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第四章
初恋
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豪鬼がその親子のもとへ通わなくなってからも、翡翠はこっそりと彼らの家を訪れていた。
耳に届く笛の音は、あの日からずっと──悲しげな音色を奏でていた。
寂しい。
悲しい。
その音色は、まるで翡翠の心に宿る孤独そのもののようだった。
ある日、翡翠はうっかり笛の音に聴き入り過ぎて、結界の外に出てしまった。
その日の笛の音は、初めて耳にした日のように優しく、柔らかだった。
まるで自分のために吹いてくれているように感じ、思わず近付き過ぎてしまったのだ。
「……誰?」
隠れていたはずの翡翠は、気配を悟られてしまった。
目が合った少年の、深い漆黒の瞳。
その瞳に吸い込まれ、逃げるのが一歩遅れた。
──この姿を見られた。鬼だと知られた。
殺される前に、殺すしかない──。
翡翠が胸元の懐刀に手をかけた、その瞬間だった。
「うわぁ……綺麗な髪の毛と瞳の色だね」
少年は目を輝かせ、翡翠をまっすぐ見つめていた。
「……綺麗?」
驚く翡翠に、少年はまっすぐに答えた。
「うん。きみの髪は光の糸みたいだ。
瞳の色は、この湖のように澄んでいて、綺麗な翠色をしているよ」
キラキラとした眼差しに、翡翠はただ戸惑うばかりだった。
そのとき──
「あらまぁ……可愛らしいお客様ね」
家から出てきた女性の声に、翡翠はハッと我に返る。
自分の泥だらけで傷だらけの姿が急に恥ずかしくなり、逃げ出そうと後ずさった。
「あっ、待って!」
少年が慌てて声を上げる。
「怪我……してるじゃないか」
そう言って、ためらいもなく翡翠の腕を取ると、家の中へと導いた。
「母上、傷の手当てをしてもよろしいですか?」
少年の言葉に、母は微笑みながら頷く。
翡翠は縁側に座らされ、擦り傷に薬草を塗られていた。
「小さなお友達ができて、よかったわね」
母の言葉に、少年は頬を膨らませて反論する。
「母上、それ以上はおやめください!」
そのやり取りが可笑しくて、翡翠は小さく笑った。
手当てを終えた少年が、恥ずかしそうに口を開く。
「……私の笛を聴いていたのは、そなたか?」
「え?」
「いや、違うならよいのだ」
戸惑う翡翠に、母が柔らかく微笑む。
「友頼はね、ずっと言っていたの。誰かが笛を聴きに来てくれているって。
私はうさぎかリスだと思っていたのですけどね」
クスクスと笑う母に、少年──友頼は耳まで真っ赤になって顔を逸らした。
「友頼はね、今日は“いつも聴いてくれる誰か”のために吹いたのよ」
「母上! それ以上はおやめください!」
母の口を慌てて塞ぐ友頼。
その光景に、翡翠の胸が不思議な温かさで満たされていく。
「……私は、翡翠」
ポツリと呟くと、母が目を輝かせて微笑んだ。
「まぁ……あなたの瞳の色のように綺麗な名前ね」
「瞳?」
不思議そうに尋ねる友頼に、母親は頷いた。
「ええ。“翡翠”というのは、翠色の美しい石の名なのよ」
その言葉に、友頼は嬉しそうに微笑んだ。
「では、それはとても美しい石なのですね」
その笑顔に、翡翠の心が静かに揺れる。
胸の奥に芽生えた感情の名を、翡翠はまだ知らなかった。
そして──友頼もまた、自らの心に芽生えた想いに気付いていなかった。
耳に届く笛の音は、あの日からずっと──悲しげな音色を奏でていた。
寂しい。
悲しい。
その音色は、まるで翡翠の心に宿る孤独そのもののようだった。
ある日、翡翠はうっかり笛の音に聴き入り過ぎて、結界の外に出てしまった。
その日の笛の音は、初めて耳にした日のように優しく、柔らかだった。
まるで自分のために吹いてくれているように感じ、思わず近付き過ぎてしまったのだ。
「……誰?」
隠れていたはずの翡翠は、気配を悟られてしまった。
目が合った少年の、深い漆黒の瞳。
その瞳に吸い込まれ、逃げるのが一歩遅れた。
──この姿を見られた。鬼だと知られた。
殺される前に、殺すしかない──。
翡翠が胸元の懐刀に手をかけた、その瞬間だった。
「うわぁ……綺麗な髪の毛と瞳の色だね」
少年は目を輝かせ、翡翠をまっすぐ見つめていた。
「……綺麗?」
驚く翡翠に、少年はまっすぐに答えた。
「うん。きみの髪は光の糸みたいだ。
瞳の色は、この湖のように澄んでいて、綺麗な翠色をしているよ」
キラキラとした眼差しに、翡翠はただ戸惑うばかりだった。
そのとき──
「あらまぁ……可愛らしいお客様ね」
家から出てきた女性の声に、翡翠はハッと我に返る。
自分の泥だらけで傷だらけの姿が急に恥ずかしくなり、逃げ出そうと後ずさった。
「あっ、待って!」
少年が慌てて声を上げる。
「怪我……してるじゃないか」
そう言って、ためらいもなく翡翠の腕を取ると、家の中へと導いた。
「母上、傷の手当てをしてもよろしいですか?」
少年の言葉に、母は微笑みながら頷く。
翡翠は縁側に座らされ、擦り傷に薬草を塗られていた。
「小さなお友達ができて、よかったわね」
母の言葉に、少年は頬を膨らませて反論する。
「母上、それ以上はおやめください!」
そのやり取りが可笑しくて、翡翠は小さく笑った。
手当てを終えた少年が、恥ずかしそうに口を開く。
「……私の笛を聴いていたのは、そなたか?」
「え?」
「いや、違うならよいのだ」
戸惑う翡翠に、母が柔らかく微笑む。
「友頼はね、ずっと言っていたの。誰かが笛を聴きに来てくれているって。
私はうさぎかリスだと思っていたのですけどね」
クスクスと笑う母に、少年──友頼は耳まで真っ赤になって顔を逸らした。
「友頼はね、今日は“いつも聴いてくれる誰か”のために吹いたのよ」
「母上! それ以上はおやめください!」
母の口を慌てて塞ぐ友頼。
その光景に、翡翠の胸が不思議な温かさで満たされていく。
「……私は、翡翠」
ポツリと呟くと、母が目を輝かせて微笑んだ。
「まぁ……あなたの瞳の色のように綺麗な名前ね」
「瞳?」
不思議そうに尋ねる友頼に、母親は頷いた。
「ええ。“翡翠”というのは、翠色の美しい石の名なのよ」
その言葉に、友頼は嬉しそうに微笑んだ。
「では、それはとても美しい石なのですね」
その笑顔に、翡翠の心が静かに揺れる。
胸の奥に芽生えた感情の名を、翡翠はまだ知らなかった。
そして──友頼もまた、自らの心に芽生えた想いに気付いていなかった。
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