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8章 盲目の青春
2dbs‐後悔と挫折
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「やっぱり、お2人には敵いませんね」
「なんで力を貸した? 金か?」
「いえ、お金はここで十分貰ってます」
長谷川は机の上に腰かけ、遠い目をする。
「僕は今頃、大学院にいるはずだったんです。成績の良かった僕は、大学院に入り、科学者として世界中に役立つ発見をするのが夢でした。そんな風に思わせてくれたのが、当時のゼミの先生でした。第一線で活躍していた科学者です。教授を目標に、一生懸命学びました。でも分かったんです。あの男は科学者として一流だけど、人間としては四流だって」
怒りの声色が空気を震動させる。
「自分の考えを否定されると、キレて論理的じゃなくなる。少し意見を言えば、プライドを傷つけられて怒鳴り散らし、うるさいだけで否定するんです。ああ……僕はこんな人を尊敬してたんだって、自分を恥じました。彼は自分の言うことを肯定してくれるイエスマンが欲しかったんです。その証拠に、僕のレポートの評価は下がって、先生の言うこと聞いているだけのバカ学生の評価は上がった。ここにいても絶望しかないと思って、大学院を中退し、ここに入ったんです。本当は研究したかったけど、人を信じることに嫌気が差していた僕は、疑うことを仕事にしている警察の組織に入り、自分の殻に閉じこもったんです。でも……あの人は僕の論文を評価してくれました」
長谷川の顔色が変わった。
「僕の卒業論文です。僕の理論をちゃんと理解してる人でした。だから、あの人の言葉を信用したんです。本当に理解した上で、僕の論文を評価してくれた。あの人は、手伝ってくれたら自分がいる大学院への道を開いてあげると、言ってくれました」
何かに魅せられたように語る姿は奇異に見える。
「それで協力したのか」
「はい……」
「馬鹿野郎」
貝塚は眉間にしわを寄せる。
「増古さんはいいですね。尊敬できる先輩を持てて。……羨ましいです」
長谷川は増古に顔を向けて、薄ら笑いを浮かべた。それはとても切なく、悲しみを帯びていた。
「じゃあ、逮捕な」
貝塚と増古は同時に長谷川に近づこうとする。
「いえ、大丈夫です」
「は?」
「もう僕は終わりますから、お2人は、この事件の解明に歩みを進めて下さい」
長谷川がそう言った瞬間、窓に向かって走り出した。
「長谷川ー!」
貝塚と増古の銃が咆哮《ほうこう》を上げた。長谷川の脚に向かって銃弾が飛ぶが、当たることなく、長谷川の足が宙に浮き、激しい音が鳴り響いた。
貝塚と増古は銃を持った手を力なく下ろした。2人が見つめる窓には、大きな穴が空いていた。向かいにある高層ビルの窓から漏れる明かりが、儚く消えた。
長谷川妻鹿の死亡が確認された。
長谷川の自宅を捜索し、パソコンから匿名の人間との掲示板でのやり取りを確認。相手を特定しようとしたが、海外のサーバーを経由しており特定不可能。やり取りの内容は詳細な犯行方法の指示だった。長谷川は【名無しさん557】に酷く崇拝しているのが見て取れた。
疲れを癒すために仮眠室で一眠りした貝塚と増古。憂鬱《ゆううつ》な朝を迎えた午前9時。ただ、今までまったく見えてなかった介入者の存在が絞られてきていた。
難しそうな論文の内容を熟知し、評価している。大学名は挙げていないが、大学の案内までしている。また、ホームレスの秋澤がいた河川敷に訪れたであろう介入者が乗った車を防犯カメラで確認。
以上のことから、介入者は大人であると断定された。
そして、親子鑑定がやり直された結果、事件の主導者へと糸が繋がった。
仮眠室でそのことを知った貝塚は、任意で事情を聞くことを本田課長に提案した。また、事情を聞くのは自分にやらしてほしいと頼んだ。
本田課長は首肯し、貝塚は終末に向かおうとする事件に襟を正した。
「なんで力を貸した? 金か?」
「いえ、お金はここで十分貰ってます」
長谷川は机の上に腰かけ、遠い目をする。
「僕は今頃、大学院にいるはずだったんです。成績の良かった僕は、大学院に入り、科学者として世界中に役立つ発見をするのが夢でした。そんな風に思わせてくれたのが、当時のゼミの先生でした。第一線で活躍していた科学者です。教授を目標に、一生懸命学びました。でも分かったんです。あの男は科学者として一流だけど、人間としては四流だって」
怒りの声色が空気を震動させる。
「自分の考えを否定されると、キレて論理的じゃなくなる。少し意見を言えば、プライドを傷つけられて怒鳴り散らし、うるさいだけで否定するんです。ああ……僕はこんな人を尊敬してたんだって、自分を恥じました。彼は自分の言うことを肯定してくれるイエスマンが欲しかったんです。その証拠に、僕のレポートの評価は下がって、先生の言うこと聞いているだけのバカ学生の評価は上がった。ここにいても絶望しかないと思って、大学院を中退し、ここに入ったんです。本当は研究したかったけど、人を信じることに嫌気が差していた僕は、疑うことを仕事にしている警察の組織に入り、自分の殻に閉じこもったんです。でも……あの人は僕の論文を評価してくれました」
長谷川の顔色が変わった。
「僕の卒業論文です。僕の理論をちゃんと理解してる人でした。だから、あの人の言葉を信用したんです。本当に理解した上で、僕の論文を評価してくれた。あの人は、手伝ってくれたら自分がいる大学院への道を開いてあげると、言ってくれました」
何かに魅せられたように語る姿は奇異に見える。
「それで協力したのか」
「はい……」
「馬鹿野郎」
貝塚は眉間にしわを寄せる。
「増古さんはいいですね。尊敬できる先輩を持てて。……羨ましいです」
長谷川は増古に顔を向けて、薄ら笑いを浮かべた。それはとても切なく、悲しみを帯びていた。
「じゃあ、逮捕な」
貝塚と増古は同時に長谷川に近づこうとする。
「いえ、大丈夫です」
「は?」
「もう僕は終わりますから、お2人は、この事件の解明に歩みを進めて下さい」
長谷川がそう言った瞬間、窓に向かって走り出した。
「長谷川ー!」
貝塚と増古の銃が咆哮《ほうこう》を上げた。長谷川の脚に向かって銃弾が飛ぶが、当たることなく、長谷川の足が宙に浮き、激しい音が鳴り響いた。
貝塚と増古は銃を持った手を力なく下ろした。2人が見つめる窓には、大きな穴が空いていた。向かいにある高層ビルの窓から漏れる明かりが、儚く消えた。
長谷川妻鹿の死亡が確認された。
長谷川の自宅を捜索し、パソコンから匿名の人間との掲示板でのやり取りを確認。相手を特定しようとしたが、海外のサーバーを経由しており特定不可能。やり取りの内容は詳細な犯行方法の指示だった。長谷川は【名無しさん557】に酷く崇拝しているのが見て取れた。
疲れを癒すために仮眠室で一眠りした貝塚と増古。憂鬱《ゆううつ》な朝を迎えた午前9時。ただ、今までまったく見えてなかった介入者の存在が絞られてきていた。
難しそうな論文の内容を熟知し、評価している。大学名は挙げていないが、大学の案内までしている。また、ホームレスの秋澤がいた河川敷に訪れたであろう介入者が乗った車を防犯カメラで確認。
以上のことから、介入者は大人であると断定された。
そして、親子鑑定がやり直された結果、事件の主導者へと糸が繋がった。
仮眠室でそのことを知った貝塚は、任意で事情を聞くことを本田課長に提案した。また、事情を聞くのは自分にやらしてほしいと頼んだ。
本田課長は首肯し、貝塚は終末に向かおうとする事件に襟を正した。
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