きっと、忘れられない恋になる。

りっと

文字の大きさ
28 / 52
第四話 記憶の献上

5

しおりを挟む
 全く眠れなかった恭矢は翌日、時間が経つごとに心が腐っていくのを感じていた。

 クラスメイトたちは働かずに遊んだり部活に精を出したりして青春しているというのに、俺は遊ぶこともほとんどなく、毎日必死になって家計のためにバイトをしている。

 なぜ俺ばっかりがこんなに辛い思いをしなければならないのだろうと思うと、不満しかなかった。振り返ってみれば、生きていて楽しいと思ったことなんて数少ない人生である。少なくとも恭矢が思い出せる記憶の中には、幸せで心が満たされた思い出はなかった。

 恭矢の脳味噌の中で、何かが切れた音が聞こえた。やる気だとか向上心だとか、そういった類の大事なものだと思う。

 三時間目の授業の途中、恭矢は鞄を持って立ち上がった。もう大人しく授業を受けることなんてできなかった。どれだけ勉強したところで、どうせ大学に行くことはできない。将来に繋がらない授業に意味を見出すことは難しかった。

「相沢、どこに行くんだ?」

「今日は帰ります」

「帰るだと? どうした? 具合でも悪いのか?」

 恭矢が一年かけて積み上げてきた信頼の賜物か、教師は帰りたいと口にする恭矢をまるで疑うことなく、病気だと思い込んでいる。その思い込みが、今はとても鬱陶しかった。

「……別に、なんでもないです」

 教師の声もクラスメイトのざわめきも無視して、恭矢は教室を飛び出した。

 目的もなく街をふらふらと歩いていると、時間を持て余す感覚に喜びが込み上げた。真面目に生きていたって得することなんてなかったのだから、もっと早くこんな風に適度に不真面目に生きていればよかったのだ。家族のためではなく、自分のためにもっと好き勝手やればよかったのだ。

 先のことを何も考えたくなかった恭矢は、ATMで金を下ろし、普段は金の無駄だと避けていたゲームセンターで遊んだ。格闘ゲームは不慣れで弱かったのですぐに負けることが続き、ストレスは溜まるし、あっという間に金はなくなり散々だったが、メダルゲームは運がよかったこともあって長く続けられた。何より、当たりが出るとピカピカ光る刺激的な画面を見ていると、何も考えずに済んで気が楽になった。

 飽きたらショッピングモールに足を運び、自分の好きな洋服を買った。大抵は修矢のお下がりを着ている恭矢は、少しだけ緊張しつつも気分が高揚した。

 家族や青葉の分を買って行こうかという考えが一瞬だけ頭を過ぎったが、急いで振り払った。これからは人のことばかり考えるのはやめて、自分勝手に生きると決めたのだ。

 フードコート内のテラス席でドーナッツを食べながら、陽が傾きかけている空に気がついた。
いつもとは違う時間を過ごしていたから長く感じてはいたけれど、やはり時間は平等に流れていたのだ。当たり前の事実に溜息が漏れた。学校帰りの生徒たちの姿を何人か見かけてショッピングモールの大時計を見ると、もう十七時前になっていた。

 知っている顔に会いたくなくて移動することにしたが、家にはまだ帰るつもりはなかった。「バイトはどうしたの?」と、青葉に聞かれるのが面倒くさいからだ。

 今日は暑くて湿度も高いからだろうか。これだけ好き勝手遊んでいるのにもかかわらず、恭矢の気分は優れなかった。体を動かせば胸に溜まったこの嫌な気分も消えてなくなるだろうと信じ、国道沿いの歩行者通路をひたすら前だけ見て歩いた。

 だが、陽が完全に落ちて街灯頼りになった頃、認めたくなかったことについに気づいてしまった。

 結局恭矢は、自分一人のための遊び方を知らないのだ。金を持っても時間があっても、どう使っていいのかわからない。だからこんなに時間が過ぎるのが長く感じる。こんなに空虚な時間に思える。

 どうすればいい? 俺は、どうやって生きていけばいい? 

 川の上にかかる橋の真ん中、緩やかな下りに差し掛かる途中で足を止めた恭矢は、一歩も動けなくなってしまった。歩き出せば下り坂だから楽に進むだろう。

 だけど、葛藤せずにはいられない。一度下ってしまえば、戻るときは大変な困難になることがわかっていたからだ。
「――相沢くん!」

 葛藤の海から恭矢を現在に引っ張り上げたのは、誰かの声だった。恭矢は顔を上げて、その声の主を確認した。

 小泉由宇が、恭矢を見据えて橋のふもとに立っていた。言葉を失っている恭矢のそばまで、彼女は息を切らしながら走って近づいてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...