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6章 一滴の酔魔《すいま》
7dbs‐宣戦布告
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捜査本部は、捜査線上に浮かんでいた2組のカップルに絞った。今回、捜査を掻き乱すために送り込まれた秋澤を操っていた人間の捜査についても同時進行で行う。
まず犯人像はお金に余裕がある者。炊き出しが行われている朝7時30分に市民広場へ向かえる者でなければならない。
すぐに30万円を用意できる者が2組のカップルの中に1人だけいた。湯藤愛美だ。湯藤愛美は父親との2人暮らしだが、父親はIT技術を得意とする企業に勤めており、ネット運営の監査を務める部のリーダーだった。上場企業の責任ある立場に就いていることもあり、それなりの収入を貰っているようだ。
しかし問題がある。30万円もの大金をどうやって手に入れたのか。湯藤家はセレブという感じではない。少し豊かな暮らしのできる家族というくらいの生活レベルだ。
湯藤愛美の持っている物や普段の服装は一般的な物が多く、お小遣いもそんなに貰っていないようだった。
そうなると、湯藤愛美の父親の銀行口座から引き出す必要がある。利用している銀行に行き、確認してみたが、大金を引き出した形跡はなかった。
また、湯藤愛美の自宅から秋澤の段ボールハウスのある河川敷へ向かう場合、走ってでも25分はかかる。河川敷周辺の防犯カメラには湯藤愛美らしき人物も、冴島卓真ら5人の姿も確認されなかった。
封筒が段ボールハウスに置かれていた日は、冴島達の中学校も授業はあった。朝となると、学校に行く時間であり、河川敷から学校へ向かう場合、走ってでも15分かかる。中学生だともっとかかり、文科系の彼等の場合、誰が行ってももっとかかる。
現実的じゃない。タクシーを使えばなんとかなるが、そのお金をどこから手に入れたのかという問題も出てくる。また、もう一組の高校生中学生カップルも同様だ。
犯行が行われた場所は石滝公園の男子トイレ、加留部山の廃墟だが、貝塚と増古は違うルートで探ってみようとした。
貝塚と増古は菜園や果樹園など、硫黄を使いそうな場所をくまなく探し、1人1人聞いて回った。すると、1人のおじいさんが硫黄末を譲ったと証言した。
1人の少年が近づいてきて、農業部に入っていると自己紹介した高校生が硫黄末を譲ってほしいと頼んできた。おじいさんは「お金がかかってるからタダでは譲れない」と言うと、1000円を出してきた。おじいさんは破格の値段で買おうとする少年の本気度に感銘し、1キロの硫黄末を譲ったそうだ。
増古は容疑者候補の2人の男子と小見川達の写真を見せて、「この中に譲った少年はいますか?」と質問した。おじいさんはじっくり写真を眺め、1人の少年を指差した。
寒い日々にうんざりする人々。寒さも吹き飛ぶほど、学校の教師達はびくびくしていた。自分達の学校から犯罪者が出てしまうのではないかと。
一番の容疑者だった秋澤松男の釈放というニュースがセンセーショナルに報道され、蔓延する噂と対峙することになった小見川達。
授業中も生徒達の陰口が気になる。小見川達に対する先生の目もどこかきつく感じる。小見川達は授業に集中できず上の空だった。
気の重い日々に終わりはない。既に刑務所で暮らす服役囚の感覚だった。
待ちに待った放課後になり、小見川達は即座に帰ることを決断した。部活をちょくちょく休むようになり、幽霊部員になりつつあった。ため息が5つの口から零れ、白い息は陰鬱に黒く染まっていくようだ。
会話はぽつぽつと出るが、続かない。声にも元気がない。冷たい空気が肌をつんざくように痛めつける。生と死の狭間でゆっくりと痛めつけられる地獄。全てが痛みに変わる。この果てしなく長い日々の終わりを夢見てしまう。
楽園。漠然とした世界を夢見て、冷たい空気が漂う街を歩き続けるしかない。
小見川達は小さな声で別れを告げ、それぞれ安息する場所へ向かい、泣き喚く心をあやす方法を思い浮かべようとする。
小見川は家の前に近づいてきており、安堵のため息が思わず零れた。しかし、小見川の視界に入ったシルバーの車が小見川の息を一瞬止めた。
シルバーの車から降りた2人の男は、視線を真っ直ぐ小見川に見据えて迫る。
同じ頃、スーツ姿の男達が冴島を取り囲んでいた。
小見川の前で対峙した増古と貝塚は、手を伸ばせばすぐに触れることができる位置で立ち止まった。貝塚は「久しぶり」と声をかけた。
「どうかしました?」
「ちょっと今日は君に用があってね」
増古は内ポケットから紙を取り出し、小見川に見せた。
「小見川涼介。乳児遺体遺棄事件の容疑者として、逮捕します」
貝塚は小見川の手を取り、手錠をかけた。貝塚はニヤリと笑いかけた。
小見川は貝塚を睨みつける。
いよいよ始まる闘いを前に、小見川と貝塚は鋭く尖った牙を魅せ合い、熱を帯びた視線を交えた。
まず犯人像はお金に余裕がある者。炊き出しが行われている朝7時30分に市民広場へ向かえる者でなければならない。
すぐに30万円を用意できる者が2組のカップルの中に1人だけいた。湯藤愛美だ。湯藤愛美は父親との2人暮らしだが、父親はIT技術を得意とする企業に勤めており、ネット運営の監査を務める部のリーダーだった。上場企業の責任ある立場に就いていることもあり、それなりの収入を貰っているようだ。
しかし問題がある。30万円もの大金をどうやって手に入れたのか。湯藤家はセレブという感じではない。少し豊かな暮らしのできる家族というくらいの生活レベルだ。
湯藤愛美の持っている物や普段の服装は一般的な物が多く、お小遣いもそんなに貰っていないようだった。
そうなると、湯藤愛美の父親の銀行口座から引き出す必要がある。利用している銀行に行き、確認してみたが、大金を引き出した形跡はなかった。
また、湯藤愛美の自宅から秋澤の段ボールハウスのある河川敷へ向かう場合、走ってでも25分はかかる。河川敷周辺の防犯カメラには湯藤愛美らしき人物も、冴島卓真ら5人の姿も確認されなかった。
封筒が段ボールハウスに置かれていた日は、冴島達の中学校も授業はあった。朝となると、学校に行く時間であり、河川敷から学校へ向かう場合、走ってでも15分かかる。中学生だともっとかかり、文科系の彼等の場合、誰が行ってももっとかかる。
現実的じゃない。タクシーを使えばなんとかなるが、そのお金をどこから手に入れたのかという問題も出てくる。また、もう一組の高校生中学生カップルも同様だ。
犯行が行われた場所は石滝公園の男子トイレ、加留部山の廃墟だが、貝塚と増古は違うルートで探ってみようとした。
貝塚と増古は菜園や果樹園など、硫黄を使いそうな場所をくまなく探し、1人1人聞いて回った。すると、1人のおじいさんが硫黄末を譲ったと証言した。
1人の少年が近づいてきて、農業部に入っていると自己紹介した高校生が硫黄末を譲ってほしいと頼んできた。おじいさんは「お金がかかってるからタダでは譲れない」と言うと、1000円を出してきた。おじいさんは破格の値段で買おうとする少年の本気度に感銘し、1キロの硫黄末を譲ったそうだ。
増古は容疑者候補の2人の男子と小見川達の写真を見せて、「この中に譲った少年はいますか?」と質問した。おじいさんはじっくり写真を眺め、1人の少年を指差した。
寒い日々にうんざりする人々。寒さも吹き飛ぶほど、学校の教師達はびくびくしていた。自分達の学校から犯罪者が出てしまうのではないかと。
一番の容疑者だった秋澤松男の釈放というニュースがセンセーショナルに報道され、蔓延する噂と対峙することになった小見川達。
授業中も生徒達の陰口が気になる。小見川達に対する先生の目もどこかきつく感じる。小見川達は授業に集中できず上の空だった。
気の重い日々に終わりはない。既に刑務所で暮らす服役囚の感覚だった。
待ちに待った放課後になり、小見川達は即座に帰ることを決断した。部活をちょくちょく休むようになり、幽霊部員になりつつあった。ため息が5つの口から零れ、白い息は陰鬱に黒く染まっていくようだ。
会話はぽつぽつと出るが、続かない。声にも元気がない。冷たい空気が肌をつんざくように痛めつける。生と死の狭間でゆっくりと痛めつけられる地獄。全てが痛みに変わる。この果てしなく長い日々の終わりを夢見てしまう。
楽園。漠然とした世界を夢見て、冷たい空気が漂う街を歩き続けるしかない。
小見川達は小さな声で別れを告げ、それぞれ安息する場所へ向かい、泣き喚く心をあやす方法を思い浮かべようとする。
小見川は家の前に近づいてきており、安堵のため息が思わず零れた。しかし、小見川の視界に入ったシルバーの車が小見川の息を一瞬止めた。
シルバーの車から降りた2人の男は、視線を真っ直ぐ小見川に見据えて迫る。
同じ頃、スーツ姿の男達が冴島を取り囲んでいた。
小見川の前で対峙した増古と貝塚は、手を伸ばせばすぐに触れることができる位置で立ち止まった。貝塚は「久しぶり」と声をかけた。
「どうかしました?」
「ちょっと今日は君に用があってね」
増古は内ポケットから紙を取り出し、小見川に見せた。
「小見川涼介。乳児遺体遺棄事件の容疑者として、逮捕します」
貝塚は小見川の手を取り、手錠をかけた。貝塚はニヤリと笑いかけた。
小見川は貝塚を睨みつける。
いよいよ始まる闘いを前に、小見川と貝塚は鋭く尖った牙を魅せ合い、熱を帯びた視線を交えた。
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