月歌~あなたの歌声は、月光のように温かい~

古紫汐桜

文字の大きさ
36 / 65

救われた夜、揺れ動く心

しおりを挟む
深い眠りについていたらしく、目を覚ましたときにはもう外が暗くなっていた。

 喉の渇きを感じ、ふらりと寝室を出ると──
 キッチンで店長の奥様が立っていた。

「あ、起きた? 喉、渇いたの?」

 私に気付くと、奥様はすぐに経口補水液を手渡してくれた。

「え……まさか、ずっと居てくださってたんですか?」

 驚いて尋ねると、奥様は苦笑して肩をすくめた。

「ずっとじゃないよ? 冷蔵庫、空っぽだったから買い物に出たりはしたけどね」

 そう言いながら、一人用の土鍋に火をつける。

「まだ固形物はきついだろうから……はい、重湯。
 ──離乳食の予習、しちゃった」

 照れくさそうに笑うその顔が優しくて、思わずこちらまで笑ってしまう。

 重湯をひと口すすると、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 ただのお湯で炊いたお米なのに──
 私のために作ってくれた味は、涙が出るほど温かい。

「……美味しいです」

 こぼれるように呟くと、

「ええ~? ただの重湯だよ」

 店長の奥様は、照れたように笑った。

「私……小学生のころに両親が離婚して、祖父母の家に預けられていたんです。
 でも、中学に上がる前に祖父母も亡くなって……母と二人きりで生活してきました。

 だから、体調を崩しても、母が仕事を休むなんてことはなかったし……
 誰かに料理を作ってもらうなんて、小学生のときの祖母以来で……」

 重湯を噛みしめながら呟くと、店長の奥様はそっと目を細めた。

「……柊さん、ずっと頑張ってきたんだね」

「え……?」

 目を丸くする私に、奥様は静かにほほえむ。

「苦労したって、自分では思わなかったんでしょう?
 そういう子はね……ただ一生懸命、生きてきたのよ」

 胸の奥がぐっと詰まり、照れ隠しのように重湯をもうひと口すする。

 そんな時、インターホンが鳴った。

「あ、亮君かな?」

 店長の奥様が玄関へ向かいドアを開けると――

「あ、杉ちゃん」

「あのっ……!柊さんの様子は、どうですか?」

 心配そうに声を震わせる杉野チーフ。

「とりあえず、中に入れば?」

 奥様に促され、チーフは部屋へ入ってくる。

(……えっと。ここ、私の家なんだけど?)

 苦笑する間もなく、チーフが私を見るなり飛びついてきた。

「柊さん!   大丈夫!?
 ごめんね……体調悪いの、全然気付けなくて……!」

 今にも泣き出しそうな声で、何度も謝る。

「そんな……。私こそ、仕事に穴を空けてしまってすみません」

 慌てて返すと、チーフは首を振った。

「違うよ!   柊さん、本当に頑張ってくれたから……。
お医者さんが“2~3日は安静”って言ってたみたいだし、ゆっくり休んでね?」

 あたたかい笑顔が胸にしみた。

 ……だけど。

(3日間……森野さんの顔、見られないのか……)

 そんなことが頭をよぎってしまった自分に、思わず苦笑するしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

処理中です...