水鏡~千年の時を越えて、今、再び動き出す悲恋~

古紫汐桜

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第五章

千年の終わりに散るもの

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そんな遥をよそに、
幸太がわずかに足を踏み出し、遥を背にかばって構えた。

鍔迫り合いの熱がまだ残る空気の中、
冬夜と幸太は並んで刀を構え、翠と対峙する。

「無駄だ! まだ分からないのか?」

翠は薄く嗤い、ゆらりと手を伸ばす。

「さぁ……冬夜。お前を喰らえば、私は“完全な神”になる」

一歩、また一歩──
地面を滑るように翠が近づく。
そのたびに周囲の空気がざわりと震えた。

そして二人が構えたのを見て、翠は牙をのぞかせる。

「無駄だと言っているだろう!
お前は私に喰われて死ぬ運命なんだよ!」

翠が一気に飛びかかった瞬間だった。

冬夜の刀が閃光のように走り、
翠の胸元に──突き刺さった。

「ぐっ──」

翠の口から鮮血が噴き出し、地面へ弧を描く。

だがその直後。

「翡翠……貴様……!」

翠の怒声とともに崩れ落ちた身体の影から──
冬夜の刀を胸で受け止めた翡翠が、静かに姿を現した。

「翡翠!」

冬夜の腕へと崩れ落ちるように倒れ込む翡翠。

「どうして……どうしてだ……?」

震える手で彼女の頬へ触れる冬夜。
翡翠は弱く、けれど優しく笑った。

「冬夜さん……泣かないで……」

その瞬間──

ザラ……ザラ……

背後で、砂を踏み潰すような音。

ユラリ、と人ならぬ動きで翠が立ち上がった。

瞳は狂気に濁り、口元には血がにじむ。

「おのれ……翡翠……!」

翠が血を吐きながら睨み上げる。

「忘れるな……
私が死んでも……お前たち人間は、また悪鬼を生み出す……!」

声が次第に震え、身体が崩れ──
サラ……と乾いた音を立てて、翠の身体は砂となり、夜風に舞った。

その場に残ったのは、静寂だけ。

だがすぐに、翡翠の身体が激しく咳き込み──
鮮血が地面へ滴り落ちた。

「翡翠!」

冬夜が抱き寄せると、翡翠は穏やかに微笑んだ。

「やっと……やっと眠れる……」

「冬夜……泣かないで……」

震える指先で冬夜の頬を撫でながら続ける。

「長かった……千年……ずっとこの日を……待って……」

血が喉奥から溢れ、冬夜は翡翠を強く抱き締めた。

「もういい……しゃべるな!」

叫ぶ冬夜に、翡翠は嬉しそうに微笑む。

「ありがとう……冬夜」

彼女の最期の光がすうっと消えるように瞳が閉じ、
その顔は満ち足りたように安らかだった。

「翡翠……!」

冬夜が抱き締めて泣き崩れるその腕の中で──
翡翠の身体はサラサラと砂になり、
冬夜の指の間から静かにこぼれ落ちていく。

冬夜は必死に掴み取ろうと手を伸ばす。
だが──

ふわり。

風が吹き、粉雪のように翡翠の欠片は空へ舞い上がり、
瞬きの間に、夜空へ吸い込まれて消えた。

「なんだよ……
翡翠の欠片さえ……遺してくれないのかよ!」

冬夜の叫びは風に攫われ、闇へ溶けていった。

その泣き声に応えるように──
夜空の雲が裂け、星々が顔を出す。

月光が湖へ反射し、
真っ赤なソメイヨシノが風に吹かれて散り始めた。

湖はゆっくりと紅へと染まりゆく。

まるで──
千年前の悲劇を、静かに再現するかのように。
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