月歌~あなたの歌声は、月光のように温かい~

古紫汐桜

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シートベルト越しのときめき

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 花見当日。
 前日に下準備をしておいたおかげで、棚卸のあと、私の家で木月さんと杉野チーフと三人でお弁当作りをしていた。

(あれ……?
 森野さんに、初めて私の手料理を食べてもらうんだ……)

 気付いた瞬間、顔が一気に熱くなる。
 その気持ちを悟られないように、黙って弁当箱に詰めていると——

「そろそろかな」
杉野チーフが時計を見た。

 その言葉とほぼ同時に、玄関チャイムが鳴る。

「お、さすが時間ぴったり」
杉野チーフが笑い、弁当の入ったバッグに手を伸ばす。

「あ、大丈夫です。私が持ちますから」

 手に取った瞬間、ズシリと重さが腕に伝わる。
(10人分近いし……そりゃ重いよね)

 そう思っていると、玄関のドアが開き、森野さんが顔を出した。

「用意できました?」

「うん! バッチリ」
杉野チーフがブイサインをすると、森野さんは小さく微笑んだ。

 二人が並んで立つと、まるで昔からの夫婦みたいに自然で……胸がちくりと痛む。

「お迎えありがとうね。花見の場所は?」

「山崎さんたちが先に行って、取ってくれてるみたいですよ」

 そんな会話を交わしながら、森野さんは私の手にあるバッグを——
何のためらいもなく、ひょいっと持っていった。

「えっ……」

「何、ぼさっとしてるんだよ。ほら、行くぞ」

 胸が、じんわり熱くなる。
 たったこれだけのことなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう。

 我に返ると、杉野チーフと木月さんは先に車へ向かって歩いていた。
 慌てて靴を履き、玄関の鍵を閉めて振り返ると——

 森野さんは、まだ私が振り返るのを待ってくれていた。

(……こんな事で泣きそうになる自分、どうなのよ)

 自嘲気味に笑いながら車に近づくと——
私は固まった。

 後部座席には、木月さんと杉野チーフが“当然”のように座っていて、
しかもわざとらしく後部座席の中央に弁当バッグを置いている。

(……やられた)

 後部座席のドアに手をかけた瞬間。

「アホ! 後ろは荷物が乗ってるんだから、お前はこっちだろうが!」

 頭をつかまれ、助手席側へ引っ張られる。

(え? いや、でも……いや……でも……‼)

 渋々を装って助手席に座るも、心臓は勝手に跳ねていた。

 しかし次の瞬間——

「あれ? あれ?」

 緊張しすぎて、シートベルトが全然はめられない。
 手が震えるほど、焦る。

「お前……どんだけ鈍くさいんだよ!」

 呆れた声が落ちる。

「貸せ!」

 シートベルトに伸びた森野さんの手が、ほんの一瞬、私の手に触れた。

 その瞬間、頭が真っ白になり——反射的に手を離した。

 ガシャン。

 シートベルトが戻る音が、車内に虚しく響く。

 直後。

「はぁ~……」

 森野さんの深い溜め息。

「す……すみません!!」

 オロオロしていると、ふわっとコロンの香りが鼻先を掠めた。

 顔を上げると——すぐ近くに森野さん。

「ジッとしてろ! 邪魔だ!」

 怒鳴り声とは裏腹に、動きはとても丁寧で、
森野さんの手が、私の肩越しにシートベルトへと伸びていく。

 耳まで熱くなっていく自分が恥ずかしくて、
私はただ、息を詰めて固まっていることしかできなかった。
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