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しおりを挟む「な、何を言って…」
ギルバートは困惑した。セネル家が窮地に立たされているとはいえ、トワイライト王国はジェノス帝国にとって大切な交易国だ。かの国の恩恵を受けていることを自覚しているからこそ、リリスの言葉は令嬢の戯言だと無視できるものではない。
「何も全ての交易品と言っている訳ではありません。あくまでも"我がセネル家の所有する鉱石に限り"ですわ。まぁ、トワイライト王国の鉱石の99%が我が領の産出ですけれど」
トワイライト王国の鉱山はほぼ全てセネル家が所有している。これは立地もあるが、鉱山に囲まれた過酷な地であるからこそ伯爵家に与えられた所謂ハズレ土地である。娯楽もなく社交からも疎遠となりがち。だが、国の中で随一の鉱石産地として、社交界を支えている大切な領地でもある。そんな僻地を引き受けているからこそ、トワイライト王国の高位貴族はセネル家を容易に取り潰しにできないのである。
「そ、そんなことしたら我が国に装飾品がなくなってしまうではないか!」
「あら?人の命よりもずっと軽いと思いますわ」
リリスは紙を捲った。ずらりと時系列に並んだ文字は、整っていてまるで教科書のようだ。人物の名前が隠さず記され、聞き覚えのある場所や何度も足を運んだ店の数々に、ギルバートはゾッとした。
「ライラ・ハーヴィ様、貴女をリュカ・セネルに冤罪を着せた罪で訴えさせていただきます」
「はぁ?なんでよ!私は本当にリュカ様に…!」
「えぇ、毎日酒場で男性と関係を持っても、その時には傷ひとつない美しい絹肌を見せていた貴女は、我が兄に毎日殴られていたそうですね」
大きなどよめきが起こり、ライラは動揺を隠せなかった。
貴族令嬢でありながら異性と関係を持つことも、殴られたのに無傷であることも、どちらも看過できない。ましてやライラは今、ギルバートの婚約者としてこのパーティーに参加している主役である。大きなゴシップにすぐに否定できないのは、リリスが持つ書類に詳細が書かれているからだ。
リリスからすれば、ライラが誰と関係を持とうがどうでも良かった。もう兄の婚約者でもないし、リリスとライラには直接の交友もない。だから、リリスが責めたいのは後者。毎日殴られれば残るはずの傷や痣がないこと。見えないところにできたとしても、異性と関係を持つのならば肌を見せているはず。その時の男達はこぞって「白く美しい肌だった」とライラの裸体を誉めていたことが、名前も含めて余すことなく記されている。
「そんなの嘘よ!私が足蹴りにされているのを取り巻きの方々がちゃんと見てるんだから!」
「えぇ、皆様拝見していたようですよ。アカデミーの裏庭や市民街の路地裏でライラ様に罵声を浴びせられ、ヒールで踏まれている兄の情けない姿を」
ヒュッとライラは息を呑んだ。
どこの令嬢がいつ何を見たのか、こちらも事細かに書かれている。そこには、"取り巻き"と呼ぶ自分の友人達の名前もある。何を言われたのか、何をされていたのか。アカデミー内で行動を共にする貴族令嬢だけではなく、平民である商人や婦人達、はたまた子供達からも赤裸々に報告が上がっている。
「貴女をリュカ・セネルに対する冤罪を着せた罪、名誉毀損と暴行罪で正式に抗議します。そしてギルバート殿下にも、婚約者の奪略に対し慰謝料を請求させていただきます」
「えっ、で、でも僕らは、真実の愛で…」
「王族ともあろう方が婚約者のいる相手に手を出して、真実の愛などと譫言を吐くおつもりですか?」
ルイがリリスの肩を抱く。気持ちが昂っていたのだろう。静かに怒りに震えるリリスは大きく息を吐いたが、それでもライラを見据える視線は鋭い。
「ちなみに彼女の通う医者曰く、そのお腹にいる子供も本当にギルバート殿下のお子かわからないそうですよ。時期的には殿下と彼女が初めて街の宿を利用した日よりも前のようですし。産まれてみないと分かりませんね」
「やだ、まだ婚約したばかりでもう子供が…」
令嬢の蔑む声に、ルイは思わず笑った。まさか第二王子の婚約者が清らかさとは疎遠だとは思いたくもないのだろう。とはいえ、胸元の大きく開いたドレスやその着こなしから、とても淑女とは呼び難い女性であるが。
「それと、兄を自殺に追い込んだ罪については、サイラス先生がきちんと責任を取ってくださいました。どうやら共犯者として数名除籍されたご令息もいるそうです。自殺幇助は立派な犯罪ですからね」
「これまでジェノス帝国がおこなってきたトワイライト王国の宝石類輸出は、全てアルバ帝国が流通支援をする形でまとまりましたからご安心を。まぁ、取引先にジェノス帝国は入っておりませんが、仕方ありませんよね。今後は貴金属宝石類の娯楽がないなりに社交をお楽しみください」
「ではやはり、依頼した装飾品が届かなかったのは…」
令嬢達はそれぞれ身につける宝石を見下ろす。今回のパーティーのために頼んだ品は届かず、新調することが叶わなかった。パーティー会場に入った時、誰もが装飾品を新調した様子がなく、いつもは高飛車な高位貴族ですら自慢話のひとつもしなかったから、何かしらあったのだろうとは思っていたが。追い打ちをかけるように、今後一切宝石等の装飾品が手に入らないというのは、貴族にとって死活問題である。
「ギルバート殿下と婚約者様のせいで私達の宝石は届かなかったということですの?」
「な、何よ!私はヒロインなのよ!?リュカ様はただの踏み台なんだから名前もないモブがでしゃばらないでよ!」
「モブ?」
聞き慣れない単語にギルバートはきょとんとする。いや、それよりもこの罵声を浴びせている令嬢は自分が愛した心優しく健気なライラなのだろうか、と。耳慣れない言葉に反応したのはリリスもルイも同じで、何の隠語かと思案するがふたりとも閃くことはない。
おかしい、おかしいと頭を抱えて崩れ落ちるライラに、手を差し伸べる者も声をかける者もいない。呆然とするギルバートの視界に、真っ赤なハイヒールが映った。
「ギルバート殿下、我が国に実害をもたらした責任はきちんと取っていただけますのよね?」
ジェノス帝国屈指の公爵令嬢が、その猫目を釣り上げてライラを睨みつける。トワイライト王国との亀裂は望むところではない。ましてや貴族にとって宝石はステータスだ。それはどの令嬢についても言える。
ジェノス帝国の淑女達から悲鳴に似た罵声が飛ぶ中、リリスは言い知れぬ高揚感を覚えた。
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