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手のぬくもりを忘れない
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肝を冷やす話を聞いたせいでまた喉が渇いてしまった。俺は携帯を膝に置き、地面に置くショルダーバッグから水を取り出して飲んだ。
さっきよりも一口ほど多く飲んで、ペットボトルの中は空になってしまう。どこかゴミ箱がないかと見回したが、それらしきものは確認できなかった。後ろに振り返っても石造りの広場とぽつぽつと植木が見えるだけで、発光する自動販売機の姿も映らない。
仕方なく空のペットボトルをショルダーバッグに戻し、それを機にベンチから腰を上げた。
「もう遅いから帰ろう」
俺はベンチに腰かける泉希を見下ろし、そう声をかける。だが、泉希は立ち上がらない。ぼーっと地を見つめたまま、思慮にふける表情をしている。
「泉希?」
物憂げな瞳と薄く開いた唇。先ほどまであんなに笑っていたのに、今は別人のような顔つきをしている。
どうしていいか分からず手をこまねいていると、泉希が小さな声で言った。
「私、頑張るから」
張りつめた声が真っすぐ届いた。少しの衝撃でも砕けてしまいそうな、夜の影と街灯の光の間で震えている泉希が、語気を強めて囁くように言った。
「頑張るから、だから、見守っててほしい」
泉希は息を呑み、続けてその猛々しい赤の唇で続ける。
「もし私が、何もできなくなったら、その時は……」
泉希の膝の上に乗る両手は強く握られていた。マニキュアを塗るために少し長めにした爪は手のひらに食いこんでいるはずだ。
俺は泉希の過去を知っている。これまで家族としてやってきて、いろいろと分かってきたことだってある。
ミーハーで、牛乳が嫌いで、いたずら好きで、物をしまわずその辺に置くガサツ屋で、だけどこいつがいると空気が明るくなって、俺の生活はどんどん変わったんだ。
「その時は、俺を呼べ」
俺は泉希の言葉に割って入る。泉希はわずかな驚きをブラウンの瞳に宿して俺を見据える。
「何ができるか分からないけど、こうして聞くことはできるし、話すことだってできる」
俺は腑抜けた表情をする泉希に微笑む。
「俺もお前も、肩肘張るところは似てるからな。疲れたら休まなきゃ、だな」
俺は手を差し出した。
「帰るぞ。これ以上遅くなると父さんがグチグチ言いかねない」
「うん……」
泉希は薄く微笑んで、俺の手を取り立ち上がった。その笑みをはらむ瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる気がした。
また2人で遊歩道を歩き出す。2人並んで。
泉希が頑張りたいなら、俺は応援してやろうと思った。たぶん父さんと母さんは反対するだろうけど、俺は泉希の味方でいたかった。
いつか、いや、そう遠くない未来、俺達は別々の道を歩むことになる。こうして2人並んで歩くことも、きっとなくなる。
たとえそうなったとしても、これまで過ごしてきた時間はずっと俺達の中にあって、俺達しか知らないものが未来にはあったりするのだろう。
ゆっくり、曲がりくねった遊歩道を歩いていく。
また少し、強い風が吹いた。それと共に、道端に咲く、花達の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
自分の足で歩けるように、残された時間を、これからも互いに思い合って歩いていく。
そう思った――忘れられない夏夜の誓いの日だった。
さっきよりも一口ほど多く飲んで、ペットボトルの中は空になってしまう。どこかゴミ箱がないかと見回したが、それらしきものは確認できなかった。後ろに振り返っても石造りの広場とぽつぽつと植木が見えるだけで、発光する自動販売機の姿も映らない。
仕方なく空のペットボトルをショルダーバッグに戻し、それを機にベンチから腰を上げた。
「もう遅いから帰ろう」
俺はベンチに腰かける泉希を見下ろし、そう声をかける。だが、泉希は立ち上がらない。ぼーっと地を見つめたまま、思慮にふける表情をしている。
「泉希?」
物憂げな瞳と薄く開いた唇。先ほどまであんなに笑っていたのに、今は別人のような顔つきをしている。
どうしていいか分からず手をこまねいていると、泉希が小さな声で言った。
「私、頑張るから」
張りつめた声が真っすぐ届いた。少しの衝撃でも砕けてしまいそうな、夜の影と街灯の光の間で震えている泉希が、語気を強めて囁くように言った。
「頑張るから、だから、見守っててほしい」
泉希は息を呑み、続けてその猛々しい赤の唇で続ける。
「もし私が、何もできなくなったら、その時は……」
泉希の膝の上に乗る両手は強く握られていた。マニキュアを塗るために少し長めにした爪は手のひらに食いこんでいるはずだ。
俺は泉希の過去を知っている。これまで家族としてやってきて、いろいろと分かってきたことだってある。
ミーハーで、牛乳が嫌いで、いたずら好きで、物をしまわずその辺に置くガサツ屋で、だけどこいつがいると空気が明るくなって、俺の生活はどんどん変わったんだ。
「その時は、俺を呼べ」
俺は泉希の言葉に割って入る。泉希はわずかな驚きをブラウンの瞳に宿して俺を見据える。
「何ができるか分からないけど、こうして聞くことはできるし、話すことだってできる」
俺は腑抜けた表情をする泉希に微笑む。
「俺もお前も、肩肘張るところは似てるからな。疲れたら休まなきゃ、だな」
俺は手を差し出した。
「帰るぞ。これ以上遅くなると父さんがグチグチ言いかねない」
「うん……」
泉希は薄く微笑んで、俺の手を取り立ち上がった。その笑みをはらむ瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる気がした。
また2人で遊歩道を歩き出す。2人並んで。
泉希が頑張りたいなら、俺は応援してやろうと思った。たぶん父さんと母さんは反対するだろうけど、俺は泉希の味方でいたかった。
いつか、いや、そう遠くない未来、俺達は別々の道を歩むことになる。こうして2人並んで歩くことも、きっとなくなる。
たとえそうなったとしても、これまで過ごしてきた時間はずっと俺達の中にあって、俺達しか知らないものが未来にはあったりするのだろう。
ゆっくり、曲がりくねった遊歩道を歩いていく。
また少し、強い風が吹いた。それと共に、道端に咲く、花達の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
自分の足で歩けるように、残された時間を、これからも互いに思い合って歩いていく。
そう思った――忘れられない夏夜の誓いの日だった。
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