きっと、忘れられない恋になる。

りっと

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第三話 記憶の選択

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 瑛二は毎日部活に精を出し、恭矢も相変わらずバイトに励んでいた。お互い自分たちの苦労をからかい合い、励まし合いながら中間テストという難関を無事に乗り切ると、暦は六月になっていた。

 衣替えで夏服へ切り替わったことでより露になった由宇の細くて白い肌は、恭矢のテンションを大きく上昇させた。気づかれないように目で追いかけているつもりだったのだが、

「バレバレだ恭矢。訴えられないように自重しろ」

 と、友人たちに何度もからかわれた。だが衣替えと時を同じくして、瑛二に変化があった。部活の話を全くしなくなったのだ。

 恭矢はバスケ部の友人から、瑛二が練習をサボって毎日遅くまで遊び回っていると聞いた。瑛二は誰が見てもわかるほどに緊張感がなく、だらしない雰囲気を纏っていた。

 瑛二がレギュラー争いに敗北したことを悟ったが、選ばれなかったからといってここまで堕落した毎日を過ごしていては、三年生が引退してからのバスケ部でやっていけないのでは? 心配になった恭矢はおせっかいだとは思いながらも、ホームルームが終わっても席から立ち上がろうとしない瑛二に、避けていた部活の話を振ってみた。

「瑛二、部活はいいのか?」

「……いいんだよ。どうせ俺スタメンじゃねえしさ、練習にいなくても変わんねえだろ」

「そういう問題じゃないだろ? 毎日の努力の積み重ねが大事なんだって、お前が言ったんじゃねえか」

 この言葉が瑛二の逆鱗に触れたようだ。瑛二は目の色を変えて恭矢を睨みつけた。

「努力なんか意味ねえんだよ! 結果を出せなきゃただの時間の無駄なんだ! 部活をやっていないお前が、偉そうなこと言うんじゃねえよ!」

 そう吐き捨てて走り去っていく瑛二を、恭矢は追うことができなかった。あんなに快活で優しい男が、黒い感情を喚き散らして八つ当たりをして、目の前の壁から尻尾を巻いて逃げていることが信じられなかったのだ。

「……相沢くん。今、ちょっとだけいいかしら?」

 教室内では恭矢に話しかけることのなかった由宇が話しかけてきたということは、今すぐに伝えたい大事な話があるに違いない。

「わかった……ちょっとだけ待ってて。バイト先に遅れるって電話してくるから」

 エイルに電話をかけ、学校の用事で遅れると店長に嘘をついた。通話を切ると思っていた以上に良心が傷んだ。

 教室で話すのは避けたいという由宇を連れ、中庭に移動した。美化委員が整備している花壇近くの大樹の下には、生徒が座れるスペースがある。そこに座って一息つく暇もなく、由宇が話を切り出してきた。

「本当は、依頼者の詳細を話すのはよくないんだけど……相沢くんには伝えなきゃいけないと思ったの。……今日の夜、二十二時に仕事が入ったわ。依頼者の名前は……新谷瑛二くん」

「……! 嘘だろ? あいつが……」

 しかし、否定し切れない自分もいた。瑛二が忘れたい記憶なんて、容易に想像ができる。

「部活動でなにか嫌なことがあったのね。依頼メールにも、相沢くんに言っていたことと同じような内容が書いてあったわ。……『無駄な努力をしてしまった意味のない時間を忘れたい』って」

 あんなに頑張って練習していたのに、駄目だったからって忘れたいなんて。由宇の口から聞くと改めてショックを受けた。

 当人ではないから綺麗事が言えるのかもしれないと悩んだが、やはりどんな理由があったとしても、瑛二の行動を認めることはできないと思った。

「……小泉。今回の仕事は引き受けないよな?」

「依頼されたことはやるわ。わたしが記憶を消すことで新谷くんがまた部活を頑張る気持ちになれるなら、やらない理由はない」

「頼まれたから引き受ける、っていうのは違うだろ。人間には忘れちゃいけないこともあるはずだ」

 由宇の言葉に衝動的に反論したが、彼女は恭矢の目をじっと見つめ、静かに諭すように言った。

「新谷くん本人がそれを望んでいても? 忘れた方が本人にとって、楽に生きられることもあるのよ?」

「自分が抱えなきゃいけないことだってあるだろ⁉ 瑛二はこの経験を乗り越えないとまた逃げてしまう! ……あいつの友人としてお願いだ。あいつの、積み重ねてきた努力の記憶を奪わないでほしい……!」

 由宇は無言で立ち上がり、大きく息を吐いた。彼女の大きな瞳は、懇願する恭矢をはっきりと映し出していた。

「……わたしは一度仕事を引き受けた人間だから、勝手な都合で依頼を断ることができない。だから、新谷くんをとめたいなら……」

 彼女は言葉を濁してゆっくりと去って行った。明確な言葉を避けたのは、恭矢の意思と思考を試したからだろう。

 恭矢はすぐに自転車に跨り、バイト先に向かった。瑛二のことを諦めたからではない。遅れると嘘をついた挙句無断欠勤するような男に、友人に偉そうなことを言う資格はないと思ったからだ。
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