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最終話 記憶の部屋
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「相沢くん。君が〈記憶の譲渡〉能力を手にしていたとは、完全に想定外だったよ。……記憶に関する能力は、個人の性質に大きく左右される。このことを由宇は知らないから、あの子は君が青葉の刺青を引き継いだことで、そのまま再生能力を引き継いだと思っているはずだ。……由宇も知らないことを、君はどうやって知り得たんだい?」
「……青葉があなたと会って忘れていた記憶を取り戻したとき、俺は違和感を覚えていました。青葉は単に忘れていたことを思い出しただけでなく、明らかに初めから知らなかったであろう小泉の事情まで把握していました。だから俺は、美緒子さんにはまだ隠している能力があるんじゃないかって、それを青葉に使ったんじゃないかって思ったんです」
由宇や青葉を下手に混乱させたり不安にさせたりしないよう、抱いた違和感や矛盾点は恭矢の胸中に留めておいた。それでも、思考を止めないことだけは今日のこの日までずっと続けてきた。
「あの二人があなたから引き継いだ能力が異なっているように、個人の性質によって発揮できる能力が変わってくるのであれば……俺が能力を持ったとき、あなたが隠していた〈記憶の譲渡〉能力を引き継げる可能性もあるかな、と期待はしていました。予想が当たってよかったです」
恭矢がそう言って頬を掻くと、美緒子は顎を触って「やるねえ」と声を漏らした。
「……現在、世の中で確認できる記憶に関する能力は数多くある。その中でも、君の言う通り私には由宇の持つ〈記憶の強奪〉、青葉の持つ〈記憶の再生〉のほか、〈記憶の譲渡〉という三つの能力を持っている。……待てよ? 予想が当たってよかったって、君は自分の能力を誰かに試さなかったのかい?」
「はい。俺が能力を使うのは、あなたが最初で最後です。小泉に話している作戦通り、俺が〈記憶の再生〉能力を引き継いでいたなら、俺はあなたが忘れているであろう母性と人間としての感情を再生させ、あなたの考えを変えるつもりでした。だけど失礼ですが、小泉の話を聞く限りあなたはそれらを忘れているのではなく、初めから持っていないということも考えられました。その場合、この作戦は失敗になってしまいます」
「はは、言うね」
「でも譲渡なら、俺の記憶の中にある感情を少しでもあなたに与えることができる。伝えることができるんです。だから俺は、〈記憶の譲渡〉能力を引き継げたことを嬉しく思っています」
美緒子はまるで試すように、じっと恭矢を見た。
「……そうか。じゃあつまり君は、由宇を騙したことになるね」
「はい。言い訳はしません」
恭矢がまるで否定しなかったからか、美緒子は肩透かしを食らったようだった。
「同じ能力を持っているあなたならわかると思いますが、〈記憶の譲渡〉の能力は記憶だけではなく、能力者が抱いていた感情も与えることになる。残念ながら、あなたはもう非情で冷徹な社長には戻れませんよ」
いつまでもやられっぱなしの恭矢ではない。ニヤリと口角を上げると、美緒子は呆れたように溜息を吐いた。
「強引だねえ。困ったものだ」
「美緒子さん、俺にも一つ教えてください。……俺がこの部屋に連れて行こうとしたとき、抵抗しませんでしたよね? どうしてですか?」
「……わざわざこの〈記憶の部屋〉まで来てやったのは、遠藤を退けた君への褒美のつもりだった。だが、まさかこんなことになるとはね……。君の力がこの私を上回り、されるがままにされてしまうなんて……信じられない計算ミスだよ」
美緒子は肩をすくめた。
「しかし、参ったね。……私の能力は科学者に無理やり身に付けさせられたものだったが、継承者は本人たちの性格によって、これほどまでに与えられる能力が顕著に分かれるとは。我儘で欲張りな由宇は強奪、これから人生をやり直していく必要がある青葉は再生、そして……自分を省みずに他人を優先する君は譲渡、ということかな」
そう言ったときの美緒子の穏やかな表情を見て、もう大丈夫だろうと安心した恭矢は、一足先に「戻る」ことにした。
「先に、現実世界であなたを待っています。そのときはどうか、社長としてのあなたではなく……母であるあなたを、小泉に見せてあげてください」
現実世界に戻っていく恭矢の心身は、そこに近づくにつれて大切なものを置いてくる感覚があった。
美緒子に与えた恭矢の記憶は、もう戻ることはない。惜別と感謝の気持ち両方に別れを告げ、そっと目を閉じた。
「……青葉があなたと会って忘れていた記憶を取り戻したとき、俺は違和感を覚えていました。青葉は単に忘れていたことを思い出しただけでなく、明らかに初めから知らなかったであろう小泉の事情まで把握していました。だから俺は、美緒子さんにはまだ隠している能力があるんじゃないかって、それを青葉に使ったんじゃないかって思ったんです」
由宇や青葉を下手に混乱させたり不安にさせたりしないよう、抱いた違和感や矛盾点は恭矢の胸中に留めておいた。それでも、思考を止めないことだけは今日のこの日までずっと続けてきた。
「あの二人があなたから引き継いだ能力が異なっているように、個人の性質によって発揮できる能力が変わってくるのであれば……俺が能力を持ったとき、あなたが隠していた〈記憶の譲渡〉能力を引き継げる可能性もあるかな、と期待はしていました。予想が当たってよかったです」
恭矢がそう言って頬を掻くと、美緒子は顎を触って「やるねえ」と声を漏らした。
「……現在、世の中で確認できる記憶に関する能力は数多くある。その中でも、君の言う通り私には由宇の持つ〈記憶の強奪〉、青葉の持つ〈記憶の再生〉のほか、〈記憶の譲渡〉という三つの能力を持っている。……待てよ? 予想が当たってよかったって、君は自分の能力を誰かに試さなかったのかい?」
「はい。俺が能力を使うのは、あなたが最初で最後です。小泉に話している作戦通り、俺が〈記憶の再生〉能力を引き継いでいたなら、俺はあなたが忘れているであろう母性と人間としての感情を再生させ、あなたの考えを変えるつもりでした。だけど失礼ですが、小泉の話を聞く限りあなたはそれらを忘れているのではなく、初めから持っていないということも考えられました。その場合、この作戦は失敗になってしまいます」
「はは、言うね」
「でも譲渡なら、俺の記憶の中にある感情を少しでもあなたに与えることができる。伝えることができるんです。だから俺は、〈記憶の譲渡〉能力を引き継げたことを嬉しく思っています」
美緒子はまるで試すように、じっと恭矢を見た。
「……そうか。じゃあつまり君は、由宇を騙したことになるね」
「はい。言い訳はしません」
恭矢がまるで否定しなかったからか、美緒子は肩透かしを食らったようだった。
「同じ能力を持っているあなたならわかると思いますが、〈記憶の譲渡〉の能力は記憶だけではなく、能力者が抱いていた感情も与えることになる。残念ながら、あなたはもう非情で冷徹な社長には戻れませんよ」
いつまでもやられっぱなしの恭矢ではない。ニヤリと口角を上げると、美緒子は呆れたように溜息を吐いた。
「強引だねえ。困ったものだ」
「美緒子さん、俺にも一つ教えてください。……俺がこの部屋に連れて行こうとしたとき、抵抗しませんでしたよね? どうしてですか?」
「……わざわざこの〈記憶の部屋〉まで来てやったのは、遠藤を退けた君への褒美のつもりだった。だが、まさかこんなことになるとはね……。君の力がこの私を上回り、されるがままにされてしまうなんて……信じられない計算ミスだよ」
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現実世界に戻っていく恭矢の心身は、そこに近づくにつれて大切なものを置いてくる感覚があった。
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