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Q27話 こんなに真剣にゲームをしたことはなかった
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しばらくして、僕らの出番がやってきた。
僕は運営スタッフに渡されたマイクイヤホンを装着する。
マイクイヤホンのボタンを長押しすると、機械音声が電源オンを告げる。
僕は扉の前で目を瞑り、1つ深く息をする。
いったいどんなフィールドが待ち受けているのやら……。
脱出ゲームのフィールドは大会ごとに異なり、過去大会の動画はあくまで参考くらいにしかならない。柔軟な思考と臨機応変な対応をいかにスピーディーにできるかが求められる。
「プレイヤー4、聞こえますか?」
右耳に人の声が聞こえてきた。
「はい。ちゃんと聞こえます」
「音量の操作方法の説明は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
「わかりました。チームSAKAMIの全プレイヤーの通信異常なしを確認しました。これより、全フィールドプレイヤーの通信を繋ぎます。幸運をお祈りいたします」
「はお~。聞こえる~?」
ほわほわした九内先輩の声が流れてきた。
「聞こえます! 俺の声も聞こえますかぁ?」
左へ視線を振ると、洸大は僕の視線に気づいたのか、手を挙げて応答する。
今から僕が入ろうとしているXR室とは別の部屋の前に洸大が立っている。教室1つ分くらいは離れていると思う。
「通信良好です」
「へい月代、もっとテンション上げてけー」
九内先輩が促す。
「これでテンションマックスだ」
月代先輩は落ち着いた口調でそう言うが、まったくそんな感じがしない。
「亮士は準備いいか?」
洸大の問いに唾を飲み、頷く。
「ああ。いつでもいい」
「それじゃ、行こうか!」
僕は扉を押して、XR室に足を踏み入れた。
視界は一面群青に染まった。
中には何もなく、殺風景な群青が広がっているだけだった。
部屋の右奥に人ひとり入れそうな小部屋があるみたいだ。
『プレイヤーの皆様、サイバー・アバンダンド・ビルディングへようこそ』
マイクイヤホンに機械音声が流れる。
『サイバー・アバンダンド・ビルディングは。新しい想像と楽しみを提供するXR脱出ゲームです。サイバー・アバンダンド・ビルディングの世界を心ゆくまでご堪能ください。それでは、ゲームを始めます。所定の位置についてください』
空間に赤い矢印のマークが浮かび上がる。
僕は部屋の中央の床にある灰色の円形に立つ。
『プレイヤーが所定の位置に着いたことを確認しました。ダイナミックオーロラビジョン起動、ユニバースマテリアルのロックを解除。エスケープゲームプログラムを開始します』
僕を囲う柵が床から出てくる。すると、床や壁にでこぼこが生まれ、部屋の中の形が変わっていく。
四方の壁に設置されたレーザープリンターが扇子を広げるように緑色の光を扇状に放つ。四方から浴びせられるレーザープリンターの光に目を細める。
緑色の光を床から天井まで浴びせると、形を変えた部屋は色や質感まで変化していく。一面群青色で何もない部屋は、廃屋みたいな内装に様変わりした。
囲っていた柵が床に引っ込む。
砂ぼこりとカビの匂い。
本当に廃屋にいるみたいだ。
動いていいらしいので、周囲を見回しながら歩く。
砂ぼこりを被った作業台、公園にありそうな木製の長椅子。
割れたショーケースの中には、まだ使えそうな洋風のランプが入っている。他の物と比べて、ちょっと新しい感じがする。
両開きの窓の外には背丈の高い木々に健康的な緑がついているのが見える。目線から察するにここは2階か3階か。
洋箪笥が部屋の端にあり、その脇にはマネキンがバラバラになって置かれていた。
「あー、こちらルーム3の赤嶺、こっちはどこかの部屋にいるみたいだ。ドアが2つ。正面1つ、左に1つ」
「こっちは正面に1つ、右に1つ」
九内先輩からも情報が入ってくる。
僕は右のドアへ向かう。『Lock』とドア表面に表示された。
正面のドアに向かうと、同じく『Lock』と表示された下に6文字のパスワード入力を求められた。
「ルーム4の平井です。出口と思われるパスワードがあって、半角英数字6文字。記号なしです」
「月代。そっちは?」
「こっちもパスワード入力で次に行けるみたいですね。同じく半角英数字6文字です」
だとすれば、おそらく他の部屋もパスワード入力だろう。
「ここ、廃屋ですね。物が乱雑に置かれてて、ほこりっぽいっす」
「他には何がありますか?」
僕は部屋の中にパスワードの手がかりになるものがないか探しながら月代先輩に尋ねる。
「絵がありますね。何枚も」
「こっちもあるよ。たぶんだけどさ、ここ美術館だよね?」
九内先輩に言われ、改めて部屋の中を見回してみる。言われてみると、そんな気がしてきた。
「そういえばさ。月代んところ廃屋って言ったよね?」
「そうっすけど?」
僕は洋箪笥を開ける。両扉の箪笥を開くと、数枚の西洋の絵画が額縁に入れられ、雑に置かれていた。
「ってことはボクたちのいるところはまったく違うってこと?」
「どうなんでしょうね」
僕は九内先輩の問いかけに反応して頭に湧いた言葉をそのまま呟いた。
手に取った絵画はどこかの有名な画家のものなのだろうか。生憎、今は画像検索できる環境にはないので調べようがない。
「思ったんですけど、もし俺たちのいるところが美術館だとしたら、廃屋も美術館じゃないですかね」
洸大ははっきりとはしないが、なんとなく思い浮かんだといった調子で意見を述べた。
「洸大」
「ん?」
「洸大は廃屋なのか?」
「いや、綺麗な美術館だよ。どこかの美術館をそのまま持ってきたみたいだ」
「なるほど」
「お、その様子だと何かわかったようだね?」
九内先輩にさりげなく促され、僕の考えを示す。
「月代先輩と僕は廃屋、九内先輩と洸大は美術館。まったく同一かはわかりませんが、おそらくこういう振り分けだと思います」
全員が相槌を打つ。
「だとしたら、同じ舞台にいる者同士は協力して脱出する仕掛けがあるかもしれないね」
月代先輩の意見に頷き、僕は手に取った絵画を作業台に置いて、推理を続ける。
「月代先輩と九内先輩のところには絵画があるんですよね?」
「うん。あるよ」
「そうっすね」
「俺のところにもあるぞ」
予想通り、洸大のところにも絵画はあったようだ。
「僕のところにも絵画があります。つまり、僕らのいる場所は同じ美術館でも、廃屋になる前と後に分かれているんじゃないでしょうか」
「一旦、自分の周りにあるもの全部言い合いますか」
「月代にさんせ~。そんじゃまずはボクからね! ボクのところにあるのは、ランプにショーケース、絵なしの額縁、なんかポーズとってる彫像、ドーナツ型のソファ、プレート。そのくらいかな」
「ランプにショーケース……ドーナツ型のソファ……」
月代先輩は誰に言うでもなく呟いている。
「ほとんど同じ物がありますね」
「本当ですか?」
僕が確認すると、月代先輩は自信をもって首肯する。
「間違いないです」
「やっぱり、リンクしてる。洸大」
「ん?」
「今から言う物があるか確かめてくれ」
僕は洸大に部屋の中にある物を伝えた。確認してもらうと、全部ではなかったが、洸大のいるところにも同じ物があった。
どうやら各部屋のアイテムを使い、指定のドアのロックを解除するためのパスワードを探す必要があるようだ。
僕らは自分の部屋にある物を詳しく調べることにした。
僕は絵画を作業台に並べる。
額縁に入れられた絵画は全部で4枚。
美術に詳しくないので、これが有名な作品なのかどうかもわからない。
かろうじてわかるのは「ムンクの叫び」や「モナ・リザ」くらいだ。残念ながら、今回はどちらともなかった。
海外の正装だろう。タキシードを着た男がモデルのようにポーズをとっている。建物にもたれかかり、どこか遠くを見ている。
他の絵は、ファンタジー色強めの森の中に作られた家の外観、バーカウンターで飲んでいるふたりの男女、木陰を背にして座り、眠る子どもと子犬。
ただの絵にしか見えないが、脱出ゲームではこういう物にヒントが隠されているのが定番だ。舞台も美術館だし、絵に仕込むのは十分にあり得る。
しかし、絵に共通項はなく、裏面にヒントがあるわけでもないみたいだ。
絵を見ていても仕方がないので、別のアイテムを調べる。
窓際に置かれた長いショーケースは割れており、中に洋風のランプが入っている。これは美術品ではなく、元々壁に取りつけられていた物だろう。
壁にはエメラルド色の土台が残っている。
ここにランプをつけられるだろうか。ランプはホログラムのようだ。これなら脚立は必要ないだろう。ランプに触れると、「拾う?」の文字と「OK」のボタンが宙に浮かんだ。ボタンに視線を合わせると、ボタンが光る。
すると、「ランプを入手した」とテキストが中央に表示され、右下隅のアイテムボックスにランプが入った。
4つのランプを取り、壁のランプ土台に取りつけていく。
すべてのランプを壁に取りつけた。少し待ってみたが、何の変化はなかった。
電気が通ってないのか?
どこかにスイッチがあるのかもしれないと周囲をよく見て回ったが、スイッチはどこにもなさそうだった。
「すみません。照明のスイッチってどこにあるかわかりますか?」
「照明のスイッチ?」
洸大が気の抜けた声で反応する。
「照明って電気だよな?」
「ああ」
「あ、そっか。これ電気じゃなくて、外の光を部屋に入れてる設定なのか」
一応、現実では今いるのはスタジオの中だからな。
「ざっと見たけど、部屋にはなさそうだね」
「こっちもありませんね」
「ありがとうございます」
スイッチがない? 普通の方法じゃスイッチが入らない仕組みなのか?
例えば、スマートスピーカーの音声認識による操作。だが、ミネルヴァは使えないし、電子機器の使用は制限されている。いや、待て。今、僕は何を使ってる?
僕は自分の右耳に手を伸ばす。
片耳のマイクイヤホンに触れ、思い浮かんだ方法を試してみる。
「ゲームマスター、ライトオン」
「なに? ゲームマスターって?」
洸大は呆けた声で尋ねるが、僕は他の声が聞こえてくるのを待った。5秒。それを過ぎてから、僕の考えは間違いだと結論づけた。
「違いましたね」
月代先輩は察してくれたらしい。
「はい」
「照明ってランタンみたいな形の?」
僕は九内先輩の問いに答える前に、一度長椅子に腰かける。
「はい。九内先輩は廃屋になる前でしたっけ?」
「そう」
「じゃあ、ランプはついてますか?」
「点いてないよ。太陽の光を部屋の中に入れてるからね」
「あーいえ、電気が点くの方じゃなくて、壁についていたかどうかです」
「ん? どういうこと?」
なんて言ったらいいだろうか。
僕が説明に困っていると、月代先輩がゆるい感じで話に入ってきた。
「廃屋ではランプが外れてるんですよ。それで、僕も今取りつけたところなんです」
「あーそういうことね。ランプは取りつけてあったよ」
「すみません。ありがとうございます。壁には取りつけてあって、明かりは点いてないんですね」
「? 変なところないと思うけど?」
九内先輩の言うことはもっともだが、可能性がある以上、確認する必要がある。
僕は立ち上がり、窓に近づく。
「ええ。ですが、明かりが消えていたり、ランプが取れていたりと、ちょっと気になりまして」
僕は窓の近くでカーテンをつかむ。カーテンは表と裏で生地が違うようだ。
カーテンを閉めてみる。
この部屋にある窓はあと2つ。
1つカーテンを閉めただけで、かなり暗くなった。
明かりをまったく通していない。どうやら遮光カーテンのようだ。
「メタい推理になってしまうんですけど、なぜ廃屋ではランプを取り外していたんでしょうか? 廃屋の雰囲気を強調させるため。その可能性もあります。だとしたら、別に取り外したランプをそのまま綺麗に残す必要はなかったはず。割れていて電気が点かないでもよかったはずなんです。取り外されたランプが使えそうな状態で残っているのは、プレイヤーにこのランプを取りつけられるかもしれないと思わせるためだとしたら……」
僕はもう1つのカーテンを閉める。
部屋の中にある3つの窓のうち、2つだけカーテンを閉めると、かなり暗くなった。すると、ランプがぱっと点いて、部屋の中をオレンジ色に照らした。
「あとはこの状況で明かりを点けられる方法を推測すればいいだけです」
「おお、マジで点いた!」
洸大が驚愕の声を上げた。
僕らが話している間、カーテンレールの音がマイクイヤホンから聞こえていた。どうやら洸大が途中で気づいたらしい。
「でも、点いただけで何もないぞ」
「そうですか。ですが、こっちはありましたよ」
僕と一緒で廃屋にいる月代先輩にもおそらく同じものが出てきたのだろう。
部屋の暗さに反応して電気が点くのと同時に、部屋の壁に文字が浮かび上がった。
『夕紅の空を見上げれば、明日の扉は開く』
「夕紅の空を見上げれば、明日の扉が開く。なんでしょうね」
月代先輩が唸る。
「空はなんともなってないな」
洸大の言うように、僕のところも窓の外は日中のままだ。
「おうい! 絵が変わってる!」
僕の鼓膜を破ろうとするくらい大きな声が聞こえてきて、九内先輩にちょっとイラっとした。
「お、マジだ!」
洸大の方でも変化があったらしい。僕も作業台に置かれた絵を取って確認してみる。ランプの光に照らされた絵がオレンジ色を帯びている。変化とはこのことだろうか。確かに絵は変わっているが、ここからどうやって明日の扉とやらを開けばいいのかわからない。
「そっちはやっぱりなさげ?」
「九内の方にはあるんすか?」
「うん。たぶんこれがドアのパスワードだよ。ちょっと待ってね」
どうやら開けられそうだ。僕は視界の左隅のタイムカウンターに視線を留める。ここまでかかった時間が6分。今のところ順調だ。早いまである。
しばらくすると、マイクイヤホンから電子音が鳴った。
『ファーストステージクリア。セカンドステージに移行します。所定の位置に立ってください』
ゲーム開始時と同様、部屋の中央に立つ。
柵が床から出てくる。
部屋の内観の形が変わっていく。レーザープリンターが扇状に広がる緑色の光を放つ。部屋全体をスキャンするように満遍なく放射されていくと、部屋の中がみるみる変わっていった。
僕は運営スタッフに渡されたマイクイヤホンを装着する。
マイクイヤホンのボタンを長押しすると、機械音声が電源オンを告げる。
僕は扉の前で目を瞑り、1つ深く息をする。
いったいどんなフィールドが待ち受けているのやら……。
脱出ゲームのフィールドは大会ごとに異なり、過去大会の動画はあくまで参考くらいにしかならない。柔軟な思考と臨機応変な対応をいかにスピーディーにできるかが求められる。
「プレイヤー4、聞こえますか?」
右耳に人の声が聞こえてきた。
「はい。ちゃんと聞こえます」
「音量の操作方法の説明は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
「わかりました。チームSAKAMIの全プレイヤーの通信異常なしを確認しました。これより、全フィールドプレイヤーの通信を繋ぎます。幸運をお祈りいたします」
「はお~。聞こえる~?」
ほわほわした九内先輩の声が流れてきた。
「聞こえます! 俺の声も聞こえますかぁ?」
左へ視線を振ると、洸大は僕の視線に気づいたのか、手を挙げて応答する。
今から僕が入ろうとしているXR室とは別の部屋の前に洸大が立っている。教室1つ分くらいは離れていると思う。
「通信良好です」
「へい月代、もっとテンション上げてけー」
九内先輩が促す。
「これでテンションマックスだ」
月代先輩は落ち着いた口調でそう言うが、まったくそんな感じがしない。
「亮士は準備いいか?」
洸大の問いに唾を飲み、頷く。
「ああ。いつでもいい」
「それじゃ、行こうか!」
僕は扉を押して、XR室に足を踏み入れた。
視界は一面群青に染まった。
中には何もなく、殺風景な群青が広がっているだけだった。
部屋の右奥に人ひとり入れそうな小部屋があるみたいだ。
『プレイヤーの皆様、サイバー・アバンダンド・ビルディングへようこそ』
マイクイヤホンに機械音声が流れる。
『サイバー・アバンダンド・ビルディングは。新しい想像と楽しみを提供するXR脱出ゲームです。サイバー・アバンダンド・ビルディングの世界を心ゆくまでご堪能ください。それでは、ゲームを始めます。所定の位置についてください』
空間に赤い矢印のマークが浮かび上がる。
僕は部屋の中央の床にある灰色の円形に立つ。
『プレイヤーが所定の位置に着いたことを確認しました。ダイナミックオーロラビジョン起動、ユニバースマテリアルのロックを解除。エスケープゲームプログラムを開始します』
僕を囲う柵が床から出てくる。すると、床や壁にでこぼこが生まれ、部屋の中の形が変わっていく。
四方の壁に設置されたレーザープリンターが扇子を広げるように緑色の光を扇状に放つ。四方から浴びせられるレーザープリンターの光に目を細める。
緑色の光を床から天井まで浴びせると、形を変えた部屋は色や質感まで変化していく。一面群青色で何もない部屋は、廃屋みたいな内装に様変わりした。
囲っていた柵が床に引っ込む。
砂ぼこりとカビの匂い。
本当に廃屋にいるみたいだ。
動いていいらしいので、周囲を見回しながら歩く。
砂ぼこりを被った作業台、公園にありそうな木製の長椅子。
割れたショーケースの中には、まだ使えそうな洋風のランプが入っている。他の物と比べて、ちょっと新しい感じがする。
両開きの窓の外には背丈の高い木々に健康的な緑がついているのが見える。目線から察するにここは2階か3階か。
洋箪笥が部屋の端にあり、その脇にはマネキンがバラバラになって置かれていた。
「あー、こちらルーム3の赤嶺、こっちはどこかの部屋にいるみたいだ。ドアが2つ。正面1つ、左に1つ」
「こっちは正面に1つ、右に1つ」
九内先輩からも情報が入ってくる。
僕は右のドアへ向かう。『Lock』とドア表面に表示された。
正面のドアに向かうと、同じく『Lock』と表示された下に6文字のパスワード入力を求められた。
「ルーム4の平井です。出口と思われるパスワードがあって、半角英数字6文字。記号なしです」
「月代。そっちは?」
「こっちもパスワード入力で次に行けるみたいですね。同じく半角英数字6文字です」
だとすれば、おそらく他の部屋もパスワード入力だろう。
「ここ、廃屋ですね。物が乱雑に置かれてて、ほこりっぽいっす」
「他には何がありますか?」
僕は部屋の中にパスワードの手がかりになるものがないか探しながら月代先輩に尋ねる。
「絵がありますね。何枚も」
「こっちもあるよ。たぶんだけどさ、ここ美術館だよね?」
九内先輩に言われ、改めて部屋の中を見回してみる。言われてみると、そんな気がしてきた。
「そういえばさ。月代んところ廃屋って言ったよね?」
「そうっすけど?」
僕は洋箪笥を開ける。両扉の箪笥を開くと、数枚の西洋の絵画が額縁に入れられ、雑に置かれていた。
「ってことはボクたちのいるところはまったく違うってこと?」
「どうなんでしょうね」
僕は九内先輩の問いかけに反応して頭に湧いた言葉をそのまま呟いた。
手に取った絵画はどこかの有名な画家のものなのだろうか。生憎、今は画像検索できる環境にはないので調べようがない。
「思ったんですけど、もし俺たちのいるところが美術館だとしたら、廃屋も美術館じゃないですかね」
洸大ははっきりとはしないが、なんとなく思い浮かんだといった調子で意見を述べた。
「洸大」
「ん?」
「洸大は廃屋なのか?」
「いや、綺麗な美術館だよ。どこかの美術館をそのまま持ってきたみたいだ」
「なるほど」
「お、その様子だと何かわかったようだね?」
九内先輩にさりげなく促され、僕の考えを示す。
「月代先輩と僕は廃屋、九内先輩と洸大は美術館。まったく同一かはわかりませんが、おそらくこういう振り分けだと思います」
全員が相槌を打つ。
「だとしたら、同じ舞台にいる者同士は協力して脱出する仕掛けがあるかもしれないね」
月代先輩の意見に頷き、僕は手に取った絵画を作業台に置いて、推理を続ける。
「月代先輩と九内先輩のところには絵画があるんですよね?」
「うん。あるよ」
「そうっすね」
「俺のところにもあるぞ」
予想通り、洸大のところにも絵画はあったようだ。
「僕のところにも絵画があります。つまり、僕らのいる場所は同じ美術館でも、廃屋になる前と後に分かれているんじゃないでしょうか」
「一旦、自分の周りにあるもの全部言い合いますか」
「月代にさんせ~。そんじゃまずはボクからね! ボクのところにあるのは、ランプにショーケース、絵なしの額縁、なんかポーズとってる彫像、ドーナツ型のソファ、プレート。そのくらいかな」
「ランプにショーケース……ドーナツ型のソファ……」
月代先輩は誰に言うでもなく呟いている。
「ほとんど同じ物がありますね」
「本当ですか?」
僕が確認すると、月代先輩は自信をもって首肯する。
「間違いないです」
「やっぱり、リンクしてる。洸大」
「ん?」
「今から言う物があるか確かめてくれ」
僕は洸大に部屋の中にある物を伝えた。確認してもらうと、全部ではなかったが、洸大のいるところにも同じ物があった。
どうやら各部屋のアイテムを使い、指定のドアのロックを解除するためのパスワードを探す必要があるようだ。
僕らは自分の部屋にある物を詳しく調べることにした。
僕は絵画を作業台に並べる。
額縁に入れられた絵画は全部で4枚。
美術に詳しくないので、これが有名な作品なのかどうかもわからない。
かろうじてわかるのは「ムンクの叫び」や「モナ・リザ」くらいだ。残念ながら、今回はどちらともなかった。
海外の正装だろう。タキシードを着た男がモデルのようにポーズをとっている。建物にもたれかかり、どこか遠くを見ている。
他の絵は、ファンタジー色強めの森の中に作られた家の外観、バーカウンターで飲んでいるふたりの男女、木陰を背にして座り、眠る子どもと子犬。
ただの絵にしか見えないが、脱出ゲームではこういう物にヒントが隠されているのが定番だ。舞台も美術館だし、絵に仕込むのは十分にあり得る。
しかし、絵に共通項はなく、裏面にヒントがあるわけでもないみたいだ。
絵を見ていても仕方がないので、別のアイテムを調べる。
窓際に置かれた長いショーケースは割れており、中に洋風のランプが入っている。これは美術品ではなく、元々壁に取りつけられていた物だろう。
壁にはエメラルド色の土台が残っている。
ここにランプをつけられるだろうか。ランプはホログラムのようだ。これなら脚立は必要ないだろう。ランプに触れると、「拾う?」の文字と「OK」のボタンが宙に浮かんだ。ボタンに視線を合わせると、ボタンが光る。
すると、「ランプを入手した」とテキストが中央に表示され、右下隅のアイテムボックスにランプが入った。
4つのランプを取り、壁のランプ土台に取りつけていく。
すべてのランプを壁に取りつけた。少し待ってみたが、何の変化はなかった。
電気が通ってないのか?
どこかにスイッチがあるのかもしれないと周囲をよく見て回ったが、スイッチはどこにもなさそうだった。
「すみません。照明のスイッチってどこにあるかわかりますか?」
「照明のスイッチ?」
洸大が気の抜けた声で反応する。
「照明って電気だよな?」
「ああ」
「あ、そっか。これ電気じゃなくて、外の光を部屋に入れてる設定なのか」
一応、現実では今いるのはスタジオの中だからな。
「ざっと見たけど、部屋にはなさそうだね」
「こっちもありませんね」
「ありがとうございます」
スイッチがない? 普通の方法じゃスイッチが入らない仕組みなのか?
例えば、スマートスピーカーの音声認識による操作。だが、ミネルヴァは使えないし、電子機器の使用は制限されている。いや、待て。今、僕は何を使ってる?
僕は自分の右耳に手を伸ばす。
片耳のマイクイヤホンに触れ、思い浮かんだ方法を試してみる。
「ゲームマスター、ライトオン」
「なに? ゲームマスターって?」
洸大は呆けた声で尋ねるが、僕は他の声が聞こえてくるのを待った。5秒。それを過ぎてから、僕の考えは間違いだと結論づけた。
「違いましたね」
月代先輩は察してくれたらしい。
「はい」
「照明ってランタンみたいな形の?」
僕は九内先輩の問いに答える前に、一度長椅子に腰かける。
「はい。九内先輩は廃屋になる前でしたっけ?」
「そう」
「じゃあ、ランプはついてますか?」
「点いてないよ。太陽の光を部屋の中に入れてるからね」
「あーいえ、電気が点くの方じゃなくて、壁についていたかどうかです」
「ん? どういうこと?」
なんて言ったらいいだろうか。
僕が説明に困っていると、月代先輩がゆるい感じで話に入ってきた。
「廃屋ではランプが外れてるんですよ。それで、僕も今取りつけたところなんです」
「あーそういうことね。ランプは取りつけてあったよ」
「すみません。ありがとうございます。壁には取りつけてあって、明かりは点いてないんですね」
「? 変なところないと思うけど?」
九内先輩の言うことはもっともだが、可能性がある以上、確認する必要がある。
僕は立ち上がり、窓に近づく。
「ええ。ですが、明かりが消えていたり、ランプが取れていたりと、ちょっと気になりまして」
僕は窓の近くでカーテンをつかむ。カーテンは表と裏で生地が違うようだ。
カーテンを閉めてみる。
この部屋にある窓はあと2つ。
1つカーテンを閉めただけで、かなり暗くなった。
明かりをまったく通していない。どうやら遮光カーテンのようだ。
「メタい推理になってしまうんですけど、なぜ廃屋ではランプを取り外していたんでしょうか? 廃屋の雰囲気を強調させるため。その可能性もあります。だとしたら、別に取り外したランプをそのまま綺麗に残す必要はなかったはず。割れていて電気が点かないでもよかったはずなんです。取り外されたランプが使えそうな状態で残っているのは、プレイヤーにこのランプを取りつけられるかもしれないと思わせるためだとしたら……」
僕はもう1つのカーテンを閉める。
部屋の中にある3つの窓のうち、2つだけカーテンを閉めると、かなり暗くなった。すると、ランプがぱっと点いて、部屋の中をオレンジ色に照らした。
「あとはこの状況で明かりを点けられる方法を推測すればいいだけです」
「おお、マジで点いた!」
洸大が驚愕の声を上げた。
僕らが話している間、カーテンレールの音がマイクイヤホンから聞こえていた。どうやら洸大が途中で気づいたらしい。
「でも、点いただけで何もないぞ」
「そうですか。ですが、こっちはありましたよ」
僕と一緒で廃屋にいる月代先輩にもおそらく同じものが出てきたのだろう。
部屋の暗さに反応して電気が点くのと同時に、部屋の壁に文字が浮かび上がった。
『夕紅の空を見上げれば、明日の扉は開く』
「夕紅の空を見上げれば、明日の扉が開く。なんでしょうね」
月代先輩が唸る。
「空はなんともなってないな」
洸大の言うように、僕のところも窓の外は日中のままだ。
「おうい! 絵が変わってる!」
僕の鼓膜を破ろうとするくらい大きな声が聞こえてきて、九内先輩にちょっとイラっとした。
「お、マジだ!」
洸大の方でも変化があったらしい。僕も作業台に置かれた絵を取って確認してみる。ランプの光に照らされた絵がオレンジ色を帯びている。変化とはこのことだろうか。確かに絵は変わっているが、ここからどうやって明日の扉とやらを開けばいいのかわからない。
「そっちはやっぱりなさげ?」
「九内の方にはあるんすか?」
「うん。たぶんこれがドアのパスワードだよ。ちょっと待ってね」
どうやら開けられそうだ。僕は視界の左隅のタイムカウンターに視線を留める。ここまでかかった時間が6分。今のところ順調だ。早いまである。
しばらくすると、マイクイヤホンから電子音が鳴った。
『ファーストステージクリア。セカンドステージに移行します。所定の位置に立ってください』
ゲーム開始時と同様、部屋の中央に立つ。
柵が床から出てくる。
部屋の内観の形が変わっていく。レーザープリンターが扇状に広がる緑色の光を放つ。部屋全体をスキャンするように満遍なく放射されていくと、部屋の中がみるみる変わっていった。
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「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【魔物島】~コミュ障な俺はモンスターが生息する島で一人淡々とレベルを上げ続ける~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【俺たちが飛ばされた魔物島には恐ろしいモンスターたちが棲みついていた――!?】
・コミュ障主人公のレベリング無双ファンタジー!
十九歳の男子学生、柴木善は大学の入学式の最中突如として起こった大地震により気を失ってしまう。
そして柴木が目覚めた場所は見たことのないモンスターたちが跋扈する絶海の孤島だった。
その島ではレベルシステムが発現しており、倒したモンスターに応じて経験値を獲得できた。
さらに有用なアイテムをドロップすることもあり、それらはスマホによって管理が可能となっていた。
柴木以外の入学式に参加していた学生や教師たちもまたその島に飛ばされていて、恐ろしいモンスターたちを相手にしたサバイバル生活を強いられてしまう。
しかしそんな明日をも知れぬサバイバル生活の中、柴木だけは割と快適な日常を送っていた。
人と関わることが苦手な柴木はほかの学生たちとは距離を取り、一人でただひたすらにモンスターを狩っていたのだが、モンスターが落とすアイテムを上手く使いながら孤島の生活に順応していたのだ。
そしてそんな生活を一人で三ヶ月も続けていた柴木は、ほかの学生たちとは文字通りレベルが桁違いに上がっていて、自分でも気付かないうちに人間の限界を超えていたのだった。
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