お人好し職人のぶらり異世界旅

電電世界

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3巻

3-2

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 しばらく三人を見送った後、一行はマナカ達の新居に場所を移して、入学試験が終わるまでの時間を過ごすことにした。
 モアはキャリーとココとみっちゃんに構ってもらって上機嫌だ。
 良一が楽しそうに遊ぶ四人を見ていると、マアロがやってきた。

「良一、心配じゃないの?」
「試験のことか?」
「そう」

 マアロはマナカ達の家に来てから時計ばかりを気にして、落ち着かない様子だ。

「三人とも実力は充分なんだろ」
「それはそう。でも、心配は心配」
「俺はあまり勉強をしてこなかったし、直接教えたわけじゃないから、試験がどのくらい難しいのかはわからない。そりゃあ、確かに心配だけど、同じだけ信頼もしている」
「そう……そうね。私も信頼している」

 それで吹っ切れたのか、マアロは自分のアイテムボックスから菓子を取り出して食べはじめた。


 午後になり、入学試験の半分が終わった。
 午前中は筆記試験、午後から実技試験というスケジュールなので、今頃三人は実技試験の最中だろう。
 自分が担当した筆記試験の時間が過ぎて、マアロは少し落ち着いてきた。
 文武両道をかかげる王国立学園では、勉学だけでなく実技も重視されている。
 武家の娘で、幼少期から鍛練を積んできたミミとメメに関しては、実技の心配はなかったものの、メアは数ヵ月前までただの町娘だった。
 しかしそこは、持ち前の真面目な性格や、キャリーやココやミレイアといった高ランクの冒険者の稽古けいこのおかげもあって、みるみる実力をつけている。
 貴族でもこれほどの実力者から直接教えを受ける機会は滅多めったにないはずなので、充分通用すると良一は思っていた。

「さて、晩ご飯の準備をはじめようかしら」
「そうですね。夕方には試験が終わりますから、それまでにはねぎらいのご馳走を作らないといけませんね」

 キャリーが音頭おんどをとり、マナカと一緒に夕食の準備をはじめた。

「俺も手伝います」
「モアも!」

 結局、全員が料理の手伝いを申し出たものの、一般家庭の台所では狭すぎて入りきらないので、良一達はアパートの共用部である中庭に調理器具を広げて料理をすることにした。

「さあ、メアちゃんとミミちゃんとメメちゃんの好物を作っていくわよ。良一君達は下ごしらえをお願い」
「了解です」

 キャリーが中心になって、料理を次々と完成させていった。

「さて、料理は冷めないようにアイテムボックスに入れておかないと」
「そうですね。私にお任せください」

 料理をなべや大皿ごとアイテムボックスに収納していくみっちゃんを横目に、マアロがソワソワした様子で良一に話しかけた。

「良一、そろそろ迎えに行く?」
「そうだな、今から向かえばちょうど良い時間か」
「モアも行く!」
「私とマナカさんは部屋で迎える準備をするので、ここに残ります」

 テーブルに食器などの運び込みをしてから、みっちゃんとマナカ以外のメンバーで学園に向かった。


 良一達が到着した頃には門の前に人だかりができており、受験生を待つ付き添いの人で一杯だった。
 しばらく待っていると校門が開き、受験生達が続々と出てきた。
 スッキリと晴れやかな表情をした者もいれば、絶望で顔が真っ青な者もいる。

「あっ、ミミとメメです」

 ココが早速妹を見つけて手を振った。
 大勢の受験生の中でも双子の犬耳が目立って、ミミとメメの居場所はすぐにわかる。
 二人とも結構な距離があるのにこちらに気がついたのか、手を振り返してきた。

「あっちからメア姉ちゃんも来た」

 肩車したモアが指差す方を見ると、人垣ひとがきの間から青色の髪がちらちらとのぞいていた。
 人混みをき分けてやってきた双子の表情は、〝やることはやった〟という達成感に満ちている。

「「ただいま」」

 二人に少し遅れてメアも良一達に合流し、晴れ晴れとした表情を見せた。

「遅くなってすみません」
「おかえり。三人ともやりきった?」
「「「はい、全てを出し切りました」」」
「なら、上出来」

 メア達の表情を見て安心したのか、マアロは三人の頭を撫でてめている。
 ココも笑顔で三人を労い、皆でマナカ達が待つアパートへと移動した。


 アパートの部屋の扉を開けると、様々な料理がテーブルの上に並べられていて、笑顔のマナカ達が迎え入れてくれた。

「筆記試験はマアロさんの授業で教わった内容がたくさん出ていました」
「「メアちゃんの言うとおり。マアロさんが試験問題を作ったんじゃないかと思ったぐらい」」

 当然、食事中の話題は試験の内容や手応えが中心となった。

「でも、王国立学園の武術教官は強かった。筋肉もムキムキだった」
「本当に、うちの道場の人でも師範しはんレベルじゃないと勝てないんじゃないかな」

 教官の実力を思い出して、ミミとメメが顔を見合わせる。

「多分、私もその人と模擬戦をしました。良一兄さんと同じくらい強かったです」

 良一の方針もあって、メアは実際の戦闘経験はなく、もっぱらココやキャリーから護身術や精霊術を学んでいただけだ。
 模擬試験のためにココと練習していた時も、精霊術での遠距離攻撃を重点的に学んでいたので、接近戦の経験はほとんどないといっていい。

「私とコハナの精霊術も破られて、最後は頭をコンと叩かれて負けました」

 メアは風の精霊のコハナと特訓して、かなり精霊術が上達していたが、完敗だったらしい。それでも、悔いは残さなかったのか、表情は明るい。
 美味おいしい料理を食べながら他の受験生の様子などを聞き、良い雰囲気で食事会は終わった。


 モアは疲れてしまったのか、ココ達の家を後にして宿屋に戻って早々にマアロと一緒にとこに入った。しかしメアはまだ興奮が冷めていないらしく眠ろうとはせずに、宿のラウンジで良一と話している。

「メア、今日の試験を受けて良かったか?」
「はい! 私と同い年ぐらいの男の子が、筆記試験の時にあっという間に書き終えて眠りはじめたり、私よりも小さい女の子が実技試験の時に試験官から一本奪っていたり……色んな人がいました」
「それで、来年は本試験も受験してみたいかい?」
「本試験ですか? 私は良一兄さんと出会って以来ずっと幸せです。良一兄さんが良かったら……これからもずっと、一緒に旅をしたいです。だから、たぶん本試験は受験しません」
「じゃ、じゃあ、メアとモアと一緒に、これからも旅をしような!」

 メアの真摯しんしな思いを受けて、鼻の奥がツンとするのを感じたが、それをさとられまいと、つとめて明るく振る舞う良一だった。


 ◆◆◆


 王国立学園の合格発表は試験から一週間ほどで行われた。
 マナカ親子と良一達全員で足を運んだものの、あまりに人が多くて、ココとミミとメメだけで掲示板を見に行っている。

「「結果発表、ドキドキする」」

 こんな時でも息ピッタリな双子を先頭にココが続いて人混みをかき分けて、結果がり出された掲示板にたどり着いた。
 合否が発表される正午直後は人が多すぎて大変だと聞いたので、良一達は時間をずらして訪れたのだが、掲示板の前はいまだに多くの人でごった返している。

「「名前があった!!」」
「おめでとう、ミミ、メメ! 学園でたくさん学びなさい」

 三人の喜びの声は離れている良一達にも聞こえ、皆密かに安堵の息を漏らす。
 戻ってきたミミとメメに代わる代わるおめでとうを言って皆で祝福した。
 二人の合格を知って、マアロもやっと肩の荷が下りたのか、安堵あんどの表情を浮かべている。

「「メアちゃん、掲示板を見に行った方が良いよ」」
「確かに。自分の目で見た方が良いはずですよ」

 理由は詳しく教えてくれなかったが、ココ達はメアにも掲示板を見に行くように言うので、結局全員で掲示板を見に行った。

「あっ、ミミさんとメメさんの名前が特待生枠にあります!」
「へえ、立派なもんだな」

 単に合格しただけでなく、数少ない特待生枠に二人が合格しているとは。一緒に受験したメアも驚いている。
 双子は照れながらも合格掲示板の横を指差した。

「模擬試験者成績一覧? そうか、模擬試験も得点の順位が張り出されているのか」

 良一は背伸びしてリストを覗き込む。

「良一兄さん! あ、あ、あの一位のところなんですけど」

 メアに服の裾を引っ張られて、模擬試験成績順位の一位の名前を見ると……メア・イシカワと書かれていた。

「夢じゃ……ないですよね」
「間違いなく、メアの名前が書かれてあるな」
「やったー!!」
「お姉ちゃん、すごーい」
「本当に凄いじゃない、メアちゃん。模擬試験も本試験と同じ難易度なんだから、首席合格と言ってもいいくらいよ」

 モアやキャリーにも褒められて、メアは嬉し涙を瞳に溜めながらピョンピョンと飛び跳ねる。


 そんなメアの年相応な姿は微笑ましく、良一にとっては誇らしくもあった。

「今日はご馳走だな。ミミとメメの特待生での合格と、メアの一位も合わせて盛大に祝わないと。記念に写真でも撮っておこう」

 良一が腕のデバイスで掲示板とメアの写真を撮っていると、学園の関係者らしき人が近づいてきた。

「失礼ですが、メアさんのご家族の方でしょうか」
「はい、そうです」
「模擬試験の成績優秀者には記念のメダルをお渡ししておりますので、よろしかったら学園の事務所で受け取ってからお帰りください。模擬試験メダルがあれば、来年の本試験の際に優遇措置を受けられますよ」

 どうやら、模擬試験受験者で一定の点数を超えた受験者には、成績優秀の証明としてメダルが授与されるらしい。

「良一兄さん、取りに行っても良いですか」
「もちろん。メアの努力の結果なんだから、是非ぜひ取りに行こう」

 事務所で受け取ったメダルは、学園の校章が入った銀製のものだった。
 メアはずっしりとした重みのあるメダルを持って目をキラキラさせている。
 三人とも期待以上の成績を収めたこともあり、その日はいつになく楽しい一日になった。


 ◆◆◆


 王国会議が閉会して、名だたる貴族達もそれぞれの領地に戻り、王都も日常を取り戻して、少しだけ静かになっていた。

「モア、プレゼントは忘れずに持ってきたのか?」
「もちろん! ちゃんとアイテムボックスに入ってるよ」

 今日はメラサル島の領主、ホーレンス公爵の娘であるキリカの誕生会が開催される日だ。
 良一達は精一杯めかし込んで馬車に乗っている。
 実際のキリカの誕生日はまだ先で、本当なら島に戻ってから行う予定だったらしいが、招待客などの事情もあって、王都の屋敷で早めに誕生会を開くことになったのだそうだ。
 ホーレンス公爵としては、将来キリカが社交界にデビューする際の根回しという意図もあるのだろう。

「相変わらず大きな屋敷だな」

 既に夕暮れ時で辺りは暗くなりはじめていたが、公爵邸のたくさんの窓からは明かりが漏れていて、遠目にもその規模がわかる。
 良一が王都の公爵邸を訪れるのは、キリカが一級犯罪者集団〝不殺集団〟に誘拐ゆうかいされそうになったのを助けるために駆け付けた時以来だ。
 この襲撃で屋敷の一部が壊されたが、魔導機を用いた修理業者の手でまたたく間に修復されている。
 馬車が公爵邸の車回しに到着し、良一はモアの手を引いて降り立った。

「石川様、本日はお越しいただきありがとうございます。キリカ様も大変喜ばれます」

 公爵につかえる執事が一礼して、一行を屋敷へと招き入れた。
 節目ふしめである十歳ということもあり、誕生会は盛大なものになるようで、一番仲良しなモアとその保護者の良一だけでなく、メアやココ、マアロ、キャリーまでも招待を受けている。
 出席者は公爵が治めるメラサル島の貴族が多いが、同じくらい王都の貴族も集まっていた。
 エントランスホールで辺りを見渡していると、ココの故郷、ココノツ諸島の外交官であるスギタニが笑顔で近づいてきた。

「やあやあ、石川殿に、オレオンバーグ殿ではござらんか」
「あら? スギタニさんじゃない。お元気そうね」

 スギタニと付き合いが長いキャリーは、優雅ゆうがな動作で一礼した。

「おお、オレオンバーグ殿は、今宵こよいきらびやかでござるな」

 メアやモアを大人の会話に付き合わせるのは退屈だろうと思い、良一はココとマアロに頼んで二人を先に会場に連れて行ってもらった。
 キャリーと一緒に残った良一は、スギタニと立ち話をはじめた。

「今宵の誕生会は実に盛大でござるな」
「そうですね。メラサル島を治めるホーレンス公爵のご息女の誕生会ですからね」
「でも、娘さんの誕生会でこんな盛大なものに参加するのは初めてよ」
「確かに、滅多にお目に掛からない規模でござるな。此度こたびの王国会議でいくつかの案件を通すことができたから、公爵もさぞ機嫌が良いのでござろう」
「そうだったんですね」
「石川殿、あそこで複数の貴族に囲まれている淑女しゅくじょが見えますかな? 王都有数の大貴族リユール伯爵家の当主コロッコス殿を支える、次女のティラス様でござる。コロッコス殿とは石川殿も会ったのではなかったかな」

 スギタニが視線で示す先を見ると、落ち着いた青色のドレスを着た年齢不詳な美人が、多くの若い男性貴族に囲まれていた。
 陞爵式後の晩餐会ばんさんかいで会ったコロッコスと同じ青い髪色の女性で、キリッとした目元が伯爵によく似ている。

「リユール伯爵家のティラス様ですか……」
左様さよう。国王様の第三夫人、レイラ様の妹でもある」
「はあ、とにかく凄い人なんですね」

 王族の血縁関係はいまいちピンと来ない良一は、曖昧あいまいな返事をする。

「今回の王国会議で、リユール伯爵家は王国東部の大要塞ようさい建設を受注したのはご存じか? ホーレンス公爵もその案件では伯爵家に多大な支援を送っていたのでござる。その縁でティラスじょうが招待を受けたのでござろう」
「ああ、大要塞の建設を受注したんですね」
他人事ひとごとでござるな? 石川殿の功績も多少は加味されているというのに……」
「なんですかそれ、聞いたことないですよ」

 スギタニが言うには、王都に来るまでに立ち寄ったリード大双橋の魔導機修理が、思いのほか会議でも重要視されたらしい。
 作業に立ち会った、王国魔導学院の准教授、ササキナが絶賛したということだ。

「東の〝亡者もうじゃの丘〟には王国も憂慮ゆうりょしていて、いち早く要塞建設を進めるために大型魔導機を大量に投入する予定だそうですな」
「王国も簡単にはあきらめられないのね」
「それに、あの丘には財宝があるとわかっているので、貴族達の進言も多いのでござろう」

 王国北東部とマアロの故郷であるセントリアス樹国じゅこくの南部に面している〝亡者の丘〟と呼ばれる場所は、はるか昔にあった強大な王国の跡地らしい。
 その王国は呪いで一夜にして滅びたものの、いまだに呪いは健在で、多数の亡者が闊歩かっぽしている危険な場所だ。
 数年おきに、増えすぎた亡者が王国や樹国に襲い掛かってくるのが大きな問題になっている。

「今まで、大型魔導機は壊れてしまえば処分するほかなかったが、修理が可能になれば、より積極的な投資もできる。そこは石川殿の腕にかかっているわけですな」
「修理できるかわからないのに、随分と大きな信頼ですね」

 スギタニは〝また謙遜けんそんを〟とでも言いたげな笑みを見せると、慌ただしく他の参加者のところへと挨拶に行ってしまった。

「キャリーさん、貴族ってどんどん巻き込まれていくものなんですかね」
「良一君はかなり特殊な例だけどね。まあ、私からは頑張がんばってとしか言えないわ」

 若干気落ちしながら会場に入ると、綺麗に飾り付けられた会場には色とりどりの料理が並べられ、キリカへのプレゼントも高く積み上げられて、ちょっとした山になっていた。

「良一兄ちゃん、こっちこっち!」

 モアが良一の姿を見つけて、ピョンピョンと飛び跳ねて手を振って呼ぶ。
 良一が近づくと、キリカ専属メイドのアリーナが深々とお辞儀して挨拶をした。

「石川士爵、本日はキリカ様の誕生会にお越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、招待してもらって嬉しいです」
「誕生会の開始まではまだ少し時間がありますが、先にキリカ様にお会いいただけるように手筈てはずを整えてありますので、こちらへどうぞ」

 アリーナに案内されて二階の部屋に入ると、綺麗なドレスに身を包んだキリカが椅子いすに座っていた。

「キリカちゃん、誕生日おめでとう」
「ありがとうモア、すごく嬉しいわ。誕生日はまだ先なんだけど……お父様ったら、ご自分の都合で話を進めてしまうの。困ったものだわ」
「あー、まあ、色々あるんだろうね。気が早いけど誕生会だから、一応……誕生日おめでとう、キリカちゃん」
「良一もありがとう。気持ちを切り替えて私も楽しむつもりよ。皆も楽しんで」

 誕生会が始まるまでの時間は少ししかなかったが、良一達はキリカにプレゼントを直接渡すことができた。
 モアとメアからはおそろいのアクセサリー、マアロからはお守りなど、高価ではないがそれぞれ一生懸命に選んだプレゼントを受け取り、キリカはとても喜んだ。
 再びアリーナに呼ばれ、良一達は一足先に会場に向かう。
 しばらくすると、ホーレンス公爵にエスコートされてキリカが登場した。
 幼いながらもりんとしたたたずまいのドレス姿を見て、あちこちでため息が漏れる。
 一瞬の静寂せいじゃくの後、万雷の拍手が今日の主役を出迎えた。

「諸君、今日は私の娘キリカの誕生会に参加してくれて感謝する。たくさんの方々と今日という日を過ごせることを、娘も喜んでいる」

 公爵の挨拶のあとは、ティラスが代表してキリカに花束を渡し、誕生会はなごやかな雰囲気で始まった。
 とはいえ、主役のキリカは有力な貴族達への挨拶で大忙しだ。

「やっとモア達の所に来ることができたわ」

 しばらくして、良一達の所に顔を見せたキリカの表情からは早くも疲労がうかがえる。

「えへへ、おかえり、キリカちゃん!」

 公爵と一緒に挨拶回りをしていると、相手方の貴族からキリカに対して孫や息子の婚約者にならないかと提案されることもしばしばあるらしい。だが公爵はその手の話題をのらりくらりかわして、上手く立ち回っている。長く貴族の世界に身を置く彼の手腕と言えよう。

「やあ、石川君。キリカにプレゼントを贈ってくれたようだね。感謝するよ」
「いえ、妹と仲良くしていただいておりますし」
「君達には、娘の誘拐を防いでもらったし、大規模要塞の案件でも充分な寄与きよをしてもらった」
「少しでもお力添えできたなら、光栄です」

 良一は今のところ要塞建設の件には一切関与していないが、日本人としてのさがなのか、謙遜と曖昧な言葉を返してしまう。

「君ほどの将来性のある若者ならば、キリカをとつがせても良いかもしれないな」

 冗談とも本気ともつかない公爵の一言で、良一達とその周囲の参加者の空気が固まった。

「あ、あの、公爵様、それはなんと言いますか、恐れ多いと言いますか……」
「良一は私のことが嫌い?」

 あろうことか、キリカまでもがこの会話に加わり、良一はしどろもどろになる。

「キリカちゃんも、悪ふざけは」

 公爵家の婚姻こんいん話となると、貴族社会でも大事おおごとだ。キリカとの婚姻を狙っている家の者ではなくとも興味津々きょうみしんしんに聞き耳を立てるので、会場はさらに静まり返る。

「娘と名前を呼び合う仲だったとは」
「いや、公爵様、これは……」
「お父様、良一とは〝遊びだけ〟の関係よ?」
「なに、遊びだったのか!?」
「ち、ち、違います! キリカちゃんも誤解を招くような言い方はやめて――」

 周囲の空気がいよいよ暴発しそうになった瞬間、青いドレスの女性が声をかけてきた。

「ホーレンス公爵、おたわむれは程々に」
「ティラス嬢、彼の人となりは理解できたかね?」
「ええ。とても純朴じゅんぼくで、王都のすれた貴族子弟よりも良い関係を築けそうだ」

 ティラスと公爵は何やら納得の様子だが、取り残された形の良一は首を捻る。

「これは、なんだったんでしょうか?」
「いや、すまないね。こんな席だ、少しだけ悪ふざけしてしまったよ。ティラス嬢に紹介をと考えていたのだが、その前に一芝居ひとしばいを打たせてもらった」

 公爵のその言葉で、場の空気は一気に弛緩しかんして、和やかな雰囲気が戻ってきた。

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