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第四Q その右手が掴むもの
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試合会場に着いたとき、藤沢高校対洛央高校の試合は第二クォーターの途中だった。
スコアボードには三十七対四十とある。沢高は三点差で負けてはいるものの、洛央相手に大奮闘していると言っていいだろう。
両校の保護者や友人の応援のほか、ベンチ入りできなかった洛央部員の応援団が観客席に陣を取って試合の盛り上がりに一役買っている。また、王者洛央と今年注目されている沢高の試合を偵察に来る他校の生徒も多く、二回戦にしては異例と言っていい程観客の多い試合となっていた。
「遅れてすみませんでした!」
雪之丞は沢高ベンチ前で、宇佐美とチームメイトに深く頭を下げた。
あんな連中に絡まれたのも自分が撒いた種であり、大事な試合中にぐだぐだと言い訳をしたくなかった。許しを乞うことすら図々しいのかもしれないが、背番号を背負う以上何を言われようともコートに立つという覚悟も背負わなければならないと思った。
「……試合当日に遅刻するなんて、一選手としてありえないことだ。背番号を与えた俺の信頼を裏切ったお前を、俺が試合に出すと思うか?」
宇佐美はコートから目を離さないまま、低い声で告げた。いつもは穏やかな宇佐美のこれ以上ない厳しい言葉は、言い訳の余地など一つもない正論だった。
宇佐美の迫力と、雪之丞の顔にできた大きな痣を見た部員たちは息を呑んだ。
「……自分がナメた態度を取ってしまったことは、十分反省しています。でも今は沢高バスケ部の一員として、この場で応援することを許してください!」
雪之丞は誠心誠意謝り、再び腰を折った。しばらくの間沈黙が流れたが、やがて宇佐美は小さく息を吐いた。
「……座りなさい。試合に出ている選手たちは精一杯頑張っている。鳴海も声が枯れるまで応援しなさい」
宇佐美がそう口にすると、緊張感に包まれていた部員たちは安堵の息を漏らした。
「……ったく、何やってんのよ! さっさと座って応援しなさい!」
久美子に強く頭を叩かれて着席した雪之丞がコートの中に視線を移すと、そこでは激しい攻防戦が繰り広げられていた。
シュートの成功率、ブロック数、反復練習の賜物といえる息の合ったチームプレー、コート内を縦横無尽に走り回る体力――選手たちの『バスケ』のすべてが、両校のレベルの高さを証明していた。
インターハイに行くために相当の練習をしてきた両校の総力戦。
スタメンを勝ち取った実力者たちが揃うコートの中でも、大吾の存在感は一際大きかった。
攻守ともに絶好調の大吾は、キレのあるドライブから多くの得点に絡んでいた。また、底なしのスタミナと敏捷性を兼ね揃えたディフェンスは、マークしている廉を思い通りに動くことを許さず、何度も沢高エースからの得点を防いだ。
これが練習試合では見ることのできなかった大吾の真の実力だとすれば、間違いなくスーパーエースと呼ばれるに相応しい。大吾がエースとして仕事をすることで、洛央には安心を、沢高には脅威を、観客には興奮を与える存在となっている。
試合は徐々に洛央が主導権を握っていった。大吾に対応しようと後手に回ったことで、沢高の足を使った機動力のあるプレーが乱されてきたからだ。
沢高にプレッシャーを与えつつ、自分たちのペースで試合運びをしている様は、まさに王者と呼ばれるにふさわしい姿と言えた。
試合は押され始めていたが、押し切られないよう沢高の選手たちは踏ん張っていた。
宇佐美は試合の流れを見ながら終始立ちっぱなしで指示を出すことに尽力し、ベンチに座る部員は限界ぎりぎりまで声を出してコートを走る選手たちのプレーを鼓舞していた。
雪之丞も声を振り絞って応援した。誰かのためにこんなに胸をいっぱいにして声を枯らす経験は、したことがなかった。
五点ビハインドでハーフタイムを迎えると、
「やっぱ、洛央が勝つだろう」
「後半はもう少し点差つきそうだな」
観客席からはそんな声も聞こえ始めた。しかし沢高は誰ひとり緊張感を途切らすことなく、スタメンもベンチも皆が諦めない気持ちを持って後半戦に臨む準備をしていた。
第三クォーターに入ると、焦りからか戸部を中心に沢高の3ポイントシュートが増えた。
岡村と神谷のゴール下コンビがリバウンドに跳ぶものの、洛央のゴール下を任されているのもブロックアウトが巧みな選手たちであり、そう簡単にはリバウンドを取らせてもらえなかった。
それが余計に焦りを生んでシュートの成功率を下げるという悪循環を作り、洛央がボールを持っている時間が増えていった。
「落ち着け! ゆっくりでいいんだ! 確実に点を取っていけ!」
ベンチから宇佐美の指示が飛ぶものの、引退のかかっている三年生たちは頭でわかっていてもなかなかプレーに反映させることができず、連携に齟齬を生じさせていた。
そんな選手たちを見てベンチにも不安の色が出てしまい、段々と敗北を予感させる空気が濃くなっていった。
「ほらほら! 声出していきましょうよ! 大丈夫! すぐ追いつきますって! 沢高が簡単に負けるわけないっすよ!」
雪之丞が明るい声でベンチを盛り上げても、なかなか状況は変わらなかった。このままだとジリ貧状態のまま試合が終わってしまう。なんとかしなくてはならない。
誰もがそう思っている中、事件が起きた。
八点ビハインドのまま迎えた、第四クォーター開始直後のことだった。
スコアボードには三十七対四十とある。沢高は三点差で負けてはいるものの、洛央相手に大奮闘していると言っていいだろう。
両校の保護者や友人の応援のほか、ベンチ入りできなかった洛央部員の応援団が観客席に陣を取って試合の盛り上がりに一役買っている。また、王者洛央と今年注目されている沢高の試合を偵察に来る他校の生徒も多く、二回戦にしては異例と言っていい程観客の多い試合となっていた。
「遅れてすみませんでした!」
雪之丞は沢高ベンチ前で、宇佐美とチームメイトに深く頭を下げた。
あんな連中に絡まれたのも自分が撒いた種であり、大事な試合中にぐだぐだと言い訳をしたくなかった。許しを乞うことすら図々しいのかもしれないが、背番号を背負う以上何を言われようともコートに立つという覚悟も背負わなければならないと思った。
「……試合当日に遅刻するなんて、一選手としてありえないことだ。背番号を与えた俺の信頼を裏切ったお前を、俺が試合に出すと思うか?」
宇佐美はコートから目を離さないまま、低い声で告げた。いつもは穏やかな宇佐美のこれ以上ない厳しい言葉は、言い訳の余地など一つもない正論だった。
宇佐美の迫力と、雪之丞の顔にできた大きな痣を見た部員たちは息を呑んだ。
「……自分がナメた態度を取ってしまったことは、十分反省しています。でも今は沢高バスケ部の一員として、この場で応援することを許してください!」
雪之丞は誠心誠意謝り、再び腰を折った。しばらくの間沈黙が流れたが、やがて宇佐美は小さく息を吐いた。
「……座りなさい。試合に出ている選手たちは精一杯頑張っている。鳴海も声が枯れるまで応援しなさい」
宇佐美がそう口にすると、緊張感に包まれていた部員たちは安堵の息を漏らした。
「……ったく、何やってんのよ! さっさと座って応援しなさい!」
久美子に強く頭を叩かれて着席した雪之丞がコートの中に視線を移すと、そこでは激しい攻防戦が繰り広げられていた。
シュートの成功率、ブロック数、反復練習の賜物といえる息の合ったチームプレー、コート内を縦横無尽に走り回る体力――選手たちの『バスケ』のすべてが、両校のレベルの高さを証明していた。
インターハイに行くために相当の練習をしてきた両校の総力戦。
スタメンを勝ち取った実力者たちが揃うコートの中でも、大吾の存在感は一際大きかった。
攻守ともに絶好調の大吾は、キレのあるドライブから多くの得点に絡んでいた。また、底なしのスタミナと敏捷性を兼ね揃えたディフェンスは、マークしている廉を思い通りに動くことを許さず、何度も沢高エースからの得点を防いだ。
これが練習試合では見ることのできなかった大吾の真の実力だとすれば、間違いなくスーパーエースと呼ばれるに相応しい。大吾がエースとして仕事をすることで、洛央には安心を、沢高には脅威を、観客には興奮を与える存在となっている。
試合は徐々に洛央が主導権を握っていった。大吾に対応しようと後手に回ったことで、沢高の足を使った機動力のあるプレーが乱されてきたからだ。
沢高にプレッシャーを与えつつ、自分たちのペースで試合運びをしている様は、まさに王者と呼ばれるにふさわしい姿と言えた。
試合は押され始めていたが、押し切られないよう沢高の選手たちは踏ん張っていた。
宇佐美は試合の流れを見ながら終始立ちっぱなしで指示を出すことに尽力し、ベンチに座る部員は限界ぎりぎりまで声を出してコートを走る選手たちのプレーを鼓舞していた。
雪之丞も声を振り絞って応援した。誰かのためにこんなに胸をいっぱいにして声を枯らす経験は、したことがなかった。
五点ビハインドでハーフタイムを迎えると、
「やっぱ、洛央が勝つだろう」
「後半はもう少し点差つきそうだな」
観客席からはそんな声も聞こえ始めた。しかし沢高は誰ひとり緊張感を途切らすことなく、スタメンもベンチも皆が諦めない気持ちを持って後半戦に臨む準備をしていた。
第三クォーターに入ると、焦りからか戸部を中心に沢高の3ポイントシュートが増えた。
岡村と神谷のゴール下コンビがリバウンドに跳ぶものの、洛央のゴール下を任されているのもブロックアウトが巧みな選手たちであり、そう簡単にはリバウンドを取らせてもらえなかった。
それが余計に焦りを生んでシュートの成功率を下げるという悪循環を作り、洛央がボールを持っている時間が増えていった。
「落ち着け! ゆっくりでいいんだ! 確実に点を取っていけ!」
ベンチから宇佐美の指示が飛ぶものの、引退のかかっている三年生たちは頭でわかっていてもなかなかプレーに反映させることができず、連携に齟齬を生じさせていた。
そんな選手たちを見てベンチにも不安の色が出てしまい、段々と敗北を予感させる空気が濃くなっていった。
「ほらほら! 声出していきましょうよ! 大丈夫! すぐ追いつきますって! 沢高が簡単に負けるわけないっすよ!」
雪之丞が明るい声でベンチを盛り上げても、なかなか状況は変わらなかった。このままだとジリ貧状態のまま試合が終わってしまう。なんとかしなくてはならない。
誰もがそう思っている中、事件が起きた。
八点ビハインドのまま迎えた、第四クォーター開始直後のことだった。
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