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第二章 存在の証明

明美がいてくれてよかった

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 結局、放課後も昼休みの焼き増しになった。

 凌空に一言も口をきいてもらえなかった晴陽が肩を落として教室に戻ると、明美に肩を叩かれた。

「よし、行くよ。かわいそうな晴陽を慰めてやろう」

「……その台詞、凌空先輩に照れた顔で言ってもらいたい」

 こうなることを予想していたのか、明美は晴陽が戻ってくるのをわざわざ待っていたらしい。友人の優しさに落ち込んでいた気持ちが少しだけ救われた気がした。

 駅までの道を歩いている最中、スカイブルーの軽自動車が晴陽たちにゆっくりと近づいてきた。怪しいと思いながら横目で様子を窺っていると、助手席側の車窓が開いた。

「こんにちは晴陽ちゃん。今帰り?」

 ひらひらと手を振る男性を視認して、不審者に絡まれると思って身構えていた晴陽は胸を撫で下ろした。

「こんにちは蓮さん。奇遇ですねと言いたいところですが……もしかして、私を待ち伏せしてました?」

 蓮は笑って、後部座席を指差した。

「せいかーい! ねえ、今から遊びに行かない? もちろんお友達も一緒に!」

「いえ、せっかくですけど今日はこの子とふたりでカラオケに行こうって言ってて――」

「行きます! 三人で楽しく遊びましょう!」

 晴陽の言葉を遮るように、前のめりに返事をしたのは明美だった。

「私を慰めてくれるって話はどこ行った?」と視線で訴えてみても、イケメンを前にした明美が気づく気配はなかった。


 車中、明美は誰が見てもわかるくらいに浮かれていた。

 年上のお兄さんに車を出してもらって遊びに行くだなんて、女子高生にはとても魅力的なシチュエーションである。

 加えて明美の興奮に拍車をかけているのは、蓮の容貌が大きく影響しているだろう。

 可愛らしい顔に、ふんわりとした優しい雰囲気。そして鼻にかかる甘い声と柔らかい笑みに、明美は完全に心を奪われているようだ。

「ふたりはいつから友達なの?」

「高校に入ってからなので、まだ九ヶ月くらいですね。でも晴陽とはマジで仲いいです! ソウルメイトです!」

 ソウルメイトだなんて言葉を明美の口から聞くのは初めてなんだけど。

「晴陽ちゃんって、学校ではどんな感じなの?」

「もうこのまんまですね! いつもうるさくて、クラスメイトにも先生にも笑われたりウザがられたりしています!」

「いつも明るいとか友達が多いとかさー、友人を紹介するときはもっといい印象を与えるような発言をするのがソウルメイトなんじゃないの?」

 蓮は楽しそうに笑った後、「あー、よかった。オレが思った通りの晴陽ちゃんだ」と呟いて、満足そうに口角を上げた。

「あの、あたしからも聞いていいですか? 蓮さんと晴陽ってその、どういう関係なんですか?」

 蓮は晴陽を溺愛していた妹と重ねて接しているが、明美の目には晴陽をとても可愛がっているイケメンとしか映っていないだろう。いろいろ聞きたくなるのかもしれない。

 どう説明するのかとバックミラーで運転席の蓮をちらりと一瞥すると、

「まあ、明美ちゃんのご想像にお任せします」

 語尾にハートマークをつける得意の口調で、ミラー越しに晴陽にウインクをしてきた。

 視線を向けてくる明美を見ないようにした。好んで意味深な発言をしたがる蓮に釘を刺しておきたいけれど、明美に一から十まで説明するのは今このタイミングではないし、蓮がおかしなことを言い出したら止めるだけにしておこう。

 そうこうしているうちに到着したカラオケボックスは、いつも晴陽たちが利用している店よりも少しだけ利用料金が高く、フードメニューが豪華なところだった。

「好きなもの食べていいからね? オレの奢り!」

 部屋に入るなり電気を暗くして自然に晴陽の隣に座った蓮は、鼻歌を歌いながら電子リモコンを操作し始めた。
パーソナルスペースが平均よりも狭いのだろうか。彼と接しているとこの距離感に慣れてしまいそうになるのが怖い。

 意図しないところで他人に誤解をされたくないけど、だからといって塩対応するのは気が引ける。

 こういう甘さに付け込まれているとわかっているのに、情けない。

 溜息を吐いて、少しでも胸の中の勝手な罪悪感と忸怩たる思いを掻き消すために、愛しい彼に想いを馳せようと集中した。

 凌空はカラオケに来たら何を歌うのだろうか。いや、マイクを向けられても一曲も歌わない姿が想像できる。いつかはデートでも訪れたい。無理して歌わなくてもいいし、たとえ音痴でも可愛いに違いない。

 好きな人の力は偉大だ。妄想するだけで、この上ない元気がもらえるのだから。

「晴陽ちゃん今、凌空くんのこと考えてたでしょ?」

 気持ちを現実に引き戻す甘ったるい声に反応して隣を見ると、蓮がわかりやすい膨れっ面をしていた。

「すみません。お詫びに、私の十八番を披露しますね! 聞いてください。『未練坂』」

 知名度が低いうえに男ウケは絶対にしない曲なのに、蓮は手を叩いて楽しそうに聴いて、歌い終えると「上手だったね」「よかったよ」と何度も褒めてくれた。

 ドリンクがなくなりそうになれば飲みたいものを聞いて注文し、食べ物は笑顔で食べさせようとしてくる。凌空からの徹底的な拒絶とはまさに対照的、何をやっても甘やかされる状態に、正直心地良さを覚えてしまった。

 胸の中に芽生えたプラス寄りの感情に抗おうとする晴陽とは異なり、明美は素直に蓮に夢中になっていた。

 普段はあたかも男心を熟知しているかのごとく偉そうな説教をかましてくるくせに、見事に蓮の手のひらの上で転がされていた。

「晴陽、知ってた? 蓮さん、この間カラオケに来たときに金の卵を発掘するためにうろついていたプロデューサーの目に留まって、デビューを持ち掛けられたんだってさ!」

「へえー、凄いですね! そんな漫画みたいな話、本当にあるんですね」

「嘘みたいでしょ? だって嘘だしね」

「……え⁉ 嘘なんですか⁉ どこからどこまでが⁉」

 ふたりして完全に蓮にからかわれたりして、気がつけば笑いが止まらなくなっていた。

 今日、明美がいてくれてよかったと心から思った。
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