きっと、忘れられない恋になる。

りっと

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第四話 記憶の献上

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「おかえりー。あれ? いつもより早かったね」

 出迎えてくれた青葉に、恭矢は笑顔を向けることができなかった。

「ちょっと、いろいろあって。てか、青葉は俺が早く帰って来るのが嫌なの?」

「そんなことないよ! 嬉しいよ? 先にごはん食べる? お風呂入る?」

 青葉にまで突っかかってしまったことを後悔したものの、謝るのも躊躇われてそのままにしてしまった。

「……風呂入る。悪いけど、食欲ないから飯はいらない」

 極力青葉と目を合わさないようにして、風呂場に向かった。お湯を溜めてくれたのも、夕食の準備をしてくれたのも青葉だ。それなのに今日はどうしても、献身的な青葉の優しさにさえ素直に礼が言えなかった。

 湯船に浸かりながら恭矢は、今まで抱いたこともない気持ちで青葉のことを考えていた。
今日は母が玲と桜、龍矢を祖母の家に連れて行くと聞いている。だから今、この家には青葉しかいない。恭矢が帰って来るのを待って、恭矢のために風呂と夕食の準備をしてくれた、青葉しか。

 それなのに恭矢は、風呂から上がったあと青葉と言葉を交わすことを避けて、早々に部屋に引きこもった。一人になりたかったのだ。しかし、

「恭ちゃん、入ってもいい……?」

 おそるおそる、弱々しい声色で恭矢の様子を窺う青葉の声が聞こえた。彼女の可愛らしい声にも今は耳を塞ぎたくなった。それからすぐに恭矢の感情は、青葉はどうしてわかってくれないのだという、苛立ちへと変わった。理性でそれらを必死に押し留め、普通に接することができる心境になるのを待ってから「いいよ」と返事をした。

 青葉はゆっくりと部屋に入って来て、寝転んでいる恭矢の横で足を崩した。

「今日は龍ちゃんたちがいなくて寂しかったな。恭ちゃんが早めに帰って来てくれてよかった」

「うん」

「おばさんの帰りが早かったから、龍ちゃんを買い物に連れて行ったよ。ほら、イオンで小さい子に風船あげるキャンペーンやっているでしょ?」

「あー……龍矢が集めているやつか」

「龍ちゃん、今日は黄色貰うんだって張り切っていたんだけど、黄色がなくて赤貰って来たんだ。最初は泣いて嫌がったみたいなんだけど、桜ちゃんが『赤が一番格好いいよ』って上手にあやしてくれたんだって。もうすっかりお姉ちゃんだよね」

 恭矢は青葉と目を合わせられなかった。やはり今日はどうしても、青葉と会話をすることが辛い。

「……あのさ、俺ちょっと体辛いんだ。一人にしてもらっていいか?」

「え⁉ 大丈夫? 風邪かな? 恭ちゃんここのところ、忙しそうだったもんね……無理しちゃってたのかな。ちょっと待ってて、体温計持ってくる。だから食欲もなかったのかな? とにかく、布団敷くからすぐ横になって」

 しかし青葉は、恭矢を一人にすることを許さなかった。

 途方に暮れた恭矢は、自分の世話を焼こうと甲斐甲斐しく動き回る青葉を、この手で傷つけてしまいたいと思った。

「じゃあ熱を測るね。体温計、脇に挟むよ?」

 無防備に近くにきた青葉を無言で抱き締めて、押し倒した。青葉の手首は驚くほど細くて、恭矢が掴んだ途端に彼女は自由を絡め取られた。恭矢の下で怯えた顔を見せながらも、青葉は抵抗しなかった。

 恭矢はちっとも優しくないキスを青葉の首筋に降らせて、強引に髪を梳いた。聞き慣れた青葉の声の中に、聞いたことがない声が混ざる。甘い匂いの中に漂う確かな色気に、長年見てきた幼馴染がまるで違う女に見えて興奮した。

 最低だ。青葉を傷つけるためにやっている行為で、喜んでいることになる。

 最悪だ。それなのに、なかなかやめることができない。

「……恭ちゃん……わたしを、抱くの?」

 ――きっと、青葉は俺を受け入れる。俺がいないと生きていけないからだ。

 恭矢がどんなに酷いことをしても、どれだけ自己中心的に振り回しても、たとえその瞬間こそは涙を浮かべても、青葉は翌朝には笑顔で接してくれるだろう。だったら、欲望のままに抱いたっていいじゃないか。

 自分に都合のいい言い訳を振りかざしながら、青葉の質問に答えることもなく、ついに恭矢は彼女の唇を奪った。間抜けな話だが、信じられない柔らかさに触れてようやく、恭矢は自分が間違ったことをしていると我に返った。

 なんて愚かなことをしてしまったのだろう。唇を離したあと、後悔で動けなくなった。気づくのがあまりにも遅かった。

「どうしたの……? 顔色、すごく悪いよ?」

 恭矢を心配する青葉の優しさに、耐えられなかった。

「ごめん……!」

 恭矢は青葉から離れ、その後はひたすらに謝罪を繰り返した。

 気がつけば青葉はいなくなっていて、恭矢は久しぶりに長い一人の時間を手に入れた。

 だがそれは恭矢が思っていたより落ち着くものではなく、先程まで青葉に行なった最低な行為や自分の性格の悪さを振り返る時間となり、苦痛なものになった。
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