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第六話 記憶の操作
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「……これが、わたしと青葉の能力の秘密」
月明かりに透ける小泉由宇の白い背中には、青葉と同じ星形の黒い痣があったのだ。
「この刺青がわたしと青葉に〈記憶〉に関する能力を与える源になっていると、母から教わっているわ」
「……ってことは、その刺青さえなくなれば小泉たちは能力を失うってことだよな? 理由がわかっているなら、どうして消そうとしなかったんだ?」
傷跡が残るからという理由を失念していた恭矢は口にしてから慌てたが、由宇はふっと笑った。
「消してしまおうと考えたことがないといったら嘘になるけれど……これは母とわたしの罪だから。消して忘れてしまうなんて、できない」
由宇はまだ、青葉に実行した記憶の強奪を気にしているのだ。彼女の中で何か特別な心変わりでもなければ、恭矢や青葉がどれだけ言葉をかけたところで意味はないのかもしれない。
「じゃあ逆にさ、俺がその刺青を入れれば、小泉や青葉みたいな記憶に関する能力を手に入れることができるのか?」
もし由宇たちの持つ能力を手に入れることができれば、彼女たちを救う道は格段に広がるはずである。
「……母曰く、活動している子宮もないと駄目みたい。前にも言ったけれど、わたし自身能力が使えるようになったのは生理がきてからだったから。だから、男のひとには使えない……って、そう思ってたんだけど……男のひとが能力者になる条件が、実は一つだけあるの」
「本当⁉ それは、俺にもできそうなこと? だったら教えてほしい。俺も力になりたいんだ」
由宇はその先の言葉を口にするのを躊躇ったように見えたが、恭矢が真剣な瞳で彼女を見つめると覚悟を決めたように息を吸った。
「……一度でも能力を使ったことのある女の子の子宮に触れれば、それが能力発動の条件になるわ」
……男が子宮に触れる? それって、つまり……。
恭矢は由宇の言わんとすることを悟ったと同時に彼女との行為を想像してしまい、罪悪感と恥ずかしさから目を背けた。
「わたしが以前、青葉とセックスしたかどうかを聞いたのはこれが理由。もし相沢くんが青葉とセックスしていたなら、何かが変わっていたかもしれないと思って」
「……前から言いたかったんだけどさ、小泉の口からセックスって単語を聞くと、恥ずかしくなるんだよね」
「ごめん、下品だった?」
「……いや、興奮するんだ」
「……とりあえず服を着ようかな。後ろ、向いてくれる?」
散々半裸の由宇の姿を目に焼き付けておいたくせに、恭矢は今更紳士ぶって後ろを向いた。衣擦れの生々しい音に卑猥な妄想をしないように努めつつも、月明かりに照らされた由宇の背中が頭から離れないうえに、彼女が口にした性的な単語に、どうしても胸の鼓動が収まらなかった。
しかし、その衝動を彼女のために動かすのは今しかないと思った。
陳腐な言い方だが、勇気を振り絞るときがきたのだと奮い立った。
「……あのさ、俺にこんな風に秘密を教えてくれたってことは、小泉は俺に期待してくれているって考えていいんだよな?」
後ろを向いている恭矢からは、彼女の顔を見ることはできない。
「……期待っていうのは綺麗事だね。結局、わたしは相沢くんを利用しているのかも」
「いいよ、それでも。だから……」
恭矢は振り返り、由宇に向き直った。まだ着替えが終わっておらず胸元がはだけていた由宇は慌てて前を隠そうとしたが、恭矢は彼女の腕を掴んで、それを阻止した。
「俺、全部解決したら小泉に告白するから。覚悟しといて」
これはもう告白したようなものだ。心臓は爆音を鳴らし続けている。だけど、いつもは冷静で穏やかな表情をしている由宇が頬を染め、慌てている様子が恭矢に自信を与えてくれる。引き下がるなと勇気をくれる。
「ど、どうしたの? 相沢くんらしくない」
「小泉が言っている俺らしさが、どんなものかはよくわからないけど……でも。小泉と青葉のために何ができるのか、もう一度考えてみるよ。記憶は奪うとか戻すとか、そういうものじゃない。重ねていくものだってことを、美緒子さんに伝えたいんだ」
由宇と青葉のこれからの人生は、楽しいものであるべきだから。由宇が贖罪の気持ちに縛られることも、青葉が恭矢に依存することも、本来あってはならないのだ。
由宇は恭矢に腕を掴まれた状態のまま、小さく微笑みを零した。
「……また、格好つけたね」
「本当、クサイこと言ったよな。でも男には、どうしても格好つけなきゃいけないときがあるんだよ」
「安心して。……すっごく、格好よかったから」
「有言実行できるように頑張るよ、俺。だから成功したときに、今の言葉をもう一度言ってくれる?」
由宇の泣き顔は何度も見てきたけれど、今、彼女の目尻に浮かんでいるのが涙だったならば、恭矢が今まで見てきたそれとは性質の違うものに違いない。
「やっぱり、青葉に許しを得ておいてよかった。もし秘密にしていたら、わたしは罪悪感であなたから目を逸らしていたと思う」
「ああ、さっき言っていた『これからの接し方』のこと? ……ちなみに、俺に具体的な内容を教えてくれたり?」
好奇心を抑えられなかった恭矢が駄目元で聞いてみると、由宇は小悪魔のような魅力的な表情でこう言った。
「だめ。姉妹だけの秘密だから」
月明かりに透ける小泉由宇の白い背中には、青葉と同じ星形の黒い痣があったのだ。
「この刺青がわたしと青葉に〈記憶〉に関する能力を与える源になっていると、母から教わっているわ」
「……ってことは、その刺青さえなくなれば小泉たちは能力を失うってことだよな? 理由がわかっているなら、どうして消そうとしなかったんだ?」
傷跡が残るからという理由を失念していた恭矢は口にしてから慌てたが、由宇はふっと笑った。
「消してしまおうと考えたことがないといったら嘘になるけれど……これは母とわたしの罪だから。消して忘れてしまうなんて、できない」
由宇はまだ、青葉に実行した記憶の強奪を気にしているのだ。彼女の中で何か特別な心変わりでもなければ、恭矢や青葉がどれだけ言葉をかけたところで意味はないのかもしれない。
「じゃあ逆にさ、俺がその刺青を入れれば、小泉や青葉みたいな記憶に関する能力を手に入れることができるのか?」
もし由宇たちの持つ能力を手に入れることができれば、彼女たちを救う道は格段に広がるはずである。
「……母曰く、活動している子宮もないと駄目みたい。前にも言ったけれど、わたし自身能力が使えるようになったのは生理がきてからだったから。だから、男のひとには使えない……って、そう思ってたんだけど……男のひとが能力者になる条件が、実は一つだけあるの」
「本当⁉ それは、俺にもできそうなこと? だったら教えてほしい。俺も力になりたいんだ」
由宇はその先の言葉を口にするのを躊躇ったように見えたが、恭矢が真剣な瞳で彼女を見つめると覚悟を決めたように息を吸った。
「……一度でも能力を使ったことのある女の子の子宮に触れれば、それが能力発動の条件になるわ」
……男が子宮に触れる? それって、つまり……。
恭矢は由宇の言わんとすることを悟ったと同時に彼女との行為を想像してしまい、罪悪感と恥ずかしさから目を背けた。
「わたしが以前、青葉とセックスしたかどうかを聞いたのはこれが理由。もし相沢くんが青葉とセックスしていたなら、何かが変わっていたかもしれないと思って」
「……前から言いたかったんだけどさ、小泉の口からセックスって単語を聞くと、恥ずかしくなるんだよね」
「ごめん、下品だった?」
「……いや、興奮するんだ」
「……とりあえず服を着ようかな。後ろ、向いてくれる?」
散々半裸の由宇の姿を目に焼き付けておいたくせに、恭矢は今更紳士ぶって後ろを向いた。衣擦れの生々しい音に卑猥な妄想をしないように努めつつも、月明かりに照らされた由宇の背中が頭から離れないうえに、彼女が口にした性的な単語に、どうしても胸の鼓動が収まらなかった。
しかし、その衝動を彼女のために動かすのは今しかないと思った。
陳腐な言い方だが、勇気を振り絞るときがきたのだと奮い立った。
「……あのさ、俺にこんな風に秘密を教えてくれたってことは、小泉は俺に期待してくれているって考えていいんだよな?」
後ろを向いている恭矢からは、彼女の顔を見ることはできない。
「……期待っていうのは綺麗事だね。結局、わたしは相沢くんを利用しているのかも」
「いいよ、それでも。だから……」
恭矢は振り返り、由宇に向き直った。まだ着替えが終わっておらず胸元がはだけていた由宇は慌てて前を隠そうとしたが、恭矢は彼女の腕を掴んで、それを阻止した。
「俺、全部解決したら小泉に告白するから。覚悟しといて」
これはもう告白したようなものだ。心臓は爆音を鳴らし続けている。だけど、いつもは冷静で穏やかな表情をしている由宇が頬を染め、慌てている様子が恭矢に自信を与えてくれる。引き下がるなと勇気をくれる。
「ど、どうしたの? 相沢くんらしくない」
「小泉が言っている俺らしさが、どんなものかはよくわからないけど……でも。小泉と青葉のために何ができるのか、もう一度考えてみるよ。記憶は奪うとか戻すとか、そういうものじゃない。重ねていくものだってことを、美緒子さんに伝えたいんだ」
由宇と青葉のこれからの人生は、楽しいものであるべきだから。由宇が贖罪の気持ちに縛られることも、青葉が恭矢に依存することも、本来あってはならないのだ。
由宇は恭矢に腕を掴まれた状態のまま、小さく微笑みを零した。
「……また、格好つけたね」
「本当、クサイこと言ったよな。でも男には、どうしても格好つけなきゃいけないときがあるんだよ」
「安心して。……すっごく、格好よかったから」
「有言実行できるように頑張るよ、俺。だから成功したときに、今の言葉をもう一度言ってくれる?」
由宇の泣き顔は何度も見てきたけれど、今、彼女の目尻に浮かんでいるのが涙だったならば、恭矢が今まで見てきたそれとは性質の違うものに違いない。
「やっぱり、青葉に許しを得ておいてよかった。もし秘密にしていたら、わたしは罪悪感であなたから目を逸らしていたと思う」
「ああ、さっき言っていた『これからの接し方』のこと? ……ちなみに、俺に具体的な内容を教えてくれたり?」
好奇心を抑えられなかった恭矢が駄目元で聞いてみると、由宇は小悪魔のような魅力的な表情でこう言った。
「だめ。姉妹だけの秘密だから」
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