5 / 8
05
しおりを挟むジェノス帝国は観光事業が盛んである。広大な領土を持ち、果てしない海から美しい山まであらゆる魅力溢れる国だ。人々は商業を中心とし、その土地の特産品や輸入品を売買して活気に満ちている。
貴族と市民の間に多少の溝はあるものの、スラム街と呼ばれていた土地はだいぶ縮小していた。ならず者がいないわけではないが、警邏や騎士団の活躍により、治安維持に努められている。
「ねぇ、やっぱり…」
「貴女もそうですの?」
第二王子の婚約パーティーは、一際令嬢達の噂話が絶えなかった。めでたい席だというのに、令嬢達の表情は暗く華やかなのに落ち着かない空気が漂っている。
ふらり、そこに黒髪の令嬢が近づいていく。
「そういえばご存知です?隣国では教師が貴族を詐称したとかで、懲戒免職処分になったそうですわよ」
「やだ、市民が貴族に嘘を吐くなんて恐ろしいですわね…」
扇で口元を隠しながら、令嬢達はゴシップに花を咲かせている。自分達の不幸は避けたいが、他者の不幸ほど美味しいと感じる肴はない。
「あら?確かギルバート殿下の婚約者様も隣国出身ではありませんでした?」
「そうそう、トワイライト王国の方よね」
思い出したように壇上を見上げた令嬢は、真紅のドレスを纏う令嬢を冷ややかに見つめた。婚約披露のためのパーティーだというのに、毒々しくて上品さの欠片もない。おまけに首元は大きく開いていて、その豊満な体つきも相まってどこぞの娼婦のようにさえ見えた。
「ギルバート殿下も見る目がありませんわね…」
大きな声でギルバートに文句を言っているライラに、周囲からは呆れたような視線が突き刺さっている。それをギルバートも察しているのだろう。どこか顔色が悪いのはライラに責められているからではない。
「まぁ、王太子殿下があれだけ優秀ですもの。ギルバート殿下には正直何の魅力もありませんわ」
「えぇ。かつては次期王弟殿下となられるギルバート殿下に縁談も集まっていましたが、やはり非の打ち所がない王太子殿下と比較するとその…ねぇ?」
ライラの声に掻き消されるのをいいことに、令嬢達は王族への苦言を平気で口にしている。
「何かご存知ですの?」
最初に教師の話を振りトワイライト王国の噂話を展開させたリリスは、その中で最も高位であろう侯爵令嬢に視線を投げる。何が出てくるのか、と子供の頃のようにワクワクした。
「なんでもトワイライト王国の伯爵令息から今の婚約者を奪ったのだとか」
「そのお話、私も聞きましたわ!嘆かわしいですわよね」
凄いな、とリリスは素直に感心する。ジェノス帝国の社交界にルイが投じた噂話が、きちんと波紋を広げている。ギルバートの不人気の原因はここにあるのだろう。小さな噂話の数々が、彼女達の敬意や尊敬の念を削いで、不快感へと塗り替えられている。
「どうして私のネックレスやピアスが準備できていないんですか!?」
甲高い声が令嬢達の話途切らせた。
「そもそもセネル家はまだ喪に伏しているんだ。かの領地が鉱石を流通させなければ君の宝石だって準備できるわけがないだろう」
「あんな家なんて取り潰して仕舞えばいいのよ!」
ライラは苛立ちを隠しもしなかった。他国の貴族に向かって何を言っているんだ、と非難の視線を注がれるも、気づいていないらしい。
「そうだわ、私達であの領地を治めればいいの。そうすれば採掘して宝石が採り放題だわ!」
名案とばかりにライラが叫ぶ。
「そもそもリュカ様のせいで私はボロボロだったんですもの。それを理由にすればセネル家なんてどうにでもできますわ」
「それは…」
できないこともないだろうが、そもそもギルバートにそんな権限はない。それはあくまでトワイライト王国で判断すべきことだ。他国の、ましてや王族が簡単に口に出せるわけがない。幾ら婚約者が傷つけられたとて、当時彼女はセネル伯爵令息の婚約者だったのだから。
「興味深いお話ですわね」
リリスは令嬢達の輪から離れた。コツコツと響くヒールの音が、やけに大きく聞こえる。心臓が口から飛び出しそうで、誤魔化すように扇子を口元に当てた。
「何故貴女がここにいるの!?」
「貴女様のためにギルバート殿下が呼んだのではないですか。我が家の宝石の数々を」
「なんですって?なら、貴女が装飾を持ってるの!?」
「えぇ。ですが我が家を乗っ取ろうとする乱暴な方にお渡しする品はひとつもありませんわ」
ライラは顔を真っ赤にした。居ることを知らなかったとは言え、リリスの前でする発言ではなかったことは、ライラにも理解る。
「そもそもリュカ様のせいで私は…っ!」
「その件でライラ様にお話があって参りましたの」
リリスは隣に立つルイから書類の束を受け取った。そして、それをパラパラと眺めてから、ギルバートの眼前に突き出す。トワイライト王家の封蝋がしっかりと押されている。
「今この瞬間から、トワイライト王国とジェノス王国間での鉱石及び宝石類の輸出の一切を停止します」
.
578
あなたにおすすめの小説
モブの声がうるさい
ぴぴみ
恋愛
公爵令嬢ソフィアには、幼い頃より決まった婚約者がいる。
第一王子のリアムだ。
いつの頃からか、ソフィアは自身の感情を隠しがちになり、リアム王子は常に愛想笑い。
そんなとき、馬から落ちて、変な声が聞こえるようになってしまって…。
【完結】悪役令嬢の断罪から始まるモブ令嬢の復讐劇
夜桜 舞
恋愛
「私がどんなに頑張っても……やっぱり駄目だった」
その日、乙女ゲームの悪役令嬢、「レイナ・ファリアム」は絶望した。転生者である彼女は、前世の記憶を駆使して、なんとか自身の断罪を回避しようとしたが、全て無駄だった。しょせんは悪役令嬢。ゲームの絶対的勝者であるはずのヒロインに勝てるはずがない。自身が断罪する運命は変えられず、婚約者……いや、”元”婚約者である「デイファン・テリアム」に婚約破棄と国外追放を命じられる。みんな、誰一人としてレイナを庇ってはくれず、レイナに冷たい視線を向けていた。そして、国外追放のための馬車に乗り込むと、馬車の中に隠れていた何者かによって……レイナは殺害されてしまった。
「なぜ、レイナが……あの子は何も悪くないのに!!」
彼女の死に唯一嘆いたものは、家族以上にレイナを知る存在……レイナの親友であり、幼馴染でもある、侯爵令嬢、「ヴィル・テイラン」であった。ヴィルは親友のレイナにすら教えていなかったが、自身も前世の記憶を所持しており、自身がゲームのモブであるということも知っていた。
「これまでは物語のモブで、でしゃばるのはよくないと思い、見て見ぬふりをしていましたが……こればかりは見過ごせません!!」
そして、彼女は決意した。レイナの死は、見て見ぬふりをしてきた自身もにも非がある。だからこそ、彼女の代わりに、彼女への罪滅ぼしのために、彼女を虐げてきた者たちに復讐するのだ、と。これは、悪役令嬢の断罪から始まる、モブ令嬢の復讐劇である。
我々はモブである。名前は出てない。
ふくふく堂
ファンタジー
世の中、やたらめったらと王子や高位貴族が婚約破棄を突き付けるのが流行っている。それも大概卒業パーティーでだ。親の目を盗んで事を起こすのに最適な場なのかもしれないが、卒業パーティーの主役は卒業生のはずだ。そう、我々卒業生のはずなのだ。
我々は、今こそ、鬱憤を、晴らす!
悪役令嬢に転生したみたいですが、せっかく金だけはあるんだからやりたい放題やっちゃおう!
下菊みこと
恋愛
元婚約者からお金をふんだくって逆ハーレムを楽しもうと思った矢先に大切な人を見つけただけ。
小説家になろう様でも投稿しています。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
平凡な伯爵令嬢は平凡な結婚がしたいだけ……それすら贅沢なのですか!?
Hibah
恋愛
姉のソフィアは幼い頃から優秀で、両親から溺愛されていた。 一方で私エミリーは健康が取り柄なくらいで、伯爵令嬢なのに贅沢知らず……。 優秀な姉みたいになりたいと思ったこともあったけど、ならなくて正解だった。 姉の本性を知っているのは私だけ……。ある日、姉は王子様に婚約破棄された。 平凡な私は平凡な結婚をしてつつましく暮らしますよ……それすら贅沢なのですか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる