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婚約破棄された私は漸く愛しい人と過ごせる~許してくれなんて言われてもお断りします~

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 今日も楽しくない夜会に私は参加していました。
 妃教育は楽しくないし、何より私には好きな人がいるのに無理やり后候補にした家族が大嫌いです。
 そして王子様も大嫌いです。

 私が好きなのはあの御方だけなのです――




「ええい、フロリア!! お前はこれを見ても何も思わないのか?!」
 トリティス王子は私に怒鳴りつけました。
 隣にいる美しい女性は困惑しています。
「何も思いません、私に興味がないのでしょう、トリティス王子」
 私がそう返すと、トリティス王子の顔が真っ赤に染まりました。
「もういい!! もういい!! お前とは婚約破棄だ!!」
 その言葉に私は目を見開きます。

――婚約破棄?――

 思わず笑みが浮かびます。
「ああ、ああ、有難うございます」
「な?!」
 トリティス王子は明らかに動揺していらっしゃいますが、私にはもう関係ない事。
「貴方様、どうかお迎えに来てください。私はここにおります――」
 天井の月を見上げて私は名前を呼ぶ。

「ナハト様」

 会場が真っ暗になりました。
 そして闇が私の前に集まり、人の形を取りました。

 月光のように白く輝く長い髪、同じく白い肌、赤い目、どんな人よりも整った美しいかお、漆黒の美しい御召し物。

「フロリア、迎えに来たぞ」

 ナハト様は10年前と変わらぬ笑顔で私に言ってくれました。

「ああ、ああ、お待ちしておりました。ナハト様」

 嬉しさのあまり涙が止まりません。
 私は歩みよろうとする前にナハト様が近づき私を抱きしめてくれました。
「ああ、フロリア。お前は美しく成長したな」
「ナハト様、嬉しいです……」
 どんな方の言葉よりも、ナハト様のお言葉が嬉しかったです。

「よ、夜の王、ナハト?! な、何で貴様が王都に入れるんだ、契約が――!!」

「夫が、妻を迎えに来たのだ。何か問題があるのか?」
 ナハト様はそう言って私の頬にキスをしてくれました。

「その上私が最初に妻にしようとしたフロリアを横から攫った挙句、このような待遇をし続けてきたのだ、契約は破棄させてもらう」
「知らない!! 私は――」
「黙れ」

 ナハト様は静かにそうおっしゃいました。

「行こうか、フロリア」
「はい、ナハト様」
 もうここには用はないのです。
 ナハト様がいらっしゃるから。

 扉が現れ、私はナハト様にエスコートされるままに、扉の向こう――ナハト様の「お城」へと向かいます。

 後ろが騒がしいですが、気にしません。
 だって、漸く私は愛しい方と添い遂げれるのですから。


「此処が今日から君の部屋だフロリア」
「まぁ……」
 美しい花の模様がたくさん入った部屋、夜鳥が窓際でお行儀よく座っています。
 私は近づいて夜鳥を撫でました。
「いつもありがとう、貴方達でしょう? 私とナハト様の手紙を運んでくれたのは」
「流石フロリア、分かっていたのか」
「はい」


 妃教育を無理やり受けさせられている中、夜泣いているところに夜鳥が窓辺で窓を叩いてました。
 私が近づき開けると、もう一匹が手紙を咥えて私の手に乗りました。
 手紙の封を切ってみれば、愛しいナハト様からの手紙。

 それを読んだ私はすぐに返事を書いて、夜鳥に渡しました。
 手紙を咥えた夜鳥は、窓辺から飛び立っていきました。


 それを私は10年毎日繰り返して、心の支えにしていたのです。


「フロリア、お前をもう誰にもやりはしない。私の愛しいフロリア」
 そう言われて私は嬉しくて涙を流しました。
「愛しております、ナハト様。どうかこの体が朽ち果てるまで御傍に」
「何を言う、お前を手放すものか。朽ち果て等させない、お前はずっと私の傍にいればよいのだ、私の花嫁。私の愛しい妻よ」

 なんて素敵なお言葉。

「夢ならば永遠に覚めないでほしいです」
「夢などではない、現実だ」
 ナハト様の冷たい手の感触に、私は現実だと理解します。


「フロリア、もうお前のぬくもりが無ければ私は駄目だ。傍にいてくれないか?」
「はい、ナハト様御傍におりますわ」


 私はそう言ってベッドで抱きしめ合い、語らいながらナハト様の優しさに包まれ、眠りにつきました――




「どういう事だ?! ツァーベル侯!! お前の娘が『夜の王』の妻だと私は聞いてはおらん!!」
「わ、私も初耳です!! 娘からは一度も――」
「いいえ、フロリア様は10年前『私ナハト様に愛されたの、恋をしたの。だからナハト様の妻になるわ』とおっしゃっておりました」
「リリーネ!!」
 フロリアの父エトガル・ツァーベル侯爵の言葉を否定するように、フロリアの侍女は言いました。
「その直後に、妃教育として無理やり王都に連れていかれたフロリア様は悲嘆にくれましたが、何かあったのでしょう、今のように妃教育や王家、ツァーベル家の事には興味を抱かない方になりました、夜の王ナハト様の事以外は」
「リリーネ何故それを言わなかった!!」
「私は申し上げましたが皆が『そんなはずはない、妄言だ』と聞き入れてくださいませんでした」
 リリーネの言葉に国王は頭を抱えます。
「父上、私はフロリアを連れ戻し――」
「やめよ!!」
 国王は我が子であるトリティス王子を怒鳴りつけた。
「何故です!! フロリアは私の婚約者――」
「婚約破棄をお前はしたのだろう!! ああ、なんてことだ……!!」
 国王の顔が青ざめます。

「我が国が魔物や他国から守られていたのは『夜の王』と契約しているからだ!! 夜の王が契約を破棄した今、わが国を守る術はほとんどない!!」

 その場にいた貴族たちは一斉に青ざめます。

「もし、契約破棄が知られたらわが国は一瞬で攻め込まれる!! お終いだ……!!」

「邪魔をするぞ」
 その空間に、夜の王が現れました。
「リリーネという侍女はいるか?」
「何でしょうか?」
 リリーネはすっと前に出ます。
「我妻の味方は其方だけだったようだ、故に其方に今後も我妻の身の回りの世話をしてもらおう」
「勿体なきお言葉」
 夜の王が扉を出現させると、リリーネにそこへ入るように言いました。
「我妻の世話を頼む」
「畏まりました」
 リリーネがそういって扉に入ると扉は消えました。

「さて、国王よ。契約は既に破棄された――が、其方に事の次第が届いていなかったのは分かった」
「で、では……」
「一日一通手紙を出すがよい、我が妻に」
「あ、貴方様の妻に?」
「七通目までに我が妻を説得出来たら、契約を再び正式に結ぼう。それまでは守るが、もし七通目でも説得できなかったら、契約は結ばぬ。誰に出させるかよく考えよ」
「ど、どうやって手紙を――」
「国王よ、お前の部屋に夜鳥を派遣しよう、それらに渡すがいい」
 そう言って夜の王は姿を消しました。




 私が目を覚ますと、すぐ近くの机でナハト様が何かを書かれていました。
「ナハト様?」
「おお、起きたかフロリア。其方の世話係を紹介しよう」
 誰だろうと思っていると、私のただ一人の味方がそこに居ました。
「リリーネ……!!」
「フロリア様」
 私はリリーネに駆け寄り抱き着きます。
 リリーネはしっかりと私を抱きしめてくれました。
「リリーネ、リリーネ……!!」
「申し訳ございません、私にもっと皆を説得できるだけの能力があれば……」
「ううん、いいの。だってナハト様とこれからはずっと一緒に暮らせるもの」
「リリーネ、フロリアの世話を頼んだぞ」
「はい」


――私の最愛の御方と、唯一の味方だったリリーネと一緒に暮らせるなんて夢みたい――


 幸せすぎて死んでしまいそうなくらい、私は幸せでした。


「――私が国の行方を決定づけると?」
「そう、手紙を七通お前宛てに出す事を赦した。それでお前があの国をどうするか望むがいい、私はそのようにしよう」
「はい」
「では一通目が届いたから目を通すがよい」

 ナハト様から頂いた手紙。
 一通目は元婚約者――トリティス王子から。

 君を愛している、だから戻って来てくれとか白々しいにもほどがある。
 何より私は貴方の事を愛していない。
 わが身可愛さしか書いてない貴方を愛する事はない。

 私は目を通し終わるとリリーネに返しました。
「どうだった?」
「身勝手な輩かと、自分の事しか考えていない」
「そうか」
 ナハト様はそう言って手紙を私に返すようにおっしゃりました。
 私は手紙を返すと、ナハト様は懐に仕舞いました。

「あと、六通来るが、読んでくれるか?」
「はい」

 二通目はお父様からの手紙。
 似たようなものでした。
 ですので同じようにナハト様にいい、お渡ししました。

 三通目はお母様からの手紙。
 悲しいことに、お父様と似たような内容でした。
 ですので、悲しかったことを含めてナハト様にいい、お渡ししました。

 四通目から六通目までは妃教育で知り合った御方。
 同じような内容でした。
 ですので、ナハト様にいい、お渡ししました。

 七通目は――
 国王陛下からでした。
 まずは謝罪から、私がナハト様と愛し合っていることを知らずに妃教育をさせつづけたこと、そしてリリーナの報告をこちらに渡さない体制になってしまっていた事等――
 謝罪の文章で、わが身の可愛さはなく、自分の身はどうなっても良いから民を守って欲しい、全ては私の責任だと。

「……ベネディクト陛下にお会いしたことが無かったのですが、誠実な御方のようです」
「ふむ」
「どうか、ベネディクト陛下を赦して差し上げてください」
「良かろう、愛しき我が妻よ」
 ナハト様はそう言って私にキスをしてから手紙を受け取りました。
「では用事ができた、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、ナハト様」
 ナハト様は姿を夜に溶ける様に消しました。




「王よ、其方が出した七通目で、我が妻は赦した。故に契約を破棄するのは止めよう。ただ、今後は私の都合で王宮にこれるようにせよ」
「おお……ナハト様、ご厚意に感謝を」
「だが――」
 ナハトは六通の手紙を取り出します。
「残りの手紙を出した者達は死罪だ、我が妻は赦さなかった、悲しむこともあった」
 その場にいた残りの手紙を出した者達の顔色が青ざめます。
「ち、父上た、助けてください!!」
「陛下、お助けを!!」
「……私には国を守る義務がある、お前達を守ろうとして夜の王たるナハト様の怒りを買うわけにはいかぬのだ」
「流石は分かっているようだな、では」

「死ね」

 黒い炎に包まれて、断末魔を上げながら罪人達は灰も残さず消えてしまいました。

「今後このようなことが無いようにせよ」
「勿論でございます」

 ナハトはその場から姿を消した。




「ナハト様」
 ナハト様がお帰りになられたので私は抱き着きます。
「どうした、フロリア」
「お帰りなさいませ、遅かったので心配しておりました」
 また引き離されるのではないかと不安でした。
「安心せよ、私は其方といる。何かあっても無事に帰ってこよう」
「ナハト様……」
「愛している、フロリア」
「私もです」
 ナハト様は私に口づけをしてくださいました。

 楽しくない日々は終わり、愛しい方と過ごせる日々。
 なんて幸せなのでしょうか――




 夜の王に守られている国があった。
 ある日、夜の王が寵愛する娘を無理やり王宮に連れてきた。
 その時の契約故、夜の王は王宮に入れなかった。
 だが、寵愛する娘が婚約破棄されたことで夜の王は愛しい「妻」を迎えにくることができた。

 夜の王はいかったが、寛大でもあった。
 国王の謝罪の元、夜の王の妻と引き離した罪人達を処刑するだけで赦し、契約を破棄することをやめた。

 そして、夜の王はいつまでも愛しい妻とその侍女と共に、夜の世界で暮らし続けたという。












END 
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