月歌~あなたの歌声は、月光のように温かい~

古紫汐桜

文字の大きさ
31 / 56

指輪が語る、消えない罪

しおりを挟む
 「はぁ? 何言ってるの? 元はと言えば、チラシに載っている商品を置いてないあなた達が悪いんでしょう!」

 そう言い捨てると、お客様は自分の子どもの手をぐいっと引いて帰ろうとした。

「おい!」

 追いかけようとした森野さんの腕を、私は咄嗟につかんだ。

「もう……いいですから!」

 必死に止めると、森野さんは悔しそうに息を飲む。

「……ほんま、ひどい客やったなぁ」

 店長が深くため息をついた瞬間、空気が一瞬だけ静まり返った。

「ところで……なんで“休みの”森野君が店におるん?」

 店長が意味ありげにニヤニヤしながら森野さんを見る。

「売り出し最終日なんで、気になって来ただけですよ」

 森野さんは表情一つ変えずに言う。

「へぇ~? 森野君、いつからそんな真面目さんになったん?」

 店長が肩に腕を回してからかうと、

「俺はいつだって真面目です」

 森野さんはうっとおしそうに店長の腕を振り払った。

 その時だった。

 ふと視界に入った森野さんの 左薬指の指輪 に、私は息を呑んだ。

 使い込まれた銀色で、明らかに古い。
 昨日今日のものではない。

 心臓が、ドクン……と嫌な音を立てた。

「葬儀の帰りやろ? 喪服が汚れるから、今日はもう帰ったほうがええ」

 店長の言葉に、私は反射的に森野さんを見た。

 黒いスーツ、黒いネクタイ──
 確かに“喪服そのまま”だ。

「早いなぁ……もう16年か」

 店長がぽつりと言う。
 森野さんは視線だけ向けて、何も言わない。

「なぁ……もうええんやないか?」

 店長の声は、さっきまでとは違って優しかった。

「充分、苦しんできたんやから……そろそろ自分を解放したらどうや」

 しかし森野さんは、表情一つ変えずに答えた。

「何年経とうが、俺の罪は一生消えない」

 その言葉と同時に、踵を返して歩き出す。

「帰るんか?」

 店長が気遣うように声をかけると、

「制服に着替えてきます」

 とだけ言い残して、足早に階段を降りて行った。

 店長はやれやれ、と肩をすくめて私を見る。

「まぁ、今年あいつが正常でおれたんは……柊ちゃんのおかげやな」

「え……?」

 意味が分からず戸惑う私に、店長は続けた。

「今日な……森野君の高校時代の彼女の命日なんや」

 胸が締め付けられる。

「詳しいことは言えへんけど……
 彼女、森野君の目の前で交通事故で亡くなったらしいんや。
 目撃者も多くて事故扱いになったんやけど……
 森野君は“自分が助けられへんかったせい”やて、16年も自分を責め続けてるんや」

 私は言葉を失った。

「なんで……そんな大切な話を私に……?」

「俺の勘やけどな。森野君を救えるんは、柊ちゃんのような気がして」

 そう言って店長は笑った。

「亡くなった彼女も……自分を戒めるみたいに指輪はめて生きてるあいつ見たら、きっと悲しむで」

 ぽつりと呟き、店長は私の頭を優しくぽんぽんと撫でた。

 森野さんの過去──
 その痛みを知ってしまい、胸がじんわりと痛む。

 彼女を失ってからの16年。
 誰も求めず、誰も受け入れず、ただ一人で生きてきたのだろう。

 だからあの瞳は、誰も映していなかった。
 これからもきっと──。

 私は、以前屋上で見た“どこか遠くを見るような、でも何も映していない瞳”を思い出しながら、

 届くはずのない自分の想いを
 もう一度、静かに胸の奥で確認した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

処理中です...