月歌~あなたの歌声は、月光のように温かい~

古紫汐桜

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崩れ落ちた瞬間、差し出された腕

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閉店間際のことだった。

「ちょっと店員さん!!」

 鋭く突き刺さるような、ヒステリックな声が売り場に響いた。

「はい……」

 必死に笑顔を作って振り返ると、食ってかかるように怒鳴られた。

「なんで〇〇が無いのよ! どこ行っても“売り切れ”って言われるんだけど!?
 客を馬鹿にしてんの!?」

「申し訳ございません。そちらの商品は人気がありまして、朝一番で──」

 言い終わる前に怒声が飛んできた。

「納得できない! 本当は隠してるんでしょ!!」

 お客様は怒鳴りながら、ストック置き場へずかずか入ろうとする。

「す、すみません! ここから先は従業員以外──」

 慌てて手を広げて制止した、その瞬間。

「退きなさいよ!!
 隠してるってことは、中にあるんでしょう!?
 出しなさいよ!!」

 肩を掴まれ、私はドアに叩き付けられた。

「っ……!」

 背中と頭に衝撃が走る。
 痛い。怖い。
 でも──売り場を壊されたくなくて、必死に食い止めようと腕を伸ばした。

 その時。

「お客様。それ以上騒ぐようでしたら、警察を呼びますよ」

 低く静かな声が響いた。

 暴れていたお客様の手がぴたりと止まる。

 聞き間違えようがない。

 ──今日、休みのはずの人の声だ。

 次の瞬間、黒いスーツ姿が私の前へすっと割って入る。

 後ろ姿だけで分かる。
 森野さんだ。

 一気に身体の力が抜け、涙がにじむ。

 森野さんはヒステリックなお客様と冷静に話をはじめた。
 その騒ぎを聞きつけて、店長が走ってくる。

「そんな言うんやったら、中を見てもらえばええやん」

 店長はそう言い、お客様を倉庫へと案内していった。

 姿が見えなくなった途端。

 私の腰が、ふっと抜けた。

 崩れ落ちそうになった身体を、森野さんの逞しい腕がしっかり抱き止めてくれる。

「大丈夫か?」

 その声が優しすぎて、涙がこぼれそうになる。
 足が震えて立ち上がれない。

「……お前、少しは抵抗しろよ」

 ぶっきらぼうな言葉なのに、声だけは驚くほど優しい。

 杉野チーフが慌てて持ってきた椅子に、森野さんは私を座らせてくれた。

 森野さんから離れるのが名残惜しくて、そっと腰を下ろし、ひと息ついた瞬間――

 不意に後頭部へ優しい指先が触れた。

「大丈夫か? コブ、できてないか?」

「は、は、は、は……はい、大丈夫です……!」

 珍しく優しい森野さんに、心臓が跳ねる。
 しかし次の瞬間には、いつもの調子に戻っていた。

「これ以上バカになったら困るからな」

と笑っている。

「ちょっ! これ以上ってどういう意味ですか!」

「そのままの意味だろ」

「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですから!」

「お前……小学校低学年の男子か」

 呆れたように言って、軽くデコピンをされる。

「いったぁ……!」

 額を押さえたその時──
 さっきのお客様が、納得しない様子で戻ってきた。

「あれで全部です。隠してないって分かっていただけました?」

 店長が関西訛りで確認する。

「信じないから! 絶対どこかに隠してるのよ!」

 そう吐き捨てて帰ろうとしたその瞬間、

「待ってください! こいつに何か無いんですか?」

 森野さんが、怒りを押し殺した声で言った。

「えっ……! あの、私は大丈夫ですから……」

 慌てて止めようとする私の声を、店長が遮った。

「せやな。言いがかりつけて、うちの社員を怪我させかけたんやし」

 店長の声はいつもと同じトーンなのに、
 その目だけは冷たく光っていた。
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