルリがもぞもぞと動きそして、目を覚まし体を起こした。
「あれ……わたしまどからおちた……」
「夢だよ、ルリちゃん、お家帰りたくてそういう夢みちゃったんだよ」
グリースが嘘をついた。
「そうなんだ……」
ルリは納得した。
「しろいかみのおにいちゃん」
「グリース、俺はグリース、覚えてね」
「ぐりーすおにいちゃん」
ルリはアルジェントに気づいていないようだった。
「わたしゆうかいされたの?」
アルジェントの顔が引きつるのを見て、グリースは噴き出しそうになったがぐっと堪えた。
噴き出したら多分顔面に氷の塊をぶつけられると。
「……なんでそう思ったのかな?」
「だってわたしまだけっこんできないし、おとーさんがおこるだろうし、おそとでちゃだめなのもおかしい」
「うんうん成程」
「ぐりーすおにいちゃんもゆうかいはんのなかま?」
「あ、それは違う、後後ろのお兄さんが可哀そうだから訂正しとくねルリちゃんにはちょっとつらいかもしれないけど、ルリちゃんは誘拐されてはいないんだよ」
ルリは後ろを見たアルジェントが何とも言えない表情で立っている。
ルリはアルジェントを指さしながらグリースを見る。
「あのひとたちがゆうかいしたんじゃないの?」
「残念ながら、ルリちゃんは誘拐されてはいないんだよ、詳しい説明はあのお兄ちゃんに聞いてね」
グリースはそう言うと窓によっかかった。
「じゃあね、ルリちゃん、また明日」
すぅとグリースの姿は消えた。
ルリは窓の方をじっと見ていたが、しばらくしてアルジェントを見た。
「ゆうかいしたんじゃないの? おうちおかねそんなにおかねないよ」
「誘拐ではありません」
「だってわたしまだけっこんできないもん、おにいちゃんたちと……あのこわいひとがいってるのおかしいもん」
本当に四歳児なら結婚は無理だろう、だがルリの実年齢は二十歳。
親の許可もなく結婚できる年だ。
アルジェントは悩みに悩んだ結果、嘘をつくことにした。
「……何事にも例外というものがございます」
「れいがい?」
「そう、決め事通りでは無理な場合にできることです、ルリ様は四歳ですが、選ばれて真祖様の花嫁になったのです」
「おかあさんとおとうさんは? はんたいしなかったの?」
「真祖様の花嫁に選ばれることはとても名誉で幸せなことなのです、反対なされませんでしたよ」
「……でもわたししあわせじゃないよ」
言葉が詰まりそうになった。
そうだ、盟約で花嫁になり、主の妻になり、自分たちがしてきたことが重なって精神が保てなくなり幼児退行してしまったのだ。
未だに「こわいこと」、「こわいひと」という事やそれ以外の事が残っている、彼女からしたら「幸せ」ではないだろう。
「大丈夫です、これから幸せになりますから」
何とか声を絞り出した。
ルリは不安そうな顔でアルジェントを見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる