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Lesson1 同窓会

STEP② 懐かしい同級生

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 九月二十四日。いつものように線画作業しかやらない仕事を終え、同窓会会場へ足を運んでいた。
 会場は仕事場の最寄り駅から自宅とは反対方向へ八つの駅をまたいだ街にあるらしい。駅を出て、数分にある場所。それが、ここか……。

 赤い提灯が店頭に飾られ、昔ながらの居酒屋を再現したような外観。普通ホテル会場みたいな所でやるものじゃないだろうか。みっちょんらしい選択である。

 店の引き戸を開け、中に入る。
「いらっしゃいませ!」
 呼応するように出迎えの挨拶が店内に響き合う。正方形のカウンターの中心で、店員が料理を作ったり、飲み物を入れたりしていた。

「いらっしゃいませ」
 黄色い制服を着たメガネの男性が近づいてきた。
「あの、雅高校同窓会って……」
「はい。こちらになります」
 そう言って、店員は店の奥へと入っていく。

 廊下の下端かたんには小さなライトがあった。昔ながらの居酒屋から一変して、今風なオシャレ演出の通路に少しばかり戸惑う。さらに奥へ進むと、伸びきって曲線を描く赤い草が、透明なガラスの向こうに展示され、明かりが赤い草に幻想性を付加させていた。
 展示されている赤い草の反対側には、ふすまがいくつも並んでいる。いわゆる個室という所だろう。

「こちらです」
 店員が示した部屋にはふすまに掛け軸が吊るされ、『雅高校同窓会様』と綺麗な書字で書かれていた。
「ありがとうございます」
「失礼します」
 店員が一礼して去っていった。

 ふすまの奥からかすかに楽しそうな話し声が聞こえてくる。
 開けづらい……。
 一度会ったことがあるとはいえ、会うのは十一年ぶりなのだ。初対面で会う時と大差ない緊張感が俺にブレーキをかけている。
 俺がなかなか入れずにいると、突然ふすまが開いた。俺がいた襖の前から四つ左の襖が開き、そこから長髪の女性が出てきた。女性が俺の存在に気づき、顔を合わせた瞬間、同時に「あっ」というマヌケな声をお互いに出していた。
 心の準備ができずに高校時代の同級生と再会。俺はどう切りだしていいか分からずたじろいだ。

「えーっと……誰?」
「……はいっ?」
 思わぬ言葉に行き場のない寂しさが彷徨さまよい、固まってしまった。

「どうかしたのか?」
 女性の背後から覗くように男性が出てきた。
「ん? あれ、亨二じゃん!」
 見覚えのある爽やかな顔をした男性は、俺を見て嬉しそうに笑った。
「亨二?」
「出席番号一番。青野亨二。亨二の一番は薄い存在感一番!!」
「あぁ、なんかそのフレーズ聞いたことある!」
 女性が妙に嬉しそうにしている。
 うん……。色々台無しだ。久しぶりに会った時の感動とかさ。
 まあ、いいけど……。

「そんなとこで突っ立ってないで入って来いよ」
 女性は俺とすれ違うと、そのまま廊下の奥へ消えた。
 ああ、トイレか。って、あの人誰だっけ?

「おーい、亨二くーん?」
 先ほど俺の感動の再会を台無しにした男性の声が俺を呼ぶ。
「あ、ああ、悪い」

 俺は開いた襖から入った。
 中に入ると、大勢の男女が座敷をせしめ、たくさんの料理を囲んでいた。
「おう! きょっちゃん! こっちだこっち!」
 呼んだ人間の名前は顔を見てすぐに分かった。
 俺はみんなの背中と襖との間を通って座敷の奥へ進む。

「久しぶり~きょっちゃーん。元気だったかぁ?」
「ああ、そっちも相変わらず元気そうだな」
「当たり前だろ。俺の取りは元気だけだからな!」
 そう威張るこの男こそ、今回の同窓会の幹事であるみっちょんこと伊佐山充秀である。
 もう丸坊主ではなくなっていたが、テンションの高さは昔のままだ。

「それはそれでどうかと思うぜ。もっとお前は取りがあるだろ?」
 そう言いながらよっこらせと、オジサン臭い言葉を吐きながら座るのは袴田楊枝はかまだようじ。さっき感動の再会を台無しにした男である。銀色のメガネフレームが眩しい。秀才の雰囲気は今も健在だ。

「なになに? 俺の良いとこがもっと他にあるって? 言ってごらん? 今後の参考にしたいからよ~」
 みっちょんは座卓を挟んではす向かいにいる楊枝に促す。
 褒めてもらう気満々だな……。
「自分で考えろ」
「そんな冷てぇこと言うなよ~爪楊枝~」
「もう絶対に言わないからな」
「悪かったよ~。冗談じゃん。さっさ、俺のサーモンやるから」
 そう言ってみっちょんが小皿に乗った刺身を楊枝に差しだす。楊枝はそれを横目で見ると、素早く全部かっさらって口に放り込んだ。

「ああー!!! 俺の刺身がーー!!」
「刺身ごときで騒ぎすぎだろ……」
「何を言うきょっちゃん! この料理はコース制で数が限られてんだ! これを騒がずにいつ騒ぐ!」
「へいへい、じゃあ俺の刺身やるから静かにな」
「良いのか!?」
「うん。まだ他にあるんだろ?」
「じゃあ遠慮なく、いただきまーす!」
 みっちょんは俺の前にある刺身を自分の小皿に全部移す。
 まったく、この二人は変わらないな……。
 こんなやり取りは高校時代からの鉄板トークだ。二人がじゃれ合い、俺がなだめる。これの連続。休憩や授業など関係ない。そのせいで俺まで先生に注意を受けることは数えきれないほどあった。

「今仕事は何やってるんだ?」
 急に左から声をかけられた。右隣にみっちょん、左にいた男はすっきりした短髪に彫りの深い少し老けた印象。先生だろうか?
「えーっと、口林先生?」
 すると、周りが大爆笑した。
「え? え? なに?」
 俺は笑いのツボが分からず、みんなに疑問の視線を投げる。俺が先生と呼んだ当の本人は、ナメクジみたいに落ち込んで、今にも魂が抜けそうになっている。
「いやいや、新垣にいがきだって。新垣」
 みっちょんが訂正する。
新垣あらがきだ!」
 新垣あらがきと名乗った男は少しイラつきながら再訂正する。
「あれー? そうだったけー?」
 しらばっくれるみっちょんが人差し指を自分の頭に添えておどけている。
「あー、新垣か。でも新垣って確か、もう少し髪長かったような……」
新垣は苦笑を零した。
「営業だからな。あまり伸ばせないんだよ」
「すっかり社会人だな」
 楊枝が感慨深げに呟く。

「まあな。お前は何やってんだ?」
「へ? あー、俺はアルバイトだよ」
 俺は海鮮鍋から具材を取りながら答える。
「アルバイト? 正社員じゃないのか?」
「正社員じゃ採ってもらえなかったからアルバイトにしたんだ」
「なんのバイトしてるの?」
「え?」

 今度は女性の声が聞こえた。
 あ、さっきの人……。
 新垣越しに見えた女性は最初に会った人だ。名前思いだすのも一苦労だな。
「デザインのバイトだよ」
 とりあえず女性の名前は置いといて話を続けた。
「ってことはデザイナー!? すごい! 広告のデザインとか作ってるんでしょ?」
「給料もだいぶいいんじゃないのか?」
 女性と楊枝がもてはやす。
「いや……大手事務所なら給料もいいんだろうけど、俺は小さい事務所だから、給料も大したことないよ。仕事もそんなに来ないし」
 俺は苦笑しながら説明する。

「そうなの?」
「うん。営業も宣伝もほとんどしないし、社長が仕事を選んでるから仕事ないんだよね」
「でも良かったじゃん」
「え?」
 突然みっちょんが柔らかな微笑を向けた。
「お前、絵だけは上手かったからな」
「そうだな。美術部だからとりあえずセット作らせたらいいかって作らせたら、かなり凝ってるって他のクラスから評判高かったよな」
「絵のことになると、お前の存在感は強くなるよな」
 みっちょん、爪楊枝、頼むからもうやめてくれ。反応に困る。
 俺はくすぐったい気持ちを押し殺して、気を逸らすように鍋から取ったしらたきと真鯛を口に運ぶ。

「そういや、みっちょんって仕事なんだっけ?」
 俺は話題を自分からみっちょんに移そうとする。
「俺は宅配業だよ。まあ俺は宅配するんじゃなくって梱包こんぽうとか点検の方だけどな」
「へえー、そこで実業団に入ってんだ?」
「そう。バスケはやっぱ楽しいからな~」
「そうかい」
 俺が絵ならこいつはバスケだもんな。

「それで楊枝は?」
 俺は楊枝に話を振る。
「俺は家具屋だよ」
 楊枝は梅干し(種抜き)が乗ったほうれん草のおひたしを食べていた。
「へえー、すごいな。お前プラモデルとか好きだったから合ってるんじゃないか?」
「それはちょっと違うんじゃない?」
 女性は眉尻を下げて否定する。
「いや、案外合ってるぜ。設計図通り作ったりする所とかな。まあ、その設計図から作るんだけどさ。素材も考えなきゃいけないし、材料の予算や材質まで計算しないといけないから、設計図作る時は頭がパンクしそうになるよ」
「ああ、確かにな」
 俺は相槌あいづちを打ちながら自分の仕事に置き換えてみる。

 俺も下書きをする。テーマや条件に沿って一から配置や道具、人物なのか風景なのかなど考えなければならない。描いている時間よりも考えている時間が多いことはしばしばあった。
「そうか。絵も下書きから入るか」
「でも数ミリとかの計算とかないから、家具屋よりはマシかな」
「いいな。きょっちゃんは呑気でさ」
 楊枝はおちょぼ口でカニの足をすすっていた。いじけてんな、こいつ。

 ん……視線を感じる。
 その視線を感じた方向へ顔を向けると、ジッと女性が笑顔で見ていた。うっ……なんていてほしそうな顔をしているんだ。
「えっと、仕事何シテたっけ?」
 自然体を装っていたつもりが、ぎこちないイントネーションになってしまった。
「え? 私!?」
 うわー、すげぇわざとらしい……。
 ん? わざとらしいリアクション。
 顔に出やすい……。あ、あー!

胡蝶蘭子こちょうらんこか」
 おかしな人を見る目でみんな俺に注目している。
 え、な何? なんでみんな俺を見てるの?!
「お前……今思いだしたのかよ」
 楊枝が呆れたような顔をしている。
「それってチョー失礼じゃない?」
 胡蝶が不満そうに目を細める。どうやら口に出していたらしい。
「いやいや、お前もきょっちゃんの名前思いだせてなかっただろ」
 楊枝が助け舟を出してくれる。
「あ、そっか。あはははは……」
 胡蝶が笑顔でごまかした。
「あー! そうだ! 私の仕事の話だよね!!?」
 慌てたように話を戻そうとする胡蝶。
 うん……。こんなにも分かりやすいリアクションはもはや芸の領域だな。

 胡蝶が話を切り替えようと間をつけるために咳払いをする。
「私の仕事はトリマーよ。カリスマトリマー……って言いたい所だけど、普通に細々とやってる感じなんだよねぇ」
「資格とか取らないといけないんだろ?」
 みっちょんが胡蝶にきながら身を乗りだしてナスの素揚げを取る。
「ううん。絶対ってわけじゃないんだけど、今の時代資格が求められるから、やっぱり周りの人もだいたい取ってんだよねぇー。私も必死に勉強して取ったし」
「あれ? 蘭子って高校の時勉強できたっけ?」
 俺はおぼろげな記憶を呼び起こしながら暗にいてみる。
「うっ」
 どうやらあまり触れてほしくなかったようだ。

「そりゃあもう赤点常連の蘭子は先生から可愛がられてたもんなぁ」
 隣の新垣が笑う。
「あの頃はちょぅっとだけやる気が出なかったっていうか、勉強よりも色々とやることがあって暇がなかったっていうかー」
「苦しいぞ。胡蝶」
「いやいやいやいや!!! あんたも赤点常連の一人だったでしょうが!」
 胡蝶は少し興奮気味に楊枝を指差す。
 そう。楊枝は秀才の雰囲気がある……というだけで勉強はできない。
「俺は一言も勉強できたなんて言ってないし」
 小馬鹿にしたように楊枝が言う。
「俺は違いますよー的な顔してたじゃない!!」
「まあまあ」
 新垣がなだめる。

「何話してるの? 私も混ぜてよ」
 そう言って空いていた楊枝の隣に座った内巻きミディアムヘアの女性。
「あ、未久!」
 胡蝶が未久と呼んだ女性は俺もすぐに分かった。
 宮本未久みやもとみく。高校時代は男子の中で可愛いと評判が高く、俺のような存在感の薄い人間とはまず関わりの無い人種であった。

「おう! みやもっちゃんちーっす!」
「久しぶり。相変わらず元気だよね。伊佐山君は。それで、なんの話してたの?」
「仕事の話だよ」
 楊枝が空のコップを宮本さんの前に置く。宮本さんは「ありがとう」と謝意する。
「未久は医療事務だっけ?」
 胡蝶は先ほどから定番化した質問をする。
「そうよ」
「どこの?」
 新垣がく。
猪川いのかわ病院よ」
「ってどこ?」
 みっちょんがポカンとした表情で俺にいてくる。
「羽振りの良い大病院だよ」
「へー、すごいな」
 楊枝が感嘆かんたんする。
「そんなことないよ。思ったよりハードだから、新人の頃はてんてこ舞いだったわ」
 みんな頑張ってきたんだな……。ん?
 隣で伸ばされた左手に、俺の視線が止まった。

「新垣、それ……」
「え?」
 新垣が俺の視線を追っていき、自分の左手を見た後に「ああ」と声を漏らす。
 左手薬指に光る小さなダイヤモンドの指輪がきらめいていた。
「俺、結婚してんだよ」
「そうなんだ」
 新垣ならもう結婚していてもおかしくないか……。落ち着いた感じ出てるもんな。

「へぇ! いつしたんだ?」
 楊枝が少し驚きを表情に貼りつけ話を広げる。
「三年前だよ」
「相手は仕事場の美人事務員かぁ?」
 面白がるようにみっちょんが根拠薄弱な推測をぶっこむ。
「ちょっと恥ずかしいんだけど……」
 そう言って新垣は視線を横に向ける。すると、その視線の先にいた胡蝶が、新垣の左腕に抱きついた。

「へへっ、実は、私が結婚相手なんだよねぇ」
 その光景と胡蝶の言葉に一瞬、会話が止まった。そして。
「「「えーーーーー!!?!?」」」
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