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Lesson4 重なる二人の想い出
STEP⑰ 祝福があなたを消していく
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十一月八日。新婦待機室で極端に淡い黄緑色のシースルースカートを重ねた純白のウエディングドレスに身を包んで、私は姿見の前に立つ。肩を出し、柔らかな質感を持ったスカートは広がりを抑え、上半身は体のラインがくっきり出ている。
銀色の縁の中できらりと輝く青いサファイアを模したネックレスが私の胸元を彩る。イヤリングは帝がプレゼントしてくれた物だ。耳にミクロのおうとつのある丸い銀盤の中心にダイヤが光り、ダイヤを支えるように水晶で作られた大きな氷柱が伸び、小さな氷柱を身に纏うデザインだった。
ドアをノックする音が鳴る。
「はい」
「失礼します」
スーツ姿の女性が入ってくると、その女性の後ろから続いて帝が入ってきた。
帝はグレーのタキシードを身に纏っていた。スラッとした長身によく似合っている。
「綺麗だよ」
微笑してそう言ってくれる帝。
「ありがとう」
意識して笑顔を作る。
「緊張してるの?」
「ちょっとね」
「俺もだよ」
そう言いながら帝は涼しそうな顔で笑みを浮かべる。
「おふたりとも、準備はよろしいですか?」
スーツの女性が私達に確認する。
「少し待ってください」
帝が女性に応え、丸テーブルに置いてある白い箱を開ける。
白い綿と白い薄紙が花冠を包み、天からの贈り物のようなデザインを彷彿とさせていた。もちろん、花冠は私達の結婚を祝って神様がくれたプレゼントなんかじゃない。青野君からのプレゼントだ。箱の中にはメッセージカードが一緒に入っていた。この白い箱が未久から渡された時に、それを読んでいた。
メッセージにはこう書かれていた。
″結婚式に行けなくてごめん。その代わり、結婚式に使ってほしいプレゼントを用意しました。もし、気に入らなかったら使わなくてもいいです。結婚おめでとう。イチコイの同志、青野亨二より。″
青野君らしい贈り物だった。
嬉しかった。だけど……。
帝は花冠を取りだし、私に被せた。
「さすがデザイナーだね」
私は笑顔を作って頷く。
「行こうか」
「うん」
私は帝と一緒に待機室を出た。
パイプオルガンとバイオリンのデュエットが会場内に響く。柔らかく綺麗な音色の中、閉められていた木製の扉が開いた。黒いガウンのような服の牧師さんの後ろをついていく帝。扉は閉じられた。
私は会場にいる人から見えない位置で待っていた。着飾った薄黄緑のウェディングドレスはサイズこそしっかり合わせているけど、試着した時と着心地が違う。緊張しているのかもしれない。私はかすかな喜色の奏を耳にしながら呼吸を整える。
「大丈夫」
そう言ってお父さんは私の緊張をほぐしてくれる。
「うん」
パイプオルガンとバイオリンの曲が終わると共に、牧師さんのよく通った声が響いた。
「ミナさま、ホンジツは誠に、オメデトウゴザイマス」
遂に始まった。私とお父さんは扉の前で開け閉めをするためにいたスタッフの方に誘導され、扉の前で待機する。気品にあふれた木製の扉を見つめ、唾を飲み込んだ。
「ワタシはジータ・カージャールです。タダイマヨリ、新郎、縣帝さんと、新婦、館花佳織さんとの結婚式を、執り行いたいと思います。ミナさま、ゴキリツください」
招待客が一斉に立った音すらここまで聞こえてきた。
「トビラの方を、ゴランください」
両脇にいるスタッフの方がハンドルを持ってその時を待っている。ほんの少しの間が空いて。
「新婦の、入場です」
またパイプオルガンとバイオリンのデュエットが花を添えていく。赤い絨毯の敷かれた廊下にいる私は、リハーサル通り、お父さんの腕に軽く添える。
式場のスタッフの手によって、扉が開け放たれた。祭壇まで続くバージンロードの左右に、白い装花で彩られた席に挟まれながら、招待客は一様に私とお父さんに注目を浴びせる。そして、祭壇の前で帝が待っている。私とお父さんは一歩前に右足を出す。歩幅を合わせ、前に出した右足の隣に左足を並べる。右足を前に出し、遅れて左足を右足の隣に並べる。それをゆっくり繰り返す。
外から差し込む光で、ステンドグラスの窓が克明に美しく輝いている。彼の前に辿りつくと、お父さんは白いロングレースの手袋を着けた私の手を取り、彼に渡す。帝は私の手を握る。微妙な緊張感を和らげてくれる大きな帝の手の感触が、グローブ越しに伝わってくる。私は帝にエスコートされながら帝の隣に並び、牧師さんを見た。
パイプオルガンとバイオリンの音が止む。
「ミナさま、ゴチャクセキください」
招待客の座る音を背に受ける。牧師さんは清浄した空気を見計らうように、口を開いた。
「これより、縣帝さん、館花佳織さんの結婚式を、開始したいとオモイマス。この婚姻に異議にある方はいませんか?」
私は花に囲まれた十字架のステンドグラスから差し込む光に目を細める。
「ここに、二人の婚姻が承認されました」
牧師さんは私達に視線を向ける。
「二人はたくさんの人が紡いできた糸によって巡り合い、幾多の日々を重ね、共に歩き、共に笑い、共に泣き、共に苦しみ、共に愛しみ、今日までやってキマシタ。紡いできた糸が決して切れぬよう、今後も愛を育み、共に歩めることを神に祈りましょう。二人に、祝福と未来ある幸福を……」
牧師さんは目を瞑り、十字架を手で作って祈った。私と帝も目を瞑る。
「縣帝さん」
「はい」
「病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、貧しき時も、富める時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、生命のある限り、最愛の真理に尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
帝の澄み渡る声が響く。
「館花佳織さん」
「はい」
「病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみ時も、貧しき時も、富める時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、生命のある限り、最愛の真理に尽くすことを誓いますか?」
ただはいと答えるだけなのに、上手く言葉が出てこなかった。私はうつむき、唇を薄く開く。
喉元まで来ている声が出ない。帝が私を気にしているのが見なくても伝わってきた。
言わなきゃ……。ちゃんと。
「はい。誓います」
私の声は震えていた。それがより、自覚させられてしまう。今まで否定していた情動が、ここにきてあふれそうになっていることを。
「今、二人は誓約によって、夫婦とナリマシタ。そのアカシとして、指輪の交換を」
帝と私は向き合う。
ブーケをスタッフさんに預け、牧師さんが手に取った小さなクッションのような白いリングピローに視線を落とす。リボンの装飾の両側に二つの指輪。指輪は銀色の縁にダイヤが一つ輝いている。指輪の内側にはお互いの名前が刻まれている。
私は左手のロングレースの手袋を外し、スタッフに預ける。帝が一つの指輪を取り、私の左手の薬指に嵌める。私も同じように、帝の左手の薬指に指輪を嵌める。
「ベールアップと、祝福のキスを」
私は少し頭を下げる。帝が淡い黄緑色のベールを上げる。帝は私の肩に手を添えた。
少しずつ近づいていく帝の顔。私は顎を少し上げ、目を瞑った。ゆっくり近づいていく唇。
遮断した視界の中に浮かぶ顔。フラッシュバックしていく記憶が私の頭の中を駆け巡っていく。
これで、良かったのかな……。あなたは、これで良かった?
定められた時の流れが、暖かな空気をゆっくり導いていこうとする。
嘘だった。けど私は、あなたのことを……。
暖かな空気に、私の肌が不快感を示す。暖かい空気と肌の不快感がぶつかり、私の心を乱す。ステンドグラスから差し込む光を、鳥の影が遮った。
銀色の縁の中できらりと輝く青いサファイアを模したネックレスが私の胸元を彩る。イヤリングは帝がプレゼントしてくれた物だ。耳にミクロのおうとつのある丸い銀盤の中心にダイヤが光り、ダイヤを支えるように水晶で作られた大きな氷柱が伸び、小さな氷柱を身に纏うデザインだった。
ドアをノックする音が鳴る。
「はい」
「失礼します」
スーツ姿の女性が入ってくると、その女性の後ろから続いて帝が入ってきた。
帝はグレーのタキシードを身に纏っていた。スラッとした長身によく似合っている。
「綺麗だよ」
微笑してそう言ってくれる帝。
「ありがとう」
意識して笑顔を作る。
「緊張してるの?」
「ちょっとね」
「俺もだよ」
そう言いながら帝は涼しそうな顔で笑みを浮かべる。
「おふたりとも、準備はよろしいですか?」
スーツの女性が私達に確認する。
「少し待ってください」
帝が女性に応え、丸テーブルに置いてある白い箱を開ける。
白い綿と白い薄紙が花冠を包み、天からの贈り物のようなデザインを彷彿とさせていた。もちろん、花冠は私達の結婚を祝って神様がくれたプレゼントなんかじゃない。青野君からのプレゼントだ。箱の中にはメッセージカードが一緒に入っていた。この白い箱が未久から渡された時に、それを読んでいた。
メッセージにはこう書かれていた。
″結婚式に行けなくてごめん。その代わり、結婚式に使ってほしいプレゼントを用意しました。もし、気に入らなかったら使わなくてもいいです。結婚おめでとう。イチコイの同志、青野亨二より。″
青野君らしい贈り物だった。
嬉しかった。だけど……。
帝は花冠を取りだし、私に被せた。
「さすがデザイナーだね」
私は笑顔を作って頷く。
「行こうか」
「うん」
私は帝と一緒に待機室を出た。
パイプオルガンとバイオリンのデュエットが会場内に響く。柔らかく綺麗な音色の中、閉められていた木製の扉が開いた。黒いガウンのような服の牧師さんの後ろをついていく帝。扉は閉じられた。
私は会場にいる人から見えない位置で待っていた。着飾った薄黄緑のウェディングドレスはサイズこそしっかり合わせているけど、試着した時と着心地が違う。緊張しているのかもしれない。私はかすかな喜色の奏を耳にしながら呼吸を整える。
「大丈夫」
そう言ってお父さんは私の緊張をほぐしてくれる。
「うん」
パイプオルガンとバイオリンの曲が終わると共に、牧師さんのよく通った声が響いた。
「ミナさま、ホンジツは誠に、オメデトウゴザイマス」
遂に始まった。私とお父さんは扉の前で開け閉めをするためにいたスタッフの方に誘導され、扉の前で待機する。気品にあふれた木製の扉を見つめ、唾を飲み込んだ。
「ワタシはジータ・カージャールです。タダイマヨリ、新郎、縣帝さんと、新婦、館花佳織さんとの結婚式を、執り行いたいと思います。ミナさま、ゴキリツください」
招待客が一斉に立った音すらここまで聞こえてきた。
「トビラの方を、ゴランください」
両脇にいるスタッフの方がハンドルを持ってその時を待っている。ほんの少しの間が空いて。
「新婦の、入場です」
またパイプオルガンとバイオリンのデュエットが花を添えていく。赤い絨毯の敷かれた廊下にいる私は、リハーサル通り、お父さんの腕に軽く添える。
式場のスタッフの手によって、扉が開け放たれた。祭壇まで続くバージンロードの左右に、白い装花で彩られた席に挟まれながら、招待客は一様に私とお父さんに注目を浴びせる。そして、祭壇の前で帝が待っている。私とお父さんは一歩前に右足を出す。歩幅を合わせ、前に出した右足の隣に左足を並べる。右足を前に出し、遅れて左足を右足の隣に並べる。それをゆっくり繰り返す。
外から差し込む光で、ステンドグラスの窓が克明に美しく輝いている。彼の前に辿りつくと、お父さんは白いロングレースの手袋を着けた私の手を取り、彼に渡す。帝は私の手を握る。微妙な緊張感を和らげてくれる大きな帝の手の感触が、グローブ越しに伝わってくる。私は帝にエスコートされながら帝の隣に並び、牧師さんを見た。
パイプオルガンとバイオリンの音が止む。
「ミナさま、ゴチャクセキください」
招待客の座る音を背に受ける。牧師さんは清浄した空気を見計らうように、口を開いた。
「これより、縣帝さん、館花佳織さんの結婚式を、開始したいとオモイマス。この婚姻に異議にある方はいませんか?」
私は花に囲まれた十字架のステンドグラスから差し込む光に目を細める。
「ここに、二人の婚姻が承認されました」
牧師さんは私達に視線を向ける。
「二人はたくさんの人が紡いできた糸によって巡り合い、幾多の日々を重ね、共に歩き、共に笑い、共に泣き、共に苦しみ、共に愛しみ、今日までやってキマシタ。紡いできた糸が決して切れぬよう、今後も愛を育み、共に歩めることを神に祈りましょう。二人に、祝福と未来ある幸福を……」
牧師さんは目を瞑り、十字架を手で作って祈った。私と帝も目を瞑る。
「縣帝さん」
「はい」
「病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、貧しき時も、富める時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、生命のある限り、最愛の真理に尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
帝の澄み渡る声が響く。
「館花佳織さん」
「はい」
「病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみ時も、貧しき時も、富める時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、生命のある限り、最愛の真理に尽くすことを誓いますか?」
ただはいと答えるだけなのに、上手く言葉が出てこなかった。私はうつむき、唇を薄く開く。
喉元まで来ている声が出ない。帝が私を気にしているのが見なくても伝わってきた。
言わなきゃ……。ちゃんと。
「はい。誓います」
私の声は震えていた。それがより、自覚させられてしまう。今まで否定していた情動が、ここにきてあふれそうになっていることを。
「今、二人は誓約によって、夫婦とナリマシタ。そのアカシとして、指輪の交換を」
帝と私は向き合う。
ブーケをスタッフさんに預け、牧師さんが手に取った小さなクッションのような白いリングピローに視線を落とす。リボンの装飾の両側に二つの指輪。指輪は銀色の縁にダイヤが一つ輝いている。指輪の内側にはお互いの名前が刻まれている。
私は左手のロングレースの手袋を外し、スタッフに預ける。帝が一つの指輪を取り、私の左手の薬指に嵌める。私も同じように、帝の左手の薬指に指輪を嵌める。
「ベールアップと、祝福のキスを」
私は少し頭を下げる。帝が淡い黄緑色のベールを上げる。帝は私の肩に手を添えた。
少しずつ近づいていく帝の顔。私は顎を少し上げ、目を瞑った。ゆっくり近づいていく唇。
遮断した視界の中に浮かぶ顔。フラッシュバックしていく記憶が私の頭の中を駆け巡っていく。
これで、良かったのかな……。あなたは、これで良かった?
定められた時の流れが、暖かな空気をゆっくり導いていこうとする。
嘘だった。けど私は、あなたのことを……。
暖かな空気に、私の肌が不快感を示す。暖かい空気と肌の不快感がぶつかり、私の心を乱す。ステンドグラスから差し込む光を、鳥の影が遮った。
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