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第四章
翠としての始まり
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あの日から、翡翠は名を翠と改めた。
頼政が鬼ヶ村を探し、友頼の生家の周りを根絶やしに探していると噂が流れた。
鬼ヶ村を移すことになり、豪鬼たちは数日前に散り散りに村を後にした。
誰もいなくなった村で、友頼は翠と二人で過ごしていた。
月日が流れるにつけ、翠は女性であった記憶が薄れて行った。
残っているのは、友頼への切ない恋慕だけ。
どうせなら、全て消え去れば良いのに……と、翠は思っていた。
いつも一定の距離感を保たれ、向けられているその背中は果てしなく遠い。
「翠……もし行きたい場所があるなら、行って良いんだよ」
友頼はいつしか、全てを諦めた瞳をするようになっていた。
何度か友頼の生家で暮らしたが、その度に送られてくる刺客たち。
そんな中、時々届く風の噂で、頼政が鬼狩りと称して罪のない人を殺していると聞いた。
きっと……翡翠を探しているのだろう。
「若様……私はずっと、あなたと共に……」
翠が傅き言うと、友頼は寂しそうな笑顔を浮かべるだけだった。
「結局、私は……翡翠を不幸にしか出来なかった。
なぁ……翠、きみは不幸ではないか?」
ポツリと呟いた言葉は、真っ青に広がる青空の中に、何度、溶けて消えただろうか──。
翠はそんな友頼の背中を、ただ黙って見守ることしか出来なかった。
友頼にしつこく送られてくる刺客を、翠は友頼に黙って始末していた。
一人殺す度、翡翠の記憶が消えていく──。
調度良い……
あんなひ弱な女の記憶など、無い方がマシだ。
翠はいつしか、感情というものを失っていった。
そんなある日の事だった。
「翡翠さん?」
翠が人里を歩いていると、ふいに声を掛けられた。
女性は身なりが良く、右手には5歳くらいの子供を連れていた。
「どなたかと、お間違いではないですか?」
ニッコリ微笑んで答えた翠に
「あら……本当だ。何でかしら?
あなたが知り合いの女性に見えたの
ごめんなさいね」
その女性はそう答えると、頭を下げた後に首を傾げた。
「母上、お知り合いの方ですか?」
「いいえ。頼久さんの乳母だった方に、面差しが似ていたの」
会話がもれ聞こえ、翠は弾かれたように振り向いた。
すると、人混みの中から
「晶様、ぼん、探しましたよ」
すっかり大人びた顔をした三郎太が現れたのだ。
「ごめんなさいね、三郎太。頼久さんが、あの簪を見たいと言うものだから……」
穏やかに笑う晶の手には、桜が彫られた簪があった。
「母上は、桜の花がお好きだから……」
「ぼんは、本当に晶様が好きだな」
優しく笑う三郎太に、頼久は笑顔を浮かべ
「うん!母上と三郎太が、大好きだよ」
と答えた。
翠はぼんやりと、自分には縁が無い幸せな空間を眺めていた。
すると、そんな翠を三郎太はハッとした顔で見ると、母子に何か話して頭を下げると、足早に近付いて来た。
「お久しぶりです、翡翠様」
疑うこともなく、三郎太は頭を下げた。
翠が顔を逸らし
「他人の空似だろう。私は男だ……」
と答えると
「私は翡翠様が女性……とは言っておりませんが……」
と続けた。
頼政が鬼ヶ村を探し、友頼の生家の周りを根絶やしに探していると噂が流れた。
鬼ヶ村を移すことになり、豪鬼たちは数日前に散り散りに村を後にした。
誰もいなくなった村で、友頼は翠と二人で過ごしていた。
月日が流れるにつけ、翠は女性であった記憶が薄れて行った。
残っているのは、友頼への切ない恋慕だけ。
どうせなら、全て消え去れば良いのに……と、翠は思っていた。
いつも一定の距離感を保たれ、向けられているその背中は果てしなく遠い。
「翠……もし行きたい場所があるなら、行って良いんだよ」
友頼はいつしか、全てを諦めた瞳をするようになっていた。
何度か友頼の生家で暮らしたが、その度に送られてくる刺客たち。
そんな中、時々届く風の噂で、頼政が鬼狩りと称して罪のない人を殺していると聞いた。
きっと……翡翠を探しているのだろう。
「若様……私はずっと、あなたと共に……」
翠が傅き言うと、友頼は寂しそうな笑顔を浮かべるだけだった。
「結局、私は……翡翠を不幸にしか出来なかった。
なぁ……翠、きみは不幸ではないか?」
ポツリと呟いた言葉は、真っ青に広がる青空の中に、何度、溶けて消えただろうか──。
翠はそんな友頼の背中を、ただ黙って見守ることしか出来なかった。
友頼にしつこく送られてくる刺客を、翠は友頼に黙って始末していた。
一人殺す度、翡翠の記憶が消えていく──。
調度良い……
あんなひ弱な女の記憶など、無い方がマシだ。
翠はいつしか、感情というものを失っていった。
そんなある日の事だった。
「翡翠さん?」
翠が人里を歩いていると、ふいに声を掛けられた。
女性は身なりが良く、右手には5歳くらいの子供を連れていた。
「どなたかと、お間違いではないですか?」
ニッコリ微笑んで答えた翠に
「あら……本当だ。何でかしら?
あなたが知り合いの女性に見えたの
ごめんなさいね」
その女性はそう答えると、頭を下げた後に首を傾げた。
「母上、お知り合いの方ですか?」
「いいえ。頼久さんの乳母だった方に、面差しが似ていたの」
会話がもれ聞こえ、翠は弾かれたように振り向いた。
すると、人混みの中から
「晶様、ぼん、探しましたよ」
すっかり大人びた顔をした三郎太が現れたのだ。
「ごめんなさいね、三郎太。頼久さんが、あの簪を見たいと言うものだから……」
穏やかに笑う晶の手には、桜が彫られた簪があった。
「母上は、桜の花がお好きだから……」
「ぼんは、本当に晶様が好きだな」
優しく笑う三郎太に、頼久は笑顔を浮かべ
「うん!母上と三郎太が、大好きだよ」
と答えた。
翠はぼんやりと、自分には縁が無い幸せな空間を眺めていた。
すると、そんな翠を三郎太はハッとした顔で見ると、母子に何か話して頭を下げると、足早に近付いて来た。
「お久しぶりです、翡翠様」
疑うこともなく、三郎太は頭を下げた。
翠が顔を逸らし
「他人の空似だろう。私は男だ……」
と答えると
「私は翡翠様が女性……とは言っておりませんが……」
と続けた。
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