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俺という存在

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804号室
そう書かれた扉がゆっくり開く、薄い髪のゆるく巻かれた女性がその扉から入ってきた
「幸風」
人を癒すような声が病室の端においてあるベットへと声をかけた
こう、そう呼ばれる少年は窓際にあるベットから窓の外を見ていた
「どうしたの?母さん」
優しく母と呼びける少年に母親である透子はフワリと笑顔を向けた
「貴方が読みたがっていた漫画の新作・・・・買って来たわよ!」
その優しい見た目と違い、無邪気に笑う母に今まで窓から外を見ていた幸風も、無邪気な笑顔で大きく振り向いた
「本当なの!?母さん!」
先程まで憂いに満ちた顔で外を見ていた、細すぎる青白い肌がほんの少し赤く染まっていた
この少年、幸風はとても重い病気をその身体にやどしている
「えぇ、だって貴方とっても楽しみにしてたじゃない」
幸風・・・幸せの風と名付けられた少年は、小さい頃から病気を患っていて、この度進行速度が上がってしまったので入院しているのだ
「やっぱり母さんはわかってるなぁ!これ、今回はすごくいい話になるって話題だったんだよね!」
だがしかし、この少年にそんな事はまるで関係なかったのだ、この少年は最後の最後まで大好きなものに囲まれていたいと願うような少年だったから
「よかった、貴方が最近元気なさそうだから・・・もしかしてこれが気になってるのかな?って思ってたのよ」
優しい母に幸風も幸せそうに笑顔を向けた、そして早速母親の買ってきてくれたその漫画を読み始めようと本を開いた瞬間、幸風自身も体験したことのない激しい痛みが襲ってきた
「っぁ!」
漫画から手を離し、胸元を抑える幸風の額には珠のような汗が浮かんでいた
「幸風!?ナースさん!幸風が、幸風が!!」
そんな幸風の様子を見ていた透子も焦った様子で幸風専属の医者とナースを呼びに行ってしまう、幸風はそんな母親に手を伸ばして引き留めようとするが、精一杯伸ばした手は透子の服の袖をかするだけだった
「うぁっ・・・はっはっ!」
せめて、最後は好きなものに囲まれて死にたい・・・必死の思いで、布団の上に落ちている漫画に手を伸ばす、漫画に手が届いた瞬間幸風の意識は痛みで薄くなっていく・・・・
「あぁ、せめてファンタジーの世界にトリップしたかった・・・」
その言葉を最後に、幸風の意識は完全に闇の中へと落ちていった








《可哀想に・・・我がその願い、叶えて進ぜようかの》
その時、自らの意識の片隅で何者かがそう言っているのを幸風は聞き取った
叶えてくれるのなら、母さんを悲しませないで欲しいなぁ・・・母さん、僕の為に色々してくれたし、それとやっぱり・・・異世界トリップしたい
《お主は誠に面白い人の子だな》
名もわからぬそれは、クスクスと楽しそうに笑い、最愛の息子が息を引き取ってしまい、嘆く透子の姿を見て、それは透子に近づいて言った
《君の子は、我が責任をもって幸せな人生を歩めるようにしてやるから安心しなさい》
その言葉を透子は聞き取ることができた、透子は目に涙を浮かべながら頭を下げた



「あの子を、幸風を、お願いします!」
《任せておけ》
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