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epilogue.
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「というわけで、僕が新たに王太子となった。友人であるジークは勿論僕に協力してくれるよね?」
「こんな朝っぱらから来て何がというわけで、ですか!?」
「うるさいなぁ。折角新王太子と新次期王太子妃がこんな辺境までご挨拶に来てあげたっていうのに」
「普通前触れ出すでしょう!」
「届くのが遅いだけだよ」
「シェリルが婚約破棄された時は魔法で伝達して来たじゃないですか」
「ふふ、テオドール様はアストリアに来ることをとても楽しみにしていたんですよ」
薪を焚べた暖炉の前でソファに座りながら、テオドールはかじかむ手を温めるようにカップを握り締めた。こんな寒い中で平然としていられるジークとシェリルが恐ろしいと思いつつ、きっと慣れや顔に出ないだけだろうと推測する。
見れば見るほどちぐはぐだ。子供っぽいジークと大人びたシェリル。出会いも頬についた食べ物を拭ってもらったという、貴族令息にあるまじき失態だとテオドールは聞いている。最初は合わないのではないかと思っていたが、ソーサーをそっと遠ざけたりジークを落ち着かせるように手を握るシェリルは、決して政略結婚とは思えない態度である。
「こうしてふたりの仲睦まじい姿を見れてほっとしたよ。僕が縁談を整えたのだから気が気じゃなくてね」
「どうせレオンハルト殿下がシンシア嬢を選んだ時からそうなるように仕組んでたんじゃないですか?偶然シェリルが僕の想い人だって知ってただけで」
「おや?珍しく冴えているじゃないか」
けらけらとテオドールは笑った。
「シェリル嬢を他国に渡すわけにはいかないからね。でもこの国に欠かせない人物として丁重に扱いたい。それなら、シェリル嬢一筋のジークに任せれば我が親友の恋も叶って僕も安心できて一石三鳥だ」
「とんでもない腹黒っすね」
「それくらいにしましょう。私もジークも殿下のお陰でこうして共にいられるのですから」
「シェリル…っ」
ふたりはきゅっと手を握り合う。
「………なんか、すっかりラブラブになってて癪に触るなぁ」
「私、シェリル様のあんな柔らかい表情初めて見ました」
リーリエは何度かシェリルと茶会を共にしたが、シェリルは静かに微笑むだけでどこか距離を感じていた。まさか、あんなに優しく微笑むことができるとは思えなかったし、どこか冷めた所があると思い込んでいた。
「ジーク様がシェリル様の笑顔を引き出しているんですね」
「仲人として嬉しいような、複雑なような…」
「感謝していますよ、殿下には」
「じゃあその感謝ついでに本題に入ろうかな」
ジークとシェリルから笑顔が消える。何を言われるかは想定しているが、それでもふたりにとってあまり良くない報せであると予感はしている。そして、それはテオドールも同じだった。
「結局シンシア嬢は聖属性が発揮されず結界は崩壊。その責を取ってレオンハルト兄上は廃嫡され騎士団に属し前線にいる。シンシア嬢も傷ひとつしか治せない回復役として派遣されたよ。お陰で王都は魔物に怯え騎士団が日夜問わず駆り出されている状況だ。本来なら僕もここに来る時間などないくらいにね」
それはそうだろう、とシェリルは思った。シンシアでは結界を頼めないし、現王妃もそこまで魔力量が多くないから、ふたり合わせても自分の魔力には遠く及ばない。だから、この状況になることは予測できていた。
テオドールも魔導師としては一流だ。本来なら戦力として前線に立っていてもおかしくはない。それでも、彼がここに来た理由。それは…
「率直に言おう。シェリル嬢には結界を再構築していただきたい」
「シェリルに王都に戻れって言うんすか!第一王子に何されたか、あんた知ってるでしょう!」
「わかっている!だが、他に手立てがないんだ。そもそもあの時は僕がふたりを庇い立ててその場で兄上を失脚させ、それから女神の誓いを立てさせてふたりの仲を確立する手筈だったのに、僕の計画を棒に振ったのは君達だよ」
「いや、それ僕らに言わなきゃわからないっすよ…。僕は女神の誓いを立てればシェリルと永遠に一緒にいられるって言われたから普通に乗っかっただけですし」
「チッ…シェリル嬢とアストリア卿に先を越されなければこんな面倒なことには…」
ぶつぶつとテオドールは呪文を唱える。それは魔法ではなくただの計画通りいかなかった不服とレオンハルトの悪口だが、一国の王太子にあるまじき不穏さである。どうやら、思うようにいかなかったことが彼の不満だったらしい。
「とにかく、僕はこの国を、民を守る義務がある。そのためなら、何だって…」
「構いませんよ」
「え?」
シェリルは微笑んだ。唖然とするジークの手にもう一方の手も重ねて、落ち着かせるように頷く。
「私とジーク様をもう一度巡り合わせてくださって、私は今幸せなんです。この縁を取り持ってくださったテオドール殿下のお願いですから」
「流石聖女シェリル嬢…」
「こちらをお持ちください」
シェリルは指に嵌めていた青い指輪を外した。深い海のような、しかし晴れ渡る空のような、角度により変わる青色は魔力の揺らぎのようにも見える。
「それ、シェリルが大切にしていた指輪ですよね?」
「いいえ?」
「え?違うんですか?いつも着けてましたけど」
その細指にいつもついていた装飾を、ジークが見逃すはずがない。自分の送った装飾品を必ず着けてくれるシェリルが、どうしてもその指輪だけは外さなくて、大切なものなのだろうと勝手に思い込んでいたのだが。
「違いますよ?」
シェリルは目を細めた。まるで悪女の企みのような、悪戯を目論む子供のような、妖しい笑みにテオドールは背筋を伸ばす。
「私の魔力を込めた指輪です。それを女神像に捧げれば結界は回復するはずです」
「つまり…シェリル様は王都には戻られないのですか?」
「えぇ、勿論です。私が生きるのは、守るべきは、このアストリア領です。私はこの地でジーク様と共に生きます。誰にも邪魔はさせません」
シェリルは窓の外を見た。アストリア全体を覆う水の結界は薄い膜のようなもので、時折陽光が反射してゆらゆらと虹色に煌めいている。
「今アストリア領に張られている水の結界も、私の魔力の産物ですから長く離れるわけにはいきませんし」
「あの結界はどういった原理なんですか?」
「あれは水の魔力の粘度を上げて作りました。泡のようなものを想像して頂ければ良いかと思います」
「粘度…?」
「濃度とでも言いましょうか。魔力を練り上げております」
「すごいですよねー!シェリルのお陰で僕らもだいぶ生活が楽になりましたよ」
「とんでもない。私が使えるのはたかが水属性ですわ」
「たかが水属性」そう笑い飛ばしたのは廃嫡されたレオンハルトだ。どこか刺々しさを感じるのは、シェリルなりの怒りの表れなのだろう。
「……トーマスが見たら腰を抜かすだろうな」
「想像を絶する魔力操作ですわね…」
リーリエは頬を引き攣らせた。彼女自身もシェリルのように祈りの儀をしなければならないと思っていたが、シェリルには及ばないと自覚している。だからこそこうしてシェリルの助力を願えないかとテオドールに頼み込んで辺境に足を運んだのだ。
「ですが、この指輪の魔力はいずれ切れてしまうのではないですか?」
「そうですね」
「そうですね!?シェリル嬢、それでは何の解決にも…っ」
「ですから、指輪を運んでください。魔力は1ヵ月かけて貯める必要があるので、女神像に捧げたらまたすぐこちらへ届けてくだされば、魔力を補充します」
「いや、それは流石に」
「私だって慕ってもいない相手に一方的に婚約を破棄されて何も思わないわけではないんですよ?」
この辺境に毎月来いと言うのは無理難題である。時には魔物の群れに襲われ、また時には極寒で体が動かなくなることもある、この過酷な地へ。ジークには飛竜がいるが、テオドールには勿論そんな頼もしい使役獣はいない。彼や王都の人間が扱えるのは馬であり、馬車である。
馬車で数日かかるこの道のりを毎月、それも短期間でこなさなければならない過酷な日程。騎士団がいかに屈強な人間の集まりでも、魔物溢れる辺境までの道中を通うのは至難の業である。
「リーリエ様の不足した魔力を補う程度なら、指輪の魔力を完全に満たさなくても済むと思いますから、少し補充期間に余裕ができるかと」
それでも、決して楽な条件ではない。王都から常に誰かを派遣しなければならないのだ。
「聖女の役を担って来た貴女が、そんな無慈悲なことを仰るとは思いませんでしたよ」
シェリルは笑った。
「今は国の聖女ではなく、ジーク様の私ですから」
ジークは思わずシェリルを膝の上に乗せて抱きしめた。導かれるように口付けると、シェリルは困ったような照れたような柔らかい笑みを浮かべる。その眉が少しだけ下がっているのは、彼女の照れ隠しだろう。
「どうですかっ!?僕のシェリルは美しいだけじゃなくてこんなに可愛いんですよ!」
「はいはい。あーもう、何もしないで欲しいもの全部手に入れてる幸せ者は君くらいだよ…」
辺境の地で愛され、自らの力を存分に発揮して、防衛と聖女の役とどちらもこなすシェリル・アストリア。やがて王家すら頭を下げる彼女を、いつしか人々は氷の女王と呼ぶことになるのだが、それはもう少し未来の話。
ちなみに今市井で話題の演劇は「真実の愛を貫いた聖女様」だそうだが、辺境にその演目が届くことはなかった。
fin.
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