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第二章 存在の証明
拉致
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会計をしている蓮の後ろ姿を眺めながら、明美が呟いた。
「あんまりこういうこと言いたくないけどさ……蓮さん、絶対晴陽のこと好きだよね」
「明美の絶対って当てにならないけどね」
「……あのさ、凌空先輩じゃなくて蓮さんにしといたら? ちょっと変なところもあるけど、格好いいし、話しやすいし、優しいし、超優良物件じゃん」
明美の顔を見た。冗談かと思ったが、真剣な顔をしていた。
「いや、なんで? 私が凌空先輩一筋だっていうのは、明美だってよく知ってるでしょ?」
「……あたしは、人の色恋沙汰に首を突っ込むのはSNSで声優同士のやりとりに絡む第三者くらい野暮だと思ってる。でも、いくら好きでも振り向いてもらえない人を追い続けるより、自分のことを大切にしてくれる人を好きになった方が幸せだと思うわけよ」
ここまで言われて、ようやく明美の真意を悟った。
つまりは明美なりに、毎日取り付く島もなく振られ続ける晴陽の精神面を心配してくれているらしい。
友人の優しさに、心がじわりと温かくなる。
「心配してくれてありがと。でも私は凌空先輩のことを諦めるつもりはないし、それに……蓮さんは私を恋愛対象として好きなわけじゃないから。近いうちに明美には話そうと思ってる。……信じてもらえるかはわかんないけど」
ドナーの恋心や人格が患者に影響を与えるだなんて非医学的で非科学的な話、自分の中でも全く整理がついていないのに人に話せるはずもない。だけどいつか、明美には必ず、自分の口からすべてを伝えたいと思っている。
明美は少しだけ照れ臭そうに笑って、自慢気に腕を組んだ。
「あたしはあっくんが異様に仲のいい妹の話を頻繁にしていても、『彼女いない』って言えば信じる! 気持ちよく騙されるのもファンとしての誠意だし!」
相変わらず例えがマニアックでわかりにくいが、明美がとてもいい奴だということは改めて実感した。
「お待たせー。じゃあ、帰ろっか」
戻ってきた蓮に奢ってくれた礼を述べると、彼は柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、オレと晴陽ちゃんは今からデートだから。明美ちゃんはまた今度一緒に遊ぼうね。送っていくから家を教えてくれる?」
「え? 初耳ですよ。……初耳ですよね? え、今からですか?」
あたかも最初から約束していた体で話すから流されそうになるが、そんな約束は晴陽の脳味噌が正しく機能していると仮定するならば、まるで記憶にない。
「で、デート⁉ うらやま……じゃなくて、もう夜ですよ? いくらイケメンでも、未成年を連れ回すのはマズいんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。オレは二十歳だから保護者扱いになるから」
嫉妬に見せかけて晴陽を守ろうとした明美の忠告を軽く流した蓮は、有無を言わさず聞き出した家の前で明美を降ろし、晴陽に助手席に座るように指示をした。
凌空にあられもない誤解をされる前に車に乗らない手段も頭を過ぎったのだが、「オレから二度も菫を奪わないで」という蓮の脅迫が晴陽の判断を鈍らせた。
結局晴陽は、蓮の要求に応じて助手席に座り直す選択を取った。
機嫌良さそうに鼻歌を歌い始めた蓮の行動は我儘な子どもそのものなのに、運転しているその横顔は大人っぽく見えた。
「あー、今日は楽しかったなあ。菫ともよく一緒にカラオケに行ったんだよ。あの子、盛り上げ上手だけど歌はあんまり上手くなくてね、晴陽ちゃんみたいにどんどんリズムが乱れていくから笑っちゃうんだよね」
「私、やっぱり音痴ですか? うわー、自覚したくなかった……」
「ふふっ、そうだね。……菫はオレと一緒に出掛けることも隣を歩くことも、恥ずかしがらずに付き合ってくれたんだよね。優しくて家族思いで、本当にいい子だったな……」
そう言って目を細める蓮を見たら、心臓に熱が宿ったように感じた。晴陽の中にいる菫が反応しているとしか思えなかった。
この心臓が菫のものだったと知ってからは、客観的に『この反応は自分のものではない』とわかるようになったのだが、特に蓮と接しているときに顕著に現れていた。
「私は菫さんとは違っていい子じゃないと思います。凌空先輩が好きすぎて、友人や親にまで心配されていますし」
「そんなことないよ。それより、晴陽ちゃんはオレが明美ちゃんとふたりで話しているところを見てどう思った? ヤキモチ焼いた?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて尋ねられたものの、その質問の意図が心底理解できない晴陽は小首を傾げた。
「なんでですか? 別に妬きませんよ。蓮さんとは一緒にいて楽しいけど、異性として好意を抱いているわけではないので」
大袈裟にショックを受けたフリをした蓮は、袖口で目元を押さえる真似をした。
「えー、そうなの? そんなこと言われたらオレ、悲しくて泣いちゃうよ?」
「危ないですからちゃんと前見て! 運転に集中してください! ……っていうか、蓮さんは私のことが好きってことですか?」
冗談のつもりだった。蓮も軽く返してくれるか否定してくると思っていたのに、ちょうど赤信号で止まった車内で彼は晴陽の顔をじっと見つめて、真面目な顔で口にした。
「好きだよ。大好き」
「あんまりこういうこと言いたくないけどさ……蓮さん、絶対晴陽のこと好きだよね」
「明美の絶対って当てにならないけどね」
「……あのさ、凌空先輩じゃなくて蓮さんにしといたら? ちょっと変なところもあるけど、格好いいし、話しやすいし、優しいし、超優良物件じゃん」
明美の顔を見た。冗談かと思ったが、真剣な顔をしていた。
「いや、なんで? 私が凌空先輩一筋だっていうのは、明美だってよく知ってるでしょ?」
「……あたしは、人の色恋沙汰に首を突っ込むのはSNSで声優同士のやりとりに絡む第三者くらい野暮だと思ってる。でも、いくら好きでも振り向いてもらえない人を追い続けるより、自分のことを大切にしてくれる人を好きになった方が幸せだと思うわけよ」
ここまで言われて、ようやく明美の真意を悟った。
つまりは明美なりに、毎日取り付く島もなく振られ続ける晴陽の精神面を心配してくれているらしい。
友人の優しさに、心がじわりと温かくなる。
「心配してくれてありがと。でも私は凌空先輩のことを諦めるつもりはないし、それに……蓮さんは私を恋愛対象として好きなわけじゃないから。近いうちに明美には話そうと思ってる。……信じてもらえるかはわかんないけど」
ドナーの恋心や人格が患者に影響を与えるだなんて非医学的で非科学的な話、自分の中でも全く整理がついていないのに人に話せるはずもない。だけどいつか、明美には必ず、自分の口からすべてを伝えたいと思っている。
明美は少しだけ照れ臭そうに笑って、自慢気に腕を組んだ。
「あたしはあっくんが異様に仲のいい妹の話を頻繁にしていても、『彼女いない』って言えば信じる! 気持ちよく騙されるのもファンとしての誠意だし!」
相変わらず例えがマニアックでわかりにくいが、明美がとてもいい奴だということは改めて実感した。
「お待たせー。じゃあ、帰ろっか」
戻ってきた蓮に奢ってくれた礼を述べると、彼は柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、オレと晴陽ちゃんは今からデートだから。明美ちゃんはまた今度一緒に遊ぼうね。送っていくから家を教えてくれる?」
「え? 初耳ですよ。……初耳ですよね? え、今からですか?」
あたかも最初から約束していた体で話すから流されそうになるが、そんな約束は晴陽の脳味噌が正しく機能していると仮定するならば、まるで記憶にない。
「で、デート⁉ うらやま……じゃなくて、もう夜ですよ? いくらイケメンでも、未成年を連れ回すのはマズいんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。オレは二十歳だから保護者扱いになるから」
嫉妬に見せかけて晴陽を守ろうとした明美の忠告を軽く流した蓮は、有無を言わさず聞き出した家の前で明美を降ろし、晴陽に助手席に座るように指示をした。
凌空にあられもない誤解をされる前に車に乗らない手段も頭を過ぎったのだが、「オレから二度も菫を奪わないで」という蓮の脅迫が晴陽の判断を鈍らせた。
結局晴陽は、蓮の要求に応じて助手席に座り直す選択を取った。
機嫌良さそうに鼻歌を歌い始めた蓮の行動は我儘な子どもそのものなのに、運転しているその横顔は大人っぽく見えた。
「あー、今日は楽しかったなあ。菫ともよく一緒にカラオケに行ったんだよ。あの子、盛り上げ上手だけど歌はあんまり上手くなくてね、晴陽ちゃんみたいにどんどんリズムが乱れていくから笑っちゃうんだよね」
「私、やっぱり音痴ですか? うわー、自覚したくなかった……」
「ふふっ、そうだね。……菫はオレと一緒に出掛けることも隣を歩くことも、恥ずかしがらずに付き合ってくれたんだよね。優しくて家族思いで、本当にいい子だったな……」
そう言って目を細める蓮を見たら、心臓に熱が宿ったように感じた。晴陽の中にいる菫が反応しているとしか思えなかった。
この心臓が菫のものだったと知ってからは、客観的に『この反応は自分のものではない』とわかるようになったのだが、特に蓮と接しているときに顕著に現れていた。
「私は菫さんとは違っていい子じゃないと思います。凌空先輩が好きすぎて、友人や親にまで心配されていますし」
「そんなことないよ。それより、晴陽ちゃんはオレが明美ちゃんとふたりで話しているところを見てどう思った? ヤキモチ焼いた?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて尋ねられたものの、その質問の意図が心底理解できない晴陽は小首を傾げた。
「なんでですか? 別に妬きませんよ。蓮さんとは一緒にいて楽しいけど、異性として好意を抱いているわけではないので」
大袈裟にショックを受けたフリをした蓮は、袖口で目元を押さえる真似をした。
「えー、そうなの? そんなこと言われたらオレ、悲しくて泣いちゃうよ?」
「危ないですからちゃんと前見て! 運転に集中してください! ……っていうか、蓮さんは私のことが好きってことですか?」
冗談のつもりだった。蓮も軽く返してくれるか否定してくると思っていたのに、ちょうど赤信号で止まった車内で彼は晴陽の顔をじっと見つめて、真面目な顔で口にした。
「好きだよ。大好き」
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