サイコラビリンス

國灯闇一

文字の大きさ
上 下
34 / 44
7章 青と桜はもゆるが如く

1dbs‐運命の再会

しおりを挟む
 根元家の電話が鳴った。根元の母親がスリッパをパタパタと音を立てて近寄り、白い電話機の子機を取った。

「はい、もしもし」

「小見川です」

「あ、小見川さんのお母さん? いつも息子がお世話になっております~」

「あの、息子がそちらにいませんか?」

「涼介君? いえ、こちらにはお邪魔になっていないと思いますが」

「まだ息子が帰ってきてないみたいなんです。夕食の時間にはいつも帰ってくるのに、ちょっと心配で」

「え? ちょっと待ってて下さい」

 根元の母親は保留のボタンを押して、棚の上に子機を置き、駆け足で鮮やかな黄土色のドアを開けた。

「昌弘」

「ちょっと母ちゃん。ノックくらいしろよ」

 ベッドに寝そべっていた根元はヘッドホンを外して怒る。

「今日涼介君と一緒じゃなかったの?」

「え? 一緒だったけど、なんかあったの?」

「まだ自宅に帰ってないみたいなのよ」

「ええ?」

「何か知らない?」

「いや、今日も普通に別れたよ」

「そう。何なのかしらねぇ。事件に巻き込まれてなければいいけど」

 根元の母親は不安そうな表情でそう呟き、ドアを閉めた。

 根元はすぐに携帯からヘッドホンのプラグを外し、小見川に電話をかけた。呼び出し音は鳴るが、電話に出ない。すぐに冴島の携帯にかけた。冴島も同じように電話に出ない。
 熊田にかけると、5回ほど呼び出し音が鳴って、電話に出た。

「はい」

「良かった……」

「なんだよ良かったって」

 熊田の呑気な声がくぐもって聞こえる。

「小見川、まだ家に帰ってないってよ」

「え?」

「俺達、あいつの家の近くで別れたよな?」

 根元は焦りながら早口にしゃべる。

「ああ、1人で何かやってんじゃない?」

「何かってなんだよ」

「ほら、また証拠隠滅とか」

「それだったら俺達に言ってるだろ!」

「そんなの分かんねぇじゃん。あいつ、俺達に隠れてこそこそやってたりするだろ。きっとそれだよ」

 熊田は餅を食べながら話す。

「でもよ。冴島にも通じねえんだよ。さすがにおかしいだろ!?」

「冴島も?」

「なあ? どうなってんだよ!?」

「お前ちょっと落ち着けって。……分かったよ。俺からも電話してみるから。鹿倉にも電話したか?」

「いや、まだ」

「じゃあ電話しといて」

「おう……」

「じゃあ」

 熊田との電話が切れた瞬間、鹿倉から電話がかかってきた。
 根元はすぐに電話に出た。

「もしもし!」

「根元君!」

 鹿倉の声は緊迫していた。

「どうした?」

「小見川君と冴島君、湯藤さんが逮捕された」

「え?」

「ニュースでやってる」

「なんで、3人だけ逮捕なんだよ」

「分からないよ。でも、本当に小見川君が言ってたことが現実になったんだよ」

 根元は唾を飲み込む。根元の携帯を握る手が汗で濡れ、震え始めた。


 小見川は顔をだらりと下げていた。視線の先には、手首をがっちり繋がれた冷たい手錠がある。壁や床、天井に囲まれる箱の中に、廃れた空気が籠っているようだった。
 外界と繋がっているのは、唯一室温調整のためのエアコンの吹き出し部の隙間のみだった。
 無駄に明るい蛍光灯がパイプ椅子に座る小見川を照らす。小見川の前にはいかにもな鏡があり、鏡の奥から溢れ出る不快な視線に対抗して睨み返す。

 立てつけの悪いドアが酷く軋んで開け放たれる。ドアに向かって舌打ちをする貝塚が、小見川に視線を移した。その瞬間、不気味に笑った。背筋を駆け上る悪寒に耐え、体を強張こわばらせる。
 増古も貝塚の後から入り、後ろの小さな机でノートパソコンを開いた。噛みしめるようにゆっくり座る貝塚の視線は、ずっと小見川に向いていた。

「ずっとこの日を待ってたよ。この場所で、君に会えることを」

 貝塚は背もたれにどっぷりもたれ、だらけた姿勢でゆっくり言葉を投げかけた。

「俺が犯人だってずっと思ってたわけだ」

 小見川は嘲笑する。

「ふふっ」

 貝塚は呼応するように自嘲した。

「だからトラップにも気づけないんだよ」

「言い訳をするつもりじゃないが、あれは上が判断したことだ」

「それで世間が納得するとでも?」

「思わねぇよ。だけど、君にはちゃんと伝えとこうと思ってね」

 貝塚は背もたれから背中を離して前のめりになり、机に自分の両手を絡めて前に置く。

「さて、形式的な質問と行こうか。お前は乳児遺棄事件の重要参考人だ。これから証言することは裁判に反映される。慎重に、偽りなく答えろ。話したくないことがあれば黙秘すればいい。質問は?」

「俺はやってない」

「質問なしだな?」

「今回の逮捕で、俺以外に誰が捕まった?」

「気になる?」

「言うわけないか」

「さすがボス」

 目尻にしわが寄り、気持ち悪く微笑む貝塚は、小見川をからかうように指を差す。

「お前は、冴島卓真と湯藤愛美の産んだ乳児遺体を発見したか?」

「していません」

「湯藤愛美が妊娠していることを知っていたか?」

「知りません」

「次の質問、お前は加留部山かるべやまに行ったことはあるか?」

「……はい」

 増古のキーボードを打つ手が止まり、小見川を見据える。テンポよく質問していた貝塚も一瞬止まった。

「いつ行った?」

「11月14日」

 貝塚はゆっくり息を吐き出して質問を続ける。

「誰と行った?」

「冴島卓真、根元昌弘、鹿倉つなぐ、熊田敦巳の4人です」

「何しに行った?」

「夏にしようと思っていた花火をやりました」

「そのためにあの場所で?」

「はい」

「海や公園でやろうと思わなかったのか?」

「花火をやる時期じゃないでしょ。公衆の面前でやるより、隔たれたあの場所の方が周りを気にせず楽しめるじゃないですか」

 虚ろな表情で淡々と証言する小見川にますます奇異な印象を抱く。

「他にも周りの目を気にせずやれそうな所はあると思うが?」

「俺達にとってあの廃墟は絶好の場所だったんです。だからあそこを選びました」

「花火をするために燃やした物は他にあるか?」

「いらない本や雑誌、服、プリントとか色々」

「テスト用紙とかも?」

「ええ」

「悪い点数とか取ったやつも親に見られずに済むからか」

「俺は悪い点数を取ったことがない。終わったテストに興味がないだけです」

「カッコいい~」

 貝塚は見え見えのお世辞で茶化す。ふざけた貝塚を不審げに睨む小見川。
 貝塚との気の抜けない対決をしている中、小見川は他に逮捕されているんじゃないかと思われる冴島達の安否を、頭の片隅で心配していた。
しおりを挟む

処理中です...