サイコラビリンス

國灯闇一

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1章 青春の唄

1dbs-中学生達

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 住宅やビルがつどう土地から少し離れた場所。緩い左カーブの道の先に中学校がある。
 グラウンドでは陸上部や野球部が練習をしている。
 部活や委員会などに生徒達が励む時間、多目的教室でも部員が汗を流していた。


「私は決めたのです。神にこの身を捧げると」

 女子生徒は黒板に向いて、胸の前で互いに両手の指の間に絡めて祈りのポーズをしていた。外から入り込む太陽の光がベールを作り、女子生徒の体を包み込む。背中まで下ろした真っすぐな黒髪がつやめいている。
 白いシャツの袖を肘の手前まで捲り上げている男子生徒が、女子生徒の背に向かって口を開く。

「あなたが犠牲になっても、この村の飢えがなくなるわけではありません」

 制服姿の中学生の男女が神妙な面持おももちでおとぎ話に出てくる登場人物達が言いそうな会話を繰り広げている。
 2人の並びは顔だけ見てもが映える。テレビなどで映っている美男美女とは遠いものの、演技に関して言えば中学生ならこれくらいできれば上出来じゃないかと思わせるものだった。
 教室の両端に寄って座っている他の生徒達は、教室の中央で迫真の演技をする2人を見守っていた。
 女子生徒ははかなげな表情をして振り返る。

「なぜそう言い切れるのですか?」

「だってそうでしょ。生贄を捧げ続けても、村の状況は好転しなかった。私達は変わらなければならないのです。因習を捨て、人こそ我々の財産なのだと、気づかなければならない。あなたも財産なのです。この村にとって、大切な……」

 男子生徒は切に訴える。
 女子生徒は視線を落とす。

「私を止めて下さる方がいるなんて、思いませんでした。ですが、このまま何もしないわけにはいきません。村人達も、納得するかどうか……」

 男子生徒は女子生徒に近づき、女子生徒の片手を取った。
 女子生徒の手を包み、目を見つめる。

「村長を説得しましょう。私が説得します。必ず、あなたをお守りします」

 その状態のまま、2人は止まった。
 5秒の無言と静止の間が「カットー!」という声で終わりを告げた。

 女子生徒と男子生徒は緊張が解けたように笑った。その瞬間、静かに2人を見守っていた周りの生徒達から拍手が起こる。
 メガホンを持った眼鏡の男子生徒が2人に近づく。

「2人とも良かった。このまま完成度を高めていこう」

 2人は首肯する。

三好みよしさん、『このまま何もしないわけにはいきません』の後だけど、さっきより2拍遅らせてから次のセリフに行った方がいいと思う」

「分かりました」

 みんなと同じように教室の端っこで、遠目に見ていた根元昌弘ねもとあきひろが呟く。

「可愛いよなぁ。三好みよし先輩」

 左隣に座る根元の緩み切った口周りを一瞥いちべつして、小見川涼介こみかわりょうすけは苦笑いを浮かべる。
 栗色のストレートの髪から覗くほんのりと焼けた肌、老若男女問わず、誰もがその無垢な顔立ちに良い印象を持てる青年になると先見するだろう。

「お前には無理だよ。つーか、三好先輩、彼氏いるんだからもう諦めろよ」

「俺が女々しいみたいに言うなよ」

 根元は唇を尖らせる。ショートの金髪を立ち上げ、しっかりスタイリングされている。オシャレに目覚めたませた中学生であることをプンプン匂わせる。小顔でモテそうな雰囲気だが、チャラさが際立っているため、女子からよく警戒されやすいと愚痴を零していた。
 愚痴を吐けば、すぐに元気になるが、このスタイルを変える気はない、と高々に宣言している。

「女々しいだろう。今日何回三好先輩のこと可愛いって言ってんだよ」

「俺そんな言ってた?」

「6回は言ってた」

 小見川の右隣に座っていた小柄な鹿倉しかくらつなぐが答える。同学年の中でもかなり小さい背丈で、誰からも可愛がられるルックスは小動物を彷彿とさせる。

「マジで!?  無意識だわ~」

「そろそろ他の女子に切り替えろよ」

 小見川は呆れを込めて言う。

「いややっぱさ、綺麗な花を見ると、言いたくなるじゃん。綺麗って」

「さぶっ!」

 短髪で清潔感をかもし出す熊田敦巳くまだあつみは大げさに体を擦る。
 熊田は中学生ながらしっかりとした男性の体格を既に持ち合わせており、体を使ったリアクションが余計に説得力を増していた。

「なんだよ。さぶいって」

「ナルシストにもほどがある」

「ナルシストこそモテるだろ。なぁ、冴島?」

 根元は熊田越しに、どれも曲線を描くモサっとしている長めの髪をした冴島卓真さえじまたくみに聞く。陰気な見た目もあってパッとしない雰囲気を持っているが、結構ノリもいい奴だと小見川達は知っている。
 冴島はいつものように脱力したような表情で十分な時間を取って答える。

「人によるんじゃない?」

 根元は悲愴の表情を浮かべる。

「お前それ言っちゃうんだ? 結局イケメンならオッケーとか言っちゃうんだ?」

「でもそうでしょ」

「それ言っちゃったら夢も希望もねぇじゃんよー」

「そういう意味じゃあ、冴島に彼女ができたのは夢あるよなぁ」

 熊田は口を緩ませて言う。冴島の口もニヤけていた。

「それ、彼女から貰ったんだろ? ペンダント」

 小見川は冴島の襟元からわずかに見えているチェーンを指差す。

「ああ」

 冴島はカッターシャツの内側に隠れていたペンダントトップを見せる。円環面に光を反射するストーンが散りばめられ、濃い水色の楕円が中央にある。安物だろうが、どんな物であってもそれが彼女のいる男の象徴のようだった。

「もしかして、ペアルックですかぁー!?」

 根元は茶化すように問う。冴島は自慢げな笑みをたずさえて首肯した。

「ほんと良い
「え!? そうなの?」

「あ、ああ……」

 熊田はいきなり話を振られて戸惑う。

「で、どうだったの?」

「フラれた」

 シュンとなった空気が5人の間に流れ、小見川達は前のめりになっていた体を離した。

「無言やめろよー。傷つくよ」

「次もあるって」

「すげぇフツー!? お前励まし方下手くそか!」

 熊田は根元のおでこを軽く叩く。

「いたっ! 叩くなよ~。励ましたじゃん」

「だからその励まし方をどうにかしろよっ!」

「いたいっ! 傷心のうさ晴らしにおでこ叩くなよー」
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