サイコラビリンス

國灯闇一

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8章 盲目の青春

1dbs‐隠れていた敵

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 部屋の中は静けさが包んでいた。窓の外は黒に染まりきっている。1人、科捜研の部屋にいるパーマをかけた眼鏡の男性。足音が聞こえ始め、覗いていた顕微鏡から顔を上げた。

「うぃーすっ」

 貝塚と増古が部屋に入ってきた。

「あ、お疲れ様です。こんな時間まで捜査ですか?」

 長谷川は時計を一度確認して聞く。

「ああ、色々調べたいことが急に増えてな」

 貝塚は机を挟んで長谷川の前に立ち、袋に入った空の弁当箱と割り箸を机の上に置く。

「なんですか?」

「冴島と湯藤が食べ終えたもの。取れたてほやほやだ」

「え?」

「これでもう一度乳児遺体との親子鑑定をしてほしい」

「許可あるんですか?」

「あるからやってくれ」

「本当ですかぁ~?」

 長谷川は疑念の眼差しを向ける。

「あれ~? そんなこと言っていいのかなぁ~」

「はい?」

 貝塚は机に両手を突き、長谷川の顔に自分の顔を近づける。

「ここにお前の大好きな麹町署の川月愛結かわづきあゆ巡査の写真があるんだけどなぁ~」

 貝塚はポケットから写真を取り出し、長谷川に見せびらかす。カメラ目線でピースしている可愛らしい笑顔の女性が写っている。

「どこでこれを!?」

 長谷川は写真を掴もうとしたが、貝塚に遠ざけられてしまう。

「やるな?」

「……はい。じゃあ明日やるので」

「今すぐ」

「え、いや、今他のことやってるんで……」

「それは後、急いでるんだよ」

 貝塚は再度写真を見せびらかす。

「分かりましたよ~」

 長谷川は口をすぼめて、袋に入った弁当箱を取り、作業に入ろうとする。

 密閉された検査室の中に入り、ガタガタと長谷川が立てる音が鳴る中、貝塚と増古は近くにあった椅子に座る。

「あー……もう3月だなぁ。やっと冬が終わるよ」

「まだ暖かくなるには早いですけどね」

 増古は深いため息を吐く。

「何? お前疲れてんの?」

「まあ……」

「お前があからさまに疲れた感じ出すの珍しくないか?」

「そうですか?」

「ああ、初めて見た」

 貝塚と増古は2人で会話してくつろいでいる。方や1人で鑑定作業に入っている長谷川。長谷川は研究室が見える窓から、貝塚と増古の姿に少し気を取られつつも、黙々と作業を続ける。


 3時間後、2人は複数の椅子を並べ、仰向けになって寝ていた。
 静かな室内の中、長谷川は鑑定作業をひと段落させて研究室に戻ってきた。自分は働いているのにと思いながら2人の休んでいる姿に不満げな顔をする。

 検査室が見える窓から虚ろな視線がいくつも並べられた試験管に注がれる。無表情で見つめる眼鏡の奥の瞳が濁り、不穏な雰囲気を醸し出していく。
 突然、着信音が研究室に鳴り響いた。長谷川は驚いて、音の聞こえてくる場所に視線を振った。

 貝塚と増古がゆっくり動き出した。大きな音に目を覚ましたようだ。貝塚はポケットから携帯を取り出し、電話に出た。

「はい。ああ……、そうか。了解。うん、こっちで片付けるから大丈夫です。はい、お疲れ様でーす」

 貝塚は気だるそうに上体を起こした。

「検査終わった?」

「はい。後は結果待ちです」

 長谷川は笑みを浮かべて貝塚に近寄る。

「そうか」

「じゃあ、あの写真を」

「ん? ああ、そうだったな」

 貝塚は見せびらかしていた写真を内ポケットから取り出し、長谷川に渡す。

「ありがとうございまーす!」

 長谷川は写真を受け取り、2人から少し離れて恍惚こうこつとした表情で写真を見つめる。

「あ、もうここ閉めちゃいますんで」

 長谷川は貝塚と増古に暗に出て行くよう促す。

「いや、俺等が閉めとくわ」

「え?」

 長谷川が動揺した瞬間、貝塚と増古は腰から銃を取り出し、長谷川に銃口を向けた。

 長谷川は咄嗟とっさに両手を挙げて、目を白黒させる。

「ちょちょちょちょ! 何ですか!? 冗談やめてくださいよ!」

「冗談なら良かったんだけどなぁ」

 貝塚と増古は敵意の籠った視線を向けて、銃を下ろさない。

「どういうことですか!?」

「なら一から説明しようか。ただし! 逃げようとしたり、変な真似したら撃つ!」

「は、はい……」

 長谷川は震えた声で返事する。

 貝塚と増古は一度視線を交えて、お互いに距離をとろうとする。左右に移動し合い、広がっていく。

「この事件の最大の鍵を握っているのは親子鑑定。この親子鑑定を軸に捜査が進行している」

 貝塚と増古はそれぞれ長谷川から45度の位置で止まる。長谷川の喉ぼとけが上下する。

「その情報は、もちろん小見川達にも伝わっていた。逮捕されていない根元昌弘、鹿倉つなぐ、熊田敦巳は警察の監視下にあった。3人は下手な動きを見せていなかった。それを知った奴は、自分が動くしかないと考えた」

「奴?」

「ああ、秋澤を操っていた人間だ。そいつは親子鑑定に関わる人物に狙いを定めた。狙われたのは、お前だ長谷川」

「何言ってるんですか、僕は何もやってないですよ!」

「ほう、まだしらばっくれるのか」

 貝塚はニヤリと笑みを浮かべる。

「科捜研の研究員に親子鑑定の様子について聞き込みをした。そしたらお前が親子鑑定を進んでやったらしいなぁ? そんなことは初めてのことだったって、複数の証言があった」

「それは、貝塚さん達が頑張ってるから、僕も頑張らなきゃと思って」

「ご大層な意識だ。だが、そんな狂言は通用しない」

「何で狂言なんて言えるんですか?」

「さっきの鑑定作業は、全部カメラで撮ってるから」

「え?」

 貝塚は銃を構え続けて疲れた腕を下ろした。

「鑑定を行う時は、それぞれ抽出したDNAを試験管に入れて冷凍保存する。同じような試験管に入れるため、間違いが起きやすい。だから、識別番号が分かるバーコードを貼って管理している」

「はい……」

「お前はさっきと同じように、最初の冴島と湯藤、乳児の親子鑑定の時に、乳児のDNA成分が入った試験管に貼られていたバーコードを、他のDNA成分が入った試験管に貼った。精巧な偽造用の書類まで作成し、他の研究員も騙す徹底ぶりだ。鑑定が終われば、バーコードも元の試験管に戻して証拠は残らない。見事だ」

 貝塚は不敵な笑みを浮かべて褒める。室内に無情な静けさが下りてくる。

「……ふふっ」

 長谷川は静かに笑い出し、挙げていた両手を力なく下ろした。
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