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偽りの忘却
絶対幸せになってやる!! ~幸せでいたいなら思い出さないで~
しおりを挟むグリースは珍しくルリの部屋の前にいた。
術を使ってルリの言葉を聞いていた。
「なるほど。となるとルリちゃんは人格分裂してる状態か」
「……元のルリちゃんが拒んでるから難航するぜ、ルリちゃん君の行く先は、それに――」
「アルジェントとヴァイスが妨害する、二人は思い出してほしくないからだ」
グリース扉に寄りかかったまま呟く。
「……俺はどっちにつくべきか……いや、言ったからな応援するって、無理しない程度にルリちゃんが自分と向き合えるように応援しよう、手助けしよう」
グリースはそう言って扉に手をかけた。
「ルリちゃんおはよう!」
「あ……グリース、おはよう」
ルリは着替え終わって薬を飲もうとしている最中だった。
「……自分じゃわからないけど、コレ効いてるの?」
ルリはフェロモン抑制剤が効いてるかどうかわからない為、グリースに尋ねてきた。
「うん、聞いてるよ、自然にいられる程度には減少している」
「……本当厄介な体」
ルリは呆れたようなため息をついている。
「それに記憶も取り戻さなきゃ、ヴァイスやアルジェントは取り戻してほしくないみたいだけど、そういうわけにはいかない」
「……」
「本来の私になった上で絶対『幸せ』になってやる!!」
ルリははっきりと言い放った。
――ああ、何もなかったら、ルリちゃんはこんなに前向きで強い子だったのか――
だからこそ、辛い記憶を呼び起こす可能性が伴う事を手伝うのにやはりためらいが生まれる。
「……さて、何をしよう……」
「……どうしようかね」
グリースは悩むルリにうまくアドバイスができなかった。
辛い記憶が多すぎて、どこをどうアドバイスしたらいいのかわからないのだ。
「ルリ様、おはようございます。今日はお食事を取っていただきます」
「え? 不死人になったら食事不要になるんじゃなかったっけ?」
「精神衛生上食べていない状態が続くと精神状態が悪くなると研究結果にも出ています、ですので今日は食べていただきます」
「なるほどーわかったじゃあ食べる」
ルリがそう言うとテーブルと椅子が出現し、アルジェントの使い魔たちがトレーを押して料理を運んでくる。
アルジェントは椅子を引くと、ルリは椅子に座り、料理を食べ始めた。
「……お母さん達の味そっくり」
ルリが目を丸くする。
その直後――
「いったぁ……!!」
額を抑えて呻き始めた。
「ルリ様!?」
「いや、これは多分大丈夫な記憶だ!!」
ルリの事を気遣うアルジェントを止め、グリースは言う。
――最初出たのはパンとかそう高級そうな料理だった――
――お米を食べたいって言って――
「……ヴィオレが料理学んできたって言ってた、そうだ最初はパンとかそういう類の料理だった」
ルリの言葉に、アルジェントは安堵の息をつく。
グリースは予想通り悪い記憶でないことが当たって安堵した。
「……しかし、こういう記憶でも地味に痛むって面倒だなぁ」
ルリはふぅと息を吐き、再び食事を再開した。
食事を終えると、アルジェントはテーブルと椅子を消し、使い魔たちが皿などを運んでいった。
「美味しかった……で、次何をするべきか」
「……なにしようかねぇ?」
「……」
アルジェントは無言だ、ルリが記憶を取り戻すのを恐れているのがグリースにはよくわかった。
「ねぇ、花畑ない?」
「花畑あったよなぁ?」
「……あります」
「じゃあ、連れて行って」
「それは……」
「俺場所覚えてるから連れていくよ」
ためらうアルジェントを遮るようにグリースが言うと、アルジェントはグリースを睨みつけた。
「貴様が連れていくくらいなら私が連れていく!!」
グリースには相変わらず敵意丸出しにして、ルリに近寄り、彼女を抱きかかえると、魔術で転移した。
グリースは呆れた顔をしながら後を追って転移した。
ルリが目を開くと、美しい花畑が広がっていた。
「すごい!!」
ルリは目を輝かせた。
こんな美しい花畑、自分の国では見たことがなかったからだ。
アルジェントがルリに靴を履かせて、地面に下ろす。
ルリはしゃがみ、美しい花々に目を奪われる。
アルジェントは花々を見て、笑みを浮かべているルリの顔を複雑な表情で眺めた。
――どうか、このまま思い出すことなく、こころ穏やかに過ごしてほしい――
アルジェントは強く願ったが、彼の願い通りにはならなかった。
「花冠にしたら素敵なものができそう、でも花冠にするにはちょっとためらう――」
――花冠を作って無邪気に笑う私、まるで子どもみたい、いや子どもそのもの?――
――子どものような私、花冠――
「っ――!!」
ルリは頭を押さえて声にならない声を上げた。
「ルリ様!!」
「あーくそ、転移面倒……おいルリちゃん?!」
アルジェントはルリの体を支えて、声をかけている。
グリースも近寄ってきた。
「――そうだ、私は一時期幼児退行してたんだ、理由は思い出せない……でもその時ここで花冠を作った……」
「……」
「幼児退行……してたってことは何があったの?! 私に何をしたの!?」
「……」
ルリの問いかけにアルジェントは答えることができなかった。
言えないのだ。
主と自分が無理強いしてきた行為が原因で幼児退行をしたなどと。
「……まぁ、色々あってルリちゃんは幼児退行しちゃったんだよ、まぁ戻ったけど一回」
グリースがはぐらかすように割って入ってきた。
「……」
「幼児退行……何か……酷い……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ルリは花畑に倒れこみ頭を押さえて絶叫した。
「ルリちゃん、今それを思い出したらだめだ!!」
グリースがルリの手をどけ、額を合わせた。
少ししてルリは荒い呼吸を繰り返しはじめた。
グリースは額を重ねるのを止め、花畑にあおむけに倒れているルリの頭を撫でる。
「……何、今までにない、痛みはそれに――」
「『思い出すな!!』って声が聞こえた……」
ルリの言葉に、グリースは悲し気に笑いながら頬を撫でる。
「……今のルリちゃんが思い出すと他者を信じられなくなる……今までの関係が壊れるからまだ、そのことは思い出そうとしちゃだめだ」
「……グリースは助けてくれた?」
「提案したのはだめだったから支えるしかなかった、でもそれでもルリちゃんは心が一度耐えきれず幼児退行してしまった」
「……なんか色々考えるのがしんどくなってきた……やばいめげそう」
「めげてもいいよ、俺は責めない」
「うー……」
ルリは不服そうな声を上げている。
「……質問いい?」
「何?」
「私がこうなった原因、とか、それを引き起こした行為とか、した人たちは私にそれをしようと考えている?」
アルジェントの顔がわずかに変わった、怯えているようにも見えた。
グリースはそれをちらと見てからルリを見て静かにほほ笑んで頭を撫でる。
「もう、考えてない」
「本当?」
「本当」
不安げなルリを諭すようにグリースは穏やかな声色で言う。
「……誰かは教えてくれないんだよね」
「それは教えられない、ごめんよ」
不安げなルリの頬を撫でながら、グリースは答えた。
「――まぁ、もう考えてないならいいっか」
ルリは起き上がった。
「うーん、でも頭がちょっときつい。酷い頭痛がきたからなぁ……」
「もうお部屋で休もうか? ほら、アルジェント部屋に連れって休ませてあげなよ」
「……いわれなくとも! ルリ様」
アルジェントは少しふらついているルリを抱きかかえて靴をぬがせる。
「……ちょっとなんか体べとべとする……」
「では先に湯浴みをしましょう」
アルジェントはそう言ってルリと一緒に転移した。
転移先の風呂場にはヴィオレが居た。
「ヴィオレ様、お願いします」
アルジェントは靴をぬがせると、ルリをバスチェアに座らせ、姿を消した。
「わかってます、ルリ様、お召し物を脱ぐのを手伝います」
「あ、うん」
ルリはヴィオレに手伝ってもらいながら体や髪の汚れを落とし、風呂に浸かった。
甘い花の香を嗅ぎながら、何か頭の中で違和感を感じていた。
「あいだだだだだ……」
「ルリ様、大丈夫ですか?」
――風呂場、あれ、ヴィオレが私の体洗ってた……いや、違う――
――今まで風呂場で私の体を洗ってたのは――
「っ――!?」
――アルジェントだ!!――
男性に無防備に裸を見せていた、かつ見られていた事を思い出しルリの顔は真っ赤になった。
「ルリ様?! どうなさいました?! もしかしてお湯が熱すぎましたか?!」
「なななななななな、なんでもない!!」
ルリは思い出した内容をアルジェントに問いただすべきか否か、頭を抱えたくなった。
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